19 / 64
二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
野宿が決まってしまった
しおりを挟む見たことのない色合いの鳥が、上で「チッチ」と鳴いている。クリスマスだというに、瑞々しい葉でいっぱいだ。そもそも温かいのだ。
南の方なのかもしれない。脱いだコード(新品)に包まれた手が汗ばむ。
「もう、一時間半くらい歩いてるけど」「はい」
「向かう先に宿はあるの?」
「ありませんよ。あるわけないじゃないですか」
「は? なにそれ? じゃあ今日は、大自然のど真ん中で野宿ってわけ?」
高級ホテルは? 私の疲れを癒してくれる、フカフカのベッドはどこ?
うん、それが高望みし過ぎなのは分かってる。だからせめて、屋根と枕と寝台のある場所で休ませて。なあ。おいって。イッ◯Qのロケでもないのに、森の地面に直で寝るのはキツいって。現代日本人には。
「雨降ってきたらどうすんの? ヘビに噛まれたらどうすんの? トラに食われたらどうすんの? 水は? 夕食は? ねえ。ちょっと」
「もう。ピーチクパーチクギャースカビースカうるさいですね」
「初めて会った時のこと覚えてる?」「いきなり回想シーンですか」
「ちげーよ。生首状態で『お腹空きましたお腹空きました』ばっかりずううーっと呟き続けてたあんたには言われたくねえって話だよ」
落ち葉や木の枝を踏む、規則正しい音が響く。
「安心してください。未来は神のみぞ知ります。神を信じましょう」
「安心の『あ』の字もないわ。あんたの信奉してる邪神なんざ信じられるわけないじゃん」「無礼ですね。私の汚れなき神に向かって」
「汚れてるに決まってるでしょうがっ!」
決めつけた。足音が乱れる。
めっちゃイラついてる。溜息を吐いた。
メロウとの旅行なんかに期待してしまった私が悪い。
会話なく進み続ける。周囲に鳴り響く生き物たちの声の種類が、徐々に変わってきた。時間の経過を感じる。
ふと、メロウが地面に手を伸ばす。拾った石を投げた。その方角に向かう。鹿に似た、四足歩行の中型哺乳類が、頭を割られて死んでいた。
「薄暗くなってきました。夕食の準備をしましょう」「…………」
ワイルドだ。
血抜きのしかたはお父さんに教えてもらった。一生実践することはないと思ってたけど。グロいのに抵抗のないタイプで良かった。
メロウに手伝ってもらう。
火をつけた。下拵えも味付けも不可能だ。とにかく上手く焼く。
「想像よりは美味しいです」「どこが。クサみがすごい。カタいし」
ボーッと空を見上げる。満天の星空が広がっていた。肉を齧る。
後ろ足のモモ肉だけでお腹いっぱいになった。残りはメロウが平らげる。凄まじい胃袋だ。
近くの綺麗な泉で、色々洗う。隣のメロウが口を開いた。
「ごめんなさい」「いいってもう。珍しい体験が出来たってことで」
「クリスマスプレゼント・サプライズのつもりでした」
「もっと謝れ。一時間くらい土下座しろ」
可憐な中学二年生女子の強度を考えて欲しかった。水を飲む。冷たくて美味しい。ワイルド肉のイヤな後味が消えていく。
切れ味の鈍そうな草葉を敷き詰めた。コートを布団代わりにして寝ることにする。起きたら身体中が痛いんだろうなぁとナエナエ気分。
肩とか凝ったことないけど。私の筋肉は若くて柔らかい。「けっこう肩凝るんだよね~」などとぬかす、同級生にしちゃ胸大きめな奴には、「もいだろか?」と善意の提案をしたくなる系女子だ。
スマホを眺める。当然圏外。ポケットにしまう。はあ。
特製ベッドで寝転がろうとした、その時だった。
「……ぱ?」
いきなりメロウが全裸になった。頭のシスターベール以外。
ギョッと固まってると、彼女は正座を始める。冗談を真に受けて、本当に一時間土下座するつもりだろうか。全裸で。
「いや、そんな怒ってないって」
慌てて伸ばした手を止める。メロウは右手に、刃渡り五十センチくらいの刀を握っていた。
自らの首筋に刃を当てる。
サクッといった。生首がコロコロ転がる。
「…………。………………………………?」
行動の意図が理解出来なかった。とりあえず絶句する。
メロウが首だけになっても死なないことは知ってる。案の定、ニョキニョキと胴体が生えてきた。焚き火に照らされる絵面のエグさよ。食べた肉を吐き戻しそうになる。
再生が終わった。メロウは脱いだ服を着る。さっきまで自分の胴体だったものを抱えて、私の寝床に持ってきた。
満面の笑みで差し出してくる。
「どうぞ!」
呆然と彼女の目を見る。コメカミを押さえる気力すら湧かない。
さらに強く差し出してくる。
「どうぞっ!!」「どうぞって、どういうこと?」
察しが悪いですね、とでも言いたそうな表情をしつつ、寝転がったら頭が来そうな位置に胴体を置く。
元自分の太ももをパシパシ叩いた。
「枕として、どうぞっ!」
形容しがたい感情に襲われる。
過去イチ、思考がパンクした。宇宙空間に放り出されたような浮遊感。
えっと、人から貰い物をしたら、なんて返せばいいんだっけ?
「クーリングオフっていつまで?」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
重要ミッション!悪役令嬢になってバッドエンドを回避せよ!
バッドエンドを迎えれば、ゲームの世界に閉じ込められる?!その上攻略キャラの好感度はマイナス100!バーチャルゲームの悪役令嬢は色々辛いよ
<完結済みです>

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる