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第一章
26‐EX‐.【神槍の始まり】
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●
──『僕』にとっての正義とは、秩序を守りし礎である法こそが全てだった。
僕が生まれたのはエスト王国郊外の農村だった。
首都の防壁近いその村は主に王国生産業の一端を担う重要な拠点という事もあり、比較的その内部は明るく活気に満ちていた。
それでも城壁ないし防壁が無いという事は、それ相応の危険が常に隣り合わせにあった。
ああ、そうだ。
あの時代……僕が生まれたあの頃は、魔物がいなかった。
だからその当時の僕らにとっての脅威とは……同じ暮らしをする人だった。
「やめろ! おい、何だってんだアンタ!?」
「やめとくれぇ……! それを持って行かれたら……っ」
「黙れ! 殺されてぇかジジイどもッ!!」
野盗、賊の存在。
その背景にあるのは貧困に窮した首都のスラムから出て来た者達が集い、城壁外の周囲にある農村や畜産業施設を襲撃する様になってしまったのだろう。
僕らは基本的に無力だ。
だってその役割は人々の暮らしを支えるが為に作り、育む事なのだから──人が襲って来る事など想像もしてなかった。
そもそもが騎士団の役目なのだ。
しかし王国が誇る騎士団も皆どういうわけか、助けに現れるのが遅い。
法に定められている筈なのに、彼等はいつも遅れてから参上しては溜息と共に帰って行く。
襲われた者達の悲痛な声や無念の情など、お構いなしだった。
──そんなのが法を護っていると言えるのだろうか?
「そこをどけ! 自警団だ! エスト王国聖法第12条3項に則り、お前達を捕縛して騎士団に突き出してやる!」
「はぁ!? 自警団だとォッ!」
「騎士団の真似事なんかしやがって、ぶち殺してやるァ──!!」
よく晴れた空が青く広がっていた昼中。
その日僕の村を襲った徒党はいずれも小綺麗で仕立ての良い服を着た者が多く見え、その手には首都の大通りに飾られている様な鋳造品の刀剣が握られていた。
本来なら獣や敵国との小競り合いに繰り出す様な傭兵しか利用しない武器を、同じ国の同じ民である物を虐げて奪う事に使っていた。
許せる事ではない。
けれど逆賊を裁くべき騎士団が間に合わない──……ならば、僕がその代わりを果たそうと思った。
「ハァァ────ッ!!!!」
流浪の冒険者を名乗る異国の商人から譲り受けた、鉱石から削り出した石槍を手に一直線に突進する。
気合いの声を上げながら全体重を乗せた突きを見舞えば、殆どの相手は怯んでくれた。
「うァ……! アブねえ!」
「クソガキがぁ! 囲め、袋叩きにしろ!」
「~~ッ、三人を越える集団での暴行は聖法に禁じられている! 大人しく投降しろ!」
「まだ言うか!!」
それでも止まらない相手は居る。
それはきっと、僕の顔の所為なんだろう。
生まれつき顔つきが幼く、サラサラとした艶のある黒髪のせいで昔から僕は女の子みたいだとも言われていた。
この時の僕は未だ16になったばかりだったが、それでも幼さの色が濃いが故に賊に侮られる事も多かった。
(何か顔を隠す物でもあった方が良かったのか?)
もしも彼等が僕の勢いと気合いの混じった姿に強面の大男の姿も合わさって視えていたなら、あるいは避けられた争いもあったのだろうか。
度重なる展開と、嘲笑、かえって増してしまう相手の闘争心や加虐心を目にした僕はそう思ってしまった。
いずれにせよやるしかない──深く息を吸い込み、重く沈み込むような石槍を手に僕は覚悟を決める。
「離れて行く其の力は我が手に──ッ!」
「魔法……!?」
蛇腹状に分けた鉄板を各部に括り付けただけの防具が軋みを上げる。
突進と同時に至近の距離に身構えていた賊目掛け石槍を振り回した瞬間、僕の手から伸びた閃光が拡散した。
それは詠唱を兼ねた僕の覚悟を示す言葉。
聞いた事が無かった詠唱だろうそれに警戒を強めた賊の男は、咄嗟に懐から何か液体の入った小瓶を取り出した様だが間に合わない──閃光を浴びた男の身体は本人の意思を無視して、僕の方へ半ば吹き飛ぶように引き寄せられるからだ。
地面に全身を沈ませる様に踏み込みながら、握り締めた石槍の穂先を横薙ぎに。
「ごぶッ、ぁァ……ッ!?」
振り抜きと同時に身を回転させ、もう一歩半身を滑り込ませた僕が肘鉄を男の頸に打ち込んで叩き伏せる。
鉄鋼を仕込んだ一撃が男の全身から自由を奪う。
それによって生命が脅かされるかは考慮しない……何故なら、彼等は既に法に背いた犯罪者なのだ。
これは、正義の下に降す鉄槌なのだ。
(次……!)
