上 下
54 / 105
ステージ3 フェンリル編

第53話 魂のスキンシップは大事だと思う

しおりを挟む
「──こっから入るとべアティチュード団長に会えるぜ」


 モネに従って何とか四人で天井を伝い、僕達は舞台裏の休憩室の真ん前まで辿り着いた。
 中では中々賑やかな声が聞こえてくる。壁に耳を当てて声を確認してみる。


「……助かったぞ、エレーナくん!」

「いえ! ……ですから!」


 よしよし、中にはさっきの団長と新入りピエロの二人だけだな。そのまま中に入ってもいいが打ち合わせしておかないといけなかった。今更遅いけどしょうがないな。


「案内ありがとう! 天汰さん、これからどうするかは決まってるんですか?」

「まあ、何となく。モネの夢も叶えてやりたいしね」

「……夢? 俺にはそんな──」

「お前このサーカスが好きなんだろ。だったら入団希望だって直談判してみたらいいじゃん」


 子供を利用するのは酷いけど、以前に面識があるなら意外と上手く行くかもしれないしこれが最適だろう。

 一方で、僕の言葉を聞いたモネは一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたが、徐々に理解し始めてからはモネの中で興奮が勝ったようだった。


「そうだ……そうすりゃ良かったんだ! 熱意はある! 頑張って入団してやる! ご飯だって……食べられるようになるし……!」

「じゃ、行ってみよう」

「なあ」


 そっとヘラルが僕に耳打ちをする。やっぱり僕がいつもより積極的だからそれについて言及するつもりなんだろうか。


「あなた邪悪ね」

「勢いで乗り切ろうー……ってヘラル意識してみた」

「……うざ」

「失礼します! べアティチュード団長!」


 ヘラルと軽く喋っていると、子供らしく興奮したモネが休憩室の扉を勢い良く開けてしまった。イコさんもこれは想定外だったらしく、誰よりも驚いて小さな悲鳴を上げてしまっていた。


「誰だい……ってモネじゃないか。今回もサーカスを見にきたんだね」


 団長は想像よりも優しい声色とモネに対して柔らかい物言いではあるが、眼光だけは相変わらず鋭い。サーカス団の二人はモネの次に僕やイコさん、そしてヘラルの順で目で確認してきた。
 エレーナに至っては少々困惑したような困り眉になっている。しかし、二人は焦る訳でも無くモネのたどたどしい言葉をじっと聞き続けていた。


「その……つまり、俺様を……俺をサーカス団に入れてくれ! 特技とはこれと言ってねえけど! 兎に角すばしっこいし……盗みなら誰相手でも出来る!」

「どうしますか団長?」

「うーむ……別にいいんだが……他の団員がなぁ……」


 都合が悪そうに自分の頭を撫でながら室内を歩き回るべアティチュードをワクワクしてモネはずっと目で追いかける。
 受付の人からの反応が悪かったモネなら他のメンバーから悪印象を持たれていても不思議ではないけど……僕達でアシストしないとな。


「この子の盗み技は凄いですよ。マジで誰も初めは気付けませんでしたから」

「ええと……それは凄いんですかね?」


 エレーナに笑われてしまった、そこまで僕は変な事言ってるのかな。
 しょうがない、こうなったらイコさんに説得してもらう他ない。イコさんは誰でもすぐに打ち解けられるし、エレーナやべアティチュードとも相性がいいはず。


