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第11話「忍び寄る滅び」
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結局、マッコイ商会のガレリアはヨシュアの提案を飲んだ。
新たに発見された昇降機を使うことで、大幅に輸送コストが下がるのを認めたのである。これでマッコイ商会は、引き続き独占契約でブレイブマートへと商品を卸してくれる。
仕入れの値段はほぼ半分になり、ようやくコンビニの営業は軌道に乗り始めた。
「じゃ、いいか? やるぜ……魔神セーレが主、ヨシュア・クライスターが命ずる。我が呼びかけに応えよ……来いっ! マクスウェル!」
客足が落ち着いた昼下がり、ヨシュアは会計のカウンター前で得意の召喚術。手を繋いだセーレの霊格を元に、新たな悪魔を召喚した。
マクスウェルは、世界の法則性や定義、数値などを司る悪魔である。
ヨシュアの手の中に、黒い毛玉のようなマクスウェルが現れた。
ぱっちと目を瞬かせるマクスウェルに、少し屈んだリョウカが目を輝かせる。
「わあ、かわいいんだね! でもヨシ君、この子をどうするの?」
「まあ見てなって……ほら、丁度客が来た」
混雑する時間ではないが、ブレイブマートに客足は絶えない。二十四時間、いつでもアイテムや武具の補充ができ、休憩スペースもある。飲食物は勿論、酒や煙草といった嗜好品も販売に力を入れ始めたので、いよいよ繁盛の兆しが見え始めているのだ。
そんな中で、将来起こるであろう問題を事前にヨシュアは解決する。
客は、飲み物の瓶を抱えた鎧姿の戦士だ。
「会計を頼む。それと、煙草を」
「はいっ、どの銘柄にしましょうか」
元気よく接客するリョウカの笑顔は、隣から見ていても眩しい。
そして、何故か頬が熱くなる。
つい、日焼け跡のある裸体を思い出してしまうのだ。
棚に背伸びして煙草を取り出す後ろ姿も、とても健康的ですらりと細い。思わずじっと見詰めてしまい、隣のセーレに肘で小突かれた。
「ヨシ君? お客さんが待ってるよん?」
「あ、ああ。飲み物が全部で五本だな。よし、頼むぞ……マクスウェル」
むんずとヨシュアは、マクスウェルを右手に掴んだ。
そして、次々と飲み物の瓶へと押し当ててゆく。
戻ってきたリョウカからも、煙草の小箱を受け取り、同じようにしてマクスウェルに仕事をさせた。その様子に、客は訝しげな顔で首を傾げる。
「うし、全部で合計1,120フェンだ。支払いは各国の貨幣は勿論、共通ソロモニア紙幣も使える。えっと、冷たいのと温かいのを別の袋に入れておくぞ」
「お、おう……おいボウズ、本当に1,120フェンかあ? 半端だし、1,000フェンに負けろよ」
「負からないね。あと、計算は完璧だ。な? マクスウェル」
ヨシュアの手の中で、モキュキュとマクスウェルが笑う。
ぽかんとしていたリョウカが、急いで商品を数え直し、その金額を合計する。彼女は「ん、あってる!」と笑顔を咲かせた。
客も大小二つの袋を受け取り、リョウカの美貌に鼻の下を伸ばす。
因みにブレイブマートでは、祭終迷宮ディープアビスの第一階層『白亜ノ方舟回廊』から回収される素材で簡易買い物袋を制作、無料で配っている。リョウカが言うには、ビニールとかいう材質らしいが、こんなものはソロモニアのどんな文献にも載ってなかった。
その買い物袋は、密封性が高く水や空気を漏らさない。
客の中には、買い物よりもその袋を求める者もいるくらいだ。
「ありがとうございましたっ! ……で、ヨシ君。今の、どやったの? それがマクスウェルの力?」
「ふっふっふー、説明しようっ!」
セーレが得意げに胸を張る。
ばるるんとたわわな実りを揺らしながら、彼女はマクスウェルの能力や特性を語った。
「マクスウェルっていうのは、エネルギーの等価交換やエントロピーを管理する悪魔でもあるのよん? そして今、ヨシ君に召喚されて、このブレイブマートの商品と在庫を掌握してるの」
「あっ、それって……えっ、でもヨシ君が考えたの? 凄い……」
「全部の商品に、スタンプでナンバリングしてある。マクスウェルは商品の番号を読み取り、数量と価格を計算、合計金額を教えてくれるのさ。それに、在庫が少なくなった時もそれを伝えてくれるよう頼んである」
ヨシュアがセーレの言葉尻を拾って、種明かしをした。
仕入れの価格問題が解決した今、次は恐らく売上の管理、販売時の計算ミスに対処することになると思ったのだ。命を拾った昨日の大冒険でも、ヨシュアはブレイブマートの一員として色々考えていたのである。
だが、やはり先日のことが気になった。
何故、妹のディアナはリョウカに血相を変えたのか。
二人の間にどんな関係があり、どういう因縁があるのか?
