口は幸いのもと

でんでろ3

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第4話 暴走トラック

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 雲一つない秋空。
 絶好の買い物日和。
 そんなものがあるとすればだが……。
 まーこ、ゆーた、ゆーこの3人は、クラス役員の仕事の買い物に、自転車で来ていた。
 まーこは、特に、決まったクラス役員の仕事がなかったので、ゆーたとゆーこと同じクラス役員の仕事を手伝うことになった。
 まーこは、あれ以来、毎日、休まず学校に通っている。引きこもりを止め、毎日、自転車で登下校しているので、血色が良くなり、スタイルも良くなって、きれいになった。と、ゆーこは、密かに思っていたが、ゆーたは、何にも感じていなかった。

 3人が交差点で信号待ちをしていると、大きな赤いボールを抱えた小さな女の子が、彼女たちの左側に立っていた。そのボールが、ポロリと転げ落ち、テンッ、テンッ、と弾んで道路に出て行ってしまった。反射的に、それを追って道路に飛び出してしまう女の子。いち早くそれに気付いたゆーたが、路上で、後ろから女の子を抱き抱えた瞬間、1台の赤い6トントラックが、ブレーキをかけるどころか、加速しながら突っ込んで来た。
「ゆーたと女の子は後ろに3メートル瞬間移動します」
 まーこが、早口に言うと、ゆーたと女の子の姿は掻き消え、それと、ほぼ同時に、その3メートル後方に、ゆーたと女の子が出現した。いわゆる、テレポーテーションである。
「やるじゃん、まーこ」
「それより、あのトラック変よ」
 まーこは、ゆーこを見ずに、トラックを目で追いながら言った。
 確かに、変だった。ゆーたたちに突っ込んできたこと自体は、信号無視でも何でもなかったのだが、今、トラックは、真っ直ぐ交差点を抜けるでも、曲がるでもなく、歩道を目指しているように見えた。
 そして、それは、見間違いではなかった。トラックは、歩道に乗り上げると、少しスピードを落とし、歩道に乗り上げると、楽しむように、逃げ惑う人々を追い回し始めた。

「な、何、あれ?」
「どういう事?」
 トラックは、ある程度以上は深く入らず、車道に戻ると、他の場所を荒らし、また車道に戻り、を繰り返している。
「大丈夫。すぐに、警察が来てくれるさ」
 ゆーたが、言った。言い切ってしまった。
 一瞬の沈黙が流れた。
「ゆーた、あんた、今、何、言ってくれたのよ!」
 ゆーこが、ゆーたの胸ぐらを掴んで、ガクガクと揺さぶった。
「す、すぐが無理でも、そのう……うぐぅっ」
 ゆーこの拳が、ゆーたのみぞおちにめり込んだ。
「ど、どうしよう?」
 まーこは、明らかに動揺していた。
「ど、どう? って、やるしかないでしょう?」
 ゆーこだって、不安なのだが、精一杯の勇気を振り絞った。
「や、やるって、その……」
「私たちでよ。私たちと、ママチャリ3台で」
「……2台になりそう……」
「えっ?」
 ゆーこは、まーこの視線を追った。そういえば、ゆーたがいない。嫌な予感がした。

 嫌な予感ほど、当たるものである。
 ゆーたは、いつの間にかまーことゆーこの近くに戻ってきていた赤いトラックと対峙していた。長い距離を置いて。
 ゆーたは、ゆっくりと自転車をこぎだした。トラックの真正面から真っ直ぐに。そして、グングンと加速していった。軽快に。ちなみに、ママチャリの正式名称は軽快車である。
 トラックの運転手にも、ゆーたの無謀な行動は見て取れた。それは、彼を面白がらせることにしかならなかった。当然、トラックも、ゆーたに向かって一直線の進路を取った。
 自転車とトラックは一直線上で、加速度的にその距離を縮めていった。
 ゆーたは、3割の計算と7割の勘でタイミングを計ると、思い切り良く行動に出た。
 減速も何もしないまま、自転車の前輪の左前あたりめがけて、ハンドルを握ったまま飛び下りた。着地の瞬間、一瞬、前輪だけ全力でブレーキをかけて完全に止めた。慣性の法則で、自転車全体が前輪を軸に回転するのに合わせて、自転車をはね上げた。そのまま、ハンドルを持ち……、
「いっ・ぽん・ぜおい」
 の掛け声で、自転車をトラックの運転手目がけて投げつけた。

