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わたし、狼になります!
第44話 すけすけのれーす
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「村のみなさんから端切れをちょっとずついただいて作ったキルトカバーです」
「テーブルの上の、この、白いすけすけしたやつは?」
「ロギおばあさんから、かぎ針と糸をいただいたので、レースを編んで差し上げましたらすごく喜んでくださって。つい調子に乗ってモチーフをたくさん編んでしまいました」
宮廷にいた頃は毎日、つくろいものやレース編み、刺繍が日課だったことを思い出す。
宮廷に上がった貴族の娘たちが、それぞれ底意を持って仕えるあるじの部屋へとつどい、救貧のバザーに出すレースを編み、小物に刺繍をほどこし、孤児に着せるブラウスを縫う。
皆、宝石にいろどられた華やかなローブやガウンをまとい、デコルテを白くあらわにした姿で、あわよくば高貴な男性の眼に止まろうとしつつ、小鳥のようにさえずりながら針を動かすのだ。
(シェリー殿下は、本当にレース編みがお上手であらせられますこと)
ゆたかに波打つ黒髪、きらめきまたたく情熱の黒い瞳。
黒薔薇と称されたマール大公妃ユヴァンジェリン、誰よりも美しく、気位の高かった友達のユヴァンジェリンは、今も自らの宮廷に君臨し、手にした権力を謳歌するがごとく数多の宝石を身につけ、数多の侍女をはべらせているはずだった。彼女の寵を得るために、貴族たちからどれほどの贈り物がなされたのか、少女だったシェリーには知るよしもない。
記憶の中の彼女は、針仕事、特につくろいものを女中の手仕事と呼んで蛇蝎の如く忌み嫌っていた。指の先にほんのすこし、針でつついた血の色がついただけで、彼女の兄であり、マール大公第一の廷臣として引き立てられたロダール伯トラア・クレイドを呼びつけ、大げさに痛がっては怪我の治療をさせたものだ。
(ありがとう、エヴァ。でも、わたくしは、編み物自体より、こうやって貴女やみなさま方と楽しくお話をさせていただきながら過ごす時間のほうがもっと好きですわ)
(わたくしも同じ気持ちでございますわ、殿下。レース編みをなさる殿下のお姿は、さながら月の女神に織り技を挑む勇敢な姫のように可憐でいらっしゃいます)
その伝説には続きがある。知ってか知らずか、白い喉をそらせてほがらかに笑うユヴァンジェリンに対して、シェリーは何も言わなかった。
無心に、濃やかに針を動かすことは、確かに退屈でもあったが、同時に、つまらない諍いなどどうでもよいと思えるほど心地よい気晴らしでもあったのだ。
「すげーかっこいいー! 城の中でもこんなの見たことないぞ」
「ルロイさんはお城に行かれたことがあるのですか」
「一回だけね」
椅子に腰を下ろすなり、わくわくと子どものように輝く眼で、シェリーの行く先々を追いまわしている。
「でも、ホントすごい。こんなちまちました模様を糸だけで作るんだろ。すごいじゃん」
「下手の横好きですって」
シェリーはルロイの視線にどぎまぎしながら、エプロンをつけた。いそいそとお茶の準備を始める。
「お仕事、お疲れ様でした。お風呂のお湯が沸くまでまだちょっと掛かるみたいですし、お茶を入れますね」
「うん、いや、こんなの全然疲れてるうちには入らないぞ。ああ、それにしても幸せだなあ。シェリーがいてくれるなんて」
「いいえ、とんでもない。わたし、お茶を淹れるぐらいしかお役に立てていませんもの」
「そんなことないよ。シェリーの特技はお茶だけじゃない」
「たとえば?」
シェリーは片手にポットを持って振り返った。微笑んで小首をかしげる。
「このすけすけのれーす? もそうだし、それに、あの、そのう、何だ。要するに、とにかく」
ルロイは顔をくしゃくしゃにして赤らめた。勢いよく尻尾を振る。
「全然疲れてないぞ俺は。全然だ」
手を突っ張らせて身体を支え、今にも腰を浮かせようとしながら、妙に力を入れて主張している。