背後で微かに聴こえた芝生を蹴る音。
石槍を胸元に引き寄せながら転がるように前へ跳んだ僕に、後方から駆け付けた他の賊によって蹴り上げられた土砂が浴びせられる。
不意打ちを回避した僕が再度、石槍を構えながら詠唱を叫ぶ。
眩い閃光が奇襲を掛けて来た男に襲い掛かってその体躯を引き寄せた直後、渾身の突きで肩口を貫いて吹き飛ばしてやった。
血飛沫が舞う最中、雄叫びが複数上がる。
僕の背中を鉄板の上から切りつけられた感触、不快な金属音が次いで、蹴飛ばされた様な衝撃に脇腹を痛めた。
「ぐっ、あ……!」
「この! クソガキ! 舐めた真似しやがってぇ!!」
「死ね!! 殺せぇッ!」
「ヅゥ……~~ッ……!!」
体勢を崩された隙を男達が無我夢中で罵詈雑言を叫びながら剣を叩きつけ、蹴り足を繰り返し僕の全身を叩きのめしに来る。
頭部と急所を前腕と石槍で守りながら、前方に向かい全身を打ち付け、そのまま突進する。
男達のいずれかをよろけさせたのを傍目に石槍を関節部で抑え込むように固定したまま振り上げ、一気に全体重を乗せて至近の男の頭上目掛け打ち降ろした。
パァンッ!! という何かが弾ける音が鳴り響く。
「はぁ、ゼェ……ッ……!」
片目が返り血に潰されてしまい、僕の視界が左方だけ暗くなる。
だがそれでも、止まってはならないと思考を打ち切って身体を弾かれたように動かした。
賊はまだあと3人は立っているのだ。
「……ッ、ぉぉオオオァァァアああああああああああああッ!!!!」
「ひっ……」
「や、やばい……逃げるぞ!」
「つっても、物資は!?」
──逃がさない。
頭の天辺まで血が昇った僕は、こちらの雄叫びに臆したのか逃走の算段を立て始めた賊の声を聞いて一直線に駆け抜ける。
それを目の当たりにした男の一人が手から武器を投げ捨てたのが見える。
だが、彼等は武器を持っていなかった村の人にその悪意を向け、法を犯した悪人なのだ。
(絶対に、逃がさないぞ……!!)
武器を棄てた男の口に穂先を突き入れて頭部を貫いた直後、その骸を横合いの仲間に振り回し叩きつけてから更に二人とも胸部を刺し貫いて蹴り飛ばした。
噴き出す鮮血と石槍を薙ぐ度に散る残骸にあてられた残った一人が半狂乱になりながら剣を振り翳した、その懐に踏み込み肩を当てて弾いてから石突で肘を砕いてからトドメに心臓を貫いて地面に打ち付ける。
静止した視界、半分暗い世界の片隅で断末魔が呻きとともに上がってから、僕は槍を抜いて賊の亡骸から離れた。
全て、殺し尽くした。
「はぁ……ハァ……ハァ、ハァ……ッ」
不快な熱が全身で暴れていた。
正義は僕にある筈なのに、いつもそうだった。
なにか言いようの知れない不快感と異物感が全身を蠢き、這い回っている感覚がしていた。
悪いのは……裁かれるべき罪を犯した、彼等の方だというのに。
──── パチパチパチパチ……!
