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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
「早朝」に飽きてしまった
しおりを挟む早朝の十五分を、おおよそ100セット繰り返す。
大体一日が過ぎた。徐々に存在感を強めていくお日様が美しく、空気も澄んでいて、いつもならとても清々しい気分になれるこの時間にも、だんだん嫌気が差してくる。
草葉で作ったベッドの上で、ゴロリと寝転がる。泉の周りには、メロウが旧式と呼ぶ怪物どもは来ない。十五分間の巡回域にないのだろうとクウィンは言っていた。つまり安全地帯というわけ。
もう一度反転する。薄目を開けると、虫の死骸が転がっていた。徐に手を伸ばし、指で触る。ボロリと崩れた。あ。
「まあまた元に戻るかな」
立ち上がり、軽く体操する。泉に向かった。水を飲む。
運動すれば喉は乾く。が、空腹に悩まされることはなかった。顔は時々洗うけど、汚れもしない。眠くもならない。疲労はすぐに回復する。
奇妙な感覚。違和感。徹底的に噛み合わない。色々と考え込んでしまう。本来あるべき「私」じゃなくなってる。コメカミを押さえた。
気が狂いそう。
「気が狂いそう」「でしょ?」
青い長髪の少年に同意される。声に出してしまってた。
彼は「とう!」と叫び、木の上から降りてくる。サルだ。バカは高い所が好きというけど、この少年もその類なのかな。だったら私は、もっと高い位置まで昇らないといけない。
「金髪のスケベ痴女は?」
「脱出の方法を調べに。ついでにオ◯ニーでもしてんじゃない? あいつ、勝手に一人で抜け出さないといいけど」
「その心配は無用だと思うな」
少年は「はあ」と溜息を吐いた。諦めが伝わってくる。
言葉を聞く前からげんなりした。
「俺は十年、脱出方法を調べた。結界の隅から隅まで。でもここでこうして閉じ込められてる」「絶望しそうになる情報ありがと」
「とうの昔に絶望しちまったよ。俺は。だから自分を、ロケットペンダントの中に封印したんだ」「重いなぁ。もっかい出来ないの?」
「出来ない。思い出の詰まった品一つで、一回しか使えないから」
ホントに悪いことしたなぁ。項垂れる。
「ごめんねー」
泉に映る私の顔は、大して反省してるようには見えなかった。友達や先生の言う、フインキミステリアス、間違えた、フンイキミステリアスと評価される顔からあまり変わってない。持続しない罪悪感。
「そういえば。自己紹介とかしてなかったね。私は未韋成子。中学二年生。しがない定食屋の娘。同級生の播磨琉くんが好き。人間。あなたは? 人間だよね?」
「え。人間だけど。おかしな質問」
「だってさ。自分で自分を封印するって人間技じゃなくない? あと、メロウ……金髪のどすけべ痴女、あれは人間じゃない、という例もあるし。自分では人間って言い張ってるけど、実は自称聖女な再生系クリーチャー兼魔人の悪霊なの。世の中、見た目じゃ分かんないことも多いよね」
「えっと。俺の名前はクウィン。神の牢獄に閉じ込められる前は十五歳だった。まったく成長してない。封印の力は、俺の家系に宿る異能」
「異能! 漫画みたいだ」「呪いみたいなもんだよ」
少年クウィンはそっけなく答える。生まれながらに異能の業を背負う。部外者からすれば、熱き魂をくすぐられる設定なのに。
「ここじゃなんの役にも立たないしさ」
「まあまあ。メロウは人間じゃないから、人間では考えられないアプローチで脱出方法を見つけてくれるかも」「私は人間ですが?」
背後からたしなめられた。ビクリと肩が跳ね上がる。筋肉ツりそう。
「驚かせないでよ。ポックリ逝ったらどうするの?」
「仕事から戻ってきたらなんかディスられてるんですから、そりゃあ悪戯心の一つや二つ、湧き上がってきますよ。ムラムラと。というか、成子ちゃんの心臓はびっくりした程度で止まるほどヤワじゃないでしょうに」
「毛でも生えてると?」
「成子ちゃんは生えてないじゃないですか。ベロンベロンに舐め回したいくらいツルツルです」
話がすり替わった気がした。汚物を見る目で睨みつける。生首として拾ったあの日、生ゴミに出しときゃ良かった。腐ったバナナの皮が頭に乗ってるくらいがちょうどいい。
嫌悪感を抑えて尋ねる。
「で、いい手立ては見つかったの?」
「うーん。難しいですね」
自称聖女は顎に手を当てる。真剣そうだった。黙って見守る。
「蟻一匹通してやる気もなさそうです。脱出ではなく、やはり破壊しかありません」「というと?」
「当初言及した通り、あまりいい方法とは言えません。少し無理をしますし、トライアンドエラーの積み重ねになると思いますけれども。十五分以内に『時の回廊』内の旧式怪物を一掃します」
「わお」
口元を両手で抑える。
そのために、とメロウは続けた。低く、鋭い声だった。
「聖女力を高めるため、しばらく、深く瞑想します。邪魔しないでいただけると助かります」
プロフェッショナルを感じた。素直にかっこいい。
たまに聖女なのがムカつく。
シスター・メロウは座禅を始めた。泉から少し離れた木の根元で。
両手を組んだ。彼女の背中に心の奥底から祈る。
頑張って、と。
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