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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった
鼻笑いされてしまった
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学校から帰宅し、いつものように店の手伝いを熟す。ひっきりなしに訪れる客に、もうだいぶ慣れてしまった気がする。写真撮影は基本お断りだ。
お風呂で綺麗になったのち、私の部屋で、メロウと正面に向き合った。
作戦会議だ。下町が定食屋の芋けんぴ娘が、どうすれば王子さまをオトせるのか。
「いいですか。男ってのは」「うん」
「裸で誘惑すれば大体反応します」「動物の求愛から離れて」
自称聖女はさっきから、生物本能刺激を目的とする、ダイレクトな提案ばかりしてくる。とにかく胸を触らせろとか、プールに誘って更衣室のロッカーに引き込めとか。
コメカミを押さえた。プールって。もう冬。
「あのさあ。メロウがどうかは知らないけど、私は人間だから」
「ミートゥー」「あんたはホムンクルスじゃん」
「そんな設定ないです」
「とにかく。私はもっと、ロマンチックなラブがしたいの。突き詰めていくとえっちに到達するとしても、えっちなのはアフターストーリーで匂わせるだけでいいの。エンディングはキス。プロセスに野蛮はいらない。学校の帰り道でそっと手を握り合ったり。カフェで楽しくおしゃべりしたり。そして! 最終局面でドラマティックに恋慕を煽るっみたいなっ。そういうのがいいの! アーユーオーケー?」
「イエス、アイムオーケーっ!」
「冗談やめて」
即否定。
部屋の隅っこ、正体不明のつるんとした肉塊に繋げられた沐美が、呻き声を上げる。人間の形をしているだけのすでに人間じゃない感が半端ない。
哀れだ。目を逸らした。
「あのお肉は私の脳から抽出したものです。物心ついた時からの思い出が詰まってます。見ます?」「やめとく」
「そうですか。なるほど。言いたいことは分かりました。ベッドシーンはNG。難しいですね。まあ、ギリギリまで攻めていきましょう」
「ベッドシーンに繋がりそうなのもダメなの。ピュアッピュアでいこ」
「R15?」「全年齢対象。り◯ん・オア・な◯よしのマイルドさ」
「新手のデッド・オア・アライブですね……」
どこがだよ。
ハッとする。ひょっとしてこのどすけべシスター、恋愛関係=肉体関係だと思ってるの? モテない男子か。◯ゃおから出直してこい。
「はあ。先は長そうですね。ガキの戯言には飽きました。今日は閉廷」
「ガキの戯言っ……? 私の恋路応援するって言ったのメロウじゃん」
頬を膨らませる。
シスターは微笑んだ。
「聖女を煩わせた罪。懺悔なさい」「ザンゲ? ザンゲってなに?」
「ふっ。そんなことより」
「えっ鼻笑い? ザンゲって中学生知ってなきゃダメなヤツなの? ねえ教えて! 播磨くんにバカって思われたくないぃ!」
必死の願いはスルーされた。後で調べてみると、それは、漫画などで見たことのある熟語だった。
読みは「せんかい」だと思ってた。ややこしいのが悪い。
意味は「自らの過去の行いを悪事と認め、悔いて神に報告すること」。はらわたの煮え繰り返る心地がした。
自称聖女はもう一度鼻を鳴らす。
「成子ちゃんは普通にバカじゃないですか。ありのままで愛してもらえないと後が辛いですよ。そんなことより、沐美ちゃんって一人暮らしだったんですよね?」
「そうだけど。家がお金持ちで」「とても良い情報ですね」
メロウはニコニコになった。イヤラシイ表情だ。
背筋がゾワリとする。
「強盗でもする気?」「失敬な。譲っていただくだけです」
「うわあ。うわあ……」
今の沐美ちゃんに自我は残ってなかろうに。クズだ。ヤクザだ。
天罰下れ。神は何をやっているのでしょう。サボりだ。
「ゼータクしてるようには見えんけど。お金必要なの?」
「あるに越したことはないじゃないですか。それに」「それに?」
「ここ以外にも、一人になれる拠点が欲しくてですねぇ」
