勇者「もうがんばりたくない」~ノベル連載版:過去に戻った勇者はもう悲劇を繰り返させないようです~ 

ちくわブレード

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第一章

2.【お疲れ様。フェリシアはよくがんばったよ】●

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「あ、隣に座っていい?」

「……うん」

「よいしょ」 

 隣に小さく腰掛けた少女は気楽な様子でフェリシアに微笑む。
 フェリシアは──自分の記憶に問題があるのではと疑い始めていた。
 僅か六年ほど前の世界で、自分とこれほど親しかった異性は記憶にないのだ。

 何より、特徴的すぎる。
 暗くなり始めた夜天を覗く空よりも、ずっと透き通った青い髪。
 その毛先を視線で辿れば腰よりも下にまで届いている。
 ──よく手入れされた髪のように思えた。
 フェリシアの想像でしかないが、きっと彼女自身も自分の髪の色を気に入っているのではないだろうか。
 青を基調としたベストの下に見えるインナーのワンピースさえも蒼い生地を使っているのだから。
 そこまで思考すると髪飾りにまで意識が行く。
 赤い薔薇を模した装飾細工。
 硝子ではない──フェリシアが見た感触では、恐らく宝石の類を加工した物だった。

 宝石、その言葉ひとつで印象が随分と変わる。

(王都に住んでる人は裕福な家庭が多いけれど……この子を僕は知らない)

 記憶を手繰り、観察し、考えても。
 フェリシアは間違いなく目の前の少女を知らない。
 少女が座って数秒の時を経た頃になってから、フェリシアは意を決して首を傾げて見せた。

「ごめん、君は誰かな」

「……?」

 少女は肩を竦めながら自分の後ろやあちこちを見回して見せる。
 それがの類で見せたものだと察したフェリシアは余計に混乱した。

「ん……君、のことだよ」

「私? ね、誰かな~?」

 馴れ馴れしいのではない。
 ──
 視線の運びや脈拍から視てもそこに偽りはない、だがそれは相手が人間ならばの話だ。

(こんな娘は居なかったはず、となるとこの目の前にいる女の子。魔物か、もしくは罠──?)

 少女は青い髪を小さく揺らして笑っている。
 この世界が幻のものだとすれば、その原因か根幹に関わっているのは目の前の少女だろう。
 そこまで思考が進めば微かにフェリシアの身体が強張りもする。
 だが、どれだけ推理しようとも最後に行き当たるのは『目的』だ──そこだけが謎なのだ。

「……あっははは、ごめんなさい」

「え?」

「初対面だよ、私達」

 拍子抜けでもしたような軽さをフェリシアは胸の内で覚えたものの、口が勝手に開いた。

「でも、名前……どうして君が知ってるんだい?」

「試験会場が宮廷で行われるのは知ってるでしょう。
 あれ、試験はそれぞれに割り当てられた個室で受けるのだけど……開始時間まで部屋の扉に受験者の名前が肖像スクリーン付きでプレートに刻んで提げられてるのよ」

 フェリシアはそこまで聞いて、心当たりがあると思い出したのと同時に彼女が何者か分かった。
 彼が書記官試験の当日を思い起こしてみれば、会場には参加者が全員参列していたのだ。
 試験開始の際には試験官がそれぞれ個室に掲げられていたプレートを外して回る様子を見た記憶がある。
 そのプレートを外す前に、個室内に受験者が準備を済ませているかどうかの確認もされていた筈だった。

 もしかすると──欠席者のプレートは名前を控えるために掲げられたままになるのかもしれない。
 ならばフェリシアもその名を提げられたままになっていただろう。
 あの日今日は本来なら彼も含め全員が参加していただろうから、さぞ目立ったはずだ。
 だとすると、少女は。

「君も受験者だったの?」

「ん、まあね。でも欠席した君の名前見たらやる気なくなっちゃって、抜け出してきたんだよねー。そしたら見た顔が居るなぁってね」

 それを聞いたフェリシアの胸が痛む。
 少女が合格者だったのかは覚えていないが、少なくともフェリシアが欠席したせいであるはずだった未来が良くない方向に変わってしまったかもしれないのだ。
 これが幻かどうかは関係なく、『可能性』でしかないとしてもだった。

「その……ごめん……」
「試験、どうして行かなかったの」

 思わず、ごめんなさいと言いかけたフェリシアの口が閉じる。
 俯きかけた視線の先に、少女が覗き込んで来ていた。
 気にした風でもなく。何かを案じるわけでもない。なんと答えればいいか分からなくなる目をしている彼女を前に、フェリシアはつい正直に答えてしまった。