不意に、拍手が上がった。
賊を全て殺した後、眩暈と吐き気を覚えながら僕が立ち尽くしながら村の様子を見回した時だった。
「ククク──素晴らしい。
記念すべき戦勝祝いに物見遊山を楽しんでいただけだったが、暇を潰すついでに良い物を観れた」
「……? なんですか、あなたは……っ!?」
男とも、女とも判別がつかない不思議な声。
老婆かそれとも幼児か、それすら分からない気味の悪い声音に訝しみながら僕が目を向けたそこには、黒い鎧を纏った人間が立っていた。
どう見てもその姿は常人ではなく、そして羽織った外套に刻まれた刺繍には見覚えがあった。
エスト王国の歴史上もっとも力を持ち、覇道を往く者。
現国王──『名を棄てし王』。
民に呼ばれ讃えられべき其の名を棄てた代わりに覇道を突き進む事を誓いし、特異極まる性格と強大な力を持った覇王だ。
「へ……陛下!? なぜ、嗚呼……ッ! 無礼な所作を御許し下さい!」
「クク、構わぬ。我が歩みを止める者も無ければ予見する者もおらぬと、それは我こそがよく知っておるわ──民草を守るために手を血に染めし若人よ。
──……面を上げよ。そして我が深淵を覗くがよい、赦そう」
「っ、は……!」
顔を上げる瞬間、視界の端に震えながら地に頭を擦りつけて蹲る村の人々の姿があった。
僕はその姿にどこか胸を痛め……その一方で、眼前に小さく渦巻く漆黒の霞を見て震えた。
何も見えない闇の奥から、確かに何者かの呼吸を感じる。
(……これが、僕の国を治めている王様……)
なんと力強く恐ろしい存在なのだろう。
胸が躍る。
これほどの御方が支配し定めた物が『神聖王法』なる217の法律だと思えば、それを守る事がどれだけの名誉と栄華を秘めている事なのか理解できる。
僕はそんな王の下で暮らしている事実に心の底から誇りを抱いた。
「面白い」
「……はい?」
「これまでに我を見上げし者どもは幾らでもいたが、それらが貴様のように笑顔を浮かべた事など無かった。
よい。ククク……クハハッ! よいぞ、貴様! 名乗るがいい小僧! 貴様を我が城に迎え、その面倒を見てやろうではないか!」
大仰な仕草で手を振り上げた陛下は僕にそう告げると、鎧の端々に至るまでが音も無く停止した。
違う……僕が止まったのだ。
何か、決定的な瞬間にいま立ち会っている。
その問いに答えたなら、応えてしまったなら──僕は何かを受け入れるのだという確信、直感があった。
「僕…………いいえ、私は……!」
ずっと手の中に握り締めていた槍が熱くなる。
僕はこれが運命だったのだと、飛び立つかのように自身の名を告げた。
●
────深い微睡みから醒める感覚は、いつぶりでしょうね。
「……この私に幻惑の魔法を掛けるとは些か驚きましたよ。何のつもりです? 『魔王』」
「なぁに、時には逢瀬の手法を変えるのが乙女というものよ。『化け物』には分からんだろうがな!」
頭上から降り注ぐ光の奔流、それらが大気を震わせているがゆえに声が通らないが──まぁ唇の動きを見る限り、彼女が言っているのはこんな所でしょうか。
私の意識を遠い記憶の果てに飛ばす事で隙を生み。
その間に極大の魔力質量で私を粉々にしようと試みた、といった所ですかね。
よくもまぁ思いつく。
だが無駄ですよ──此の身、我が存在は絶対なのですから。
私は鼻歌混じりに頭上を覆い隠していた黒蝶の大群を全て片腕の一閃で吹き消した直後、空いた右手に愛槍を呼ぶ。
それは太陽をも上回る熱量と光り輝く魔力の結晶、圧倒的な力に満ち溢れた一条の炎である。
「我が権能が象りし裁きの神槍、このロンギヌスが貴女を再び肉塊に戻してあげますよ」
……黒蝶を引き裂いた向こうに広がっていた空から降り注ぐ雨を蒸発させながら、私は笑みを浮かべて見せる。
彼奴等を赦す訳にはいかない。
この世界の秩序、平和を全て奪ったのが奴等であり……■■なのだ。
今回はこれまでよりずっと早く魔王に辿り着いた。
多くの異分子は生まれたものの、それも全て私が終わらせればいい事。
そう、全てはこの世界で────この『過去の世界』で終わらせる。
「はっ、ならばやってみるがいい! 勇者──ッ!!」
大気の震動。
転移を使用して姿を消した魔王。
私の全方位から虚空より降らせた光線が襲い来る、その刹那を合図に私は神槍を振り上げるのだった。
──『僕』にとっての正義とは、秩序を守りし礎である法こそが全てだった。
僕が生まれたのはエスト王国郊外の農村だった。
首都の防壁近いその村は主に王国生産業の一端を担う重要な拠点という事もあり、比較的その内部は明るく活気に満ちていた。
それでも城壁ないし防壁が無いという事は、それ相応の危険が常に隣り合わせにあった。
ああ、そうだ。
あの時代……僕が生まれたあの頃は、魔物がいなかった。
だからその当時の僕らにとっての脅威とは……同じ暮らしをする人だった。
「やめろ! おい、何だってんだアンタ!?」
「やめとくれぇ……! それを持って行かれたら……っ」
「黙れ! 殺されてぇかジジイどもッ!!」
野盗、賊の存在。
その背景にあるのは貧困に窮した首都のスラムから出て来た者達が集い、城壁外の周囲にある農村や畜産業施設を襲撃する様になってしまったのだろう。
僕らは基本的に無力だ。
だってその役割は人々の暮らしを支えるが為に作り、育む事なのだから──人が襲って来る事など想像もしてなかった。
そもそもが騎士団の役目なのだ。
しかし王国が誇る騎士団も皆どういうわけか、助けに現れるのが遅い。
法に定められている筈なのに、彼等はいつも遅れてから参上しては溜息と共に帰って行く。
襲われた者達の悲痛な声や無念の情など、お構いなしだった。
──そんなのが法を護っていると言えるのだろうか?
