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第10章 片翼のリクと白銀のルーク編
95話 ヴルスト、決死の一撃
しおりを挟む「まったく、嬢ちゃんには驚いたぜ」
ヴルストは、ため息を吐いた。
「臭いを辿ってみれば、バルサック邸に続いていたんだからな。血の臭いを纏ってるってことは、そこで一戦――交えてきたってとこか?」
口調こそ軽いが、彼の纏っている空気は真剣そのものだ。今も鋭く双眸を光らせ、リクを睨みつけている。
「命令違反だぜ? 勝手に抜け出して、いったい誰と殺りあったんだ?」
リクは何も答えず、黙ってハルバードを構え直した。
命令違反は軍旗を乱す行いだ。よって、それ相応の罰が与えられる。今回の場合、リクが命令に背き、人間の支配する土地へ脱走したと判断されても不思議ではない。
脱走罪は最も重い刑罰――死刑に処せられる。
今この瞬間にも、ヴルストが切り殺しに来ても不思議ではなかった。
「おいおい……だんまりか、嬢ちゃん?」
リクは目を細め、彼の様子を伺った。
槍を構える姿に、隙など見当たらない。しかし、不思議なことに、攻撃に出てくる気配はなかった。リクはしばし悩んだ後、固く結んだ唇を開いた。
「別に誰でもいいじゃない。
それより、用件はそれだけかしら? 私、先を急いでいるの。そこを退いてくれない?」
可能であれば、彼との戦闘は避けたかった。決戦の時が迫っているというのに、ここで体力を消耗するわけにはいかない。
だが、ヴルストは彼女を嘲笑うように鼻を鳴らした。
「冗談がキツいっての。今更、嬢ちゃん1人が駆けつけて何になるんだ?」
どうやら、通してはくれないらしい。リクは内心、舌打ちをした。
ヴルストとは10年来の付き合いだ。なおかつ、リクの教育係でもある。リクの武器や戦闘の癖、性格や行動パターン、その全てが頭に入っているといっても過言ではない。
だが、それはリクにとっても同じこと。彼女の技はヴルストから学び、鍛え上げたものだ。
「それは、やってみなければ分からないわ」
リクの記憶が正しければ、最後に手合せしたのはシェール島。策が実るまでの時間潰しをかねて、組手を行った。そのときも、体格の良い魔族より、リクの弱点を的確に攻めてくる彼の方が倒しにくかった。幸い、リクは勝利したが、いまは片腕。あの攻撃をいなし、致命傷を与えることができる可能性は、よく見積もっても五分五分だろう。
故に、本気の戦闘になったが最後――容易に幕を引くことはできない。
どちらかが気を抜いた瞬間――躊躇なく、とどめを刺される。
「嬢ちゃん、その片腕で俺を殺せると思ってんのか?」
「――まさか」
リクは口元を綻ばせると、馬を歩かせる。
少し構えを解きながら、ヴルストの方へ悠々と進ませた。
「片腕で倒すには骨が折れそう。だから、ここは素直に従うわ」
リクは目を伏せる。
交渉は不成立。このまま続けても、無意味に終わるだけだ。ならば、ここで取るべき選択は1つだけ――
「冷静な判断だぜ。おとなしく降伏するとはな」
「ええ。だって、今の私には倒せないもの。……ヴルスト少尉、貴方を――」
リクとヴルストの馬が並ぶ。その次の瞬間だった。
「――殺さずには、ね」
リクは言葉を紡ぎながら、ハルバードを振るった。
風を切り、ヴルストの首を狙う。しかし、その攻撃を読んでいたのだろう。ヴルストは身体を逸らすと、槍がリクの胸を狙ってくる。リクはハルバードを手の中で回し、伸ばされた槍を弾く。
その衝撃で、互いの馬が離れる。リクとヴルストとの距離に、わずかに空間が生れた。
「っち」
「バーカ、考えが甘いんだよ!」
ヴルストは挑発するように吠える。
「油断させてから、繰り出してくる、その一撃は、昔っからテメェの十八番だ。この俺が、警戒しねぇわけ、ないっての!」
