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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった
番外編:成子は守られている
しおりを挟む最近、お客さんの数が妙に増え始めた挙句、果てはテレビにまで取り上げられ、人気爆発、今や地方の名物店と化した定食屋「まだい」。SNSでもフォロワー数が着実に上昇している。一時的にアンチが湧くこともあるが。
元々味の評判は良かった。ただ、立地が悪いのと、料理の見栄えが地味なのとで、周知のキッカケがなかった。一年前に始めたSNSも、客をほんの少し増やしただけで、あまり効果はなかった。経営は常にギリギリ。仕入れ値も高くなってきている。八年続けられただけでも大したもの。それがどういうわけか、どんな魔法を使ったのか、ここ二ヶ月で絶好調に転じた。
理由は、誰も分からない。定食屋の娘と、定食屋に居候する自称聖女を除き。
話を少し変えよう。
定食屋「まだい」の二つ隣で古くから営業している、昔ながらの花屋さんには、そこそこ大きな地下室がある。詰めれば五十人くらい入りそうな空間だ。
何のためにあるものなのだろう。町民たちのゴシップの的としては、実にお誂え向きと言える。「夜な夜な、人々が寝静まったのち、どこからともなく現れた黒装束たちが花屋の地下室に集まって、怪しげな儀式を行っている」。近所ではそんな噂が、まことしやかに囁かれていた。
そしてそれは、事実だった。
暗い深夜の地下室に、フッと明かりが灯される。蝋燭で照らされるは、それを円形に座り囲む黒装束たち。小声さざめき、重なり合って、不協和音が部屋全体に響く。
真ん中の黒装束が片手を挙げた。
「静粛に」
シン、と静まり返る。会のリーダーらしき彼は、列席する人々を見回し、「うむ」と満足そうに頷く。黒布の下、分厚い唇が開かれた。
「定食屋『まだい』の羽振りが、非常に良くなってきている。ついこの間までは、我らから金を借りなければ続けられなかったような、味だけの零細店がだ。それが動画サイトの有名人に取材され、地域ニュースで報道され、該当部分の配信が更なる話題を呼び、昨日など、全国ニュースで取り上げられた!」
声を張り上げるリーダー。仲間たちも彼に同調する。
「なんてこった」「忌々しい」
「卑劣な手を使ったに違いねえ!」
列席者たちの怒気熱が、急速に高まっていく。冬なのに暖房いらずだ。
一人の男が蝋燭前に出てきた。振り返る。大声で、仲間たちに問いかける。
「こんなのっ許せるかっ!?」「許せない!」
「調子に乗りやがって」「図に乗って」「偉ぶりやがって!」
「態度もどこか冷淡だ」
「今まで影から支えてきたのは誰だと思ってる!」
憤怒の念が、いよいよ最高潮に達する。
リーダーの男が、黒装束の隙間に手を入れた。荒ぶっていた場が、再び静寂に包まれる。
一枚の紙を取り出した。
「これを見ろ」
地面に置く。
「定食屋『まだい』の娘、未韋成子だ」
ゴクリ。唾を呑む音だけが、地下室に広がる。誰かが「まさか」と呟いた。
場に緊張が走る。
「この子を」「そう。我々はこの子を」
リーダーは、燃えるように立ち上がる。ただならぬ雰囲気を昇らせて。
覚悟を決めた男の顔だった。
衆目が彼に集まる。
未韋成子の写真を掲げる。スゥと大きく深呼吸して、リーダーはこう叫んだ。
「我々はこの子を、守らなければならないいぃっ!!」
張り詰めていたプレッシャーが、パチンと弾け飛んだ。
「「「「「うぅおおおおおぉおおぉおぉおおおおぉあっ!!」」」」」
全員が全員、呼応し、跳ね飛び、超大ボイスで雄叫びを上げる。
「なああああるこちゃああああああんっっ!!」
先ほどとは打って変わって、地下室は歓喜と興奮の渦に包まれた。まさに魂の解放だった。有名ミュージシャンのライブに匹敵するほどの熱量。
リーダーが号令をかける。
「整列っ!」「「「「「はいっ!」」」」」
「今週の成子ちゃん報告!」
「カーウィンドウでポーズ取ってた!」
「「「「「かわいい!」」」」」
「開封ミスってアメばら撒いた!」
「「「「「おちゃめ!」」」」」
「野良猫撫でてた!」
「「「「「かわいすぎ!」」」」」
「テレビ写りを気にしつつも夢を語る成子ちゃん!」
「「「「「ビバ天使!」」」」」
「しかぁし!」「「「「「しかしっ!?」」」」」」
「俺たちの成子ちゃんがあ、全国区アイドルになっちまったあぁ!?」
「「「「「うあおおおおおおおおっっっおっ!??」」」」」
咽び泣く黒装束たち。その野太い声は、悲しみと、悔しさと、ほんの少しの誇りとで彩られている。
「成子ちゃんたち三人家族、支えてきたのは」
「「「「「この俺たちっ!」」」」」
「ユ◯チューバーだのテレビだの」
「「「「「新参のくせ偉そうに!」」」」」
「俺たちを蔑ろにしやがって。許せん。余計な虫を引き連れてきただけのくせに。すでに成子ちゃんを付け狙う陰湿なストーカーが出始めている。そうだな?」
「はい。漏れなく全員引っ捕らえました」
首を垂れつつ、問いかけられた男は言う。
「成子ちゃんが触った割り箸などなど、それを粉にしたブツを吸わせることで、洗脳は完了しております」
「ふむ。死刑の方が世のためだと思うが。まあ良かろう。皆の者聞いたか!?」
「「「「「おうっ!」」」」」
「各自注意を怠らぬよう! 成子ちゃんをいかなる魔の手からも守るべしっ! たとえ命を捨ててでもっ! 復唱!」
「「「「「たとえ命を捨ててでもっ!!」」」」」
「汝らの心意気やよしっ! 実に有意義な会となった! 此度は解散っ!」
花屋地下室から、人影がパッと消え去る。
この頭のおかしな集団は、「成子ちゃん親衛隊」。未韋成子が小さい時から、決して手を出さず、声もかけず、草葉の陰から優しく彼女を見守ってきた幽鬼ども。ストーカーやいじめなどからのさりげないガードを至上命題とする。
「播磨くんファンクラブ」などという弱小団体が成子への嫌がらせを画策した際も、店まで追わせぬよう妨害工作を働いたり、あるいは、成子ちゃんが触った割り箸などなどから作り上げた神聖な粉を吸わせたりした。
吸うと成子ちゃんが「ダイスキ」になり、彼女に害をもたらすいかなる行為も出来なくなる。
親衛隊は、未韋母公認である。父は知らない。
成子は今日も、愛と狂気の織りなす強力なシールドによって守られている。
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