「そこをどけ! 自警団だ! エスト王国聖法第12条3項に則り、お前達を捕縛して騎士団に突き出してやる!」
「はぁ!? 自警団だとォッ!」
「騎士団の真似事なんかしやがって、ぶち殺してやるァ──!!」
よく晴れた空が青く広がっていた昼中。
その日僕の村を襲った徒党はいずれも小綺麗で仕立ての良い服を着た者が多く見え、その手には首都の大通りに飾られている様な鋳造品の刀剣が握られていた。
本来なら獣や敵国との小競り合いに繰り出す様な傭兵しか利用しない武器を、同じ国の同じ民である物を虐げて奪う事に使っていた。
許せる事ではない。
けれど逆賊を裁くべき騎士団が間に合わない──……ならば、僕がその代わりを果たそうと思った。
「ハァァ────ッ!!!!」
流浪の冒険者を名乗る異国の商人から譲り受けた、鉱石から削り出した石槍を手に一直線に突進する。
気合いの声を上げながら全体重を乗せた突きを見舞えば、殆どの相手は怯んでくれた。
「うァ……! アブねえ!」
「クソガキがぁ! 囲め、袋叩きにしろ!」
「~~ッ、三人を越える集団での暴行は聖法に禁じられている! 大人しく投降しろ!」
「まだ言うか!!」
それでも止まらない相手は居る。
それはきっと、僕の顔の所為なんだろう。
生まれつき顔つきが幼く、サラサラとした艶のある黒髪のせいで昔から僕は女の子みたいだとも言われていた。
この時の僕は未だ16になったばかりだったが、それでも幼さの色が濃いが故に賊に侮られる事も多かった。
(何か顔を隠す物でもあった方が良かったのか?)
もしも彼等が僕の勢いと気合いの混じった姿に強面の大男の姿も合わさって視えていたなら、あるいは避けられた争いもあったのだろうか。
度重なる展開と、嘲笑、かえって増してしまう相手の闘争心や加虐心を目にした僕はそう思ってしまった。
いずれにせよやるしかない──深く息を吸い込み、重く沈み込むような石槍を手に僕は覚悟を決める。
「離れて行く其の力は我が手に──ッ!」
「魔法……!?」
蛇腹状に分けた鉄板を各部に括り付けただけの防具が軋みを上げる。
突進と同時に至近の距離に身構えていた賊目掛け石槍を振り回した瞬間、僕の手から伸びた閃光が拡散した。
それは詠唱を兼ねた僕の覚悟を示す言葉。
聞いた事が無かった詠唱だろうそれに警戒を強めた賊の男は、咄嗟に懐から何か液体の入った小瓶を取り出した様だが間に合わない──閃光を浴びた男の身体は本人の意思を無視して、僕の方へ半ば吹き飛ぶように引き寄せられるからだ。
地面に全身を沈ませる様に踏み込みながら、握り締めた石槍の穂先を横薙ぎに。
「ごぶッ、ぁァ……ッ!?」
振り抜きと同時に身を回転させ、もう一歩半身を滑り込ませた僕が肘鉄を男の頸に打ち込んで叩き伏せる。
鉄鋼を仕込んだ一撃が男の全身から自由を奪う。
それによって生命が脅かされるかは考慮しない……何故なら、彼等は既に法に背いた犯罪者なのだ。
これは、正義の下に降す鉄槌なのだ。
(次……!)