そう言いながら、彼は再び槍を振るった。一音、一音、やけにはっきりと大声で叫びながら槍を振り続ける。腹の底から出した響き渡る怒声と呼応するかのように、攻撃の威力も上がっていた。リクはその攻撃をいなしながら、普段以上に彼の四肢に注目する。幼い頃、彼との鍛練のなかで「戦いは正攻法だけではない」と、嫌なくらい思い知らされた。今は槍を使っているが、次の瞬間に拳が繰り出されても不思議ではない。
もっとも、馬上の戦いで拳や蹴りが役に立つとは思えないが。
「おとなしく、負けを、認めっての!」
「それにしては、槍捌きが粗いわよ?」
リクも神経を研ぎ澄まさせて応戦する。
幸い、ヴルストの槍捌きはなかなかなものだが、それでもリクの方が上だ。ハルバードの攻撃が重いのだろう。一撃喰らわすたびに、ヴルストの表情には苦痛の色が濃く滲み始めていた。このまま正攻法を続けるのであれば、彼の敗北は明白。
いさぎよく負けを認めるのであれば、これまでの付き合いに免じて命だけは助けるつもり――だが、それを選ぶ男でないと知っている。
「――ッ、少しは、強くなったじゃねぇか」
すなわち、命を懸けた捨て身の戦法、もしくは、意表をついた攻撃をしかけてくるに違いなかった。
「ありがとう。だけど、それが本気なの?」
注意を払うべきは、彼が隠し持っているであろう武器の存在だ。ナイフか爆薬か、それとも閃光弾で眼を眩ませてくるか。槍を投げて注意を逸らしたすきに、隠し持っていたナイフ等を放ってくるかもしれない。
「私は片腕よ。手を抜いてるのかしら?」
「おいおい、本気に決まってんだろうが!? テメェこそ、息が荒いぜ? 疲れてんじゃねぇの?」
「冗談。まだまだ行けるわ」
追い詰められた彼が、どのような攻撃を仕掛けて来るのか。
いくつか方法は思いつくが、それを繰り出す機会までは思いつかない。リクは少し悩んだ後――愉快気に口角を上げた。
「貴方の腕、少し落ちた?」
リクは、わざと隙を作った。
表情も緩ませ、余裕が生まれたかのように振舞う。
無論、それが罠であることは――ヴルストも理解しているはず。だが、またとない機会であることに変わりはない。
「はんっ! 調子に乗るなよ、ガキが!」
ヴルストは槍を投擲したのだ。それは、リクの想定内。おそらく、槍の影には同時に投げたナイフ等を隠しているに違いなかった。
ネタは分かっているなら、攻略法も簡単だ。リクは手綱を軽く握りしめると、馬で軽く避ける。この槍をハルバードで弾く必要はない。ヴルストの槍はリクの後方に突き刺さる。ところが、ヴルストは槍を投げた体勢のままだ。ナイフ等、他の凶器を投げた形跡は見当たらない。
他の一手を打っている様子は、どこにも見当たらなかった。
「くそっ、はずしたか!?」
「この程度で意表をついたと思われるなんて……馬鹿にしてるのかしら?」
馬上での戦いでは、武器をなくした時点で勝負は決したようなモノ。今の一撃に隠し玉を仕込まなかった以上、他に打つ手はない。
「これで終わりね、ヴルスト少尉」
丸腰の馬上兵を仕留めるのはたやすい。
もはや声を出す余力もないのか、ヴルストは黙り込んでしまっていた。夜の静寂が周囲を支配する。ヴルストらしくない微かな違和感を覚えながらも、リクは勝利を確信した――その矢先だ。
ちりん。
微かに鈴の音が聞こえる。人気のない平野において、まったくもって場違いな音だ。リクは振り返るが、そには誰もいない。再び、ちりんと音が鳴る。リクが目を凝らすと、槍先に小さな鈴が巻き付けられていた。風にそよがれ、三度ちりん、となる。
「あれは……まさか!?」
リクは、弾かれたようにヴルストの方を向き直った。その時にはもうすでに遅い。ヴルストは馬を蹴り捨て、リクに向かって跳躍した瞬間だった。文字通り――捨て身の特攻だ。
「今さらに気づいても、遅いっての!!」
