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ステージ3 フェンリル編

第54話 悪魔と天汰

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 ……あれ、ここはどこだ。たしか僕はフェンリルの二人の信者に思いっ切り膝蹴りされて……そこからの記憶が無いな。
 そうなると僕は今、その蹴ってきた奴に持ち運ばれているのか。僕は辺りを見渡そうとしてみたけど見えない以前にそもそも目が開かない。


「起きなさい天汰。王の前よ?」

「おいおい……テメエ、まさかまた気絶させたか?」

「はい。一発ならいいかなと」

「良い訳ねえだろーが!!」


 何やら声が聞こえてくる……この声はシェンとニーダか? 後、さっき僕を蹴ってきた奴。
 とにかく今は起きないといけない。手足の感覚はあるし何かを失った訳でもないんだ、目を覚ませ。

 僕は声を上げて『僕は生きてます』と、言おうとしてみたが声にならずに、

「ぼ……ぅぁ……て……ぁす」

 とうめき声が漏れただけだ。


「天汰、寝たいなら寝てていいよ。ワタシが後で話すから」

「私も後で教えます……よ!」


 げっ、ヘラルとイコさんも近くに居るのか……って待ってくれ、スルーしてたけどニーダが王の前だって言った……?


 起きなきゃ起きなきゃ起きなきゃ!! 僕が一番悪目立ちしてるじゃないか!

 本当なら石で回復してるはずなのに、目が開かないのはシンプルに疲労なのか!?


 ならしょうがない。最悪声は聞こえているし黙って聞いておくか。


「……ま、いいだろう。そこの少年は眠らせておこう」


 これがこの国の王様の声か。見た目は何も分からないけど声だけなら優しい印象を受けるな。
 距離も相当離れている……リチアの時と比較してとにかく人が多いな、ただ魔力的にはそこまで強くはない。


 ……僕も知らないうちに魔力で人数も分かるようになってたんだな。


「──シェン、ニーダ。シラカバ国に現れた魔導怪獣の討伐の依頼達成してくれたようだが、報酬は何だね? 5000万ルードか? それとも、一年分の食料とかが良いか?」

「いえ様。どっちも入りません、間に合ってます。オレ達が欲しいのはなんですよ」


 スキル……あっ、ヘラルが前に武器を改造して連撃スキルを付与してたな! あれって結構レアだったのか?


「ほう? ではどんなスキルを望むか? S級の付与魔術師エンチャンターならすぐに呼べるが……」

「このガキが腰に携えてるこの剣にまず付けてほしいのだが……よっと」


 そう言ってシェンは僕のテレイオスと記された剣を無理矢理剥ぎ取って多分王様に見せている。

 僕の剣に驚いたのか、王様は声を上げて嘆いていた。


「テレイオス……トリテリアのロゼ公爵は逝去なさったと聞いていたがこの剣は何か関係あるのだろうか……?」

「あっ、それは……ワタシと寝ている奴で貰い受けました」

「ふむ……模造品レプリカでは無さそうだ……分かった。今からこの国にいる付与魔術師に頼んでみよう。ではもう下がって良いぞ」


 ヘラルが割と嘘を付いてるけどまあいいか。案外僕が王室っぽい所で眠っていても何にも言われないし楽だったな。


「ありがとうございます。では帰りましょうか、天汰は……どうしましょうか」

「しょーがねえな、オレが帰りは持ち帰ってやるよ。天汰が目が覚めて暴れたらお前はまたぶん殴ったりしてしまうだろうからな」

「はい。その自覚はあります」


 暫くの間、どうでもいい二人のイチャイチャ会話をシェンに担がれながら聞く事になった。















 * * *
 数時間過ぎても僕の瞼は相変わらず重く、身体も上手く動かせない。意識も飛び飛びだし、僕には今いる場所が飛空艇の一室だってことしか分からない。


「──19時で~す。……って、これなんて読むの? あ、りょーかいりょうかい。えー──」


 ふ、相変わらず下手な放送だな。しかし、今までの独房とは音量が違うことに加え、ソファーのような感触が床にあることからいつもと違う部屋……しかも高級そうだ。


「……ああーっ……やっ……と見える」


 今までの異世界旅で気が付かない内に疲労が溜まっていた。数時間ぶりに瞼が開いてすぐ電球を直視してしまい、非常に目に悪い光を浴びた。

 思い返すとマトモに休めた期間は初日だけだったな……トリテリアにいたのも一日経ってないし。
 ……皆は元気にしているだろうか。眠り心地が良いソファーの上だからかノスタルジックな感情に浸りつつある僕の心が疲れているんだ。


「姉ちゃん、元気かな……」

「──よ、やっと起きた? 疲れた? 隣座りたいからちょっと起きてよ」


 ヘラルがガチャリと扉を開けてこの部屋に訪れてきた。というか、ここがヘラルの部屋なのかな、異常に広いしやたら豪華に出来てるし。

 僕はゆっくりと身体を起こしてい背もたれに持たれかかる。まだ立ち上がるのは面倒だなあ……と、考えている間にはもう隣にヘラルが座っていた。


「ほら、この剣返しにきた。あなたが寝ている間にこの剣に【猛撃】が付与されてるから」

「【猛撃】って、何?」


 僕はずっと思っていたのだが、連撃だの猛撃だの付与出来る人がいるならどの武器にも付与すればいいんじゃないか?
 その技術自体を学ぶことさえ出来たらカンストが一気に近付くと思うが……。