「合格できないから、かな」

「だからがんばらないで逃げたんだ」

「──そうだね」

「お疲れ様。フェリシアはよくがんばったよ」

「頑張った、って……何を?」

「勉強、不安、不満、悲壮、つらいこと──なんでもいいよ」

 何の話か、フェリシアが目を丸くして「どういうことかな」と問うと少女が立ち上がる。
 背を向けるだけで青い髪が大きく揺れた。

「理屈なんて要らないよ、君はがんばった」

「……?」

 異様だった。
 敵とは思えない、警戒する気もなくなるようなものをフェリシアは少女の背中から感じていた。
 それは見た目ではなく。
 勇者としてのセンスなのだとすれば、そこに誤りはないのだ。
 しかし意味が理解できず、少女の意図も掴めぬままフェリシアは少女の言葉を聞いてから何も応えられずに固まってしまう。

 気付けば──何を問う事も出来ぬ間に少女は彼の前からいなくなってしまっていた。

(あの子は……なんだろう)

 途方に暮れて見上げた夜天は薄らと曇りがかっていた。





 夜の帳が下りて時が経つにつれ、夜闇の深さもまた同様に。
 王都とはその名が示す通り、偉大なる王の名の下に集いし民の都であるがゆえに。
 そこには正邪どちらも在るのは必然だった。

 ──暗闇を好むのは魔性の者と決まっている。
 それが人であるにせよ、魔物モンスターであるにせよ。
 その類が闇を好むのは光の下に出るのを嫌うが故か、闇の中で獲物を狩る為か──だ。

 王都の南正門から大通りに伸びる街路は、舗装に使われている石材の加工難度が理由で大きさが決まっている。
 その幅、王国がその昔に定めた景観の在り方の為に外部と繋がる門周辺が小ざっぱりしている代わりに家屋などが密集してしまう傾向となっていた。
 最も、それさえもエスト王国が進行する『神』の意図した町の姿なのだという。
 勇者──フェリシアの知る限りではそれが裏目に出てしまった。
 魔王の放つ『悪心の呪い』によって荒みつつある人々は、人と人の間で生まれる影に身を落とす者が増えていったのだ。
 そうした腐食が始まりつつある区画や町を後の世はスラム街と称し、名が付けばそれをしるべとする悪意の温床が出来上がる。

 ──魔王が居る限り、闇は常に人の敵なのだ。

「きゃああぁぁッ────!!」

 警邏の巡回が通って数刻経った頃になれば、今宵はもう来ないと思っていい。
 いずれはスラム街と呼ばれるその区画ではそんな暗黙のルールが存在した。
 それでも、そんな夜更けに一人で外へ出ていた少女は知らない。知らないから出ていたのだ。
 彼女とて初めて深夜を出歩いたのだから責めようもない。
 何より運悪く、それを教えてくれるような親が不在だった。

 路地裏を闇雲に走り回った挙句に追い詰められた先はよりにもよって袋小路。
 そこに彼女の運の値は関係ない、そこまで追い詰めるつもりで動いていたのが追跡者なのだから。

 震えながら近くの家屋の壁や扉を叩き、少女が助けを呼ぶ。
 誰も出て来ない。
 それも少女に目を付けた野盗の男は知っていた。
 夜闇の奥から姿を見せた男は、深々と黒染めのフードを被り直しながら低い声で言った。





「服を脱げ──安心しな、殺したりはしないさ。俺はちょいと金に困ってるだけだ」

「ひっ……ひぃ、っ……!」

「オォイ。やめてくれよ……泣いてる奴を嬲るのは好きじゃないんだ、なぁ……」

 泣きながら壁に背を預け、崩れ落ちた少女がついに耐え切れなくなり嗚咽を漏らして蹲ってしまう。
 その姿に苛立ちを覚えた野盗の男は舌打ちをひとつして、乱暴な足取りで近付いて行く。
 近寄るにつれ男の風貌が暗がりに浮かび上がり、それを見上げた少女がひどく恐怖に怯えながら後退りする。
 ゴッ、と頭を壁にぶつける様を見下ろす男が小さく鼻で笑う。
 異臭を放つ襤褸の長靴ブーツで少女の頭を踏みつけ、骨を削ったようなナイフを懐から取り出し振り上げる。

