18 / 23
第18話「最果ての決戦を前に」
しおりを挟む
大事な仲間の犠牲を乗り越え、ヨシュア達は深淵へと挑む。
既にどれほどの時間が経過しただろう? かなりの深さまで潜ったが、まだ底は見えない。そして、頭上に遠ざかったシオンの声も、剣戟の音も途絶えて久しかった。
自然とリョウカが気になって、ヨシュアは傍らの少女を見やる。
リョウカは真剣な表情で、自分達を吸い込む奈落の底を睨んでいた。
暗く沈んだ雰囲気に耐えかねたのか、シレーヌが口を開く。
「ね、ねえ……あ、そうそう! あ、あのさ、セーレ」
無理に作った笑顔で、シレーヌはリョウカの側へとそっと身を寄せる。
彼女はいつも、リョウカのことを気にかけてきた。郷里を助けてくれた恩人である以上に、リョウカへ強い信頼と友情を感じているのだろう。
そのシレーヌが、リョウカに寄り添いつつ急な話を持ち出してきた。
「前から気になってたんだけど……堕天使ルシフェルとセットで名前が出てくる、例の『六つの大罪』ってなにかしら? その、気になって……」
そういえばと、ヨシュアも今までの会話を思い出す。
現在、教会が人間の堕落へ直結する罪として『七つの大罪』を公表、これを厳に戒めるようにと教義に記している。確か、傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲……そして、憤怒だ。人間の欲とエゴが引き起こす、これらの堕落へ教会は警鐘を鳴らしている。
だが、ルシフェルは自分を入れて六つの大罪と言った。
この数の食い違いはなんだろうか?
ヨシュアも言葉を待っていると、セーレが静かに喋り出す。
「六つの大罪というのは、ルシフェルが生み出した五人の悪魔と、ルシフェル自身を合わせた……まあ、冒険者で言うパーティ名だよん? 完全に統制の取れた最強チームで、大昔の戦争では天使達をそりゃもう、片っ端から千切っては投げ、千切っては投げ――」
「なるほど、ようするにルシフェル直属の部下って感じか」
「その真の力はまだ、私達ですら見たことがない……ソロモン王にも見せなかったんだ。つまり、敵は最低でも六人いるってことになるよん」
セーレは以前と変わらず、飄々とした笑顔で声音も落ち着いている。
落ち着いているというより、常に浮ついた陽気に満ちていて、ようするに普段通りだ。
「六つの大罪は、当然だけどルシフェルと一緒に徹底抗戦を主張したんだよー? ただ、ソロモン王は既に神と……主との戦いに見切りをつけていたから、戦争継続を望まなかった」
「なるほど……確かに、戦争で一番大事なのは、終わり方、終わらせ方だもんな」
「そゆこと。ソロモン王は人間の解放を成し遂げ、見返りに主の世界から私達七十二柱の魔神と共に去ることを選んだ。その時、ルシフェルをこの地に封じたんだね」
そういうことなら、このディープアビスに来た時に教えてほしかった。
だが、あの伝説のソロモン王が封印を施したのだ……それは死よりも確実な、永遠の投獄を意味している。あまりにも過酷な迷宮の奥深く、誰もが到達できぬ最奥に、ルシフェルは閉じ込められていたのだ。
セーレは僅かに目元を細めて、不意に声色を湿らせる。
「ルシフェルはね、あいつ……バカなんだよ。天界で主に次ぐ地位、天使長の座まで手に入れておきながら、主を疑ってしまった。主は、ほら、神様だから。自称、全知全能の唯一神だからさ。なんでもできるということは、なんにもできないってことなのにさあ」
「……どういう意味だよ、セーレ」
レギンレイヴやシレーヌも、真剣にセーレの話に聞き入ってる。
リョウカもまた、一字一句を胸に刻むかのように真っ直ぐセーレを見詰めていた。
「リョウカのコンビニ、ブレイブマートとは違ってね……主は、なんでもできる、なんでもやれる……だからこそ、簡単にその力を使うことができないんだ」
