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二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった
一服盛られてしまった
しおりを挟む老婆は車に乗り込む。シートベルトをかけた。起動させる。
エンジン音はほとんど鳴らない。孫も助手席に腰掛けた。
「イマドキ自分で運転するような物好きは、婆ちゃんくらいだろうな」
「頭の活性化に繋がる。動体視力も鍛えられる」「お疲れ様」
「オートメーション化のおかげで、事故を起こしそうな危険運転も消えたし」
「はは。フリーライダーかよ」
ハンドルの下を弄る老婆。愛用の短刀を確認した。
「昔は、なんだっけ、婆ちゃんくらいの歳になると、あれ、免許の返納とかいうのがあったんだろ。返さなくていいのかい?」「たわけ」
孫のジョークに眉を顰めつつ、老婆は滑らかな動きで肩を竦める。
「免許どうこう以前に、私の歳にはもう死んどったわ」
ハンドルを、力強く握った。
◇◇◇
クリスマス前日。私は三年前まで、サンタクロースの存在を信じ切っていた。
沐美から真実を聞かされた時、奈落の底にぶち落とされたかのようなショックを受けたものだ。「この、この」と、現在、とある事情で意思なき奴隷となった彼女の頬をプニプニつつく。
怪物によりもたらされた恐怖(世間はそう認識してないけど)は徐々に収まり、人通りもある程度戻った。定食屋「まだい」も、三日前から営業を再開している。客入りは、ビフォアメロウと比べると多いが、アフターメロウの時期では少ない方。
外の様子を見た。カップルっぽいペアがちらほら見られる。
あー。播磨くんとデートしてえ。旅行とか贅沢は言わないから、二人で一緒にカフェに行くとか、そういう小さなお出かけがしたい。
スマホを眺める。彼のメアドも、ラ◯ンのアカウントも知ってる。
……連絡、してみよっかな。
「旅行とか、興味ありません?」
ベッドの上で美容系雑誌を眺めていたメロウが、突然話しかけてきた。
ベール以外のシスター要素は皆無な自称聖女を一瞥し、先日買ったばかりのバランスボールにのしかかった。
ぽよぽよしながら尋ねる。
「その話題って時間かかる? 午後からシフト入ってるんだけど」
「めんどくさそうな顔しやがりますね。雰囲気ミステリアスが台無しですよ。はいかいいえの二択です。時間を取る要素なんてどこにもありません」
「メロウが旅行代理店の回し者なら、くどくどしたセールストークを聞かされる可能性があると思って」
「失敬な。私が斡旋するのは、One-Night Romantic Tripだけです」
それはそれでどうなんだよ。発音めっちゃ綺麗だね。
バランスボールの上でバランスを取る。手に入れろナイスバディ。
「興味を聞かれたら、まあ、あるにはあるよ」
「ホントですか!?」「うん。恋人割引あります?」
「播磨ナニガシとではなく、私との旅行ですからね。もちろん、今から私とロマンチックな恋人関係を培っていくなら話は別ですが」「断固拒否だよ」
バランスボールから落ちた。メロウとの恋に落ちるよかマシ。
「あんたと旅行、ねえ。お生憎だけど、あんまり――」
「うるうる。そんな。成子ちゃん、私のこと嫌いですか?」
涙目を向けられる。心にグサリと来た。慌てて立ち上がる。
泣かせるのは本意じゃない。メロウ、こういうの気にするタイプだったんだ。
前言撤回する。
「ウソウソ! 興味ある! すごいキョーミシンシン!」
「そうですか。ならOKということで。予定空けといてください」
涙がピタリと止まる。
クソ。騙された。ワナワナ震える。悔しい。
自称聖女の再生系クリーチャーめ。
溜息が出る。力を抜いた。もう一度バランスボールに挑戦する。
メロウにバレないよう微笑んだ。実は密かに、姉妹でのお出かけというものにも憧れていたのだ。
どこ行くんだろ。北海道。沖縄。大阪。東京。ディ◯ニーラ◯ドに行ってみたい。ううん。一緒ならなんでもいい。どこを選んでもドタバタするだろうけど、きっと楽しい思い出になる。
自己評価で綺麗なポーズが取れた。沐美に写真を撮ってもらう。客観的に見ると、なかなか無様だった。メロウと笑い合う。
早めの軽い昼食を取ってから、厨房に入った。飾りリボンを締める。
ランチタイム、次々と入ってくるオーダーをテキパキ片付ける。料理アルバイトの人たちもやる気十分だ。皮剥き、包丁使い、煮込みなどなど、すべてがすべて手際がいい。若干14歳、たかが小娘に過ぎない私の言うことをきちんと聞いてくれる。自分が料理長として有能だと錯覚しそう。
なんていいバイトたちなのか。お父さんの人を見る目、冴えてる。
十五時になった。厨房をお父さんとバトンタッチする。ステージに上がった。
席は半分ほど埋まってる。談笑するカップルの姿もある。来てくれるのはありがたいけど、せっかくのクリスマスイブなのだから、もっとオシャレな所に行けばいいのに。
メロウに尋ねる。
「店に来るよう洗脳してる?」「いいえ」
首を横に振った。
「洗脳とかしてたのは、最初の、キッカケ作りの時だけですよ。むしろ、抑えるためのチャーム波を発しているくらいです。つまり」「つまり?」
「今もたくさんの人に来てもらえてるのは、単に『まだい』の実力ですよ。それと、成子ちゃんの広告努力のおかげです」
照れくさい。呼び出し音が鳴る。注文を聞き出し、厨房に伝えてから戻った。
頬を掻きつつ、メロウに言う。
「持ち上げられても、空飛ばないよ」「私が飛ぶので大丈夫です」
飛べるんだ。気持ちわる。
閉店後、お風呂に入ってから、プライベート冷蔵庫を開ける。「なるこの」と書かれたプリンの生死を確認するためだ。生きていた。今日はお母さんに食べられずに済んだらしい。
フタを開け、スプーンを取って、パクリと頬張った。
特に警戒することもなく。プリン一つ食べるのにもイチイチ警戒しなければならない人生など送りたくはないけど、しかし、後から考えると、まさにここで術中にハマってしまったのだと分かる。
おいしい、そう感じた瞬間、強烈な眠気が私を襲った。意識が途絶える。
再び目を覚ました時、首に、ふよふよとした柔らかな心地を覚えた。
体は温かいが、頭に当たる風が寒い。そして辺りは真っ暗だ。状況を受け入れられず、しばしボーッとする。
頭上から声をかけられた。
「あ。起きました?」「今何時?」「二十三時半くらいですかね。日本だと」
「ここはどこ?」「私の懐です」
眉を顰めた。
「そうじゃなくてさ。現在位置」
「日本海です」「……ん?」
聞き間違いかな? 海の上を飛んでるの? 生身で? 十四年間生きてきて培ってきた常識さんでは、まるで歯の立たない返答だった。
ヘッドシェイキングして、答えの繰り返しを促す。メロウはウザそうに繰り返す。
「日本海です」「なんで?」
愕然として問いただした。当然の反応ですとも。
目が覚めたら、冬の真夜中の日本海上を飛翔してるってどゆこと? 普通の日本人JCとして生きててそんなことある? 航空自衛隊のメンバーであってもなかなかないんじゃない?
「旅行です」「いや。ちょっと待って。いや。いやいやいやいや」
コメカミを押さえようとしたが、残念ながらメロウの服と体に拘束されていた。泣きそうな声で呻く。
「予定空けてとは言われたけどさ。今夜とは聞いてないって」
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