「止せ……!!」

 青年の声がその場に降って来た瞬間、野盗の男が横殴りに叩きつけられた拳によって家屋の壁をも破って錐揉みしながら吹き飛んだ。
 宙に残されたナイフが回転して地面に打ち付けられる音が鳴る。
 一瞬の風切りと軽い金属音が響くまで、地に伏せていた少女は何が起きたのか分からなかった。

 青年────勇者フェリシアが崩落した家屋の中を睨んだまま、少女に片手を差し出す。

「立って……絶対に、僕の手を離してはいけない。いいね?」

「は……ぃ。はいっ!」

 王都に夜が訪れた後、フェリシアは実家の母に別れを告げて来ていた。
 勇者となる事。
 それによって何が起きるのか、フェリシアに考えられるこれからを思えば母を巻き込む気にはなれなかった。
 フェリシアの知る母は事情を聴いて納得する人物ではない。
 試験を捨てたなどと聞けば彼女は酷く失望し、罵倒しただろう。

 何より……フェリシア自身、親心を思えばとても真実を話す気になれる筈もなかった。
 母にとっては最愛の息子が書記官となる夢を捨て、挙句に勇者としての使命を受けた後に民衆の敵になるなど──聞きたい筈がないのだから。

(相手は人間だけど……様子がおかしい。人体を構成する魔力の流れが半分魔物みたいだ)

 そして、家を出て今晩の寝床はどうするか途方に暮れながら夜の王都を歩いていた矢先。
 フェリシアは野盗に遭った少女の悲鳴を聞いて駆け付けたのだ。

 魔王と戦った際の膂力に不足は無い。
 ゆえに加減をしていた。
 だがしかし、半身を砕くつもりで殴った手応えはたかだか人間の持つ硬さとは比較にならない類だったせいで、意表を衝かれたフェリシアは相手の意識を奪うに至らなかった。
 差し出された手を取った少女を立たせ、フェリシアが周囲の気配を探る。
 野盗は他にも五人。袋小路を出て直ぐ先にある十字路で待ち構えているようだった。
 少女を背に隠しながらフェリシアが声を上げる。

「今ので分かったはずだ! 僕はこの子を連れて此処を出る、見逃してくれれば大きな怪我はさせない!」

「……なに、言ってやがる」

 低い声が闇の向こうで囁かれた直後、フェリシアはそれを最後の言葉とした。
 殺意が失せたかどうかは──勇者ならば分かる。
 それも少女に向いたモノは酷く加虐に満ちていて、執拗に過ぎる。

(……!)

 フェリシアが身構えるより先に体が勝手に動いて少女の手を後ろ手に掴む。
 どういうわけか、十字路で待機していた男の仲間が凄いスピードで迫って来ているのが分かったのだ。
 少女の手を取ったフェリシアが息を吐く。

 渦巻く不可視の揺らぎ。
 大気が震え──フェリシアと少女がその場から姿を消した。

「はァ……!?」

 崩れかけの家屋から飛び出した野盗の男は二人が消えた事に驚きの声を漏らす。

「なんだ、逃げられたか──……!?」

 袋小路へ駆け付ける足音。
 男の仲間達も同様に驚いて、それから──頭上に突如出現したフェリシアによる手刀で十字路から駆け付けた最後尾の二人が頭部を割られ、血飛沫を壁面に散らした。
 暗闇の中に動揺が拡がる事は無い。
 夜目が利いているの男達にフェリシアの動きは捉えられず、音速を超える動作で生じた衝撃波に身動みじろぎするのが精一杯の反応だったのだから。
 着地と同時に至近にいた男の心臓を掌底での一撃で爆ぜたフェリシアは、次いで姿勢を低く保ったまま遺体を蹴り飛ばし、背後に位置していた野盗の男を袋小路の壁にもろとも激突させて粉砕する。
 何が起きているのかも分からずに短剣を出そうとした最後の二人は、最期の一瞬まで痛みすら感じずに夜闇の中を奔った閃光で絶命した。

 数瞬の遅れを経て、夜の街に幾重にも連なった轟音と振動が響き渡る。
 フェリシアが撃ったのは『魔法』でも『魔術』でもない。
 射角を上方に向け魔力の奔流を放ち、半壊した家屋ごと彼方に消し飛ばしたのだ。

「……っ」

 フェリシアは内心驚愕していた。
 加減に狂いはなく、勇者としての経験と勘のままに敵とみなした野盗達を倒したつもりだった。
 つまり──今の男達はこれだけの力を引き出さなければ殺せない相手だったのだ。

(今は……僕が勇者になる二年前の筈。なんでこんな人達が王都のスラム街に……?)

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