「……それは、不平等を生むからか?」
「ピンポーン! ヨシ君、正解っ! 1,000,000ソロモンポイント進呈っ!」
「茶化すなっての。その、神様ってのはさ……面倒なもんなんだな」
「ルシフェルもね。結局苦労させられるのは、人間なんだけども」
例えば、ブレイブマートにはなんでもある。どんな商品でも取り揃えているし、そのサービス内容は日々進化している。この戦いが終わったら、リョウカは新たに劇場のチケット販売や地上への荷物配達などを考えているそうだ。
マッコイ商会のガレリアが、喜んで飛びつきそうな儲け話である。
だが、神をコンビニの利便性と同一に語ることはできない。
神が持つ万能の力は、その一つ一つが奇跡……無闇に振りまけば、条理が崩壊し法則が意味を失う。そして、奇跡を受け取る人間とそうでない人間を生むのだ。
だから、神はなにもしない。
できないのだ。
「そういうことがさ、ルシフェルにはわからないんだと思う。ああ見えて多分、子供なのよねぇん。あーやだやだ、お子様は私、嫌いよん?」
「……俺は魔力を持たずに生まれたし、シレーヌだってそうだ。だから俺は、小さい頃は生まれの不幸を呪ったりもしたさ。でも、信じる信じない、奉じる奉じないは別にして、神様がいるのはわかる」
そして、神は真なる万能の存在ではない。
もしくは、万能の力を振るえないのだとヨシュアは理解した。
本当に万能ならば、ヨシュアやシレーヌのような人間を産み出す筈がない……欠落を抱えた人間を、そのまま地上へと産み落とすことと矛盾すると思う。
魔力を持たず家を継げないヨシュアも、その重荷を兄に代わって背負ったディアナも、神の手を差し伸べられたことがない。二人は自分の力で苦難を退けたし、助けてくれたのは友人や仲間、家族だ。
そこに神の手は介在していないのだ。
「さて、お話は終わり、終わりっ! ほら、ヨシ君。底が見えてきた」
セーレが言う通り、落ちゆく先にほのかな光が見えてきた。
ぼんやりと青く揺れる、とても冷たい光である。
そして、上昇してくる気流に包まれれば、寒さにヨシュアは身を震わせた。
そこからはすぐで、あっという間に一同は光に包まれる。
「あっ……こ、ここがディープアビスの最下層か……?」
見渡す限りに広がる、一面の景色は氷に閉ざされている。
まるで、極寒の氷原だ。
遠くに見える山並みも、森も木も凍っていた。
時間さえ凍りついたかのような、冬の風景にヨシュアは圧倒される。
着地すれば、パキパキと靴が薄氷を割って、冷たさを肌へと伝えてくる。
「ふむ、私もここまで降りてくるのは初めてかな? さて、と」
セーレは相変わらずの薄着で、見る者が見れば水着かと思うほどだ。だが、全く凍えた様子も見せずに歩き出す。
彼女の背を追いかけながら、ヨシュアは仲間と共に周囲を見渡した。
世界の最果てがあるとしたら、ここにほかならない。
そう思えるほどに、荒廃した空間がどこまでも広がっていた。
その時、突然シレーヌが悲鳴をあげてリョウカに抱き着いた。
「大丈夫だよ、シレーヌ……安心して。ほら、わたしがいるから」
「リョッ、リョリョリョ、リョウカッ! 足元! 地面の下!」
気付いたレギンレイヴが、面倒臭そうに槍を構える。
ヨシュアもまた、臨戦態勢で視線を大地へ落とした。
そして、絶句。
足元の氷は、透き通る冷たさの中に無数の影を閉じ込めていた。そのどれもが、生物のようであり、グリットのような機械にも見えるし、大きさも形も様々だ。
かろうじて見覚えのあるものといえば、ドラゴン等の一部の大型モンスターだけ。
しかし、現代の地表に生きるものとは、明らかにサイズが違う。
「いやあ、凄いッスねこれ……どうなってるんスか? あ、巨人がいる……沢山、巨人が」
レギンレイヴも驚いた様子で、足元に閉じ込められた者達へ目を細めていた。
彼女の言う通り、巨人族も無数に浮かんでいる。
