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第8章 探索編

80話 デルフォイ、再び

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 デルフォイの街は、活気で満ち溢れている。
 まだ太陽が昇り切っていないというのに、すっかり街はお祭り気分で浮き足立っていた。

 パレードの華々しい演奏や酔っ払いの音程も取れていない歌声、そして売り子の叫び声などが、ごっちゃ混ぜの不協和音な喧騒が辺りを満たしているのに、大通りを行き交う人の表情は一様に笑顔である。数か月前に、この街で血で血を洗うような騒動が起きたことなど忘れているかのようだった。

「さぁさぁ、見ていきなすった! 世にも珍しい火の輪くぐりだ!」

 赤と緑の衣装に身を包んだ道化師が、炎の輪を大衆に見せつける。どうやら、彼の飼ってる獣が火の輪をくぐるらしい。その横を猫耳をつけた大男が、おどけたようにラッパを鳴らして歩いていた。その後ろを羽飾りをつけた少年が小太鼓のバチをバトンのように回し、そのまた後ろでは……と、仮装パレードが盛大に行われている。
 賑やかなパレードや出し物を、誰もがきゃっきゃっと笑いながら眺めている。

 ……そう、誰もが心躍る賑やかなパレードを、1人だけ……非常に冷めた様子で眺めている小さな少女がいた。

「……呑気ね、この街は」

 小さな少女リク・バルサックは、ポツリとつぶやいた。つまらなそうにポケットに手を突っ込み、人混みを縫うようにして歩みを進める。

「僕は良いと思いますよ? 気休めになりますから」

 ウサギ耳の少年ロップ・ネザーランドが、慌てたように言葉を返した。ロップの眼は、パレードに向けられている。大きく丸い瞳は、パレードに釘付けだった。よほど珍しいのか、きらきらと目を輝かせている。リクは、くだらない物でも見るかのようにパレードを一瞥した。パレードは、リクの心を動かさなかった。ぷぃっと再びパレードから視線を逸らすと、リクは再び前を睨みつけた。

「現実逃避よ、ただの」

 リクは、かつん、かつんと石畳を踏みつけるようにして歩き続けた。こうして歩いていると、デルフォイの街は変わらないように見える。一年も経たないうちに様変わりする街はないだろうが、こうも変化がないとは思わなかった。まるで、この街だけ時間が置き忘れていってしまったように感じられた。

「……」

 出店も喧騒も変わらない。
 あの時と異なるのは、秋晴れの清々しい青空だということ。それから、リク自身の心境だけだった。依然訪れた時は、もう少し心が弾んでいたような気がする。その気持ちは、どこへ行ってしまったのだろうか?とぼんやり考えながら、ハルバードを背負い直した。

「それで、ロップ。この辺り?」

 リクは手紙を握りしめながら、ロップに尋ねた。ロップは、わたわたと地図を広げ場所を確認する。

「は、はい。その角を曲がった店です!」
「……そう。ありがとう」

 リクは周囲に目を走らせる。
 デルフォイは仮装祭で賑わっているとはいえ、人間の街であることに変わりはない。リクは部隊の指揮をヴルストに一任し、伝令兵のロップとカルラだけを連れて街に潜入していた。カルラは街の外で待機させているため、実際のところリクとロップだけが潜入している。

 ……つまるところ、この街にはロップの他に魔族はいない。

 退魔師が狙うなら、まずはロップである。ロップが魔族だと退魔師に悟られないようにしなければならない。もっとも、ロップの見た目はウサギ耳以外人間に酷似している。「被り物」と言い張れば、大抵の場合は誤魔化すことが出来るだろう。それでも怪しまれたら、ケイティ・フォスターを退魔師から隠した時のように、リクが人間であることを利用すればいいだけの話だ。

 リクは人間である。だから、退魔師に命を狙われる必要はない。
 ただ、王都の一件を通して「リク・バルサックは生きている」と退魔師に知れ渡っている可能性は少なからずある。事実、つい数日前に強襲した「魔王封印の地」では退魔師たちがリクの噂話をしているところを耳にした。リクの特徴が末端の退魔師まで知れ渡ってしまっていた場合、人間であることを利用して騙しきることはできない。むしろ、ロップが魔族であることの確証を握らせてしまうことにもつながる。

 だから前回に訪れた時よりも、さらに警戒する必要が生じていた。

「……あっ!?」 

 リクが周囲に怪しい人影がいないか確かめていると、ロップが素っ頓狂な声を出した。

「どうしたの?」
「いま、そこにアスティさんがいました!」
「アスティが?」

 リクは、ロップの視線の先をたどる。
 そこには、肉を串で焼いた屋台が設置されていた。いかにもアスティが好きそうな店であるが、彼女がデルフォイにいるわけがない。彼女には、魔王封印の地を探索するよう命じてある。情報が正しければ、ここから南に馬を2日程走らせた先にあると言われる洞窟へ向かっているはずだ。どう頑張ったところで、彼女がやって来るわけがない。

