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第9章 バルサックの野望編
86話 軍人として
しおりを挟むレーヴェンは、リクの記憶と何一つ変わらない姿だった。
黒色の艶やかな翼には傷一つなく、青空色の瞳からは強い意志を感じた。身体つきも衰えていない。
記憶との差異を無理にあげるのであれば、少し頬がこけたことくらいだろう。それでも、ずっと食べることができず、眠ったままの状態だったにしては、非常に健康そうに見えた。
あくまで目測だが、これなら今すぐにでも戦場に戻ることができるに違いない。リクは、ほっと胸をなでおろした。
「レーヴェン隊長がいない間、魔王軍内では――」
「すでに、なにが起きているのかは聞いている」
リクは現状を説明しようとしたが、レーヴェンはそれを拒むように口を開く。
「ゴルトベルク中将から、すべて聞かされた。失脚も処刑も、いま誰が魔王軍を率いているのかも耳にした。そして、これから魔王様の封印を解くことも」
レーヴェンは軽く腕を組み、淡々と話し始めた。
「お前の忠誠心は、よく分かった」
「……ありがとうございます!」
リクは、それしか言葉を返すことができなかった。
レーヴェンは、かつんかつんと足音を立てながら近づいてくる。リクは軽く頭をさげたまま、レーヴェンが近づいてくるのを待った。
リクの心臓が、いつになく高鳴る。きっと、褒めてくれる。レーヴェン不在中、魔王軍にはびこっていた害悪を一掃し、しかも、魔王が封印された場所の特定にも成功したのだ。
レーヴェンの片翼として、ふさわしい働きをしたと撫でてくれるはずだ。一歩、また一歩と距離が縮まるたびに、期待で胸が膨らんだ。
そして、リクとレーヴェンの距離が横に並んだときだ。
「忙しかっただろう、休暇をやろう」
リクは、弾かれたように顔をあげた。
レーヴェンが何を言おうとしているのか、よく分からない。言葉の真意を探ろうと、リクはレーヴェンの顔を伺い見る。レーヴェンは、リクに見向きもしていなかった。
「……いつまで、でしょうか?」
「1ヶ月だ」
「え?」
リクは驚きのあまり固まってしまった。リクの後ろに控えるヴルストも、同じ感情を抱いたのだろう。固まった雰囲気を背中で感じる。
「その間、戦場に出ることを禁じる」
「ちょ、ちょっと待ってください、レーヴェン隊長!どういうことですか!?」
リクは、転がるようにレーヴェンの前へ飛び出した。
「封印の地へ向かうのは、3日後です! 1ヶ月も休暇を取るわけには――」
「では、言い方を変えよう」
突き放すような冷たい言葉。その言葉を耳にしたとき、リクは愕然とした。彼の青い瞳は、リクを映していない。ただ、まっすぐ前だけを見ていた。
「1ヶ月の謹慎だ」
「謹慎、ですか?」
どうして? なんで?という言葉しか出てこない。
リクは、ふらふらと2,3歩後ろに下がってしまった。
「そんなに、悪いことですか?
私、私は……魔王軍の膿を一掃して、それで――」
「シャルロッテ様を膿と呼ぶからだ」
レーヴェンは氷のような表情で言い放った。
リクは、レーヴェンの言葉を理解することができなかった。リクは息も荒く、詰め寄るように叫んだ。
「膿を膿と呼んで、なにが悪いんですか!?