◆◇◆

「く、屈辱だ」
(何が屈辱なのか?)
(今、鼓動が早鐘のように打っていることか?)
(おもわず急ブレーキをかけて止まってしまったことか?)
(それとも、奴の思惑通り、自転車が運転席に突き刺さっていることか?)
(いや、落ち着け。どれも確かに屈辱だがダメージではない。十倍、いや、百倍にして返してやる)


「やったか?」
 トラックが止まっている隙に、ゆーたは、まーことゆーこのところに、戻って来ていた。
 しかし、やがて、トラックのフロントグラスに突き刺さっていた自転車は、かみ終わったガムが吐き捨てられるように、車外に放り出された。割れたフロントガラスが、雑に取り払われると、トラックはエンジンを始動した。
「に、逃げろ!」
「あんたが、運転してよ!」
 自転車が2台になってしまったので、1台をゆーたが運転して、ゆーこが荷台に座り、2人乗りすることにした。
「まーこ、あんた、あのトラック、止められないの?」
「私の能力じゃ、たぶん無理。……『あのトラックは止まります』……『あのトラックはエンジンが故障します』……やっぱり無理」
「それより、ゆーた! 追いつかれて来てる」
「そりゃ、そうだよ。ただでさえ、車と自転車なのに、二人乗りじゃあ」
「それは、任せて! 『ゆーたとゆーこの体重は15%ずつ軽くなります』」
 その瞬間、文字通りゆーたは体がふわりと軽くなるのを感じ、同時にペダルも軽くなった。
「これ、良いわね。ちょこちょこやってもらおうかな?」
 と、状況をわきまえず、ゆーこが言うと、
「いいけど、これ、何分も持たないわよ」
 と、まーこが、答える。
「ふーん、ん? って、ことは? だ、だめじゃーん!」
「そうでもないわ。いいこと思いついた」
 ゆーこが自信ありげに言う。
「でも、作戦タイムが取れないわね」
「それも、任せて。『私たちは、一瞬で意思疎通できます』」
「ナイス、まーこ! って、危なすぎるよ、ゆーこ」
 作戦の全貌を知ったゆーたが、ゆーこに言った。
「大丈夫。嘘じゃないし、想いもこもってる。それに、あのおじさん、絶対、根は良い人だって。……まーこ、お願い」
 ゆーこは、まーこの目を見て言った。
「……分かった。じゃあ、いい? 行くよ! 『ゆーこは、あのトラックの前に、突然現れます』」
 まーこが、そう言った瞬間、ゆーこの姿は掻き消え、次の瞬間、トラックの前に、出し抜けに現れた。
 トラックの運転手は反射的に急ブレーキを踏んだ。
 ほぼ同時に、ゆーたが、
「車は急に止まれないーっ!」
 と叫んだ。すると、車だけが、慣性の法則を完全に無視して、いきなり完全に停止した。しかし、運転手には、慣性の法則が働いている。運転手は、思い切り前に吹っ飛ばされることになった。

(何なんだ? こいつら? どうなって、やがる?)
フロントガラスから身を乗り出すようになりながらも、運転手はシートベルトによって、車内に留まっていた。
「お生憎様だったなぁー! よく見ろよ。俺はなぁ、きちんとシートベルトを着用しているから、車外に放り出されたりはしねーんだよ! はぁー、はっはっはっはっ」
実は、運転手は、心中穏やかではなかった。その命綱たるシートベルトで、右肩をひどく痛めたようで、全く自由が利かなくなっていた。
(はっ! だからなんだ? 片手ハンドル何て、いつもやっていることだ。シフトチェンジだってできる。問題ない)
「さーって、今度こそ、死んだな、お前ら」
 運転手が、そう言ったとき、ガィンッ、という鈍い音が響いた。
「おーい、おっさん。こっち、こっち」
 見れば、最初に自転車を投げつけてきた少年が、石を持って、自転車にまたがっている。
「こっちに、おーいでっ」
 そう言うと、石を投げつけて来た。石がトラックのボディーに当たると、ガィンッ、という鈍い音が響いた。
「き、貴様、……、ゆ、許さん」
 トラックの運転手はエンジンを始動した。

