聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

文字の大きさ
上 下
13 / 64
一章:聖女が日常に組み込まれてしまった

コートはボロボロになってしまった

しおりを挟む

 小さな白い玉が変形し、やがて人型を形成する。
 現れた彼女は、シュタッと着地した。元気に口上を述べる。

「ミラクルシニカルシクリカル! シスター・メロウの登場です!」

 まるで女児向けアニメのマジカル少女の如く、キュピーン! とばかりにポーズを取った。胸を張り、背筋はシャンと伸びている。自信たっぷりだ。
 そして、まごうことなき全裸だった。
 もうすぐクリスマスだという寒い冬の頃、一糸纏わぬ姿のナイスバディな金髪美女が、とある民家の屋根の上に降臨した。シスターベールすら付けていない。とんでもない痴女だった。
 さすがの怪物も度肝を抜かれたか。スンと立ち尽くす。奴の足元、屋根がミシミシ言っている。重量級選手っぽい。
 沐美に下ろしてもらう。コートを脱いで、メロウに投げつけた。

「成子ちゃん。なんですかっ。決闘の申し込みですか!?」
「それなら手袋でしょーが。着ろっつってんだよ」
「あ。ありがとうございます」
「いや。なぜ頭に巻きつける? シスターベールでもターバンでもないよそれ」
「だって頭に何かないと落ち着かないんですもん!」

 もん! じゃねーよ。通報されるだろうが。
 仕方なさげに着てくれた。

「で。成子ちゃんに危険が差し迫ってそうなので馳せ参じましたけれども。敵はどこですか?」「あいつ」
「あー。あれですか。汎用型の歩兵ですね。一匹なんて珍しい。はぐれ個体でしょうか」「え?」

 訳知り顔でそう答える。訝しみ、眉を顰めた。
 どうやらメロウは、あの怪物との遭遇に慣れきっている。

「はあ。とうとう来ちゃいましたか。ま、さもありなん、ですかねぇ」

 やれやれと首を振る。コート一枚、固定具はなし、もちろん揺れるはおっぱいだ。ボタンが弾け飛ばぬよう祈る。八千円もしたのだから。

「予想してたの?」「そうですねぇ。自然というか、神の摂理、的な」
「ふーん。まあいいや。あの怪物知ってるんでしょ? どうするの? 黒いヒビの向こう側に送り返すとか?」
「いえいえ。そんな面倒なことはしません」

 メロウはキッパリと答える。敵を見下すように笑った。

「殺す方が楽です」
「……殺す?」

 怪物の体はメカニック。なんというか、ロボットやその類に見える。つまり命はない。
 言葉が不自然である気がした。「壊す」じゃないの?
 妙に引っかかる。私たちは普段から、「あのテスト、私の成績を殺しにかかってる」とかいう風に、命なき物を奪う命のある者として扱うこともある。私の成績は元々死んでいるという事実はともかく、「殺す」という言葉のチョイス自体はおかしくない。
 でも。メロウが言った「殺す」には、相手の命を奪うというニュアンスが込められていた。ただただ、無感動な殺気があった。
 怖い。

「危ないですから」

 私の疑問と恐怖を意に介さず、メロウは姿勢を低く沈ませる。

「白線の内側までお下がりください」

 電車、どころか新幹線よりも速く、彼女は怪物に接近した。
 わずかながらに反応する怪物。だが無駄だった。遅い。
 目のない顔に、アッパーカットを喰らわすメロウ。彼女の軸足、繰り出した拳がひしゃげ、血を散らした。



 瞬く間に再生する。
 殴ったのとは反対の手で、吹っ飛ぼうとする怪物の体を引っ掴む。足場の民家に叩きつけた。誰の家か知らないが、粉々に砕け散る。
 遅れて、二重の衝撃波が木々を揺らした。私たちにまで届く。沐美に抱えられ、地面に降りた。メロウたちのバトルを覗き込む。
 荒々しい戦闘の光景に、私は確かに恐怖してたはずだ。
 しかし同時に、魅了もされていた。釘付けになっていた。

「わあ」

 花火だ。命と命がぶつかって、綺麗な花を咲かせてる。
 背中から羽を生やした怪物が、民家より飛翔する。逃げようとする。
 人体の限界を遥かに超えた筋力で、再生系シスターはその後を追った。否。軽々と追い越していく。空中で身を捻り、無理矢理静止した。
 体を弓なりに逸らし、右拳をグンと振り上げる。
 強烈なスパイクだった。
 怪物のボディは墜落する。沐美に命じて現場に急行した。巻き込まれて死ぬかもなんて、もはや一切考えてなかった。
 かっこいい。なんてかっこいいのだろう。
 戦いの帰結と私たちの到着は、同時だった。



 ヒュルルルルと降臨してきたメロウが、トドメの一撃を叩き込む。黒いヒビの怪物は、無惨にも、バラバラに破壊された。
 聖女は淡々と立ち上がる。このくらい、なんでもありませんとでも言うかのように。
 パッパッと手を払う。土汚れ以外は、傷一つない。
 しかし残念ながら、貸したコートはボロボロになっていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の逆襲~バッドエンドからのスタート

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
重要ミッション!悪役令嬢になってバッドエンドを回避せよ! バッドエンドを迎えれば、ゲームの世界に閉じ込められる?!その上攻略キャラの好感度はマイナス100!バーチャルゲームの悪役令嬢は色々辛いよ <完結済みです>

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒― 私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。 「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」 その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。 ※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

前世の忠国の騎士を探す元姫、その前にまずは今世の夫に離縁を申し出る~今世の夫がかつての忠国の騎士? そんな訳ないでしょう~

夜霞
ファンタジー
ソウェル王国の王女であるヘンリエッタは、小国であるクィルズ帝国の王子との結婚式の最中に反乱によって殺害される。 犯人は国を乗っ取ろうとした王子と王子が指揮する騎士団だった。 そんなヘンリエッタを救いに、幼い頃からヘンリエッタと国に仕えていた忠国の騎士であるグラナック卿が式場にやって来るが、グラナック卿はソウェル王国の王立騎士団の中に潜んでいた王子の騎士によって殺されてしまう。 互いに密かに愛し合っていたグラナック卿と共に死に、来世こそはグラナック卿と結ばれると決意するが、転生してエレンとなったヘンリエッタが前世の記憶を取り戻した時、既にエレンは別の騎士の妻となっていた。 エレンの夫となったのは、ヘンリエッタ殺害後に大国となったクィルズ帝国に仕える騎士のヘニングであった。 エレンは前世の無念を晴らす為に、ヘニングと離縁してグラナック卿を探そうとするが、ヘニングはそれを許してくれなかった。 「ようやく貴女を抱ける。これまでは出来なかったから――」 ヘニングとの時間を過ごす内に、次第にヘニングの姿がグラナック卿と重なってくる。 エレンはヘニングと離縁して、今世に転生したグラナック卿と再会出来るのか。そしてヘニングの正体とは――。 ※エブリスタ、ベリーズカフェ、カクヨム他にも掲載しています。

処理中です...