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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
血を抜かれてしまった
しおりを挟むその夜は結局、すぐに寝た。メロウから逃げるのやら短刀の練習をしていたやらでほとほと疲れてたから、三十分ほどのナイトフォレストウォーキングで、足の筋肉が言うことを聞かなくなった。クウィン軍団との戦いで、メロウもちょっとは体力を削られていたらしい。子供みたいな「もーつかれたー。あるけないー!」という文句に、「はいはい」と素直に応じてくれた。
夢は見なかった。目覚めスッキリ気分爽快。森の固い地面で眠るのに慣れた感がある。私は意外と、「適応力」ってヤツに優れてるのかもしれない。
季節は冬というに、森の惠みは充実していた。食べられそうな木の実を集め、メロウに毒味をさせてから、私もお腹を満たす。あまり美味しくはない。
お腹を壊さないことを祈る。
「じゃあ行きますか」「ねえ」「はい」
「メロウが探してるムシとやら。森の奥地にいるらしいけど、森の奥地のどういうところにいるの? 木の根元? 水場?」
「水場です。濡れ場です。それも、水の組成が人の血に似た」
「そんなのがあるの? 血の池地獄?」
「この森の、それも奥深くでしか見られません」
珍しい場所にのみ生息する幻のムシの回収任務。探検家気分になる。やる気が出てきたかもしれない。腕をぐるぐる回す。
「あれ? お父さんとお母さんには、二日の旅行って言ったんだよね? 多分、二日以上たってるよね? 大丈夫かな」
「基本は二日の予定でしたが、一週間はかかるかもとも言ってあります。もちろん許可はいただいております。快く」
「娘の貴重な冬休みをなんだと思ってるんだろ、あの脳みそお花畑ども」
クーデターを起こして、今すぐ「まだい」を乗っ取ってやりたくなった。
専用ウェポンも手に入れたことだし。現役JC店長になって、SNSの話題をかっさらってやる。
「やだなあ。成子ちゃんも結構お花畑でしたよ。出会ったばかりの頃」
「もう成長したんだよ。アンノンと生きることの罪深さを理解したの。この世の闇に触れたからさ。知ってる? 聖女を自称する再生系クリーチャーの悪霊ホムンクルスに最近つきまとわれてんだけど」
「そんなのがいるんですか? 恐ろしい世の中になりましたね」
自覚持て。はらいたまえきよめたまえ。世界を平和にするために、定食屋の店長兼エクソシストになる必要がありそう。
とりあえず進む。映画館のスクリーンで見たら気圧されそうな、朝の清々しい緑の森は、相変わらず足場が悪い。太い幹を手すり代わりに、なんとかメロウについていく。足が太くなっちゃいそうだ。元々、チビで細めの中二女子にしてはかなりガッシリしてる方だけど。
定食屋は体力が大事。筋トレは欠かせない。バランスボールを購入する前、メロウがやって来たあたりからほぼ毎日、腕立て腹筋背筋スクワットを各二十回にプランク三十秒をこなしている。テスト前に行われた運動力テストで、女子の中でのトップに躍り出た。まだイケる気がする。次は男子の一位抜く。
数国理社英は相変わらずだが。学業はほぼビリ。
くっ。
「あいたっ」「っ。大丈夫?」
前を歩くメロウがコケた。反射的に、慌てて側に寄る。膝を擦りむいたようだったけど、持ち前の再生能力で即座に完治した。
「このくらいならまったくもって問題ないですよ」「知ってるけどさ」
「気を取り直してレットイットビーです」
「メロウにありのままでいられると困るよ。お行儀よくしてないとただのモンスターなんだから。レッツゴーでしょ。英語が百点満点中アラウンド30点な私でも分かる。ねえ。さっきからちょくちょく躓いてるけど、疲れてるの? 足元がおろそかだよ」「いえ。ちょっとね」
メロウは曖昧に答える。
「上が気になるものでして」「上?」
見上げる。この森には、空飛ぶドラゴンでも生息してるのかな?
「気にしてるのは、太陽の軌道ですよ」
「へえ。上ばかり気にしてると、いつか足元すくわれるよ?」
「はは。まさか、成子ちゃんに人生アドバイスを受けるとは」
「最下層の住人として、人の足元コシタンタンと狙ってるから」
「最悪ですね」
チャンスがあれば、友達の足を引っ張り、成績を私レベルまで下げてやろうと思ってる。面白いラノベマンガゲームを紹介したり、料理に興味を持たせたり、あの手この手で勉強させないように誘導する。
ようこそゴミのはきだめへ。仲良くしようぜ。先輩の命令は絶対だかんな。
「最悪ですね」
二回も最悪と言われてしまった。
でも今のところは、一度も成功したことがない。残念ながら。そりゃあちょっとは下がるのだけど、そもそもとして、私の成績が深淵すぎるのである。
くっ。
昼ごはん休憩の時も、メロウは頻繁に上を眺めていた。どこか上の空だった。
移動再開五時間後、暗くなってきた頃合い、ついに目的の泉に到達した。成分が人の血に似てると聞いてたから、さぞかし赤いのだろうと予測してたが、普通に透明だった。底まで見通せる。
ただし鉄の匂いがする。
メロウは服を脱ぎ、マッパになってザブザブ入っていく。ヌメヌメとした岩の表面を真剣に眺め始めた。体育座りで待つ。やがて立ち止まり、どこからか取り出した器具を用いて、ゴシゴシと岩を削る。削り取った岩の欠片を、どこからか取り出した試験管に入れた。
戻ってくる。服を着て、手を消毒してから、注射針を持つメロウ。
「チクッとしますよぉ」
採血される。献血レベルで持っていかれた。神聖なる成子ちゃんの赤い液体は、すぐ試験管にぶち込まれた。軽くふり混ぜる。
「これでよし」「もう遅いけど。ここがキャンプ地?」
「いえ。帰ります。飛んで」
驚く間もなく、メロウが服の内側に縛り付けられる。ふわりと浮いた。
ひゅん、と飛ぶ。
「え? え? ちょっと。展開早いって」
「『時の回廊』にハメられてから、邪魔がありませんでした」
低い声で短く言う。
「そして太陽が、十二月にしては高く昇っています。嫌な予感がします」
まさに高速飛翔。一時間弱で、旅行の最初に足を運んだ、小さな街に到着した。
命の気配がない。微妙な腐敗臭。皆が皆、地面に倒れ伏している。
明かりで照らしてみると、苦悶の表情を浮かべていた。喉や口元を強く抑えている。突然呼吸が出来なくなったらしい。ピクリとも動かない。
死んでる。
誰一人として、生き残っている者はいなかった。
つまり、全滅していた。
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