まるで、今この瞬間にも動き出しそうな表情をしていた。
死んでいるのではないと、ヨシュアは直感的に察する。
どのモンスターも、今にも動き出しそうな迫力に満ちていた。
「ま、多くの識者がこの時代に物語として伝える、いわゆる地獄のイメージなんだろうね。コキュートス的な」
「コキュートス? セーレ、それは」
「ヨシ君もいろいろ勉強したでしょん? 災いを封じた絶対零度の凍土……刻さえも凍る地獄の底。ここには、あの戦争で戦った、まだまだ戦いを望んだ者達が凍結されてるんだね」
ようするに、ルシフェル達六つの大罪だけではなかったのだ。
まだまだ神に抗い、神と戦い続けようとした勢力がいたのである。
それをソロモンは、この地底へと封じて凍らせた。
「むあ? っと、なんかラスボスっぽいのが登場らしいッスよ」
ついと槍を上げて、レギンレイヴが遠くをさす。
その先に、荘厳な造りの霊廟が建っていた。
この荒涼たる地の底で、そこだけが文明と文化を感じさせる。
その中央の扉が左右に開くと、見知った顔が堂々と現れた。
「やあ、ヨシュア。そして、ソロモン王の使い魔に、異界の勇者達。よく来たね」
ルシフェルが両手を広げて、穏やかな笑みを浮かべている。
この凍てついた世界の中で、さらなる冷たさをヨシュアは感じて凍えた。平穏そのものの表情は、目だけが笑っていない。そしてそこにはもう、光は宿っていなかった。
決意も覚悟も超克した、悟りの境地とでもいうべき状態のルシフェル。
静けさに風の音だけが響く中、彼の声は透き通ってよく聴こえた。
「ここは、最終階層『全理全忘ノ氷獄』……本来ならば、君達の遙かなる子孫、未来の人類が知るべき名だよ。あるいは、知ることもなく人は滅びる、そういう場所だ」
どこか陶酔感さえ感じさせるルシフェルへと、ヨシュアは一歩を踏み出す。
「ルシフェル! お前の封印を解き、召喚してしまったのは俺だ! だから、俺がお前を倒す! ……倒すしかないなら、それを躊躇わない。ただ、もしお前が――」
「ヨシュア、君はこの期に及んで迷うのかい?」
「違うッ! 世界は救う、ソロモニアは守る。ただ、救い方や守り方は選びたいだけだ!」
ルシフェルから今は、敵意も殺意も感じない。
すぐには戦闘をするつもりはないらしい。
彼は「付いてきて、ヨシュア」と、踵を返す。そうして、再び霊廟の中へと入っていった。その背を追うヨシュアは、悪寒に振るえが止まらない。
周囲の寒さとは別種のなにかが、ヨシュアの心胆を寒からしめていた。
既にどれほどの時間が経過しただろう? かなりの深さまで潜ったが、まだ底は見えない。そして、頭上に遠ざかったシオンの声も、剣戟の音も途絶えて久しかった。
自然とリョウカが気になって、ヨシュアは傍らの少女を見やる。
リョウカは真剣な表情で、自分達を吸い込む奈落の底を睨んでいた。
暗く沈んだ雰囲気に耐えかねたのか、シレーヌが口を開く。
「ね、ねえ……あ、そうそう! あ、あのさ、セーレ」
無理に作った笑顔で、シレーヌはリョウカの側へとそっと身を寄せる。
彼女はいつも、リョウカのことを気にかけてきた。郷里を助けてくれた恩人である以上に、リョウカへ強い信頼と友情を感じているのだろう。
そのシレーヌが、リョウカに寄り添いつつ急な話を持ち出してきた。
「前から気になってたんだけど……堕天使ルシフェルとセットで名前が出てくる、例の『六つの大罪』ってなにかしら? その、気になって……」
そういえばと、ヨシュアも今までの会話を思い出す。
現在、教会が人間の堕落へ直結する罪として『七つの大罪』を公表、これを厳に戒めるようにと教義に記している。確か、傲慢、嫉妬、怠惰、強欲、暴食、色欲……そして、憤怒だ。人間の欲とエゴが引き起こす、これらの堕落へ教会は警鐘を鳴らしている。
だが、ルシフェルは自分を入れて六つの大罪と言った。
この数の食い違いはなんだろうか?
