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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった
コートはボロボロになってしまった
しおりを挟む小さな白い玉が変形し、やがて人型を形成する。
現れた彼女は、シュタッと着地した。元気に口上を述べる。
「ミラクルシニカルシクリカル! シスター・メロウの登場です!」
まるで女児向けアニメのマジカル少女の如く、キュピーン! とばかりにポーズを取った。胸を張り、背筋はシャンと伸びている。自信たっぷりだ。
そして、まごうことなき全裸だった。
もうすぐクリスマスだという寒い冬の頃、一糸纏わぬ姿のナイスバディな金髪美女が、とある民家の屋根の上に降臨した。シスターベールすら付けていない。とんでもない痴女だった。
さすがの怪物も度肝を抜かれたか。スンと立ち尽くす。奴の足元、屋根がミシミシ言っている。重量級選手っぽい。
沐美に下ろしてもらう。コートを脱いで、メロウに投げつけた。
「成子ちゃん。なんですかっ。決闘の申し込みですか!?」
「それなら手袋でしょーが。着ろっつってんだよ」
「あ。ありがとうございます」
「いや。なぜ頭に巻きつける? シスターベールでもターバンでもないよそれ」
「だって頭に何かないと落ち着かないんですもん!」
もん! じゃねーよ。通報されるだろうが。
仕方なさげに着てくれた。
「で。成子ちゃんに危険が差し迫ってそうなので馳せ参じましたけれども。敵はどこですか?」「あいつ」
「あー。あれですか。汎用型の歩兵ですね。一匹なんて珍しい。はぐれ個体でしょうか」「え?」
訳知り顔でそう答える。訝しみ、眉を顰めた。
どうやらメロウは、あの怪物との遭遇に慣れきっている。
「はあ。とうとう来ちゃいましたか。ま、さもありなん、ですかねぇ」
やれやれと首を振る。コート一枚、固定具はなし、もちろん揺れるはおっぱいだ。ボタンが弾け飛ばぬよう祈る。八千円もしたのだから。
「予想してたの?」「そうですねぇ。自然というか、神の摂理、的な」
「ふーん。まあいいや。あの怪物知ってるんでしょ? どうするの? 黒いヒビの向こう側に送り返すとか?」
「いえいえ。そんな面倒なことはしません」
メロウはキッパリと答える。敵を見下すように笑った。
「殺す方が楽です」
「……殺す?」
怪物の体はメカニック。なんというか、ロボットやその類に見える。つまり命はない。
言葉が不自然である気がした。「壊す」じゃないの?
妙に引っかかる。私たちは普段から、「あのテスト、私の成績を殺しにかかってる」とかいう風に、命なき物を奪う命のある者として扱うこともある。私の成績は元々死んでいるという事実はともかく、「殺す」という言葉のチョイス自体はおかしくない。
でも。メロウが言った「殺す」には、相手の命を奪うというニュアンスが込められていた。ただただ、無感動な殺気があった。
怖い。
「危ないですから」
私の疑問と恐怖を意に介さず、メロウは姿勢を低く沈ませる。
「白線の内側までお下がりください」
電車、どころか新幹線よりも速く、彼女は怪物に接近した。
わずかながらに反応する怪物。だが無駄だった。遅い。
目のない顔に、アッパーカットを喰らわすメロウ。彼女の軸足、繰り出した拳がひしゃげ、血を散らした。
瞬く間に再生する。
殴ったのとは反対の手で、吹っ飛ぼうとする怪物の体を引っ掴む。足場の民家に叩きつけた。誰の家か知らないが、粉々に砕け散る。
遅れて、二重の衝撃波が木々を揺らした。私たちにまで届く。沐美に抱えられ、地面に降りた。メロウたちのバトルを覗き込む。
荒々しい戦闘の光景に、私は確かに恐怖してたはずだ。
しかし同時に、魅了もされていた。釘付けになっていた。
「わあ」
花火だ。命と命がぶつかって、綺麗な花を咲かせてる。
背中から羽を生やした怪物が、民家より飛翔する。逃げようとする。
人体の限界を遥かに超えた筋力で、再生系シスターはその後を追った。否。軽々と追い越していく。空中で身を捻り、無理矢理静止した。
体を弓なりに逸らし、右拳をグンと振り上げる。
強烈なスパイクだった。
怪物のボディは墜落する。沐美に命じて現場に急行した。巻き込まれて死ぬかもなんて、もはや一切考えてなかった。
かっこいい。なんてかっこいいのだろう。
戦いの帰結と私たちの到着は、同時だった。
ヒュルルルルと降臨してきたメロウが、トドメの一撃を叩き込む。黒いヒビの怪物は、無惨にも、バラバラに破壊された。
聖女は淡々と立ち上がる。このくらい、なんでもありませんとでも言うかのように。
パッパッと手を払う。土汚れ以外は、傷一つない。
しかし残念ながら、貸したコートはボロボロになっていた。
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