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第6章 王都強襲編

54話 上昇志向の塊

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 ミューズ城の鍛錬場では、怒声が木霊していた。
 集まった魔族兵たちは斧や剣、槍といった武器を振るっている。それぞれ定められた場所で、掛け声とともに己の武器を振り降ろす。綺麗に切りそろえられた芝生が、その度に風圧で揺れていた。


 誰もが鍛錬に励む中、その一角で異色を放つ存在がいた。
 リク・バルサックだ。赤い髪を揺らしながら、襲いくる複数の魔族兵を捌いている。その手に握りしめているのは、普段のハルバードではない。いつかしか、セレスティーナ・ビストール戦で手に入れた銀の剣だった。銀色の刃をきらめかしながら、突進してくる魔族を軽くいなしていた。
 リクの後ろには、すでに倒れた兵士たちが山積みになっている。リクの前に残っている魔族兵は、3人しかいなかった。全員が剣を握りしめているが、腰が引けている。リクは、ふんっと笑った。

「どうしたの、こんな機会は二度と訪れないわよ」

 リクは挑発的な声色で、怯える魔族兵に問いかける。くるり、と手の中の剣を回した。

「これは、人間の私を合法的に倒せる機会なのに。 それとも、貴方たちは最初から勝負を諦めるのかしら?」
「お、俺たちを臆病者呼ばわりするな!!」 

 先頭の魔族は、そう吠えると突撃してくる。馬鹿正直にも、リクの正面を突き破ろうとしてくる。後に続けと、残りの2人も走り出す。

「あっけない」

 リクは、ぎりぎりまで攻撃を引きつけた。それこそ先頭の魔族の剣先が、リクに届くか届かないかまで。紙一重のところで、軽く右へ足を踏み出す。身体を傾け、攻撃をやり過ごす。標的を失った先頭の魔族兵は、すぐに停止することが出来ない。剣を前に突き出した状態で、みっともなく身体の側面をリクの前にさらした。
 リクは左手を伸ばすと、魔族の腕をつかんだ。軽く捻りあげれば、魔族は呻き声を上げた。宝物のように握りしめていた剣を、いとも簡単に手放す。

「まず、1人目」

 その剣が地面に落ちる前に、リクは次の行動に出る。1人目の魔族の背中目掛けて、迷うことなく蹴りを入れた。1人目の魔族は、後続の2人に向けて蹴り飛ばされた。

「うわぁ!」
「っと!」

 片方の魔族は、少し距離が離れていたこともあって障害物を避けることが出来た。しかし、もう片方の魔族は間に合わなかった。蹴り飛ばされた魔族を、身体の正面で受けてしまう。同体格の魔族を腹に受け、押し潰されてしまった。

「2人目、撃破」

 リクは、泡を吹いて倒れる魔族に視線を軽くむけた。
 そして、すぐに最後の1人へ目を向ける。最後の1人は、走るのを辞めていた。剣を握りしめ、リクの間合いに入るか入らないかの境界線と見定めているようだ。

「3人目、かかってこないのかしら?」
「……」
 
 リクが問いかけると、最後の魔族は眼を細めた。眉間にしわを寄せ、じっと何かを考え込んでいるようだ。魔族兵の額からは、汗が絶え間なく流れ落ちている。リクは、くすりと微笑んだ。

「そっちから来ないなら、こっちから行くわよ」

 一歩、前に足を踏み出す。たった一歩、されど一歩。その一歩が、魔族兵が見定めた境界線を悠々と越えて、目の前に踊りでる。

「う、うわぁ!!」

 あまりにも突然、リクの顔が目の前に現れたからだろう。魔族兵は避けることも間に合わず、情けなく後ろへ倒れた。

「これで、おしまい。……情ないわね。他の魔族ヒトが負ける姿を見ていなかったのかしら」

 リクは冷たく言い放った。情なく芝生に寝そべった魔族の喉元に、容赦なく銀の刃を突きつける。こうも接近されてしまったら、もう剣を振り上げることすらできない。魔族兵は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「悔しかったら、泣きごと言わずに鍛錬しなさい。そして、レーヴェン隊長にふさわしい魔族兵になるのよ」
「魔王様ですよ、リク・バルサック大佐・・」 

 リクの背中に、冷たい声がかけられる。声がした方向に視線を向ければ、長いローブをまとった青年が立っていた。兵の鍛錬場にふさわしくない服装の青年は、仏頂面をしていた。
 リクは微かに眉をひそめた。

「お久しぶりです、ピグロ参謀。何かご用でしょうか」

 魔族兵の喉元に剣先を突き付けたまま、リクは静かに問いかける。ピグロは龍鬼隊の実質的な副官だ。その彼が、ミューズ城にどうして来たのだろうか。
 

「……用があるに決まっているでしょう、リク・バルサック大佐・・。仕事の話だ、すぐについて来なさい」

 ピグロは仏頂面を崩すことなく、それだけ告げると足早に去って行った。まるで、リクと同じ空気を吸いたくないと言っているようだ。リクは銀の剣を鞘に収めると、倒れた魔族兵に背を向けた。

「今日は、これまでよ。また明日、出直してきなさい」

 それだけ言うと、リクは鍛錬場を後にする。
 鍛錬場の出口では、ピグロが律儀にも待っていた。彼の隣には、ロップが控えている。ロップはリクに気が付くと、白いタオルを差し出してきた。