「……モネさんは凄いですよ! 足も速いし手も凄く器用! まずはサーカスの下っ端としてでもいいので入れてあげてください!」


 そう言ってイコさんは団長に頭を深く下げた。これには二人とも効いたのか、今度はエレーナまでも焦り始める。


「そそそんな事しないでも!! いいですよ! 可愛いのお姿が台無しです!!」

「台無しなんかではないです……誰かが幸せになれるならこれくらい容易です」

「……良いこと言うなあ……!」


 ヘラルの心に珍しく響いたらしく、ヘラルは横からイコさんに抱きつこうと飛びかかった。イコさんは避けきれずに抱き着かれ、そのまま地面に押し倒された。

 ここまで来たら僕も勢いで混じって演出しようか迷ったが冷静に考えて僕は対話を選び直した。


「モネは団長さんの肩を揉むのも得意ですよ~ほらっモネ! 肩を揉んでみて団長の!」

「え、? あぁ、分かった……?」


 いまいちピンときていなさそうだったが、モネを使って何とか団長に触れる事が出来る。
 僕はモネの手を握って団員の背中まで誘導し、肩を揉ませる事に成功する。

 ……ついでに僕もモネを手伝うように肩に手を置き団長から感じられる魔力を探り始める。


「ど、どうすかー……? うぅ……初めて人の肩揉むんだけど……」

「大丈夫、モネは指先器用だからいけるいける! 優しく押しつぶせ……!」


 自然な流れで僕も団長の肩を揉み指先に微量の魔力を出して感じ取ってみる。
 だが……いくら揉みながら魔力を探ってみてもちっともユメちゃんのような力強い魔力が見つからない。
 それどころかあったのはめちゃくちゃ弱々しい魔力の塊だけだ。

 ということは、ヘラルの言う通りエレーナの方だったのか……? どうしようか、流石にエレーナの身体に触りに行くのは不自然過ぎる……ヘラルも様子がおかしいし、イコさんも満更じゃ無さげに床に倒れ込んだままだし……ああっ、どうしよう!


「い、いててて……」

「おい! べアティチュードさんに何を……」


 しまった、力を入れ過ぎた! 団長の痛がる声でエレーナは僕を睨んできた。まだメイクが落ちていないからか、ピエロの顔がより恐怖を倍増させる。


「ああ……すまない。今のは持病の発作だ。心配させちゃったな、エレーナくん」

「で、でも……」


 舞台での明るさが嘘みたいなエレーナの気の落としように僕は驚いた。それにもしや僕が魔力を感じ取った場所って心臓に近かった気がするが、これが持病の正体なのか?


「知ってたぜ、団長が病気持ってんの。昔から見てるけど、ここ数ヶ月ずっと体調悪そうにしてたもんな」


 モネの放った言葉に団長は面食らった様子を見せ、モネの方に振り向き笑顔で言葉を続ける。


「ははっ、君にはバレてたか。誰よりもべアティチュードサーカス団を楽しみにしている君までは騙せなかったか」


 二人はお互いの顔を見つめあい、まるで親子のように微笑みあっている。
 これ以上この空間を壊す訳にはいかないし、ターゲットを変えよう。


「エレーナさん、か──」

『──ここよ! 入れーッ!』

「っ、誰!?」


 外がいきなり騒がしくなり、エレーナと僕はすぐに扉を見て戦闘態勢を取る。
 何だ……人の襲撃か? イコさんもヘラルも起き上がろうとしないし……何が起こってんだ?


『ここよ!』


 人の力とは思えないほど強力な力が扉に加わり、扉は勢い良く破壊された。その向こう側には見覚えがあるメイド服を着た女性が何十人も見える。
 この人達は飛空艇ラグナロクにいた人達じゃないか。一体どうしてここに……?


「何でこんな所に……キエエエェェ! ヘラル様とイコ様に何をした!?」

「い、いやその二人は寝っ転がってるだけですよ──」

「うっさいわガキィイイ! まだ認めてないんだからね!」

「グウええぇ……」


 女の膝蹴りが綺麗に僕の鳩尾に入り、僕はそのままその場に倒れ込む。


「あら、クリティカル? ……1000000100万くらいなら耐えれるようね」


 非戦闘員とは思えない蹴りを食らい僕は声も出せず、それどころか息も殆ど吸えない状態になり走馬灯がぼんやりと浮かび上がる。


「回収! 撤収!」


 そんな僕を先程蹴りを入れてきたメイドが片腕で持ち上げ、倒れた二人も他のメイドに抱えられて休憩室を駆け足で飛び出した。

 ぼやける視界の中最後に見えたのは、あっけらかんとした表情で僕達を目で追いかけるモネと団長に、顔全体から汗を流して口を開けて驚いているエレーナの顔だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

11 Girl's Trials~幼馴染の美少女と共に目指すハーレム!~

武無由乃
ファンタジー
スケベで馬鹿な高校生の少年―――人呼んで”土下座司郎”が、神社で出会った女神様。 その女神様に”11人の美少女たちの絶望”に関わることのできる能力を与えられ、幼馴染の美少女と共にそれを救うべく奔走する。 美少女を救えばその娘はハーレム入り! ―――しかし、失敗すれば―――問答無用で”死亡”?! 命がけの”11の試練”が襲い来る! 果たして少年は生き延びられるのか?! 土下座してる場合じゃないぞ司郎!

処理中です...