リクはヴルストの爪を防ごうと、慌ててハルバードを構える。ヴルストが跳ねとんだ瞬間に企みに感づいた結果か、まさに間一髪だ。
「やっぱり、頭が回ってねぇだろ」
ハルバードが特攻を弾こうと横に薙いだとき、急にヴルストは身を屈めた。ハルバードは標的を失い、空振りに終わってしまう。そのまま、ヴルストの攻撃を止めることはできず――
「しま――ッ!?」
ヴルストの爪は深々と馬の胸に刺さり、そのまま腹の方まで貫通した。さすがに、この一撃には馬も耐えられない。馬は痛みで悲鳴を上げ、そのまま前足から崩れてしまう。
「――っく」
馬の身体が揺れた結果、リクの身体は滑り落ちてしまった。そのまま受け身を取り、地面に膝をつく。ついでハルバードを振るおうとしたが、鋭い爪がリクの首元を突きつけられていた。
この爪は、馬の胸から腹までを貫いたのだ。人間の首程度、あっけなく抉ることができるに違いない。
「……ここまで、か」
リクは爪の硬さを首に感じながら、小さく呟いた。ヴルストは、そんな彼女を淡々とした目で見下ろしている。
「おいおい、諦めるのが早過ぎだろ。やっぱり、疲れてんじゃねぇの?」
ヴルストは空いている方の手で何かを取り出しながら、どこか呆れたように言い放った。
「普段なら、鈴の音を隠そうと叫んだり、話し続けたちところで勘付くだろ? それが出来なかったってことは、疲れがたまってるってことだ」
そのまま爪を退けると、リクの手に冷たい筒を押し付けてくる。目を凝らしてみれば、それは軍用の水筒だった。たっぷり水が入っているのか、ちゃぷんと揺れる音が聞こえてきた。
「少しは休め。そんな疲れ切った状態で加勢に加わっても、足手まといがオチだぜ?」
「でも……」
「レーヴェン隊長が攻撃を仕掛けるまで、まだ時間がある。焦りは禁物ってことだ」
ヴルストも地面に腰をおろし、非常食用の乾燥肉を広げ始めた。先程まで肌で感じた殺意は霧消し、攻撃してくる素振りもない。演技をしている可能性も考えたが、どうやらそうでもないそうだ。リクは訝しみながら水を嗅いでみる。異臭はないし、一口――口に含んだところで、特段変わったところは見当たらない。
本当に、ただの水だった。
「……てっきり、止めに来たのだと思ったわ」
「お前は説得で立ち止まる女じゃねぇだろ? 連れ戻したところで、反抗するに決まってる。
なら、ちょっと面倒だが、力ずくで休ませねぇとな」
乾燥肉を白い歯で噛み砕きながら、リクの問いかけに答える。リクの方を見向きもしない。まるで周囲を監視するかのように、夜の闇に目を光らせていた。
「それに――」
「それに?」
リクが聞き返すが、ヴルストは答えない。静かな時だけが過ぎていく。リクはもう一度、尋ね返した時、ヴルストは、ようやくリクに視線を戻した。そして、鋭い爪を生やした手を持ち上げて――
「弟子の不始末は師匠の責任だ。こうなったが最後、とことんまで付き合ってやるぜ」
リクの肩を軽く叩いた。
ぶっきらぼうに、荒々しく、だけど、どこか優しさを感じる叩き方。リクは叩かれた箇所を擦りながら、ロップ・ネザーランドと並ぶもう1人の片腕を見据えた。
「……死んでも知らないわよ」
「バーカ、龍鬼隊に入った時点で、死ぬ覚悟はできてるっての」
いいから、さっさと休め。
その言葉を受けると、リクの身体の奥底から眠気が湧き上ってきた。
思い返せば、ここにライモン・バルサックの元へ向かうまでの、数日間、ほとんど眠っていない。そこから休むことなく、魔王封印の地へ馬を駆けさせていたのだ。
眠くなって、当然である。
「……3時間、経ったら起こしなさい」
「了解、リク少将殿」
返事を待つことなく、リクは重い瞼を閉じた。
そのまま、深い眠りへと落ちていく――。
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