「ヨシ君?」
「あ、ああ、悪いリョウカ。つまり、マクスウェルを必ず通して会計をすれば、在庫管理や帳簿の手間が省ける。それに、計算ミスもなくなる筈だぜ」
「うんっ! ふふ、なんだか本当にコンビニみたい……バーコードじゃなくて番号だけど。ヨシ君、ありがとっ!」
「な、なんだよ……いいよ別に。ほら、仕事すんぞ! 仕事!」
もうすぐマッコイ商会から、食料品の類が届く。そして、夕暮れ時には腹を空かせた冒険者達が殺到するのだ。無論、マッコイ商会側にもナンバリングを頼んである。多少の手間賃を取られたが、そのへんの交渉もヨシュアが昨日終わらせておいた。
事後承諾になったが、リョウカはとても喜んでくれている。
その笑顔に、自然とヨシュアは心が熱くなった。
今まで、自分でなにかを成し遂げたことはなかった。魔力がない人間は、今の文明ではなにもできないに等しい。まして、名門の魔導師一族に生まれれば、無能のできそこないと言われてもしかたなかった。
そのヨシュアが、自分で得た召喚術を使って、このコンビニを支えている。
もっと良くすることができると思った、そして成功して喜ばれたのだ。
「ん? どしたの、ヨシ君。顔、赤いよ?」
「は、はぁ!? なっ、ななな、なんでもねえよ!」
「なんでもなくないよー、ほら! 熱があるみたい」
セーレはにまにま笑っている。凄く、すごーく、生温かい笑みだ。
リョウカは遠慮なく、自分とヨシュアとの額に手を当てた。
それだけでもう、ヨシュアの呼吸は止まってしまう。息をするのも忘れ、心臓も止まったのではと思うほどに緊張してしまうのだ。
だが、心臓は止まる訳がない。
不思議と耳の奥に、自分の高鳴る鼓動がやかましく響いていた。
「い、いいよっ! それより仕事しようぜ、仕事!」
「あ、うん。でも、よかった。最初はどうなるかと思ったけど……ヨシ君、すっごくやる気あるんだもん。よーしっ! 今日もバンバン売るぞーっ!」
戸惑いつつも、ヨシュアも曖昧に返事する。
だが、その時……皆で寝泊まりに止まってる小屋の方から、悲鳴と絶叫が迸った。カウンターの奥でブレイブマートと繋がっており、今はレギンレイヴ達が休んでる。
あられもない声の二重奏は、ドタバタと店の方へやってきた。
「やめてけれ、堪忍! 堪忍してけろおおおおおお!」
「壊さないわ、ちょっと見るだけ……分解して中を見るだけだからっ!」
転がり込んできたのは、グリットとシレーヌだ。
グリットは結局、隠し部屋になっていた魔王アモンの研究室からついてきてしまった。アンドロイドという種族らしく、その全身は金属でできている。そして、店や居住区と合体してる物体……グリットが戦車だと教えてくれた巨大な乗り物で充電が必要らしい。
そう、確かにグリットは言った。あの巨体は古代の戦車だと。
だが、そんな筈はない……あれだけの戦車なら、ドラゴンクラスのモンスターにでも引かせなければ走れないからだ。多分、グリットの勘違いだとヨシュアは思っていた。
「おいおい、なんだよシレーヌ。あんまいじめるなって」
「いじめてなんかないわよ! お願いしてるの。だって、こんな自動自律人形、見たことないわ。動力源は? 随分と情緒豊かだけど、感情と人格はどうやって?」
「だから、やめろってーの」
かわいそうに、ブルブル怯えて震えるグリットはリョウカに抱き着いた。
それを見て、さらにシレーヌが興奮を高めてゆく。
「キーッ! あたしのリョウカに! ちょ、ちょっと離れなさいよ! そんなカプ認めないわ。リョウカ総受けじゃなきゃ駄目なんだからねっ!」
「なにを言ってるだ、オラァもうリョウカしか信じらんね。リョウカは優しいし、流石はオラのマスター、アモン様が一目置いてたお人だあ」
初耳である。
地上にそびえる魔王城に君臨し、全人類を恐怖に陥れた男……アモン。その正体は、セーレと同じ古の神、七十二柱の魔神である。
その魔王アモンが、リョウカを知っていた? しかも、一目置くとは?
