聖女の首を拾ってしまった

オッコー勝森

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序章:聖女の首を拾ってしまった

女の首でコケてしまった

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「へえ。ついに生まれたの」

 その老女は片眉を上げ、興味深そうに呟いた。
 側で控える孫に言う。

「じゃあ、見に行かないとね」

◇◇◇

 斜めに差し掛かる陽の光を浴びる。この席になってから、少ないお小遣いで安い日焼け止めを買った。果たして効いてるのだろうか。
 あくびする。
 窓のふち、折目正しく六本の足を曲げる、ハエの死骸をつついた。見た感じ、どこも欠損してない。死体は見た目が大事だ。
 生きてるうちはもちろん違う。
 起立。ガタガタと音がした。礼。

「さようなら~。また明日」

 手提げカバンを手に持った。軽い。必要な教科書の半分しか持って来てないから。
 コロコロと飴を舐める。「分けて~」と隣に強請ねだられた。
 ませてて、柑橘の香りがする子。葡萄味をあげる。

「ちょっと。学校にお菓子持ってこないで。先生にもちょうだい」
「ワイロですよねそれ。まあいーよ」「あんがと。ところで」

 ピリッと小さな袋を開けた。

「中間テスト、全部赤点ギリのギリだったけど。だいじょぶ? 内申とか」
「へーきですって。ウチ継ぐから」
「はいはいいつもの。この雰囲気ミステリアスめ。顔は賢そうなのに」

 だからなに? 飴をもう一個上納しておく。
 学校から出た。大通りの方角へ向かう。私のお家は、その二つ横の、目立たない小径こみちに面している。早歩きで帰る。
 裏口から入った。エプロンを着る。昔ながらの割烹着らしいデザインだ。
 張り切って厨房に向かう。

「お父さ――」

 煤けた背中だった。手元の包丁を、じっと眺めている。
 ゴクリと唾を呑む。それでおしまい。
 気を取り直して話しかけた。

「お父さん。何か手伝えることない?」
「っ。そうだな。バイトさんまだ来てないし。お母さんと一緒に注文聞きと、会計と。忙しくなったら調理の補助を頼む」
「分かったよお父さん!」「いつも、ありがとな」
「ぜんぜんいーよ! なんせ、跡継ぎは私だし!」

 お父さんは、寂しげに笑った。

「ああ。そうだな」

 仕事に入る。定食屋「まだい」。あの高級魚ではなく、ウチの苗字から付けた名前だ。魚と言えば、庶民的なアジの開きぐらいしか扱っていない。
 ちなみに、私の名前は未韋まだい成子なるこ。中学二年生女子。
 ガランとした店内を、お母さんと見回す。今日もキリキリ働こう。飾りのリボンをぎゅっと結ぶ。
 午後五時を過ぎた。ぽつりぽつりと人が来始める。五時半になると、席は一応半分以上埋まる。都会の店ほど繁盛してない。けど、立地が悪く、街自体の人口も多くないのに、上手くやってる方だとは思う。
 ネットを見るに、味の評判はいい。
 おすすめは生姜焼き定食。
 バイトが遅刻してきた。近所に住む大学生だ。厨房に移る。切ったり煮たり焼いたり揚げたりしていると、いつの間にか七時半を回っていた。

「成子~」「なにお母さん?」
「おトモダチ」

 営業スペースが指差される。
 厨房から出ると、見慣れた幼馴染の少女が悠然と座って、スマホを弄っていた。
 沐美だ。お金持ちで、東京の父母と離れて、一人で暮らしてる。小学二年生の時からずっと仲良し。コックさんごっこに熱中していた頃を思い出して、クスリと笑う。
 椅子を引く。グラついた。ネジが緩んでるのかも。あとで直さなきゃ。
 沐美の正面に位置取る。スマホの画面から、チラリと顔を上げた。
 ノーテンキに尋ねる。