「どうぞ、リク大佐」
「ありがとう、ロップ曹長」

 白く清潔感溢れるタオルだった。非常に柔らかく、ほのかに甘い香りがした。洗濯したばかりなのかもしれない。リクは軽く汗を拭っていると、ピグロは口を開いた。
 
「火急の要件なので、ここで言ましょう。心して聞きなさい」
「はい」

 リクはタオルから手を放すと、じっとピグロの言葉を待った。

「まず大佐への昇進、おめでとう。
 カルカタでの活躍、それから先日のシェール島での奮闘を考慮しての昇進だと聞いています。今後、一層『魔王軍・・・』に忠誠を誓うように」 

 やけに「魔王軍」という箇所が強調された言葉だった。リクは何も言わずに、受諾したかのように頭を下げる。そんなリクを、ピグロが胡散臭そうな目で見つめていた。

「……分かっているのですか? まぁいい、それから本日より貴官の新しい仕事が決定しました」
「新しい仕事、ですか?」
 
 リクは、勢いよく頭を上げる。
 シェール島から帰還して、早2か月ほどが経過する。辺りはすっかり春の陽気に包まれ、緑も濃くなってきていた。大佐へ昇進したとはいえ、まだゴルトベルク率いる第3軍に所属していることに変化はなく、こうして第3軍に所属する魔族兵の鍛錬に勤しんできた。

 別に、その仕事が嫌だったわけではない。
 第3軍は、エドガー・ゼーリックが率いていた第2軍の残党が合流して膨れ上がっている。元々の第3軍だった魔族兵は、リクの実力を知っているので不平不満を言ってこない。挑んでくる者は、もっと強くなりたいと願う上昇志向の強い魔族ぐらいだ。
 上昇志向の強い魔族は、総じて強い実力を兼ね備えている。自分の剣の腕を高めるために、申し分ない相手も多かった。

 その一方、リクの実力を知らない第2軍の残党魔族は、リクに対して文句を言う。すれ違いざまに陰口を言い、殺気を向けてくる。そんな連中を「鍛錬」の名の元に打倒していくのは、どことなく心地よかった。向かってくる牙をへし折り、屈服させていく。
 その積み重ねをしているうちに、だんだんとリクの実力が残党兵の間に浸透していったらしい。次第に殺気を帯びて立ち向かってくる残党連中は減少した。今では、一部の根強い「反リク派」のみが殺気を向けてきていた。
 

 リクは、そこそこに充実した日々を送っている。
 ……しかし、本音を言えば鍛錬にばかり精を出しているわけにはいかない。
 リクは、レーヴェンのために武功を上げたい。こんな場所で、ゆっくりと戦力強化に励んでいるわけにはいかないのだ。

 リクは、一刻も早く戦場へ駆け出したかった。だから、ピグロの言葉に胸を躍らせた。

「どこの戦場ですか? 悲鳴が飛び交う戦場ですか? 敵味方の血が滴り落ちるような戦場ですか? 哀しいくらい情け容赦ない戦場でしょうか?」
「目を輝かせないでください、リク・バルサック大佐。まったく、変に上昇志向の強い奴だ……。
 貴官に命令するのは、とある人物の誘拐です」 
 
 その瞬間、リクのやる気が一気に失せた。
 誘拐、なんて魅力のない言葉なのだろうか。盗賊まがいの薄汚れた仕事なんて、リクは興味なかった。

「顔に出ていますよ、バルサック大佐。もう少し、表情に気をつけなさい」
「……はい。気をつけます、ピグロ参謀」
「……声もですよ、バルサック大佐。まぁいい、貴官はそう言う奴ですから」
 
 ピグロは眼鏡をくぃっとあげると、大きくため息をついた。

「この任務に成功すると、今年中にでも魔王様を復活することが出来ます。しかし、万が一にも失敗すると魔王様復活は遠のいてしまうでしょう。つまり、極めて重要な任務です。
 成功すれば、勲章はもちろんのこと、試験なしで将官への出世を約束すると、シャルロッテ魔王代行様もおっしゃっています」
「はい、全力を尽くします!」
 
 リクは背筋を伸ばすと、声を張り上げた。
 出世に関わってくるのならば、引き受けない理由はない。シャルロッテが関わっていることが気に入らないが、それでも上へ昇る為ならば何だってする。
 将官に上がるには、試験が必要だ。実技だけなら、確実に合格できただろう。しかし、将官試験には筆記がある。筆記試験こそ、リクにとって最大の関門だった。リクは以前、ゴルトベルクに頼んで筆記試験の過去問を見せてもらったことがある。軍略だけでなく、複雑な記号を用いた計算や長文読解、古代文字の翻訳なんてある。
 リクは半分も解くことが出来ず、今も夜遅くまで必死に参考書と睨み合っていた。

「それで、誰を誘拐すればよいのですか?」

 誘拐を引き受ければ、試験それという面倒な工程を飛ばすことが出来る。何て素晴らしい話なのだろうか。リクの心は、一気に膨れ上がった。
 そして、リクはピグロの言葉に全神経を集中させた。ピグロは勿体つけるように咳払いをすると、ゆっくり口を開くのだった。



「シードル王国の王都、バルサック邸に滞在中のカトリーヌ王女ですよ」



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