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第4章 カルカタ防衛戦編

32話 星が凍る夜に

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 デルフォイの祭りから1か月ほど経過した。

 1か月前と比べ、冬の寒さは一段と厳しさを増している。それは、ミューズ城でも同じことだった。ミューズの山は、すっかり雪化粧をしている。リクはマフラーに顔を埋めながら、城壁の上に腰を掛けていた。空を見上げてみれば、数多の星が輝いている。星も冷える夜なのだろう。1つ1つが、凍ったように鋭く輝いている。リクは、しばらく夜空を眺めていた。


 リクは夜の空よりも、昼の快晴の方が好きだ。空一面に纏まっている星を見ていると、どこか窮屈そうで寂しくなってくる。雲ひとつない青空の方が好きだ。
 しかし、たまにはこうして眺めるのも悪くない。修行をする気にはなれず、かといって眠る気にもなれない。そんな日は、こうして星を見ていた。

「……ん?」

 しばらくの間、ぼんやりと星を眺めていたが、ふと背後に気配を感じた。鎧がかしゃり、かしゃりと動く音が聞こえる。

「何か用?」

 星を眺めたまま、リクは尋ねた。

 自分を訪ねてくる魔族は、あまりいない。ヴルストかロップかと思ったが、おそらく違うだろう。ヴルストならばリクを驚かせようと足音を潜めるはずだし、ロップなら足音がもう少し軽い。自分の率いる部下の誰かならば、もう少し手前で声をかけてくる。誰なのか検討はつかないが、敵意は感じられない。振り返らなくて良いだろう。
 リクは、星を眺めながら返答を待っていた。


「ここにいらしたのでござるな! 探したでござる!」

 すると、場を壊すような明るい声が返ってきた。
 リクが思わず振り返ると、そこには眩しいほどの笑顔を浮かべた少女が立っていた。
 外見年齢は、リクと同じか少し上くらいだろう。顔立ちは整っている。流れるような黒髪は痛んでいない。何よりも特徴的な箇所は、彼女の胸である。貧相なリクと比較して、鎧を纏っていても強大さが分かった。
 ……剣を振るう時に邪魔になりそうだ、とリクは思った。


「……誰?」

 それにしても、見覚えのない魔族だ。ここまで口調や身体が特徴的な魔族を、忘れるはずがない。リクが尋ねると、彼女は嬉しそうに敬礼をした。

「この度、バルサック小隊に配属になることが決定いたしました、アスティ・ゴルトベルク少尉でござる!
 リク・バルサック少佐に挨拶に参った。以後、よろしくお願い申す」

 アスティは、あっさりと清々しいくらい頭を下げた。髪の隙間から、小さな2本の角が覗いている。リクは若干眉を上げた。

「ゴルトベルク?」
「あっ、申し遅れたでござる。
 拙者はルドガー・ゴルトベルク中将の孫でござる。先日は、忙しいにもかかわらず、拙者の誕生日祝いを運んでくださり、誠に感謝するでござる」
「あれは仕事だから」

 リクは、何でもないように言った。
 リクとしては、それで会話を終えるつもりだったが、アスティは中々立ち去る気配をみせない。

「それで、他に何か用?」
「それで、でござるか?」

 アスティは小鳥のように首を傾ける。ややあって、ぽんっと手を叩いた。

「わかったでござる!
 バルサック少佐の昇進祝いが、まだでござった! デルフォイでのご活躍、拙者の耳にも入っているでござるよ! シャルロッテ様のために50の兵と戦い、裏切り者まで返り討ちにさせた手腕は、まさに魔王軍の鑑でござる!」

 アスティは、うっとりとした表情を浮かべながら話した。
 リクは、それをなんとも言えない表情で聞いていた。何ひとつ間違ってはない。大尉から少佐に就任した理由は、それ以外にない。だけれども、魔王軍の鑑と言われるのは違う気がする。リクはため息を吐くと立ち上がった。