ヨシュアも言葉を待っていると、セーレが静かに喋り出す。
「六つの大罪というのは、ルシフェルが生み出した五人の悪魔と、ルシフェル自身を合わせた……まあ、冒険者で言うパーティ名だよん? 完全に統制の取れた最強チームで、大昔の戦争では天使達をそりゃもう、片っ端から千切っては投げ、千切っては投げ――」
「なるほど、ようするにルシフェル直属の部下って感じか」
「その真の力はまだ、私達ですら見たことがない……ソロモン王にも見せなかったんだ。つまり、敵は最低でも六人いるってことになるよん」
セーレは以前と変わらず、飄々とした笑顔で声音も落ち着いている。
落ち着いているというより、常に浮ついた陽気に満ちていて、ようするに普段通りだ。
「六つの大罪は、当然だけどルシフェルと一緒に徹底抗戦を主張したんだよー? ただ、ソロモン王は既に神と……主との戦いに見切りをつけていたから、戦争継続を望まなかった」
「なるほど……確かに、戦争で一番大事なのは、終わり方、終わらせ方だもんな」
「そゆこと。ソロモン王は人間の解放を成し遂げ、見返りに主の世界から私達七十二柱の魔神と共に去ることを選んだ。その時、ルシフェルをこの地に封じたんだね」
そういうことなら、このディープアビスに来た時に教えてほしかった。
だが、あの伝説のソロモン王が封印を施したのだ……それは死よりも確実な、永遠の投獄を意味している。あまりにも過酷な迷宮の奥深く、誰もが到達できぬ最奥に、ルシフェルは閉じ込められていたのだ。
セーレは僅かに目元を細めて、不意に声色を湿らせる。
「ルシフェルはね、あいつ……バカなんだよ。天界で主に次ぐ地位、天使長の座まで手に入れておきながら、主を疑ってしまった。主は、ほら、神様だから。自称、全知全能の唯一神だからさ。なんでもできるということは、なんにもできないってことなのにさあ」
「……どういう意味だよ、セーレ」
レギンレイヴやシレーヌも、真剣にセーレの話に聞き入ってる。
リョウカもまた、一字一句を胸に刻むかのように真っ直ぐセーレを見詰めていた。
「リョウカのコンビニ、ブレイブマートとは違ってね……主は、なんでもできる、なんでもやれる……だからこそ、簡単にその力を使うことができないんだ」
「……それは、不平等を生むからか?」
「ピンポーン! ヨシ君、正解っ! 1,000,000ソロモンポイント進呈っ!」
「茶化すなっての。その、神様ってのはさ……面倒なもんなんだな」
「ルシフェルもね。結局苦労させられるのは、人間なんだけども」
例えば、ブレイブマートにはなんでもある。どんな商品でも取り揃えているし、そのサービス内容は日々進化している。この戦いが終わったら、リョウカは新たに劇場のチケット販売や地上への荷物配達などを考えているそうだ。
マッコイ商会のガレリアが、喜んで飛びつきそうな儲け話である。
だが、神をコンビニの利便性と同一に語ることはできない。
神が持つ万能の力は、その一つ一つが奇跡……無闇に振りまけば、条理が崩壊し法則が意味を失う。そして、奇跡を受け取る人間とそうでない人間を生むのだ。
だから、神はなにもしない。
できないのだ。
「そういうことがさ、ルシフェルにはわからないんだと思う。ああ見えて多分、子供なのよねぇん。あーやだやだ、お子様は私、嫌いよん?」
「……俺は魔力を持たずに生まれたし、シレーヌだってそうだ。だから俺は、小さい頃は生まれの不幸を呪ったりもしたさ。でも、信じる信じない、奉じる奉じないは別にして、神様がいるのはわかる」
そして、神は真なる万能の存在ではない。
もしくは、万能の力を振るえないのだとヨシュアは理解した。
本当に万能ならば、ヨシュアやシレーヌのような人間を産み出す筈がない……欠落を抱えた人間を、そのまま地上へと産み落とすことと矛盾すると思う。
魔力を持たず家を継げないヨシュアも、その重荷を兄に代わって背負ったディアナも、神の手を差し伸べられたことがない。二人は自分の力で苦難を退けたし、助けてくれたのは友人や仲間、家族だ。
そこに神の手は介在していないのだ。
「さて、お話は終わり、終わりっ! ほら、ヨシ君。底が見えてきた」
セーレが言う通り、落ちゆく先にほのかな光が見えてきた。
ぼんやりと青く揺れる、とても冷たい光である。
そして、上昇してくる気流に包まれれば、寒さにヨシュアは身を震わせた。
そこからはすぐで、あっという間に一同は光に包まれる。
「あっ……こ、ここがディープアビスの最下層か……?」
見渡す限りに広がる、一面の景色は氷に閉ざされている。
まるで、極寒の氷原だ。
遠くに見える山並みも、森も木も凍っていた。
時間さえ凍りついたかのような、冬の風景にヨシュアは圧倒される。
着地すれば、パキパキと靴が薄氷を割って、冷たさを肌へと伝えてくる。
「ふむ、私もここまで降りてくるのは初めてかな? さて、と」