背後で微かに聴こえた芝生を蹴る音。
石槍を胸元に引き寄せながら転がるように前へ跳んだ僕に、後方から駆け付けた他の賊によって蹴り上げられた土砂が浴びせられる。
不意打ちを回避した僕が再度、石槍を構えながら詠唱を叫ぶ。
眩い閃光が奇襲を掛けて来た男に襲い掛かってその体躯を引き寄せた直後、渾身の突きで肩口を貫いて吹き飛ばしてやった。
血飛沫が舞う最中、雄叫びが複数上がる。
僕の背中を鉄板の上から切りつけられた感触、不快な金属音が次いで、蹴飛ばされた様な衝撃に脇腹を痛めた。
「ぐっ、あ……!」
「この! クソガキ! 舐めた真似しやがってぇ!!」
「死ね!! 殺せぇッ!」
「ヅゥ……~~ッ……!!」
体勢を崩された隙を男達が無我夢中で罵詈雑言を叫びながら剣を叩きつけ、蹴り足を繰り返し僕の全身を叩きのめしに来る。
頭部と急所を前腕と石槍で守りながら、前方に向かい全身を打ち付け、そのまま突進する。
男達のいずれかをよろけさせたのを傍目に石槍を関節部で抑え込むように固定したまま振り上げ、一気に全体重を乗せて至近の男の頭上目掛け打ち降ろした。
パァンッ!! という何かが弾ける音が鳴り響く。
「はぁ、ゼェ……ッ……!」
片目が返り血に潰されてしまい、僕の視界が左方だけ暗くなる。
だがそれでも、止まってはならないと思考を打ち切って身体を弾かれたように動かした。
賊はまだあと3人は立っているのだ。
「……ッ、ぉぉオオオァァァアああああああああああああッ!!!!」
「ひっ……」
「や、やばい……逃げるぞ!」
「つっても、物資は!?」
──逃がさない。
頭の天辺まで血が昇った僕は、こちらの雄叫びに臆したのか逃走の算段を立て始めた賊の声を聞いて一直線に駆け抜ける。
それを目の当たりにした男の一人が手から武器を投げ捨てたのが見える。
だが、彼等は武器を持っていなかった村の人にその悪意を向け、法を犯した悪人なのだ。
(絶対に、逃がさないぞ……!!)
武器を棄てた男の口に穂先を突き入れて頭部を貫いた直後、その骸を横合いの仲間に振り回し叩きつけてから更に二人とも胸部を刺し貫いて蹴り飛ばした。
噴き出す鮮血と石槍を薙ぐ度に散る残骸にあてられた残った一人が半狂乱になりながら剣を振り翳した、その懐に踏み込み肩を当てて弾いてから石突で肘を砕いてからトドメに心臓を貫いて地面に打ち付ける。
静止した視界、半分暗い世界の片隅で断末魔が呻きとともに上がってから、僕は槍を抜いて賊の亡骸から離れた。
全て、殺し尽くした。
「はぁ……ハァ……ハァ、ハァ……ッ」
不快な熱が全身で暴れていた。
正義は僕にある筈なのに、いつもそうだった。
なにか言いようの知れない不快感と異物感が全身を蠢き、這い回っている感覚がしていた。
悪いのは……裁かれるべき罪を犯した、彼等の方だというのに。
──── パチパチパチパチ……!
不意に、拍手が上がった。
賊を全て殺した後、眩暈と吐き気を覚えながら僕が立ち尽くしながら村の様子を見回した時だった。
「ククク──素晴らしい。
記念すべき戦勝祝いに物見遊山を楽しんでいただけだったが、暇を潰すついでに良い物を観れた」
「……? なんですか、あなたは……っ!?」
男とも、女とも判別がつかない不思議な声。
老婆かそれとも幼児か、それすら分からない気味の悪い声音に訝しみながら僕が目を向けたそこには、黒い鎧を纏った人間が立っていた。
どう見てもその姿は常人ではなく、そして羽織った外套に刻まれた刺繍には見覚えがあった。
エスト王国の歴史上もっとも力を持ち、覇道を往く者。
現国王──『名を棄てし王』。
民に呼ばれ讃えられべき其の名を棄てた代わりに覇道を突き進む事を誓いし、特異極まる性格と強大な力を持った覇王だ。
「へ……陛下!? なぜ、嗚呼……ッ! 無礼な所作を御許し下さい!」
「クク、構わぬ。我が歩みを止める者も無ければ予見する者もおらぬと、それは我こそがよく知っておるわ──民草を守るために手を血に染めし若人よ。
──……面を上げよ。そして我が深淵を覗くがよい、赦そう」
「っ、は……!」
顔を上げる瞬間、視界の端に震えながら地に頭を擦りつけて蹲る村の人々の姿があった。
僕はその姿にどこか胸を痛め……その一方で、眼前に小さく渦巻く漆黒の霞を見て震えた。
何も見えない闇の奥から、確かに何者かの呼吸を感じる。