 ゆーたは、自転車で疾走した。全力で。文字通り命を懸けて。
 しかし、ある地点で、ゆーたは、止まってしまった。
 迫るトラック。しかし、ゆーたは、それを、片手を上げて停めてしまった。
「ボーズ、何の真似だ?」
「平地で自転車、踏みつぶしたって、ただの弱い者いじめだ。面白くないでしょ」
 ゆーたは、そこから、広がる道を指し示した。
「勝負しようよ。ここから続く、右曲りのダウンヒル。下りきるまでに僕を踏みつぶせなかったら、僕の勝ちってことで、どう?」
「そりゃあ、構わねぇが? 勝つのは俺だからな。しかし、何をかける?」
「何も? こちらには差し上げられるものがない」
「ハン。何、企んでやがる。まぁ、いい。勝つのは俺だ。負けた時のことなど決めるだけ無駄だ」
 運転手はトラックのエンジンを切った。
「先に出ろ。3秒待ってから、エンジンをかけてやる」
「OK。スタート」


 下り坂の中腹近くにまーこはいた。そこは、下り坂のほぼ全体が見渡せた。ゆーたが、スタートすると、まーこは、
「ゆーたにかかる重力は30%増えます」
と、言った。
 ゆーたは、なめてかかっていた1.3倍の重力が思ったより大きいことに戸惑ったが、すぐに慣れた。
 運転手は、ゆーたが思ったよりも速いことに戸惑った。
 そして、左手1本でハンドルを思い切り右に切りながらだと、シフトチェンジできないことに、今さら気付いた。
(しかし、相手は、自転車だ。ローギヤをベタ踏みすればいい。)
1番低いローギヤのまま、アクセルを全開にする。エンジンの回転数を伝えるタコメーターの針がグングン上昇する。
 その様子は、まーこにも、悲鳴のようなエンジン音の高鳴りとして伝わってきた。それが、十分高まった瞬間に、まーこは言った。
「あのトラックのエンジン内のクランクシャフトのおもりは、すべて20%ずつ重くなります」
クランクシャフトとは、エンジンの回転を生み出しているはずみ車のようなもので、おもりが付いている。
そのバランスが、わずかとはいえ最高に負荷のかかった状態で崩れた。
1本、2本、と壊れ始めると、すべてが壊れるのは早かった。
かくして、トラックは停まった。

◆◇◆

 翌日、下校時刻、学校の自転車置き場にて。
「じゃあ、2人乗りで帰る?」
 ゆーこが、ゆーたに聞いた。
「まぁ、仕方ないかなぁ」
 ゆーたが、ゆーこに答えた。
「ヒューヒュー」と友達が冷かして行く。
「あ、あのさ……」
 おずおずと、まーこ。
「何?」
「え、えっと、学校から、ある程度離れてから2人乗りしないと、先生に注意されちゃうよ」
 そのとき、
「2人乗りの必要はありません」
 と、涼やかな声がした。
 声のした方を振り返ると、一人の少女がいた。
 ボブカットのセーラー服の美少女。そこだけが、暖かな春のようであった。
 よく見ると彼女が押している自転車は、ゆーたの自転車だった。
「俺の自転車? そんなバカな?」
 そう、それは、2重の意味でありえなかった。1つには、ゆーたの自転車は証拠品の1つとして、警察に押収されてしまったのだ。そして、もう1つには、ゆーたの自転車は、滅茶苦茶に壊れ、修復は不可能なはずだった。
 では、これは、何なのか? 同型の新品を加工したのだろうか? それにしては、思い出せる限りの傷などの特徴がすべて一致するし、使用感も同じくらいだ。
「これは何なの? そして、君は誰なの?」
「これは、ほんのお礼です。邪魔をしていただいた」
「邪魔?」
「ええ、特に、まーこさんには、1度ならずも2度までも」
 そのとき、彼女のキュッと結んだ唇が微笑みを浮かべた。
 それだけで、彼女の美しさが、冷たい氷の彫像のような狂気を帯びたものに豹変した。まーことゆーたとゆーこの3人は、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、我に返った時には、彼女の姿は、どこにもなかった。
「何だったんだ、一体?」
 あぶら汗をぬぐいながら、ゆーたが言った。
「宣戦布告……かもね」
 ゆーこの指差した先には、ゆーたの自転車にくくり付けられた緑色のものがあった。それは、緑のフェルトで作られた長さ5センチほどのモコモコと丸いフチの葉っぱのタグだった。それには、ひらがなで、「ことは」という文字が切り抜かれていた。
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