「ああ、やっぱりキスしたい。シェリー、キスしていい? キスだけじゃないこともするかもしれないけど」
「テーブルの上の、この、白いすけすけしたやつは?」
「ロギおばあさんから、かぎ針と糸をいただいたので、レースを編んで差し上げましたらすごく喜んでくださって。つい調子に乗ってモチーフをたくさん編んでしまいました」
宮廷にいた頃は毎日、つくろいものやレース編み、刺繍が日課だったことを思い出す。
宮廷に上がった貴族の娘たちが、それぞれ底意を持って仕えるあるじの部屋へとつどい、救貧のバザーに出すレースを編み、小物に刺繍をほどこし、孤児に着せるブラウスを縫う。
皆、宝石にいろどられた華やかなローブやガウンをまとい、デコルテを白くあらわにした姿で、あわよくば高貴な男性の眼に止まろうとしつつ、小鳥のようにさえずりながら針を動かすのだ。
(シェリー殿下は、本当にレース編みがお上手であらせられますこと)
ゆたかに波打つ黒髪、きらめきまたたく情熱の黒い瞳。
黒薔薇と称されたマール大公妃ユヴァンジェリン、誰よりも美しく、気位の高かった友達のユヴァンジェリンは、今も自らの宮廷に君臨し、手にした権力を謳歌するがごとく数多の宝石を身につけ、数多の侍女をはべらせているはずだった。彼女の寵を得るために、貴族たちからどれほどの贈り物がなされたのか、少女だったシェリーには知るよしもない。
記憶の中の彼女は、針仕事、特につくろいものを女中の手仕事と呼んで蛇蝎の如く忌み嫌っていた。指の先にほんのすこし、針でつついた血の色がついただけで、彼女の兄であり、マール大公第一の廷臣として引き立てられたロダール伯トラア・クレイドを呼びつけ、大げさに痛がっては怪我の治療をさせたものだ。
(ありがとう、エヴァ。でも、わたくしは、編み物自体より、こうやって貴女やみなさま方と楽しくお話をさせていただきながら過ごす時間のほうがもっと好きですわ)
(わたくしも同じ気持ちでございますわ、殿下。レース編みをなさる殿下のお姿は、さながら月の女神に織り技を挑む勇敢な姫のように可憐でいらっしゃいます)
その伝説には続きがある。知ってか知らずか、白い喉をそらせてほがらかに笑うユヴァンジェリンに対して、シェリーは何も言わなかった。
無心に、濃やかに針を動かすことは、確かに退屈でもあったが、同時に、つまらない諍いなどどうでもよいと思えるほど心地よい気晴らしでもあったのだ。
「すげーかっこいいー! 城の中でもこんなの見たことないぞ」
「ルロイさんはお城に行かれたことがあるのですか」
「一回だけね」
椅子に腰を下ろすなり、わくわくと子どものように輝く眼で、シェリーの行く先々を追いまわしている。
「でも、ホントすごい。こんなちまちました模様を糸だけで作るんだろ。すごいじゃん」
「下手の横好きですって」
シェリーはルロイの視線にどぎまぎしながら、エプロンをつけた。いそいそとお茶の準備を始める。
「お仕事、お疲れ様でした。お風呂のお湯が沸くまでまだちょっと掛かるみたいですし、お茶を入れますね」
「うん、いや、こんなの全然疲れてるうちには入らないぞ。ああ、それにしても幸せだなあ。シェリーがいてくれるなんて」
「いいえ、とんでもない。わたし、お茶を淹れるぐらいしかお役に立てていませんもの」
「そんなことないよ。シェリーの特技はお茶だけじゃない」
「たとえば?」
シェリーは片手にポットを持って振り返った。微笑んで小首をかしげる。
「このすけすけのれーす? もそうだし、それに、あの、そのう、何だ。要するに、とにかく」
ルロイは顔をくしゃくしゃにして赤らめた。勢いよく尻尾を振る。
「全然疲れてないぞ俺は。全然だ」
手を突っ張らせて身体を支え、今にも腰を浮かせようとしながら、妙に力を入れて主張している。
「ああ、やっぱりキスしたい。シェリー、キスしていい? キスだけじゃないこともするかもしれないけど」
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