「家まで全部乗っ取るつもりだ」
一人になれる拠点って。個人事業でも展開するのか。怪しい宗教の本山とか、男を癒す表向きマッサージ店とか、人々を洗脳するクスリの製造とか。
ロクなことしなさそう。お巡りさんに連絡しなきゃ。
「違法ビジネスはダメ! 考え直して」
「成子ちゃんは、シスター・メロウという慈悲深き聖女の心根について大きな誤解を抱いていらっしゃるようですね。養いましょう。人を見る目」
「うるせえホムンクルス」
「人間です。別に、ビジネスでお金を儲けようとか気持ちよくなろうとかそんなこと考えてないです。ちょっとしか」「その『ちょっと』は信用出来ない」
「ホントに、ちょっと作りたいものがある。ただそれだけなんです」
「作りたいもの?」
尋ね返す。メロウは答えず、肩を竦めるのみ。
興味があるわけでもなし。問い詰めようともせず、回転椅子に深くもたれかかり、天井を眺めた。そういや私、メロウのことあんまり知らないな。
再生能力持ちのクレイジーな自称聖女、くらいしか。
でも友達だ。方法はヤバかったとはいえ、定食屋「まだい」を流行らせ、夢を大きく前進させてくれた恩もある。
「まあ。よく分かんないけど、手伝えることがあったら言ってね」
「はい。ありがとうございます!」
「うん。えっと。テレビ見る? この時間、4チャンで面白いバラエティやってるし」「そうですね。そうしましょう」
デスクトップパソコンの電源を入れる。お父さんからのお下がりだ。検索などの動作は遅いが、テレビはちゃんと見れる。
地域ニュースが映った。チャンネルを変えようとする。指が止まった。
テロップを二度見する。
『宙に黒いヒビ “時空の乱れ”?』
「うん?」
眉を顰めた。胡散くさ。加工なんじゃないの? フェイクニュースでは?
キャスターが紹介する映像に、ふと違和感を覚えた。目を凝らす。
「メロウ。ヒビの下に、銃っぽいもの落ちてない? あっちの方が問題じゃないかなぁ。はは。……メロウ?」
斜め後ろのシスターに話しかける。返事がない。
金品物色を待ちきれず、沐美の家にでも行ったのだろうか。訝しむ。
振り向いた。いる。
唇を引き結び、難しい顔をしていた。これほど真剣な彼女を見るのは、初めてだ。首を傾げる。
「メロウ?」
お風呂で綺麗になったのち、私の部屋で、メロウと正面に向き合った。
作戦会議だ。下町が定食屋の芋けんぴ娘が、どうすれば王子さまをオトせるのか。
「いいですか。男ってのは」「うん」
「裸で誘惑すれば大体反応します」「動物の求愛から離れて」
自称聖女はさっきから、生物本能刺激を目的とする、ダイレクトな提案ばかりしてくる。とにかく胸を触らせろとか、プールに誘って更衣室のロッカーに引き込めとか。
コメカミを押さえた。プールって。もう冬。
「あのさあ。メロウがどうかは知らないけど、私は人間だから」
「ミートゥー」「あんたはホムンクルスじゃん」
「そんな設定ないです」
「とにかく。私はもっと、ロマンチックなラブがしたいの。突き詰めていくとえっちに到達するとしても、えっちなのはアフターストーリーで匂わせるだけでいいの。エンディングはキス。プロセスに野蛮はいらない。学校の帰り道でそっと手を握り合ったり。カフェで楽しくおしゃべりしたり。そして! 最終局面でドラマティックに恋慕を煽るっみたいなっ。そういうのがいいの! アーユーオーケー?」
「イエス、アイムオーケーっ!」
「冗談やめて」
即否定。
部屋の隅っこ、正体不明のつるんとした肉塊に繋げられた沐美が、呻き声を上げる。人間の形をしているだけのすでに人間じゃない感が半端ない。
哀れだ。目を逸らした。
「あのお肉は私の脳から抽出したものです。物心ついた時からの思い出が詰まってます。見ます?」「やめとく」
「そうですか。なるほど。言いたいことは分かりました。ベッドシーンはNG。難しいですね。まあ、ギリギリまで攻めていきましょう」
「ベッドシーンに繋がりそうなのもダメなの。ピュアッピュアでいこ」
「R15?」「全年齢対象。り◯ん・オア・な◯よしのマイルドさ」
「新手のデッド・オア・アライブですね……」