「【猛撃】は【連撃】の上位互換だね。猛撃は攻撃する度に2倍、3倍……って威力がどんどん増していく。……まあ、すぐにカンストは出来るね」


 他に何かを言いたそうに僕の目をヘラルが見つめる。
 僕には以前から思っていた疑問がある。一度も口には出さなかったのは、否定されることが怖かったからだ。

 多分、ヘラルも僕がこれから言うことは何となく分かっているのだろう。
 言ったら、同じ関係ではいられないかもしれない。ただ、僕は伝えなければならないと思ったから、口に出してみよう。


「なぁ、ヘラル」

「何かな」

「僕がダメージカンストしても姉ちゃんがいる世界には帰れないんだろ」

「……」


 ヘラルは初めて言葉を詰まらせた。目も分かりやすく泳ぎ出しているし、何かを言いかけた口がピクピクと震えている。

 でも、僕はそこまで知っていた。結局ヘラルは悪魔だったけど、姉ちゃんを異世界に召喚しようとしてるし、僕を召喚した元凶だけど悪い奴ではないって何となく分かってるつもりだ。

 だからこそ、僕からヘラルに宣言しないといけないんだ。


「満足出来る旅を続けよう」

「……え」

「その代わり、姉ちゃんを呼んだ目的を教えてくれ」

「……ワタシは、嘘をついてないよ」


 青い髪が風もないのに優雅に靡いている。
 赤黒い小さな角が対照的で、瞳が僕の顔を反射している。

 あぁ……こんなに僕の髪も琥珀色に染まったのか……。


「天汰、ワタシを信じて。今はカンストを目指すの諦めないで」

「……うん」

「もう少しなんだよ、徐々に皆があなたの存在に気付き始めてるの」

「……誰が? もしかして、運営が?」

「……そうだよ、運営がワタシ達に気付きだしてる。……それで、もう少ししたら全部教えられるから、ワタシがあなたを召喚した理由を」

「分かったよ。運営がね……」

「そう、運営の中でもこっちの世界に生まれ育った精鋭部隊、クローピエンスがワタシ達を追いかけてきてる」

「クローピエンス?」


 クローピエンス……実際にある言葉じゃないしどっちの世界でも耳にしたことがないな。ヘラルの眼差しは真剣そのものだし嘘は言っていないだろう。


「ワタシが復讐したい相手なんだ。ワタシも創ってワタシを捨てたなの」


 ヘラルの初めて見せる悲しみの表情に僕は思わず笑いが溢れてしまった。


「な、何笑ってるの……!」

「あははっ、実はさ、僕も迷ってたんだよ。姉ちゃんが好きな人が沢山いるこの世界を守る為に戦ってカンストを目指すか、ヘラルの為に戦うかって」

「は……? どういうこと」


 僕が何を言っているのか出来ていないようで、ヘラルは奇異の目を向けてくる。
 要するに僕は、どっちの味方をするかで揺れていたのだ。姉ちゃんかヘラルか。

 でもそんな話じゃなかった。姉ちゃんの味方になることはヘラルの敵になることじゃないし、逆だってそうだ。


「ヘラル、僕と暴れよう。好き勝手やって全員に迷惑かけよう。クローピエンスだろうとプレイヤーだろうと関係ないね。ヘラルの復讐も手伝うし、ヘラルも僕が帰れる方法を復讐が終わったら教えてね」

「……いいね、楽しそうだ」


 ようやくいつもの笑顔が現れた。やっぱりこうじゃないと落ち着かなくなってきた頃だったんだ。

 じっとヘラルの目を見つめ合っていると、ヘラルが右手の小指を僕の目の前に突き出し、

「ゆびきりげんまん、やろうよ」

 とヘラルは言った。

 僕とヘラルにとってゆびきりげんまんの意味は変わらない。ただダメージカンストを目指そうってだけの意味で、それはこれからも一緒だ。


「オッケー」


 僕はヘラルの小指を小指で重ねる。


「「ゆびきーりげーんまん……」」

「「嘘ついたら……」」

「えーとヘラル。本当は『針千本飲ます』なんだよ」

「……知ってたよ! もう……言いづらいな」


 ヘラルはその場でため息を落とした。まあたしかに変なタイミングで言い出した自覚はある。


「ヘラル、大丈夫だろう。僕とヘラルは家族だし友達だろ?」

「まだ言ってんの? ……そうだけどさ」

「……はは、えーとさ」


 僕はこの時ある異変に気付く。ヘラルもそれに気が付いたのか顔が青ざめ始めだした。


「……そのー……言っていいかな、天汰」

「うん。えっと……イコさん……? いつから……聞いてたのかなあ?」


 扉は閉められているけど、たしかにそこにイコさんの気配がする。僕もヘラルもそこまでイコさんに対して疎くないのだ。


「ごめんなさい! 二人が何してるのか気になって……つい!」

「ははっ、別に気にしないでいいのに」


 僕はヘラルの指を離して立ち上がり、イコさんを部屋に入れようとドアノブに手を掛ける。


「あっ天汰さん、ちょっと開けるのは……!」

「え、何でですか?」


 何で嫌がるんだろう……僕達に見破られたことがそんなにショックだったのかな?

 そうして僕はゆっくりとノブを回して扉を開けると、そこには……。


「キエエエェェ!! ヘラル様に何ちょっかいかけてるのよ!?」

「うわああああ蹴るなッガッ!」


 またこのメイドかよ……今度は僕の顔面を渾身の一撃をぶち抜き、その衝撃で僕は壁に叩きつけられる。

 霞む視界の中、イコさんの他にも大体20人近くの他のメイドの姿を見える……どんだけの人に会話聞かれていたんだ……思い返してみると割とクサい台詞吐いていたような……ああ、なんか恥ずかしく……なって……きた。


 これから先の出来事は僕の記憶に残っていなかったから僕はここで気絶したと思う。
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