改めてヨシュアはリョウカを見やる。
目が合って、彼女は俯き加減に視線を逸した。
先日のディアナのこともあって、ヨシュアが口を開きかけた、その時。不意に、やかましい声が店へと飛び込んできた。
「大変だ! リョウカちゃんはいるかな」
息せき切っての登場は、マッコイ商会のガレリアだ。仕入れの商品を運んできたようだが、その手は新聞紙を握っている。
この時代、活版印刷は魔法の力で実現していた。
まだまだ紙は高価だが、全人類が妥当魔王を目指して団結するため、全国共通の情報網が必要だったのである。あらゆる国家が、自国の新聞社を援助し、他国と情報交換を密に行っていた。
「あれ、ガレリアさん。あっ、お弁当が届いたんですね」
「ちょっともう、リョウカちゃん……それどころじゃないよ、見たまえ!」
ガレリアが広げる新聞へと、一同は顔を寄せて文字を追った。
そして、ヨシュアは言葉を失った。
一面で大々的に報道されているのは……既に去った筈の、世界の危機だったから。
「なっ……東方六カ国が一夜にして消滅!? 消滅ってなんだ、魔王軍の残党か?」
「現地に入った特派員は、こう書いてる。軍勢の踏み鳴らした跡もなく、城も街も消滅していたと。なんだよ、これ……」
そして、ヨシュアは新聞の隅に小さな記述を発見して絶句する。
現場にはただ、無数の黒い羽根が落ちていた……そしてそれは、僅か一日前のあの事件をヨシュアに思い出させるのだった。
新たに発見された昇降機を使うことで、大幅に輸送コストが下がるのを認めたのである。これでマッコイ商会は、引き続き独占契約でブレイブマートへと商品を卸してくれる。
仕入れの値段はほぼ半分になり、ようやくコンビニの営業は軌道に乗り始めた。
「じゃ、いいか? やるぜ……魔神セーレが主、ヨシュア・クライスターが命ずる。我が呼びかけに応えよ……来いっ! マクスウェル!」
客足が落ち着いた昼下がり、ヨシュアは会計のカウンター前で得意の召喚術。手を繋いだセーレの霊格を元に、新たな悪魔を召喚した。
マクスウェルは、世界の法則性や定義、数値などを司る悪魔である。
ヨシュアの手の中に、黒い毛玉のようなマクスウェルが現れた。
ぱっちと目を瞬かせるマクスウェルに、少し屈んだリョウカが目を輝かせる。
「わあ、かわいいんだね! でもヨシ君、この子をどうするの?」
「まあ見てなって……ほら、丁度客が来た」
混雑する時間ではないが、ブレイブマートに客足は絶えない。二十四時間、いつでもアイテムや武具の補充ができ、休憩スペースもある。飲食物は勿論、酒や煙草といった嗜好品も販売に力を入れ始めたので、いよいよ繁盛の兆しが見え始めているのだ。
そんな中で、将来起こるであろう問題を事前にヨシュアは解決する。
客は、飲み物の瓶を抱えた鎧姿の戦士だ。
「会計を頼む。それと、煙草を」
「はいっ、どの銘柄にしましょうか」
元気よく接客するリョウカの笑顔は、隣から見ていても眩しい。
そして、何故か頬が熱くなる。
つい、日焼け跡のある裸体を思い出してしまうのだ。
棚に背伸びして煙草を取り出す後ろ姿も、とても健康的ですらりと細い。思わずじっと見詰めてしまい、隣のセーレに肘で小突かれた。
「ヨシ君? お客さんが待ってるよん?」
「あ、ああ。飲み物が全部で五本だな。よし、頼むぞ……マクスウェル」
むんずとヨシュアは、マクスウェルを右手に掴んだ。
そして、次々と飲み物の瓶へと押し当ててゆく。
戻ってきたリョウカからも、煙草の小箱を受け取り、同じようにしてマクスウェルに仕事をさせた。その様子に、客は訝しげな顔で首を傾げる。
「うし、全部で合計1,120フェンだ。支払いは各国の貨幣は勿論、共通ソロモニア紙幣も使える。えっと、冷たいのと温かいのを別の袋に入れておくぞ」
