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第13話 檻とキャンディ

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 檻に閉じこめられたバルバロを見たこともあった。他のバルバロを逃がした罰を受けているのだ、と、鞭を鳴らしながら厩舎長は言った。奴らは、動物ですから、と。

(ねえ、あなた、そこで、なにしてるの)
(……)
(わたくし、シェリーと申しますの。よろしくおみしりおきくださいませね。あなたのおなまえをおききしてもよろしいかしら?)
(……)
(ばるばろのろい? それがなまえ? どうしてそんなところにすわっているの? せまくない? だいじょうぶ?)

 食事を与えられていないことを知ったシェリーは、エプロンのポケットにパンをつめ、甘いお菓子をつめ、ハムをつめ、野菜をつめて、こっそりと檻に通った。何日も通った。だが。

 バルバロは、ある日、いなくなっていた。厩舎長はひどく怒っていて、何も答えてくれない。仕方なく馬丁に尋ねると、何も食べず死にかけていたので、奴隷としてもっとひどい仕事をさせるために売られたのだと聞いた。

 バルバロがいなくなったあとの檻には、シェリーが与えた食べ物がそのまま残されていた。
 お菓子も。
 パンも。
 手をつけられてすら、いなかった。

 それは、幼いシェリーの心に致命的な傷を付けた。あのバルバロは、与えられた食べ物を受け取ったとき、いったい、どんな気持ちだったのだろう。

 檻越しに、笑顔とともに渡される、甘い菓子。
 その、罪深さ。

 その日以来――シェリーは二度と、バルバロと関わらないことを誓った。

 もし。
 ルロイも。
 そんなふうに――人間を見ているのだとしたら。

 シェリーは身体を震わせた。
 回りから聞こえてくるのは風の音ばかりで、どんなに見回しても、誰の気配も感じない。
 後ろを振り返っても。
 前を、透かし見ても。
 自分が何処にいるのか、それすら、分からない。

 いったい、ここは、どこなのだろう。

 そのとき。
 遠吠えが聞こえた。

 バルバロの遠吠えだ。

 シェリーは息を呑んだ。バルバロの住処が近いのかもしれない。
 ふと。
 罠に掛かった鳥が目に入った。綺麗な色の羽が、むしられたように周囲に散らばっている。足を罠に噛まれ、暴れて、疲れ果てて。
 遠吠えに気付いた鳥が、弱々しく羽をばたつかせる。羽毛が散る。

 ここには誰かがいるのだ。

 シェリーは悲鳴を上げそうになって思わず口を押さえた。
 傍にいるのはルロイだけ。灯りも、身を守るものすら何も持ってはいない。逃げ道すら分からない。

 ルロイは、罠に掛かった鳥を見ても、何とも思わないようだった。シェリーは後ずさろうとした。
 また遠吠えが聞こえた。
 今度は、ぞっとするほど近い。ひとつ。ふたつ。みっつ。

 森を掻き分ける音がした。気配が近づいてくる。ざわざわ、がさがさ。枯れ葉を踏む音。ばきり、と枝を折る音。がやがやと喋りながら近づく人影。

 シェリーは、泣きそうになるのを必死にこらえた。大丈夫。まだ見つかった訳じゃない。
「どうした」
 振り返ったルロイが、不思議そうにたずねる。

 次の瞬間、目の前を黒い影が横切った。ばさばさと騒々しい音を立てて枝から枝へ飛び移る。赤い眼がぎらりと反射して光った。
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