セーレは相変わらずの薄着で、見る者が見れば水着かと思うほどだ。だが、全く凍えた様子も見せずに歩き出す。
彼女の背を追いかけながら、ヨシュアは仲間と共に周囲を見渡した。
世界の最果てがあるとしたら、ここにほかならない。
そう思えるほどに、荒廃した空間がどこまでも広がっていた。
その時、突然シレーヌが悲鳴をあげてリョウカに抱き着いた。
「大丈夫だよ、シレーヌ……安心して。ほら、わたしがいるから」
「リョッ、リョリョリョ、リョウカッ! 足元! 地面の下!」
気付いたレギンレイヴが、面倒臭そうに槍を構える。
ヨシュアもまた、臨戦態勢で視線を大地へ落とした。
そして、絶句。
足元の氷は、透き通る冷たさの中に無数の影を閉じ込めていた。そのどれもが、生物のようであり、グリットのような機械にも見えるし、大きさも形も様々だ。
かろうじて見覚えのあるものといえば、ドラゴン等の一部の大型モンスターだけ。
しかし、現代の地表に生きるものとは、明らかにサイズが違う。
「いやあ、凄いッスねこれ……どうなってるんスか? あ、巨人がいる……沢山、巨人が」
レギンレイヴも驚いた様子で、足元に閉じ込められた者達へ目を細めていた。
彼女の言う通り、巨人族も無数に浮かんでいる。
まるで、今この瞬間にも動き出しそうな表情をしていた。
死んでいるのではないと、ヨシュアは直感的に察する。
どのモンスターも、今にも動き出しそうな迫力に満ちていた。
「ま、多くの識者がこの時代に物語として伝える、いわゆる地獄のイメージなんだろうね。コキュートス的な」
「コキュートス? セーレ、それは」
「ヨシ君もいろいろ勉強したでしょん? 災いを封じた絶対零度の凍土……刻さえも凍る地獄の底。ここには、あの戦争で戦った、まだまだ戦いを望んだ者達が凍結されてるんだね」
ようするに、ルシフェル達六つの大罪だけではなかったのだ。
まだまだ神に抗い、神と戦い続けようとした勢力がいたのである。
それをソロモンは、この地底へと封じて凍らせた。
「むあ? っと、なんかラスボスっぽいのが登場らしいッスよ」
ついと槍を上げて、レギンレイヴが遠くをさす。
その先に、荘厳な造りの霊廟が建っていた。
この荒涼たる地の底で、そこだけが文明と文化を感じさせる。
その中央の扉が左右に開くと、見知った顔が堂々と現れた。
「やあ、ヨシュア。そして、ソロモン王の使い魔に、異界の勇者達。よく来たね」
ルシフェルが両手を広げて、穏やかな笑みを浮かべている。
この凍てついた世界の中で、さらなる冷たさをヨシュアは感じて凍えた。平穏そのものの表情は、目だけが笑っていない。そしてそこにはもう、光は宿っていなかった。
決意も覚悟も超克した、悟りの境地とでもいうべき状態のルシフェル。
静けさに風の音だけが響く中、彼の声は透き通ってよく聴こえた。
「ここは、最終階層『全理全忘ノ氷獄』……本来ならば、君達の遙かなる子孫、未来の人類が知るべき名だよ。あるいは、知ることもなく人は滅びる、そういう場所だ」
どこか陶酔感さえ感じさせるルシフェルへと、ヨシュアは一歩を踏み出す。
「ルシフェル! お前の封印を解き、召喚してしまったのは俺だ! だから、俺がお前を倒す! ……倒すしかないなら、それを躊躇わない。ただ、もしお前が――」
「ヨシュア、君はこの期に及んで迷うのかい?」
「違うッ! 世界は救う、ソロモニアは守る。ただ、救い方や守り方は選びたいだけだ!」
ルシフェルから今は、敵意も殺意も感じない。
すぐには戦闘をするつもりはないらしい。
彼は「付いてきて、ヨシュア」と、踵を返す。そうして、再び霊廟の中へと入っていった。その背を追うヨシュアは、悪寒に振るえが止まらない。
周囲の寒さとは別種のなにかが、ヨシュアの心胆を寒からしめていた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
俺は善人にはなれない
気衒い
ファンタジー
とある過去を持つ青年が異世界へ。しかし、神様が転生させてくれた訳でも誰かが王城に召喚した訳でもない。気が付いたら、森の中にいたという状況だった。その後、青年は優秀なステータスと珍しい固有スキルを武器に異世界を渡り歩いていく。そして、道中で沢山の者と出会い、様々な経験をした青年の周りにはいつしか多くの仲間達が集っていた。これはそんな青年が異世界で誰も成し得なかった偉業を達成する物語。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~
九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】
【HOTランキング1位獲得!】
とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。
花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる