勇者「もうがんばりたくない」~ノベル連載版:過去に戻った勇者はもう悲劇を繰り返させないようです~ 

ちくわブレード

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第一章

22.【それじゃあ、始めようか】●

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「……それで、レインに聞きたい事があるんだ」

 ひとしきり笑って落ち着いたのか、フェリシアとレインは揃ってまたベッドに並び座っていた。
 外からは止む気配のない雨の音が続いている。
 レインはにっこりと笑ったまま彼の続きを促す様に小首を傾げて見せた。

「うん」

「この家……どうしたの?」

「シアと一緒に住めるかなって思って、買ったんだよ。こう見えて私、ちょっとならお金持ってるから」

「そうなんだ……なら気にしなくて平気か」

「何を気にしてたのか知らないけど、本当はそれ以外に気になる事があるんじゃない?」

 複雑そうな表情を浮かべてから考え込む仕草をフェリシアが見せれば、レインは小さな拳を作って彼の肩をとすんと小突いて言った。
 相変わらず、当たっている。
 思考は幾らでも巡るのに体は一つしかない。フェリシアが思うそれは、勇者になってから多々あった不満でもある。

「前は聞けなかったけど、それ本当に僕の心を読んでるのかい? ──当たってるよ。
 この家の事を気にしたのは、僕が長く戻らない間。君が路頭に迷ったりしないか不安だっただけだ。
 君が言うように、僕がいまは……この世界の事。何処か、あるいは何か物でも何でもいいんだ、今の僕が知る事の出来る情報が欲しい」

「……君らしい。つくづく悩みの多い男の子だね、シアは。
 じゃーせっかくだから応えてあげよっかな……まず、そう。君の心を読めるか否かってところだけど、半分は正解。私は君の考えをただ読んでるだけだよ、あとはちょっとした魔術のおかげ。
 でも意外。シアはそういうのすぐ看破出来ると思ってた」

「何でだろうね、逆に僕はいつもなら予見できる事……知れる事も何でもレインの事はとにかく分からなくなるんだ。
 その魔術は便利だね、羨ましいよ。僕は人の気持ちを読むのは苦手だからね」

「私の事だけ、分からなくなるんだ?」

「え。あぁ、そうだね」

「……────ふぅん」

 ぱさり、とシーツにレインが倒れ込む音が鳴る。
 はぁ、と。揺れる呼気を吐き出した彼女にフェリシアがどうしたのだろうといった表情を見せると、レインはゆるく首を振って「だいじょうぶ」と応えてから続けた。

「七日間くらい。待っててくれる?」

「七日? 必要ならもちろん待つけど……」

「君が欲しがってそうな物に心当たりがあるの。多分、シアじゃ見つけられないだろうから私が取って来てあげる」

「大丈夫なの? ……僕に手伝える事なら何でもするつもりだけど」

「それなら私が取りに行ってる間の家の事、お願いしよっかな。
 ほら見て、ここの床って結構埃溜まってるでしょ? お掃除と、それから家具の調達をお願い」

 そう言ってベッドの端から顔を覗かせる様、足下の床板を指さしたレインにつられ見下ろしたフェリシアは確かに白く降り積もったらしい塵を見て頷く。

「構わないけど──え、いや待ってほしい。この家に七日間も帰って来ないって、どこか遠くに行くのかい……?」

「それほどでもないよ。ただ家の書庫は少し古くて散らかってるから、探し出すのに時間が掛かっちゃうってだけ」

 ふむ、といった具合に腕を組んで頷いたフェリシアにレインが半ば呆れた表情を見せる。

「気にならないの? 私の家」

「貴族の出なのかなって元々思ってたからね」

「あ、そういうカンジなんだ」

 どういうカンジの話だろう、と訝しげに首を傾けるフェリシアをくすくすと笑いながら。ベッドを軽く転がってレインは立ち上がる。
 彼女は寝室を出て他の部屋へと向かって行き。それから戸棚でも置いてるのか、壁越しにパタン、と戸を開閉する音が聞こえた。

 戻って来たレインはフェリシアにまた見慣れた羊皮紙を数枚差し出してきた。

「はいこれ」

「……これは? またギルドの依頼書かい」

「何枚かは討伐依頼。でもひとつだけ商業ギルドの依頼書があって、それが一番報酬は良いの。
 シアには今後の生活資金とか、あとそれから……君の欲しい物の為に稼いでほしい」

「お金稼ぎ、ってやつだね。そっか……それにしてもいつの間にこんな物を」

 内容を見てフェリシアは表情を少しだけ強張らせたものにする。
 礼の如くゲスト申請による受理となったそれら冒険者ギルドのエンブレムが刻まれた依頼書には、どこを見てもギルドの受付処理ではなく会長であるアルバートの名が記されている。つまり、フェリシアが王城へ向かった後からの数日間──レインは一度も彼と出会わない様に立ち回っていたという事だ。
 何故なら、何度もフェリシアは冒険者ギルドには顔を出していた。受理が成されている日付の中にはフェリシアが訪ねた日も混じっていた事から、意図的にレインがフェリシアへの開示や報せを抑えていたのだろうと推測できる。

 微かに勇者のセンスが肯定するようにフェリシアの脳裏にイメージを過ぎらせる。思えば、フェリシアがギルドを訪ねるたびに受付嬢が何故か交代していたのだ。
 なるほど、そういう事なのかと自らの内で行われる補完にフェリシアは苦い表情になった。