どこがだよ。
ハッとする。ひょっとしてこのどすけべシスター、恋愛関係=肉体関係だと思ってるの? モテない男子か。◯ゃおから出直してこい。
「はあ。先は長そうですね。ガキの戯言には飽きました。今日は閉廷」
「ガキの戯言っ……? 私の恋路応援するって言ったのメロウじゃん」
頬を膨らませる。
シスターは微笑んだ。
「聖女を煩わせた罪。懺悔なさい」「ザンゲ? ザンゲってなに?」
「ふっ。そんなことより」
「えっ鼻笑い? ザンゲって中学生知ってなきゃダメなヤツなの? ねえ教えて! 播磨くんにバカって思われたくないぃ!」
必死の願いはスルーされた。後で調べてみると、それは、漫画などで見たことのある熟語だった。
読みは「せんかい」だと思ってた。ややこしいのが悪い。
意味は「自らの過去の行いを悪事と認め、悔いて神に報告すること」。はらわたの煮え繰り返る心地がした。
自称聖女はもう一度鼻を鳴らす。
「成子ちゃんは普通にバカじゃないですか。ありのままで愛してもらえないと後が辛いですよ。そんなことより、沐美ちゃんって一人暮らしだったんですよね?」
「そうだけど。家がお金持ちで」「とても良い情報ですね」
メロウはニコニコになった。イヤラシイ表情だ。
背筋がゾワリとする。
「強盗でもする気?」「失敬な。譲っていただくだけです」
「うわあ。うわあ……」
今の沐美ちゃんに自我は残ってなかろうに。クズだ。ヤクザだ。
天罰下れ。神は何をやっているのでしょう。サボりだ。
「ゼータクしてるようには見えんけど。お金必要なの?」
「あるに越したことはないじゃないですか。それに」「それに?」
「ここ以外にも、一人になれる拠点が欲しくてですねぇ」
「家まで全部乗っ取るつもりだ」
一人になれる拠点って。個人事業でも展開するのか。怪しい宗教の本山とか、男を癒す表向きマッサージ店とか、人々を洗脳するクスリの製造とか。
ロクなことしなさそう。お巡りさんに連絡しなきゃ。
「違法ビジネスはダメ! 考え直して」
「成子ちゃんは、シスター・メロウという慈悲深き聖女の心根について大きな誤解を抱いていらっしゃるようですね。養いましょう。人を見る目」
「うるせえホムンクルス」
「人間です。別に、ビジネスでお金を儲けようとか気持ちよくなろうとかそんなこと考えてないです。ちょっとしか」「その『ちょっと』は信用出来ない」
「ホントに、ちょっと作りたいものがある。ただそれだけなんです」
「作りたいもの?」
尋ね返す。メロウは答えず、肩を竦めるのみ。
興味があるわけでもなし。問い詰めようともせず、回転椅子に深くもたれかかり、天井を眺めた。そういや私、メロウのことあんまり知らないな。
再生能力持ちのクレイジーな自称聖女、くらいしか。
でも友達だ。方法はヤバかったとはいえ、定食屋「まだい」を流行らせ、夢を大きく前進させてくれた恩もある。
「まあ。よく分かんないけど、手伝えることがあったら言ってね」
「はい。ありがとうございます!」
「うん。えっと。テレビ見る? この時間、4チャンで面白いバラエティやってるし」「そうですね。そうしましょう」
デスクトップパソコンの電源を入れる。お父さんからのお下がりだ。検索などの動作は遅いが、テレビはちゃんと見れる。
地域ニュースが映った。チャンネルを変えようとする。指が止まった。
テロップを二度見する。
『宙に黒いヒビ “時空の乱れ”?』
「うん?」
眉を顰めた。胡散くさ。加工なんじゃないの? フェイクニュースでは?
キャスターが紹介する映像に、ふと違和感を覚えた。目を凝らす。
「メロウ。ヒビの下に、銃っぽいもの落ちてない? あっちの方が問題じゃないかなぁ。はは。……メロウ?」
斜め後ろのシスターに話しかける。返事がない。
金品物色を待ちきれず、沐美の家にでも行ったのだろうか。訝しむ。
振り向いた。いる。
唇を引き結び、難しい顔をしていた。これほど真剣な彼女を見るのは、初めてだ。首を傾げる。
「メロウ?」
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