聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった

推しが来てしまった

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 あのメロウ、絶対分身だ。
 のべつまくなしに注文を取りつつ、同じくあくせく働く自称聖女を眺めて、そう感じる。今日は日曜。昼食時、我らが定食屋「まだい」は、ありがたいことにお客さんでとても賑わってる。
 いつも通りテキパキ快活。看板娘の名に恥じぬ働き。でもよく観察すると、言葉や仕草が、なんだかちょっと単調なのだ。

「いらっしゃいませ」「ご注文は?」「はい!」
「了解しました!」「お待ちどおさまです!」「ありがとうございます!」

 この六つのみを使い回してる。普通の大学生バイトならそんなものかと思うが、メロウのお客様対応言語レパートリーは普段ならもう少し広いし、言葉遣いにもブレがある。クリスマスにサンタさんから貰えそうな「喋るお人形さん」チックには振る舞わない。
 本体どこ行ったんだろ。
 沐美みたいな被害者を増やしてなければいいけど。
 もう一度言うが、今日は日曜。明日からまた学校だ。沐美は元に戻るのだろうか。
 期待薄だ。せめて、キメラ的進化を遂げたりとかしないよう神に祈る。

「ごめんちょっと、成子ちゃん」「なに?」
「イ◯スタに上げる写真。撮ってくれないかしら?」

 人気になる前から来てくれてる馴染みのおばちゃんだ。喜んで撮影する。

「成子ちゃん、ありがとね」
「ふふ。ちゃんと宣伝してね。さりげなく加工して盛っといて」
「はいはい。頑張ってねぇ」

 忙しくも楽しい時間は、あっという間に過ぎる。午後二時半を過ぎて、人がまばらになった。男性客に止められる。「wi-fiありませんか?」と尋ねられた。「マク◯ナルドかスター◯ックスに行ってください」と返す。

「ふー」

 一息く。
 分身メロウはまだ頑張るつもりのようだ。と言うか、そういう風にプログラムされてるっぽい。この場は任せられる。
 舞台裏に引っ込むか。夕食の時間帯までに残りの宿題やらなきゃ。かったるいけど。
 無意識のうちに、店内を眺め回す。
 ポカンとした。最近買い替え、綺麗に透き通ったガラスの向こう側。出入り口の側で立ち尽くしつつ、こちらを覗き込んでる少年がいる。
 ただの少年ではない。美少年だ。それも、とても見覚えのある。

 え? なんで? ちょい待ち。どうして?
 ウソ。

「播磨くん?」

 目が合った。刹那、彼は微かに笑った。かわいい。カメラはどこだ。
 意を決した様子で、店内に入ってくる。

「い、いらっしゃいませ……」「こ、こんにち、は。未韋さん」

 目を伏せる。顔が熱い。十秒の沈黙。
 ハッとなる。何やってるの未韋成子。二代目失格。推しであっても、店に来たならお客様の一人。
 マニュアルに従って対応しなきゃ。

「お好きな席へ、どうぞ! ご注文が決まりましたら、ベルでお呼びください」
「は、はい……」

 待つ。宿題なぞどうでもいい。播磨くんと比べたら、あんなのはゴミだ。
 本当に、どうしてここに? 同級生がテレビに出たから、「行ってやってもいいか」という慈悲の御心で来てくださったのだろうか。
 なんでもいいや。嬉し過ぎ。
 心の中は、ドッタンバッタン大慌て。喝采も鳴らしてる。
 彼はしばらく迷ってたけど、やがて呼び出しボタンを押す。
 反射的に動き出す分身メロウを足でぶっ転がし、注文を取りに行く。

「はい~」「なんか、大きな音がしたけど」
「スタッフの一人が、何もないところでコケました。運動不足だと思います!」
「そ、そう……えっと、じゃあ、生姜焼きでお願いします」

 注文票を携えて、厨房に引っ込む。手づから用意した。愛情込めて。
 お客様の差別は良くない。そんなの分かってる。定食屋の後継者だもの。
 でも、自然と籠っちゃうんだよ、四年半かけてゆっくりじわじわと熟成されてったクソデカな愛が……っ。
 非公認ファンクラブ結成は小四の初め。

「お待たせしました! 愛妻べんと……生姜焼き定食です!」

 調子に乗りかけた。播磨くんは目を輝かせ、「おいしそう」と呟いた。全部が全部自分で用意したものではないけど、でも嬉しい。そして可愛い。
 口に運ぶ。満足げに味わってる。幸せだ。泣きそう。もう死んでもいいです。
 感慨深げに、彼は言う。

「懐かしいな……」「懐かしい?」

 尋ねる。飲み込んでから、彼は答える。

「僕、小さい頃、一度ここに来たことがあって」「えっ!? そうなのっ?」
「ずっと、また来たかったんだけど、父さんがここ覚えてなくて。こ、今月からお小遣いもらえるようになったから。真っ先に来たよ」
「す、すごい嬉しい。ありがと」「また、来る」「無理はしないでね!」
「えっと。実は、前に来た時、未韋さんと会って。話もしたんだよ」

 身体中に衝撃が走る。マジですか?
 え? え? 記憶をスクリーニングする。うん。全然覚えてねえ。
 クソが。私の脳細胞無能か。無能でした。
 腹切って詫びます。

「はは。その様子だと、覚えてなさそうだね……」
「介錯は結構です。辞世の句詠みます」
「きっ気にしなくていいから! 大丈夫だから!」

 フォローさせてしまった。拳を握り込む。自分のバカさが悔しい。腹切った後、笑顔でバンジージャンプくらいしないと許されねえ。
 そんな大事な記憶、どうしてUSBにとっとかないんだよ、幼女私。
 こうなったらもう、メロウに脳を改造してもらうしか。

「ほっ、ホントに気にしなくていいからっ」

 罪深きアホの子相手に、神はなんて優しいんだ。拝む。「なんで拝んでるんだろ……」と不思議がられた。
 その後も同様、「気にしなくていい」と何度も念を押してから、播磨くんは席を立つ。会計も私が担当した。少し照れた様子で、播磨くんは最後にこう言い残した。

「そのエプロン? 未韋さんに、と、とても似合ってるよ」

 昇天しかける。
 後に残る、空になった皿。舐め回したくなる欲求をどうにか我慢した。
 だってお母さんが近づいてきたから。

「あの子可愛いわねぇ。同級生? ウチの看板キャラになってくれないかな」
「いいねお母さん」
「メロウちゃんとのカップリングで売り出すの」
「殺すぞクソババア」
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