「お、おう……おいボウズ、本当に1,120フェンかあ? 半端だし、1,000フェンに負けろよ」
「負からないね。あと、計算は完璧だ。な? マクスウェル」
ヨシュアの手の中で、モキュキュとマクスウェルが笑う。
ぽかんとしていたリョウカが、急いで商品を数え直し、その金額を合計する。彼女は「ん、あってる!」と笑顔を咲かせた。
客も大小二つの袋を受け取り、リョウカの美貌に鼻の下を伸ばす。
因みにブレイブマートでは、祭終迷宮ディープアビスの第一階層『白亜ノ方舟回廊』から回収される素材で簡易買い物袋を制作、無料で配っている。リョウカが言うには、ビニールとかいう材質らしいが、こんなものはソロモニアのどんな文献にも載ってなかった。
その買い物袋は、密封性が高く水や空気を漏らさない。
客の中には、買い物よりもその袋を求める者もいるくらいだ。
「ありがとうございましたっ! ……で、ヨシ君。今の、どやったの? それがマクスウェルの力?」
「ふっふっふー、説明しようっ!」
セーレが得意げに胸を張る。
ばるるんとたわわな実りを揺らしながら、彼女はマクスウェルの能力や特性を語った。
「マクスウェルっていうのは、エネルギーの等価交換やエントロピーを管理する悪魔でもあるのよん? そして今、ヨシ君に召喚されて、このブレイブマートの商品と在庫を掌握してるの」
「あっ、それって……えっ、でもヨシ君が考えたの? 凄い……」
「全部の商品に、スタンプでナンバリングしてある。マクスウェルは商品の番号を読み取り、数量と価格を計算、合計金額を教えてくれるのさ。それに、在庫が少なくなった時もそれを伝えてくれるよう頼んである」
ヨシュアがセーレの言葉尻を拾って、種明かしをした。
仕入れの価格問題が解決した今、次は恐らく売上の管理、販売時の計算ミスに対処することになると思ったのだ。命を拾った昨日の大冒険でも、ヨシュアはブレイブマートの一員として色々考えていたのである。
だが、やはり先日のことが気になった。
何故、妹のディアナはリョウカに血相を変えたのか。
二人の間にどんな関係があり、どういう因縁があるのか?
「ヨシ君?」
「あ、ああ、悪いリョウカ。つまり、マクスウェルを必ず通して会計をすれば、在庫管理や帳簿の手間が省ける。それに、計算ミスもなくなる筈だぜ」
「うんっ! ふふ、なんだか本当にコンビニみたい……バーコードじゃなくて番号だけど。ヨシ君、ありがとっ!」
「な、なんだよ……いいよ別に。ほら、仕事すんぞ! 仕事!」
もうすぐマッコイ商会から、食料品の類が届く。そして、夕暮れ時には腹を空かせた冒険者達が殺到するのだ。無論、マッコイ商会側にもナンバリングを頼んである。多少の手間賃を取られたが、そのへんの交渉もヨシュアが昨日終わらせておいた。
事後承諾になったが、リョウカはとても喜んでくれている。
その笑顔に、自然とヨシュアは心が熱くなった。
今まで、自分でなにかを成し遂げたことはなかった。魔力がない人間は、今の文明ではなにもできないに等しい。まして、名門の魔導師一族に生まれれば、無能のできそこないと言われてもしかたなかった。
そのヨシュアが、自分で得た召喚術を使って、このコンビニを支えている。
もっと良くすることができると思った、そして成功して喜ばれたのだ。
「ん? どしたの、ヨシ君。顔、赤いよ?」
「は、はぁ!? なっ、ななな、なんでもねえよ!」
「なんでもなくないよー、ほら! 熱があるみたい」
セーレはにまにま笑っている。凄く、すごーく、生温かい笑みだ。
リョウカは遠慮なく、自分とヨシュアとの額に手を当てた。
それだけでもう、ヨシュアの呼吸は止まってしまう。息をするのも忘れ、心臓も止まったのではと思うほどに緊張してしまうのだ。
だが、心臓は止まる訳がない。
不思議と耳の奥に、自分の高鳴る鼓動がやかましく響いていた。
