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一章:聖女が日常に組み込まれてしまった
ファンクラブメンバーにいびられてしまった
しおりを挟む沐美は風邪で休みと嘘の情報を伝えた。先生は、私たちの仲を知ってる。疑いもなく信じてくれた。あとで沐美の担任に伝えてくれるはず。
幾何の抜き打ち小テストで爆死したが、播磨琉くんとお話ししたパワーでめげず、後の授業も頑張って起きた。昼休みになる。
「いてて……」「大丈夫? どうしたの?」
「当たり屋に狙われてて」「当たり屋?」
現在私は、保健室にて、傷の手当をしてもらっていた。右手、左腕、左足の三箇所に絆創膏を貼る。授業合間に五回、明らかにわざとだけど、偶然を装ってぶつかられた。ファンクラブの仲間に。
まあ、全員が全員ってわけじゃないけど、奴らはもう敵だ。例えばふくよかワガママボディの会長からは、未必の故意タックルされ手を踏んづけられたのち、ボソリ「定食屋の娘風情が」と冷たく呟かれた。
料理人の手は宝なのに。
ちなみに会長は議員の娘だ。モノホンの令嬢。
彼女たちは嫉妬に狂っている。そりゃそうだ。一介の信徒が神とお話出来たものなら、他の信徒、特に中核メンバーたちにとって面白いはずがない。だからって、実力行使はダメだと思う。くそ。性悪どもめ。
あいつらの下駄箱に剥いたエビの殻入れたろかな。
「先生、食堂でご飯食べてくるから。ベッドで寝るなら鍵開けとくよ」
「保健室で弁当食べるのは?」「ダメ」「けち」
寝たい気分でもないけど、教室に戻りたい気分でもない。保健室すぐ横の扉を開ける。
校舎の壁と木々に囲まれた狭い道を行くと、その先にはちょっとした空間があって、タイヤの取り除かれた古い車体が中央に放置されている。
「よいしょ」
運転席に座った。ここは穴場。私以外の誰かが来るのを見たことがない。
というか、この場所の噂すら聞かない。
なぜ人気スポットにならないのか。なぜ学校は廃車を処理しないのか。
さっぱり分からない。
「ワイのだし巻き卵、今日もサイコーやで」
「私にもくださいよぉ!」
誰も来ないはずなのに。助手席から声がした。
めっちゃビビる。弁当箱を落としそうになった。
「なんだゴキブリか」「はい? シスターにして聖女のメロウですがなにか」
「店の手伝いは?」「左腕にやらせてます」
確かに、左手がなくなっている。
この自称聖女の再生系クリーチャーは、切った肉片から分身を作れる。耐用期間は肉片の大きさに依存するらしい。左腕丸々一本なら三日は保つ。ただし分身にした部分は、分身が死ぬか吸収するかしなければ元に戻らない。
「沐美は?」「あなたの部屋でかいぞ……修復してます」
「ちょっと待て。今『改造』って」
「どうして成子ちゃんはこんなとこで一人飯を?」
強引にはぐらかされた。話を戻すと私も改造されそうだ。
心の中で手を合わせる。ごめん沐美。先に性奴隷にしようとしたのはそっちでしょ。
メロウのおもちゃは任せた。
「会長たちにいびられてんだよね」「会長ですか? なんの?」
「播磨琉くんファンクラブ」
「ハリマリュウ? イケメン俳優とか、有名な『アイドル』ってヤツですか?」
「いや。同級生」「よくナマモノなんて推せますね。公認?」
「非公認」「うっわ」「その表情やめて。罪悪感が湧くでしょ」
「どんな顔してるんですか?」「写真あるよ」
制服に縫いつけた裏ポケットから、隠し撮り写真を見せる。学校生活の表面部分を切り取っただけの、健全なものばかりだ。真にヤバいデータはファンクラブのシークレットUSB内に保管され、ごく一部のメンバーしか閲覧出来ない。
私は無理だ。悲しい。
「手振れがかなり酷いですね! 無許可なのがよく分かります」
「うっせ」「可愛い系の顔ですね」
「そうなんだよねぇ。スティック野菜を上げたくなるっていうか。でへへ」
「お返しします。あんまり私の好みじゃないですけれど」
腕まくりして、グルグル回すシスター・メロウ。
「どれ。神の名の下、私が具合を確かめてみましょう」
「……何するつもり?」「ナニです。彼のベッドにでも忍びこみます」
舌をペロリと出す。上気した頬。悪魔的に美しい。聖女なのに。
ショックで心臓が止まりそうになった。
縋り付いて止める。
「やめてえぇぇぇぇえ」
「へ? 私が誰とナニをヤろうが勝手じゃないですか」
「ダメなものはダメなのぉ……っ」「どうして?」
「だって……ハジメテは、ハジメテ同士がいいもん!」
頬を膨らませて睨みつける。
笑われた。
「メルヘンチックなのは構いませんけれど。真実は往々にして残酷なのです。播磨琉とやらはもう経験済みですって。女ウケしそうな顔してますし」
「違うもん! 違うもん!」「可愛いですねぇ成子ちゃんは」
「大事なのは信じる心! 見える範囲で童◯だったら別にいいの! こっちで勝手に夢を見るから! でもメロウに喰われると信じられなくなるでしょ!」
「成子ちゃんって、めんどくさいってよく言われません?」
言われる。ある程度お互いを知って、「雰囲気ミステリアス」ではもはや中身を隠し通せなくなった頃合いによく言われる。
御影さん曰く、「夢はさっぱりしてるのに、恋愛感覚がオーバードリーム」。
「そもそも、そういう関係になれる見通しは立ってるんですか?」
「……立ってないし、遠くから眺めてられたら、それでいいと思ってた。でも」
「でも?」「なんか、脈アリらしい……」
もじもじ、人差し指を合わせる。
メロウは頷いた。
「なるほど。それでファンクラブの会長さんたちにいじめられてるわけですね」
「うん……」「なるほど。なるほど。よし! 分かりました!」
そう言って、勢いよく立ち上がった。廃車の天井に頭をぶつける。
天井の方が凹んだ。こわ。
「この私、聖女にして恋愛コンサル! 一宿一飯の恩ある成子ちゃんの恋っ! 応援しなきゃ嘘でしょう! 差し詰め私はキューピッド!」
大仰な身振り手振り。歌舞伎みたい。
再生系クリーチャーにキューピッドが務まるのか。不安だ。
そして、昨日車道に軽々と投げ飛ばされた沐美を思い出す。左手はなくなってるけど、こいつの右手だけでも当たったら私は死ぬ。こわすぎ。
「はあっ! 未韋成子と播磨琉、私の力で、見事くっつけてご覧にいれます、るぅ~~っ! ……あれ? なんでそんなイヤそうなんですか?」
だって、物理的に融合させられそうだし。
まあ、播磨くんと一緒に肉団子になるなら、それはそれで、悪くないのかもしれなかった。
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