聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった

吐いてしまった

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 一夜明け、太陽が高く登った。メロウの着地した感覚が、トッと優しく伝わってくる。慣れ親しんだ私の街に帰ってきた。
 慣れ親しんだ私の街の、はずだった。
 メロウの服から、降りる。休憩込みで大体十時間は飛んだ。足の感覚が多少鈍くなっている。ただ、二歩三歩とよろよろ進んでから、地べたに力なく膝をついたのは、それが原因ではない。

「ああ…………」

 項垂れる。喉の奥底からうめく。掠れた声で。

「ああ」

 コンクリートの道路を引っかき、拳を強く握り込む。
 立ち上がった。鬼ごっこやかくれんぼを通じ、端から端まで知り尽くした自分の街を徘徊する。瞬きが出来ない。どうして。歯を食いしばる。
 どういうこと?
 旅行先と同じく、生きてる者は誰一人としていなかった。大人と子供関係なく、みんな、とても苦しそうな顔で死んでいた。ホームセンター前の道にも、スーパーやコンビニの前にも、通学路にも、ザリガニのいる人工小川の周りにも、どこにでも、死体は無造作に転がっている。
 定食屋「まだい」の周りにも。
 どうして、こうなったのだろう。
 予期せぬ「滅び」に、未だ、心が上手く対応出来ない。
 店の入り口から中に入る。来てくださったお客さんたちが、折り重なるようにして亡くなっていた。料理で命を宿すのは、倫理的に不可能だ。なるべく踏まぬように、でも覚束ない足取りで、店の奥に向かう。厨房に入る。
 ナイフが床に落ちていた。
 その隣にお父さんがいる。倒れてる。倒れ伏している。お母さんは、開けっ放しの冷蔵庫に頭を突っ込んでいた。皮膚に生気はない。
 プンとハエが飛ぶ。吐き気を催す。

「オォ、オエエエエェ……」

 水道に吐く。無意識的に蛇口をひねった。水は出なかった。

「やだ」

 逃げるように厨房を離れる。階段を上がった。自室に引きこもる。
 膝を曲げて床に座り、肩をグッと抱いた。ブルブル震える。

「いやだ」

 頭を抱え込んだ。湧き上がるのは、たかが語句では言い表せないほど大きな負の感情。必死になって拒絶する。あり得ない。あり得ない。
 何が起きたの? 現実なの? こんなの、夢だよね?
 誰か夢と言って。お願い。
 乾き切った眼で部屋のカレンダーを眺める。新しいのに変わっていた。年が明け、一月を示している。「時の回廊」で足止めされている間に、なんと一週間以上の時間が経過していたらしい。
 我に返る。

「播磨くん」

 フラつきつつも、立つ。自室を去った。家を出る。
 トボトボ歩く。播磨くんが暮らしているはずのアパートを目指して。それほど離れているわけじゃあない。定食屋「まだい」から、徒歩で二十分ほどの距離にある。目を瞑ってでも行ける。ストーキング、もとい行動視察のため頻繁に出向いていたから。
 体が心に追い付いたのか。だんだん速くなる。至るところに落ちる、苦しみもがいた帰結の遺体を避けて、小走りで身を運ぶ。
 五階建てのアパート、43号室へ。つまり四階。
 無論のこと、エレベータは動かない。階段を駆け上がる。目的地の前にたどり着いた。すっかり息が上がってる。髪もいたく乱れてる。
 胸に手を当て、深呼吸する。はあ、と大きく息を吐いた。街を滅ぼす何かが起きた時、ここにいたとは限らない。でも。
 ドアノブに手をかけた。ゴクリと唾を呑む。意を決して開ける。
 キィ、と不快な音が響いた。鍵はかかってない。

「お、お邪魔します」

 特に、荒れた様子はなかった。靴を脱ぐ。床を踏んだら音がした。慎重に廊下を進む。印象ほど狭くはない。綺麗でもないけど。天井の木目風シールの端っこが、剥がれかかってる。
 リビングに繋がる扉を開ける。蝶番がギギギと軋んだ。不気味だ。昼だというに薄暗い。キョロキョロと全体を見渡す。右にはテレビ、左には、三つの椅子を従えるダイニングテーブル。
 一番奥の椅子の背もたれに、誰かが腰掛けている。生きた人間。
 生きてる。カンだけど、間違いなく生きてる。
 沈みきってた心が跳ねた。背はあまり高くない。メロウよりも少し低いくらい。そして、男の子。

「播磨くん?」

 彼の背中に尋ねかける。喜びに包まれた。近づく。

「播磨くん、だよねっ?」

 無用心にも、かなり大きな声を出してしまった。健常な聴力の持ち主ならば、聞こえていないということはまず考えられないボリュームだった。
 だのに、返事がない。静寂。沈黙。重苦しい空気。
 おかしい。播磨くんは、人の話を無視するようなタイプじゃなかった。どうしちゃったの? 足を止める。彼の背中をじっと眺める。
 前に進みたい気持ちと、後ろに下がりたい気持ちが、崩れそうなバランスを保つ。本能とカンがせめぎ合う。気持ち悪い。なぜか分からないけど、ホント、どうしてだかまるでわかんないのだけど、逃げなきゃいけないような気がしてならないのだ。
 半歩下がる。それと同時だった。
 播磨くんは顔を上げ、ゆっくりと振り向く。ヒュッと息を殺す。
 能面みたいな無表情だった。一切の感情、どころじゃなく、人間性が欠落してしまったかのような顔。

「…………」「…………?」

 可愛らしく首を傾げる播磨くん。コクリと頷き、ダイニングテーブルの足を、片方の手で掴む。
 グイと持ち上げた。50キロはありそうなそれを、軽々と。
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