聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった

名前で呼ばれるようになってしまった

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 悪霊メロウが部屋から出て行った。
 しばらく呆気に取られていたが、気を取り直して、播磨くんの鼻血を拭き取り続ける。ようやく止まった。顔、手、服と、血で塗れてしまってる。

「ウェットティッシュとか持ってくるね」
「あ、ありがとう……」

 下に降りる。押し入れからウェットティッシュと雑巾、紙コップを取り出した。それから、プライベート冷蔵庫からミネラルウォーターを失敬する。
 床や階段を拭きつつ、自室に戻る。

「はいどうぞ。水も」「ありがとう」
「なんで突然鼻血なんか出たんだろねぇ」
「な、なんでかな……僕、体が弱いからかも……」

 それは知ってる。風邪で休むことも多いし。休みの報が伝えられる度、ファンクラブ皆で健康祈願のサバトを行っていた。

「耳鼻科とか行った方がいいんじゃない?」
「そう、なのかな。未韋さんが言うなら……ところで」

 播磨くんの視線が、ある一点に向かう。

「桐竹さん、だったよね? 一緒に遊んでたの?」

 振り向く。桐竹とは、沐美の苗字だ。
 彼女に近づく。「いつも通りに」と囁いた。「了解」と返ってくる。

「そう。勉強教えてもらってたんだ」「成子ちゃんはバカだからねぇ」

 おい。いつも通りにとは言ったけど、いつも通りストレートにバカにしろとは言ってねえから。播磨くんの御前だぞ。空気読め。

「勉強……。えらい。僕も教えて欲しいな。あんまり賢くないし」

 そんなことないって。どの教科も常に平均以上取れてるでしょ。
 とは言わない。なぜ僕のテストの点数把握してるの? ひょっとしてストーカーなの? 未韋さん、君にはがっかりしたよ。バイバイアホクズレディもう二度と僕の視界に入らないでくれたまえ。となりかねない。
 実態としてアホクズレディだが、ほかでもない播磨くんにその烙印を押されるのはやだ。想像だけで絶望しそう。
 パチンと手を叩く。

「せっかく来てくれたんだし。冬休みなんだし。ゲームでもしよーよ。三人でやったら楽しい」「う、うん。分かった」
「夕飯も食べてってね」「え? わ、わるいんじゃないかな」
「さっきたくさん血を失っちゃったんだし。放っとくのは良くないよ。栄養は勉強より大事。レバニラ炒めで鉄分補給ぅ!」
「……ありが、とう。うん。食べる。何から何まで、すごく嬉しい」

 感謝された。うっすいネガティブ感情はすべて吹き飛び、喜びでいっぱいになる。もう空も飛べる。

「あと、もう一つ聞きたいことがあって」「なに?」
「あの黒い頭巾を被ったお姉さん、誰?」「あいつ?」

 怪訝そうに尋ねてくる。シスター・メロウの内面的ヤバさに、無意識のうちに警戒感を抱いたのかもしれない。
 茶目っ気たっぷりに答える。

「自称聖女の悪霊?」

 トランプを地面に並べる。最初は七並べからだ。沐美が勝った。
 ババ抜き。沐美が勝った。大富豪。沐美が勝った。
 睨みつける。播磨くんが相手だぞ。接待プレーくらいしろ。メロウの改造で、脳がコンピュータにでもなったのか。
 シャッフル途中で束を落とした。バラバラと弾ける。

「あはは。成子ちゃんたちよわぁ」「よ、弱くてごめん」
「ぐぬぬ。双六じゃ。双六で勝負じゃ!」

 小さい頃によく遊んだボードゲームを引っ張り出して、床に置く。気合を入れてサイコロを振った。一だった。幸先の悪いスタートを切りました。
 二回に一回は一だった。ボロ負けする。最初にゴールし、かつ所持金が一番大きかったのはもちろん沐美だった。
 唇を尖らせる。窓から外を眺めた。空が黄色くなっている。そろそろ夕食の支度をしなければ。膝に掌をかける。

「久しぶり」

 播磨くんが、ボソリと呟いた。止まる。耳をすませる。

「こんなに楽しいの、久しぶり」「…………」

 彼は小学三年生の時、母親と死に別れた。仕事ばかりで帰りの遅い父親と暮らしてる。夜はいつも、顔を合わせない父親の買ってきた、スーパーの惣菜で済ませているようだ。
 楽しい生活じゃあない。それに、生来の引っ込み思案も災いしてか、友達も多い方じゃない。私みたいな厄介なストーカーは数多くいるが。
 まずはおトモダチへのランクアップを目指したい。

「……ごはん、作ってくるね」「未韋さん」

 背中に呼びかけられる。ちょっとだけ振り向いた。

「ん?」「あの。桐竹さん、みたいにさ」

 彼は、意を決したように顔を上げる。

「成子ちゃん……って。呼んでもいい、かなぁ」

 一瞬、意味が分からなかった。口をポカンと開ける。
 私、どんな顔してたんだろう。どんな間抜けヅラを晒してたんだろう。
 自室の扉を、パタンと閉める。とにかく、ただ一言、「はい」と答えたのだけは確かだ。
 心臓がドキドキする。調子が狂う。
 夢か現か。ボーナスステージか。

 いつの間にか、播磨くんにバイバイと手を振っていた。呆然と掌を眺める。
 お風呂に入った。部屋に戻った。沐美と悪霊がいた。
 メロウ、今までどこ行ってたんだろう。

「青春は謳歌出来ましたか? ヤりましたか」
「んーん。でも、もっとえっちだった」「そうですか」

 播磨くんの鼻血がついたティッシュを回収する。これは聖遺物だ。

「永遠に部屋掃除しない」
「えー。ゴキブリが出ちゃいますよー」「もう一匹いるし。デカイのが」

 自称聖女を指差した。
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