「どしたん? もーすぐ閉店だけど」
「えーとね。んー、とね」

 小首を可愛くきゃるんと傾げ、彼女は悩む素振りを見せた。赤く蒸気した頬に手を添える。
 LEDの蛍光灯の下、潤んだ瞳がキラリと輝いた。
 囁き声。

「このお店ぇ。潰れちゃう前に来とこって」
「…………は?」

 意味不明だった。ポカンと、大きな口を開ける。

「元々経営は火の車。年中崖っぷちで瀬戸際なこの店にトドメを刺す許可が、ようやっとパパから下りたの」「え?」
「成子ちゃんの定食屋さんは潰れる。成子ちゃんのパパママは、自殺と見せかけて殺される。成子ちゃんは路頭に迷う」
「え? え?」
「そこで私が成子ちゃんを拾う。成子ちゃんを飼う。完璧なシナリオ。データベースで一目見てから、ずっと欲しかったんだよね。やっと。やぁっっと望みが叶う」
「ちょっと待って。ねえ。ちょっと待と?」

 だんだん近づいてくる彼女から逃げる。恐怖しか感じない。
 口角を歪ませる。茶化すように聞き返した。

「は。はは。ははは! どゆこと?」「その表情も最高」

 首筋を撫でられた。ゾワリとする。

「ま、このプランAは、正直とてもかわいそうで。あなたを悲しませるのは本意じゃない。そこで、いい話があるのだけど」
「い、いい話?」「そ。とってもいい話。店を残す代わりにさぁ」

 机の上に、ポンと札束を置く沐美。
 物質以上の圧倒的重量感に、喉が乾く。

「これは?」「ユキちゃん百枚」

 百万円。頭が真っ白になる。息が荒くなる。困惑する。こんがらがる。
 沐美の頬がますます赤くなる。リンゴみたいに。「ねえ」と、ドン引きするほど欲深げに、舌なめずりして言った。

「これで買えるかにゃあ? 成子ちゃんのカラダ♡」

 胸を軽く揉まれる。
 恐怖。失望。目の前が真っ暗になった。
 気づけば私は、外にいた。廃墟の多い街外れ。星々が空で瞬く。
 無邪気に光るそれらを、呆然と仰ぐほかない。

「やっちゃったな」

 グーで殴っちゃった。手が痛い。で、逃げちゃった。
 考え得る限り最悪のパターンだった。援交は破談。お家取り潰し両親抹殺アンド性奴隷コースに上乗せして、先ほどの暴力を盾に、さらにとてつもない要求をされるようになるだろう。寒気がする。
 コメカミを押さえた。

「まさかそんな目で見られてたなんて。気づかんかった。でも私、スキになれるの男の子だし。学校一美少年のファンクラブ会員だし。はあ。私って罪な女。死のっかな」

 溜息を吐く。沐美に、親の命と自らの貞操を捧げるしかないらしい。すべてを諦めた。不思議と気分が楽になる。
 帰路に着く。街灯が頼りなく点滅する。雑草がボウボウだ。衰退を感じる。
 はあ。短い自由だった。はあ。
 その時、足にガツンと衝撃が走った。心地悪い浮揚感を覚える。
 すぐに地べたに吸い寄せられた。顎に砂が突き刺さる。

「いてっ!?」「いたっ!?」

 なに? 大きな石? 私、躓いたの?
 服の汚れを払って、スマホを手に取る。ライト機能を使った。

 照らし出されたのは。
 黒い頭巾を被った、金髪女性の生首。

「ひぃいっ!?」「あっ。やっと人に会えました。あの」
「生きてる!? 美人イ◯ツブテっ!?」
「あの。ちょっと」

 語気を強められた。竦み上がる。逃げられず、反射的に「はい?」と答えた。
 修道女っぽい格好の生首は、キリッとした顔で、自分の意思を伝えてくる。

「すみません。施しを要求します。私、お腹減ってるんですよ」

 五秒の絶句。質問する。

「いや。減るお腹ある?」
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