聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった

見つけてしまった

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「はあ、はあ、はあ、はあ」

 怪物たちの目――外からはないように見えるが、ちゃんとあるらしい――をかい潜りつつ、早朝の薄暗い森の中を走った。何度もコケそうになったけど、どうにかこうにかふんばる。
 急な坂を下って、すぐ横にそびえ立つ、崖のくぼみに隠れる。

「と、とりあえず。ここまでくれば」
「はあ。はあ。急に飛び出しやがって。どうしたのさ」
「メロウがあなたを、殺そうとした。その、えっと、なんだっけ? 術式のカンリケンゲンがどーたらこーたら主張して」

 正直に言った。クウィンは目をまんまるくしたのち、諦めたように笑う。

「やっぱりか。やっぱり殺そうとしてきたか。俺の見立ては当たったわけだ。普通は話し合いから始めるだろう。あの女は、人の命をなんとも思ってない。イカれてんだよ。俺を見る目もどこかおかしかった」
「汚い欲望を向けられてたんじゃないの?」
「それもあったけどさ。でも、もっと根本的には、命なき物と同じ扱いをしていたからだと思う」「……サイコパスってヤツなのかな。メロウって」
「分からないけれど。とにかく、チャンスがあればあの女とは縁を切れ」

 押し黙る。ポケットから地図を取り出した。怪物の位置を眺める。
 ここが怪物の巡回範囲に入っていないことを、もう一度確認する。
 天を仰いだ。これからどうしよう。考えなしに飛び出してきちゃった。首を斬っちゃったの、あいつ怒ってるかな。誰でも怒るよな。首斬られたら。人間なら怒る前に死ぬけど。
 私もヤバいかもしれない。守る対象から殺す対象に変わった可能性、めっちゃ高い。

「あーあ。まぢ終わった」「損する優しさだったな」
「メロウにも言われた」「あいつと一緒? 嫌だなそれ」

 クウィンは眉を顰める。「そう」と短く相槌を打って、膝を抱えた。額をグリグリとうずめる。ウチの定食屋を継ぎ、播磨くんを婿入りさせたい人生でした。
 どんな殺され方するんだろ。短刀で首をはねられたり。殴られまくってミンチにされて、ハンバーグとして焼かれたり。散々犯されたのち、崖の下へとゴミみたいに放り投げられたり。メロウに見つかる前に、怪物たちにやられるかもしれない。
 ブルル。寒気がしてきた。
 スマホに手をやる。真っ暗な画面を覗いた。さぞかし恐怖で引きつってる顔があるんだろうなと思いきや、意外と大丈夫な感じの表情だった。死の危機に瀕しているというに、開店前とそう変わらない。
 頬をパシンと叩く。立ち上がった。

「行こっか」「どうすんの?」
「知らん。けど、なるべくあがいてみる」

 地図を開く。安全地帯など存在しない。が、メロウに行動を予測されないよう、とにかくランダムに歩くことにした。足跡の偽装も忘れない。メロウの鼻が犬並みに利けばすべてが無駄になる。そうでないことを祈る。
 二時間進んで、一休み。メロウの鋭いカンは、どうやら人探しには向いていないらしい。エンカウントする気配はない。平和な時代に育つ中二女子の、鈍いカンによるとだけど。
 楽観的に、「あいつはきっと見当違いの方向を探しているのだ」と、クウィンと二人で予想してみる。十五分で結界内の怪物を全滅させられる再生系クリーチャーも、人間の形をしてる以上は限界もあるんじゃなかろうか。
 乾いた笑いが上がった。
 喉も乾いている。

「噛めば噛むほどつんでるよね」「そりゃあいい料理だな」
「ウチの新メニュー決定ですな。あれなに?」

 指を差す。クウィンもつられて上を見た。
 葉っぱで邪魔された薄明けの空では分かりにくい。普段の成子ちゃんならば、十中八九気づかなかっただろう。死からの逃避行で感覚が研ぎ澄まされているのに加えて、指の先のあれは、奇妙な存在感を放っていた。
 ポーンとばかりに、黒い粒が打ち上がっている。

「花火?」

 爆発し、派手な花を咲かせたりはしなかった。
 代わりに、目が合った・・・・・。ヒヤリとする。ビクリと固まる。



 クウィンも同様だった。「違う」と呟く。

「女の首だ」

 メロウだ。怪物に引きちぎられた、可哀想な女性の首が宙を舞ったわけじゃない。自らの首と胴を切り離し、胴体側を利用して作ったコピーで、頭を放り投げた。イカれてる。
 ジャンプすれば良かったのに。見つけられる確率を低くしたかったのかな?
 インパクトはすごい。それが目的なら成功してる。

「とうとう居場所が割れちまったね」「逃げなきゃ」
「もう無理だろ」

 それでも、メロウが人を、殺意を持って殺すところは見たくない。歯を食いしばる。あいつが沐美の従者を躊躇なく殺した時、どうにかこうにか軽く流したけど、ホントはものすごくショックを受けた。

「こっち来て!」

 無我夢中でクウィンに叫び、駆け出す。
 が、無骨な木の根に足を引っ掛けた。痛みを口から漏らす間もなく、ゴロゴロと転がってゆく。
 茂みに隠れた穴へと突っ込んだ。真っ逆さまに落ちる。と言っても三、四メートルほどだった。バチャン、と水しぶきが上がった。冷たい。
 服が張り付いて気持ち悪い。あまり綺麗な水でもなさそう。急いで抜けたい。
 水底に手をつく。「ん?」とうなった。自然の石にしては、明らかにおかしい感触がする。咄嗟につかみ取り、ポケットに突っ込んだ。スマホ、壊れてなかろうな。
 竪穴を強引に這い登る。戻った時には、泥まみれになっていた。ブルブル頭を振ってから、拾った小物をあらためる。

「……は?」

 見覚えのあるロケットペンダントだった。
 はやる鼓動。血の気が引く。
 なんだこれ、なんだこれ。写真入れを開く。やっぱり・・・・、中から人が出てきた。
 青い長髪の美形。
 クウィンとまったく同じ容貌。

「は? え?」「あちゃー。見つけちゃったか」

 後ろから声が聞こえた。振り返る。
 表情を失くしたもう一人のクウィンが、私を冷たく見下ろしていた。
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