(……これが、僕の国を治めている王様……)
なんと力強く恐ろしい存在なのだろう。
胸が躍る。
これほどの御方が支配し定めた物が『神聖王法』なる217の法律だと思えば、それを守る事がどれだけの名誉と栄華を秘めている事なのか理解できる。
僕はそんな王の下で暮らしている事実に心の底から誇りを抱いた。
「面白い」
「……はい?」
「これまでに我を見上げし者どもは幾らでもいたが、それらが貴様のように笑顔を浮かべた事など無かった。
よい。ククク……クハハッ! よいぞ、貴様! 名乗るがいい小僧! 貴様を我が城に迎え、その面倒を見てやろうではないか!」
大仰な仕草で手を振り上げた陛下は僕にそう告げると、鎧の端々に至るまでが音も無く停止した。
違う……僕が止まったのだ。
何か、決定的な瞬間にいま立ち会っている。
その問いに答えたなら、応えてしまったなら──僕は何かを受け入れるのだという確信、直感があった。
「僕…………いいえ、私は……!」
ずっと手の中に握り締めていた槍が熱くなる。
僕はこれが運命だったのだと、飛び立つかのように自身の名を告げた。
●
────深い微睡みから醒める感覚は、いつぶりでしょうね。
「……この私に幻惑の魔法を掛けるとは些か驚きましたよ。何のつもりです? 『魔王』」
「なぁに、時には逢瀬の手法を変えるのが乙女というものよ。『化け物』には分からんだろうがな!」
頭上から降り注ぐ光の奔流、それらが大気を震わせているがゆえに声が通らないが──まぁ唇の動きを見る限り、彼女が言っているのはこんな所でしょうか。
私の意識を遠い記憶の果てに飛ばす事で隙を生み。
その間に極大の魔力質量で私を粉々にしようと試みた、といった所ですかね。
よくもまぁ思いつく。
だが無駄ですよ──此の身、我が存在は絶対なのですから。
私は鼻歌混じりに頭上を覆い隠していた黒蝶の大群を全て片腕の一閃で吹き消した直後、空いた右手に愛槍を呼ぶ。
それは太陽をも上回る熱量と光り輝く魔力の結晶、圧倒的な力に満ち溢れた一条の炎である。
「我が権能が象りし裁きの神槍、このロンギヌスが貴女を再び肉塊に戻してあげますよ」
……黒蝶を引き裂いた向こうに広がっていた空から降り注ぐ雨を蒸発させながら、私は笑みを浮かべて見せる。
彼奴等を赦す訳にはいかない。
この世界の秩序、平和を全て奪ったのが奴等であり……■■なのだ。
今回はこれまでよりずっと早く魔王に辿り着いた。
多くの異分子は生まれたものの、それも全て私が終わらせればいい事。
そう、全てはこの世界で────この『過去の世界』で終わらせる。
「はっ、ならばやってみるがいい! 勇者──ッ!!」
大気の震動。
転移を使用して姿を消した魔王。
私の全方位から虚空より降らせた光線が襲い来る、その刹那を合図に私は神槍を振り上げるのだった。
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数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
捨てられた私は森で『白いもふもふ』と『黒いもふもふ』に出会いました。~え?これが聖獣?~
おかし
ファンタジー
王子の心を奪い、影から操った悪女として追放され、あげく両親に捨てられた私は森で小さなもふもふ達と出会う。
最初は可愛い可愛いと思って育てていたけど…………あれ、子の子達大きくなりすぎじゃね?しかもなんか凛々しくなってるんですけど………。
え、まってまって。なんで今さら王様やら王子様やらお妃様が訪ねてくんの?え、まって?私はスローライフをおくりたいだけよ……?
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ここで終わってしまったんでしょうか?
凄く面白いですでも勇者が突撃してきた騎士達を倒下後の魔王の驚いた魔王の様子というのは誤字でしょうか?
ご感想ありがとうございます!
誤字確認致しました所、確かにその様になっていたので修正しました。
ご指摘ありがとうございます、今後も当作品をよろしくお願いします!
野生化したゆっくりさんからきました。いつみても面白いです!
ありがとうございます!
私も沢山嬉しいのでいっぱい褒めて♡です、今後もよろしくお願いします!