「い、いいよっ! それより仕事しようぜ、仕事!」
「あ、うん。でも、よかった。最初はどうなるかと思ったけど……ヨシ君、すっごくやる気あるんだもん。よーしっ! 今日もバンバン売るぞーっ!」
戸惑いつつも、ヨシュアも曖昧に返事する。
だが、その時……皆で寝泊まりに止まってる小屋の方から、悲鳴と絶叫が迸った。カウンターの奥でブレイブマートと繋がっており、今はレギンレイヴ達が休んでる。
あられもない声の二重奏は、ドタバタと店の方へやってきた。
「やめてけれ、堪忍! 堪忍してけろおおおおおお!」
「壊さないわ、ちょっと見るだけ……分解して中を見るだけだからっ!」
転がり込んできたのは、グリットとシレーヌだ。
グリットは結局、隠し部屋になっていた魔王アモンの研究室からついてきてしまった。アンドロイドという種族らしく、その全身は金属でできている。そして、店や居住区と合体してる物体……グリットが戦車だと教えてくれた巨大な乗り物で充電が必要らしい。
そう、確かにグリットは言った。あの巨体は古代の戦車だと。
だが、そんな筈はない……あれだけの戦車なら、ドラゴンクラスのモンスターにでも引かせなければ走れないからだ。多分、グリットの勘違いだとヨシュアは思っていた。
「おいおい、なんだよシレーヌ。あんまいじめるなって」
「いじめてなんかないわよ! お願いしてるの。だって、こんな自動自律人形、見たことないわ。動力源は? 随分と情緒豊かだけど、感情と人格はどうやって?」
「だから、やめろってーの」
かわいそうに、ブルブル怯えて震えるグリットはリョウカに抱き着いた。
それを見て、さらにシレーヌが興奮を高めてゆく。
「キーッ! あたしのリョウカに! ちょ、ちょっと離れなさいよ! そんなカプ認めないわ。リョウカ総受けじゃなきゃ駄目なんだからねっ!」
「なにを言ってるだ、オラァもうリョウカしか信じらんね。リョウカは優しいし、流石はオラのマスター、アモン様が一目置いてたお人だあ」
初耳である。
地上にそびえる魔王城に君臨し、全人類を恐怖に陥れた男……アモン。その正体は、セーレと同じ古の神、七十二柱の魔神である。
その魔王アモンが、リョウカを知っていた? しかも、一目置くとは?
改めてヨシュアはリョウカを見やる。
目が合って、彼女は俯き加減に視線を逸した。
先日のディアナのこともあって、ヨシュアが口を開きかけた、その時。不意に、やかましい声が店へと飛び込んできた。
「大変だ! リョウカちゃんはいるかな」
息せき切っての登場は、マッコイ商会のガレリアだ。仕入れの商品を運んできたようだが、その手は新聞紙を握っている。
この時代、活版印刷は魔法の力で実現していた。
まだまだ紙は高価だが、全人類が妥当魔王を目指して団結するため、全国共通の情報網が必要だったのである。あらゆる国家が、自国の新聞社を援助し、他国と情報交換を密に行っていた。
「あれ、ガレリアさん。あっ、お弁当が届いたんですね」
「ちょっともう、リョウカちゃん……それどころじゃないよ、見たまえ!」
ガレリアが広げる新聞へと、一同は顔を寄せて文字を追った。
そして、ヨシュアは言葉を失った。
一面で大々的に報道されているのは……既に去った筈の、世界の危機だったから。
「なっ……東方六カ国が一夜にして消滅!? 消滅ってなんだ、魔王軍の残党か?」
「現地に入った特派員は、こう書いてる。軍勢の踏み鳴らした跡もなく、城も街も消滅していたと。なんだよ、これ……」
そして、ヨシュアは新聞の隅に小さな記述を発見して絶句する。
現場にはただ、無数の黒い羽根が落ちていた……そしてそれは、僅か一日前のあの事件をヨシュアに思い出させるのだった。
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