「いらないわ、祝いの品なんて。
 その代わり、しっかり働きなさい」
「こ、心得ましたでござる!!」

 アスティは目を輝かせる。正直、外套なし
 では耐えられない寒空の下だというのに、暑苦しくなってきた。
 リクは城の中へと足を進める。すると、アスティが後ろからついてきて、ぺらぺらと話し始めた。

「それから、おじいちゃん……えっと、祖父上殿から、バルサック少佐の話を聞いているでござるよ! 物凄く将来有望な新鋭兵で、祖父上殿の御命を守ってくださったんでござるよな? 本当に何とお礼を申し上げたら良いか……」
「……別に礼はいらないわ。上官を守るのは部下の役目でしょ?」
「もちろんでござる! しかし、それを実践に移せる強者つわものは滅多にいないでござる。あっ、そうでござる! そういえば、この間……」
「バルサック少佐を困らせるな、アスティ」

 階段の上から、ゴルトベルクが声をかけてきた。リクは頭を下げ、一瞬遅れてアスティも頭を下げた。

「も、申し訳ないでござる、祖父上殿……」
「……まったく……アスティよ、まだそんな口調をしていたのか。婚期が遅れるぞ」

 ゴルトベルクは疲れたように笑った。リクが城に来たばかりの頃に漂わせていた覇気は、もう感じられない。ここのところ、ゴルトベルクは疲れたような表情を浮かべることが多くなっていた。まるで、死神かなにかに生気を喰われてしまったかのように……

「か、構わないでござる。拙者はゴルトベルクの名に恥じぬ兵になることが夢でござる!」
「そうか、そうか」

 ゴルトベルクは、残された左手でアスティの頭を撫でた。そして、ゆっくりとリクに向き合うと口を開いた。

「バルサック少佐、こんな孫だがよろしく頼む。本来であれば、我が参謀か副将の隊に任せようと考えていたのだが……」

 もう2人はいない。両者ともに、ミューズ城の戦いで死んだ。
 数多の部下を率いているが、それでもこうして1人で出歩く時間が増えたのは、恐らく腹心の死が関係しているのだろう。
 リクは、頭を上げると敬礼をした。

「了解しました、中将閣下」
「うむ、それでな……実は、少佐にある任務に就いてもらうことになった」

 ゴルトベルクはポケットから地図を取り出した。リクは地図を受け取ると、静かに広げた。そこに書いてあったのは、「カルカタ」という街と、そこへ行くまでの道順が記されていた。

「これは?」
「うむ、実はカルカタの街は数百年前に人間から勝ち取った小さな街でな、今でも人間と魔族が住んでおる。
 貴官には、しばらくその街を治めて任したい」
「私が、でございますか?」

 リクは思わず目を見開いてしまった。
 昇進したとはいえ、まだ階級は少佐だ。とてもではないが、ひとつの街を任されるではない。

「街の統治自体は、ワシの直属の部下がやっておる。貴官に頼むことは街の防衛だ」

 ゴルトベルクは、リクの考えていることが分かっているのだろう。静かに言葉を続けた。

「実は、この街は小さいとはいえ城砦都市でな。普通に守る分には問題ない。しかし、退魔師の軍勢が、この街を目指して進軍しているらしいのだ」
「なるほど。今のままの戦力では確実に落とされてしまうのですね?」

 リクの答えに、ゴルトベルクは深く頷いた。

「なぜ今更、カルカタを狙うのかは分からんが……頼りにしているぞ、バルサック少佐」
「はい。それでは、明朝出発します」

 リクは一礼すると、すぐに部下たちが待つ宿舎へ足を進めた。
 敵の思惑は興味ない。自分は上からの命令通り、無事にカルカタを退魔師の手から守り抜こう。
 それは、自分が強くなるための戦いであり、出世してレーヴェンの傍にいるための道だ。故に、全ての敵を殲滅する。
 リクの目には、目の前の戦いしか見えていなかった。



 そしてリク・バルサックは、まだ知らない。
 カルカタへ進軍する退魔師の将が、ルーク・バルサックだということを。


 まだ、知らない。

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