聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

文字の大きさ
上 下
17 / 64
二章:聖女の非日常に組み込まれてしまった

一服盛られてしまった

しおりを挟む


 老婆は車に乗り込む。シートベルトをかけた。起動させる。
 エンジン音はほとんど鳴らない。孫も助手席に腰掛けた。

「イマドキ自分で運転するような物好きは、婆ちゃんくらいだろうな」
「頭の活性化に繋がる。動体視力も鍛えられる」「お疲れ様」
「オートメーション化のおかげで、事故を起こしそうな危険運転も消えたし」
「はは。フリーライダーかよ」

 ハンドルの下を弄る老婆。愛用の短刀を確認した。

「昔は、なんだっけ、婆ちゃんくらいの歳になると、あれ、免許の返納とかいうのがあったんだろ。返さなくていいのかい?」「たわけ」

 孫のジョークに眉を顰めつつ、老婆は滑らかな動きで肩を竦める。

「免許どうこう以前に、私の歳にはもう死んどったわ」

 ハンドルを、力強く握った。

◇◇◇

 クリスマス前日。私は三年前まで、サンタクロースの存在を信じ切っていた。
 沐美から真実を聞かされた時、奈落の底にぶち落とされたかのようなショックを受けたものだ。「この、この」と、現在、とある事情で意思なき奴隷となった彼女の頬をプニプニつつく。
 怪物によりもたらされた恐怖(世間はそう認識してないけど)は徐々に収まり、人通りもある程度戻った。定食屋「まだい」も、三日前から営業を再開している。客入りは、ビフォアメロウと比べると多いが、アフターメロウの時期では少ない方。
 外の様子を見た。カップルっぽいペアがちらほら見られる。
 あー。播磨くんとデートしてえ。旅行とか贅沢は言わないから、二人で一緒にカフェに行くとか、そういう小さなお出かけがしたい。
 スマホを眺める。彼のメアドも、ラ◯ンのアカウントも知ってる。
 ……連絡、してみよっかな。

「旅行とか、興味ありません?」

 ベッドの上で美容系雑誌を眺めていたメロウが、突然話しかけてきた。
 ベール以外のシスター要素は皆無な自称聖女を一瞥し、先日買ったばかりのバランスボールにのしかかった。
 ぽよぽよしながら尋ねる。

「その話題って時間かかる? 午後からシフト入ってるんだけど」
「めんどくさそうな顔しやがりますね。雰囲気ミステリアスが台無しですよ。はいかいいえの二択です。時間を取る要素なんてどこにもありません」
「メロウが旅行代理店の回し者なら、くどくどしたセールストークを聞かされる可能性があると思って」
「失敬な。私が斡旋するのは、One-Night Romantic Tripだけです」

 それはそれでどうなんだよ。発音めっちゃ綺麗だね。
 バランスボールの上でバランスを取る。手に入れろナイスバディ。

「興味を聞かれたら、まあ、あるにはあるよ」
「ホントですか!?」「うん。恋人ペア割引あります?」
「播磨ナニガシとではなく、私との旅行ですからね。もちろん、今から私とロマンチックな恋人関係を培っていくなら話は別ですが」「断固拒否だよ」