「また難しいこと考えてる」

「あっ、いやこれは……癖みたいなものだよ。勇者のね」

「ううん。それは君だけのクセ」

「──?」

 何気ない答えにフェリシアが一瞬だけ訝しむ。
 だがそれに気づかないレインは彼の持っていた羊皮紙を指先でトントン、と叩いて。

「とにかく、きっとこれは大事な事だから。お願いね? それにシアだって今よりも何だっけ、装備とか……武器みたいなの、強いのが欲しいならお金が掛かるでしょー?」

「いやそれは────そうかもしれないって、分かってはいるんだけど」

「うんうん。それじゃあ今後のお仕事とお金の話はおしまいにして……行こう!」

「行くって……」

 パタパタと他の部屋に向かうレインにフェリシアが少し不安そうに声を漏らすと、彼女は一度戻って来てから悪戯っぽく笑って見せた。

「今日こそ、ごはん! 良さそうなお店見つけたから、シアを連れて行ってあげる」

 そう言って引っ込んで行った彼女を見て、フェリシアは窓の外を見遣る。
 静かに降り注ぐ雨が、不思議と温かそうに見えた。




 ──そんな事があったのが四日前。

 あの日からフェリシアは、早々に冒険者ギルドでの討伐依頼を終えた後になって商業ギルドでの依頼に就いていたのだ。
 レインが持って来た依頼内容は『貴族令嬢の教師指南役務める者を求む』といった物だった。
 それについてじっくりと、まずフェリシアはギルドに謝罪してから当日。依頼元の使者にも同様の謝罪をした。
 理由は明白で、そも齢16のフェリシアにそんな経験はなく。ましてや書記官試験にも落ちる様な半端者に指南役など務まるとは思えなかった為である。
 とてもではないが貴族令嬢など相手にできる自信が無かったのだ。

 使者はその話を一度持ち帰り、そして。

「先生、お待たせしました!」

「お帰りなさいルーシャ。準備が出来たら教えてね」

「はい!」

 ──何故か直ぐに戻って来た使者に連れられ、そのまま家庭教師となってしまったのが現状。

 或いは、レインが何かギルドに働きかけていたのかも知れない。そんな想像を巡らせてみるも無駄だと首を振る。
 彼女が色々と気になるポイントの多い人物というのは分かっている彼だが、だとしても相手が王国貴族となれば話は別なのだ。

(……騎士団の第四近衛隊、バルシュミーデ伯爵といえば僕のいた世界でも聞いた名前だ。厳格な軍人肌って聞いていたけど、まさかご息女の教師役に異性の僕を選ぶなんて。
 レインが何かするにしても『誰』に何を働きかけるって? ……分からないなら、ありえないって事だ)

 小さな箱ほどの魔道具を複数設置している令嬢、ルーシャ・バルシュミーデの後姿を眺めながらフェリシアは居心地悪そうに椅子に座り直した。




 この数日間、フェリシアはルーシャの勉強を先ず見ていた。
 彼女は王都の貴族が成人するまでに入学を義務つけられている学園に通っている、そこからフェリシアは学園に足を運んで当面の学習内容を問い合わせたのだ。
 はっきりとしたルーシャの年齢は聞かされていなかったが、彼女は中等部に所属しているという。年齢は自身よりも三つほど下だろうと予め推測したフェリシアはそれを念頭に、次に今後学ぶ作法についても調べて来た。
 貴族の出ではないフェリシアには想像もつかないが、いまの王国貴族は覇王の意向により幾分か厳しく他国の文化も取り入れつつあるらしい。
 よって、現在のルーシャの年齢に必要な作法はエスト王国の貴族特有のものではなく他国由来のものが主な内容となる。
 根付いた文化と離れた振る舞いは演技と変わらず、そして巧みだ。フェリシアが一朝一夕で教え込める内容ではない。

(流石は貴族なのかな。ルーシャは覚えが良くて賢い、僕なんかよりも凄い頭の回転だ。
 きっと将来は素敵な人になる……こうして会ったのも何かの縁だろうし、やるからには彼女の助けになりたいけど。どうだろうな)

 フェリシアの傍らに置かれたルーシャの勉強机には紙束が二つ並んでいる。
 これは彼から見て覚えられるだろうと判断した、ルーシャの学習内容を順番に日程決めしたリストが作成されている。一方はそのリストであり、もう一方は彼女が自らの能力や視点で決めるべき物として作成してある。
 僅か一週間では大した事を教えられないと考えたフェリシアは、自分がいなくなった後のルーシャに一助となれればと形に残る物にしたのだ。
 もっとも、本来なら貴族の教育をこなすなら宮廷書記官がその役目となる。戦う事が強みである勇者などでは貴族令嬢の助けになど、成る筈もない。

「はいっ! これでお話しして下されば後からでも聞けます、どうぞ先生!」

「それじゃあ、始めようか。まず触感の前に魔力について詳しく話しておこう」

 勇者は教師役にと受け取って着替えた緋色の燕尾服姿で立ち上がった。

「魔力について話すということは魔法、魔術にも触れながらお話しするよ。この関係性は主に順番があるからだ」

 フェリシアは続けた。

「──魔法を生み出したのはサー・ツァディクという学者だ」

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