あんな尻軽女、絶対に魔王軍に災厄を呼びます!いえ、あの女のせいで、隊長は瀕死に追いやられたんですよ!!」
シャルロッテは殺して正解だった。
シャルロッテは退魔師に恋心を抱き、護衛の部下たちを壊滅させ、レーヴェンが死にかけてた。もし、あのまま処刑しなければ、絶対に今後の作戦でも支障をきたす。ルーク・バルサックに思いを動かされて、土壇場で裏切られたら……と考えると、血の気が引いてしまう。
「害虫は、すぐに殺処分すべきです! それが――」
「上官を膿だと切り捨てるのが、正しい軍人のあり方か?」
レーヴェンが切り返してくる。その言葉は、白い刃を首もとにつきつけられたと錯覚するほど鋭く感じた。
「上官が誤った道を歩んだときは、命を張ってでも止めることが部下の務めだろう。
それができないならば、上官と運命を共にするだけだ」
一言一言が重く、ずっしりと胸に沈んでいく。
話はそれだけだ、と歩き出す。レーヴェンの足早に去っていく足取りが、何故だか酷く遅く感じた。
「ヴルストはついてこい。お前には仕事がある」
「……嬢ちゃん……リク・バルサック少将は、どうしますか?」
「休暇中の者は仕事に関わらせるな」
ヴルストは酷く困惑した表情を浮かべると、リクとレーヴェンへ交互に視線を向けた。しばらく考え込む仕草をしていたが、なにかを振り切るように頭を一振りすると、レーヴェンの後を追いかけて行ってしまった。
リクは、へなへなと座り込んでしまった。
「待って!」とは叫べなかった。
「誤解だ!」とも言えなかった。
「貴方は間違っている」なんて、口が裂けても言葉に出来ない。
ただただ遠ざかる背中を見つめて、リクは他人事のように思うのだ。
「本当に、何も変わっていないや」
気がつくと、リクは誰もいない廊下に向かって呟いていた。
ぺたんと冷たい床に掌を広げ、そのまま握りしめる。
レーヴェンは、シャルロッテを殺した自分を許さない。
それは、いくら理由を説明しても、目に見える証拠を用意しても、きっと受け入れてもらえない。
魔王軍の頂点を殺した自分は、レーヴェンからしてみると反逆者なのだ。
軍人精神に反する、愚か者。片翼どころか、軍にいる価値もないと見捨てられたかもしれない。そう思うと、リクの心が冷え込んだ。
「私、どうしたら……」
このままでは、軍に居場所がなくなってしまう。
せっかく、見捨てられない居場所が手に入ったのに。自分の力を評価してくれる場所に辿り着いたのに。それを、自分から手放してしまうなんて――
「い、いや……」
リクの身体が震える。リクは自分の身体を抑えつけながら、必死に震えを止めようとする。だけど、震えはますます激しくなる一方だった。目尻には薄らと涙が浮かび、歯はかちかちとなり始める。
「私、ここにいたいのに」
どうすればよいのか、分からない。
リクは、戦場でしか生きてこなかった。バルサックへの復讐を遂げるため、そして、戦場で華々しい活躍を上げるために、ハルバードに腕を磨いた。そして、復讐の先にある野望――レーヴェンの片翼になるために、努力を重ねてきた。
「居場所から、出ていきたくないのに」
それが、水の泡になってしまった。戦場に出られないのであれば、リクはただの人間になってしまう。魔王軍の誰からも必要とされない、ただの力が強いだけの小娘だ。いや、違う。「薄気味悪い赤髪」と忌避される不気味な小娘だ。
そんな小娘、誰も必要としない。
人間も、退魔師も、魔族ですら……誰も、見向きもしてくれない。
『お困りですね、お嬢さん』
そのとき、甘い声が上から降ってきた。
誰もいないはずの廊下に響く、ひどく甘い声だ。
『久しぶり……いや、はじめましてかな、リク・バルサック』
ぱさり、と黒い羽がリクの前に落ちた。
リクが顔をあげると、そこには黒い男が立っていた。黒い羽を生やした美男子だ。レーヴェンの羽が硬い龍の羽だとすれば、こちらの美男子は鳥の羽。伝令部隊のカルラの羽よりも柔らかそうに見える。
「……あなたは?」
リクは自分の記憶をたどる。
見覚えのない男だ。少なくとも、リクの知る限りでは魔王軍に所属していない。少しだけ警戒心を覚える。リクは立ち上がると、警戒するように一歩後ろに身を引いた。
『死神さ』
死神は、薄笑いを浮かべた。
その胡散臭い笑みに、リクは背中のハルバードに手を伸ばす。死神と名乗った美男子は、慌てて、だけど、どこか余裕たっぷりな笑みを浮かべたまま、両手を挙げた。
死神は無害なセールスマンのような顔で、リクに一歩近づいた。
『おおっと、やめてくれよ。これでも、君の願いを叶えに来たんだ』
死神は、べろりっ唇を舐めた。
赤く長い舌は、なんとなく得物を狩る蛇のように見えた。
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遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
次回予定は、12月14日の月曜日です。※申し訳ありません。都合により、16日水曜日に延期させていただきます。
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