 バランスボールから落ちた。メロウとの恋マグマに落ちるよかマシ。

「あんたと旅行、ねえ。お生憎だけど、あんまり――」
「うるうる。そんな。成子ちゃん、私のこと嫌いですか?」

 涙目を向けられる。心にグサリと来た。慌てて立ち上がる。
 泣かせるのは本意じゃない。メロウ、こういうの気にするタイプだったんだ。
 前言撤回する。

「ウソウソ! 興味ある! すごいキョーミシンシン!」
「そうですか。ならOKということで。予定空けといてください」

 涙がピタリと止まる。
 クソ。騙された。ワナワナ震える。悔しい。
 自称聖女の再生系クリーチャーめ。
 溜息が出る。力を抜いた。もう一度バランスボールに挑戦する。
 メロウにバレないよう微笑んだ。実は密かに、姉妹でのお出かけというものにも憧れていたのだ。
 どこ行くんだろ。北海道。沖縄。大阪。東京。ディ◯ニーラ◯ドに行ってみたい。ううん。一緒ならなんでもいい。どこを選んでもドタバタするだろうけど、きっと楽しい思い出になる。
 自己評価で綺麗なポーズが取れた。沐美に写真を撮ってもらう。客観的に見ると、なかなか無様だった。メロウと笑い合う。
 早めの軽い昼食を取ってから、厨房に入った。飾りリボンを締める。
 ランチタイム、次々と入ってくるオーダーをテキパキ片付ける。料理アルバイトの人たちもやる気十分だ。皮剥き、包丁使い、煮込みなどなど、すべてがすべて手際がいい。若干14歳、たかが小娘に過ぎない私の言うことをきちんと聞いてくれる。自分が料理長として有能だと錯覚しそう。
 なんていいバイトたちなのか。お父さんの人を見る目、冴えてる。
 十五時になった。厨房をお父さんとバトンタッチする。ステージに上がった。
 席は半分ほど埋まってる。談笑するカップルの姿もある。来てくれるのはありがたいけど、せっかくのクリスマスイブなのだから、もっとオシャレな所に行けばいいのに。
 メロウに尋ねる。

「店に来るよう洗脳してる?」「いいえ」

 首を横に振った。

「洗脳とかしてたのは、最初の、キッカケ作りの時だけですよ。むしろ、抑えるためのチャーム波を発しているくらいです。つまり」「つまり?」
「今もたくさんの人に来てもらえてるのは、単に『まだい』の実力ですよ。それと、成子ちゃんの広告努力のおかげです」

 照れくさい。呼び出し音が鳴る。注文を聞き出し、厨房に伝えてから戻った。
 頬を掻きつつ、メロウに言う。

「持ち上げられても、空飛ばないよ」「私が飛ぶので大丈夫です」

 飛べるんだ。気持ちわる。

 閉店後、お風呂に入ってから、プライベート冷蔵庫を開ける。「なるこの」と書かれたプリンの生死を確認するためだ。生きていた。今日はお母さんに食べられずに済んだらしい。
 フタを開け、スプーンを取って、パクリと頬張った。
 特に警戒することもなく。プリン一つ食べるのにもイチイチ警戒しなければならない人生など送りたくはないけど、しかし、後から考えると、まさにここで術中にハマってしまったのだと分かる。
 おいしい、そう感じた瞬間、強烈な眠気が私を襲った。意識が途絶える。
 再び目を覚ました時、首に、ふよふよとした柔らかな心地を覚えた。
 体は温かいが、頭に当たる風が寒い。そして辺りは真っ暗だ。状況を受け入れられず、しばしボーッとする。
 頭上から声をかけられた。

「あ。起きました?」「今何時?」「二十三時半くらいですかね。日本だと」
「ここはどこ?」「私の懐です」

 眉を顰めた。

「そうじゃなくてさ。現在位置」
「日本海です」「……ん?」

 聞き間違いかな? 海の上を飛んでるの? 生身で? 十四年間生きてきて培ってきた常識さんでは、まるで歯の立たない返答だった。
 ヘッドシェイキングして、答えの繰り返しを促す。メロウはウザそうに繰り返す。

「日本海です」「なんで?」

 愕然として問いただした。当然の反応ですとも。
 目が覚めたら、冬の真夜中の日本海上を飛翔してるってどゆこと? 普通の日本人JCとして生きててそんなことある? 航空自衛隊のメンバーであってもなかなかないんじゃない?

「旅行です」「いや。ちょっと待って。いや。いやいやいやいや」

 コメカミを押さえようとしたが、残念ながらメロウの服と体に拘束されていた。泣きそうな声で呻く。

「予定空けてとは言われたけどさ。今夜とは聞いてないって」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
重要ミッション!悪役令嬢になってバッドエンドを回避せよ! バッドエンドを迎えれば、ゲームの世界に閉じ込められる?!その上攻略キャラの好感度はマイナス100!バーチャルゲームの悪役令嬢は色々辛いよ <完結済みです>

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

女神様、もっと早く祝福が欲しかった。

しゃーりん
ファンタジー
アルーサル王国には、女神様からの祝福を授かる者がいる。…ごくたまに。 今回、授かったのは6歳の王女であり、血縁の判定ができる魔力だった。 女神様は国に役立つ魔力を授けてくれる。ということは、血縁が乱れてるってことか? 一人の倫理観が異常な男によって、国中の貴族が混乱するお話です。ご注意下さい。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...