「他人の空似よ。彼女は、仕事中だもの」
「そうですか? ……僕はてっきり本人かと……でも、そうですね。いるわけないですよね、すみませんでした」
「そうよ。いるわけないわ」

 そうはいって見たものの、リクはロップの言葉が気になってしまった。
 ヴルストは冗談をよく口にする魔族だが、ロップは冗談など口にしない真面目な少年兵だ。彼は物事が確証するまで曖昧なことは口にしないし、曖昧なときは言葉を濁すように発言する。
 今回、彼はハッキリと「アスティを見た」と言った。そんな彼が「アスティを見た」のであれば、それは本当に見たのだろう。恐らく、他人の空似などではなく、実際に本人がいるのだ。
 リクは、もう一度、人混みに目を走らせる。
 しかし、アスティらしい魔族の影は見当たらない。あの長身は中々隠しきれるものではないので、上手く隠れているのか、「見つかった」と焦って逃げ出したのか。どちらにせよ、今視認できる範囲にはいないらしい。

「……私がいること、漏れている?」

 リクは口の中で反芻した。
 ロップが手渡された手紙……というより密書の内容は、リクとロップ、そしてヴルストにしか知らせていない。街の外で待機させてるカルラにすら曖昧な情報しか与えていない。他の魔族に知らせれば知らせるほど、罠だった際に危険が伴う可能性がある。だから、慎重に潜入日を取り決め、こうして実行に移したはずだ。

 その内容が、なぜアスティにバレている?
 いや、アスティならば「微力ながら、お手伝いするでござる」と、人混みを掻き分けてでも伝えてきそうなものだ。にもかかわらず、それをしないということは、彼女には姿を隠さなければならない事情があると考えられる。
 ……直属の上司に姿を見られるわけにはいかない事情とは、いったい何なのだろうか?
 リクはしばらく考え込んだ後、声を一段階ほど潜めた。

「ロップ……合図を決めましょう」 

 ロップの眼から楽しそうな色が消え、真剣な色へと変わった。

「いい? この手紙の真意は不明よ。罠かもしれない。だから、万が一の時に備えて、私は1人で店に入るわ」

 リクが伝えると、ロップは不安そうに顔を歪める。本来であれば、彼にも証人として付き添わせる予定だったが、アスティが不穏な行動をしている以上、注意に越したことはない。リクは、こうなるなら、せめてあと1人……信用における部下を連れて来れば良かったと後悔した。

「僕は外で待機ですか?」
「見張りよ。なにか問題が発生したら、すぐに駆けつけるから安心しなさい。
 そうね……口笛を冷やかすように高く2回鳴らす」

 リクはロップの耳元で囁いた。
 店内に入ってしまったら、もう合図は聴覚に頼るしかなくなる。この喧騒の中、はたしてどれだけ意味があるのか分からないが、ないよりはマシだろう。

「いい?」
「はい、了解です。お気をつけてください」

 ロップは静かに頭を下げると、リクから少し距離をとった。リクは最後にもう一度、何気ない振りを装いながら周囲を警戒する。
 アスティらしい魔族も、他の怪しげな人物も見当たらない。……しかし、なにか嫌な予感がする。考え過ぎだろうか?と思いながら、リクは店の扉を押した。

「いらっしゃいませ」

 店に入ると、上品な店員が出迎えに訪れる。他の店同様、この店にも仮想のまま入店してる客が多い。ただ、前回訪れた店とは異なり、店員は制服を着こなしている。
 リクは店員に待ち合わせであることを告げ、個室へ案内してもらった。

「ひさしぶりですね」

 個室には、すでに先方の姿があった。
 リクは隣の個室に誰もいないことを確認すると、扉を閉めた。個室と他の部屋との間は、ほどよく離れている。現状、盗み聞きされる可能性は低いだろう。他に誰かやってこないか耳を立てていれば、なにも問題ない。

「ええ、久しぶりね」

 リクは手紙を机の上に置く。そして、問題の箇所を指で叩き始めた。

「魔王が、封印された本当の土地を教える」

 こつ、こつ、こつ、と指で叩いた文字を読み上げる。リクは相手の真意を図るように、思いっきり睨みつけた。

「人間のあなたが、どういうつもりかしら?

 盲目の神官……シビラさん?」




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