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レイディ・ニコラ、忘れ得ぬ夜に君と、偽りの愛を

「やだもうどれがいいかしら。今から楽しみで楽しみで、ほんとにどうしましょわたくしったらどきどきしちゃう、ウフ」

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「まさか、最初からそのおつもりで」
 口走りかけて、慌てて言い直す。

「いやいや、いくら義母さまとはいえ、そんな大胆不敵なことを企むわけがないですよね査問会と言えば任意とは言え軍事法廷に次ぐ強制力を持つ軍の処分決定委員会のようなものでそれをたとえ内務卿夫人とはいえ文民の一女性が勝手にサロン連れ出し目的で欠席させるなどあってよいはずが!」

「うーんと、わたくし、難しいことはよく分からないわ。なので、ほら、皆さん、お着替えの準備を手伝ってくださらないかしら? やだもうどれがいいかしら。今から楽しみで楽しみで、ほんとにどうしましょわたくしったらどきどきしちゃう、ウフ」

 まるで聞いていない。レディ・アーテュラスは、新しい着せ替え人形を手に入れた少女のごとく大はしゃぎしながら侍女たちを呼び集めている。
「……思い切り準備万端じゃないですか!」

 その五分後。

 ニコルはカカシみたいに鏡の前で突っ立っていた。レディ・アーテュラスが連れてきた見知らぬ侍女たちが、目にもとまらぬ手際良さで文字通りニコルを別人に塗り替えてしまったのだ。

 鏡に映る自分の姿に、先ほどからひきつった笑いが止まらない。
「あ、あははは……誰だこいつは」

 鏡に写っている自分にツッコミを入れたくなる。デピュタントにふさわしい、楚々とした純白のドレス。結い上げた髪に挿した淡い花綱、なよやかな月を思わせるスカーフ、大粒の真珠、白手袋には銀のリング。
 うっすらと化粧したおもてはほのかに色づき、紅をさしたくちびるはみずみずしく光る果物のよう。

「か、か、義母かあさま」
 ニコルは、完全に打ちのめされた眼で、レディ・アーテュラスを追った。
「こんな踵の高いヒールを履いたら、一歩も動けません」

 着せられたローブの裾をたくし上げて、情けなくへこへこ笑う膝を露呈させる。
 パニエの下に履いているのは、つま先立ち同然のピンヒール。

 ほっそりと若竹のごとく伸びた膝下を、半透明なタイツがつつんでいる。スカートの下はすでにフリルペチコートでうずめつくされている。さいわい、胴体をちょんぎる寸前にまでギリギリに締め上げる鯨骨のコルセットはない。だいたいニコルの体形にコルセットをつけたところで、何か少しでも女性らしさが増すかと言えばそんなものまったく期待できな(以下自主規制)。

 それでもレディ・アーテュラスはニコルの頭のてっぺんから爪先までを一通り値踏みの眼差しで眺めた。悦に入ってうなずく。
「本当に素敵だわ。良くお似合いよ、ニコラさん。ささ、参りましょ」

 仮面舞踏会でよく見る、棒付きの羽根マスクを手渡される。なるほど、これなら素顔を見られる心配はない。

「そうは思えないんですけど」
 足に根が生えたかのような、これっぽちも動けない状態で、ニコルは硬直した声を返した。ドレスの下はガニ股でワナワナである。

「とてもじゃないですけど、人様とお会いできる状態ではないです」
「大丈夫。とってもお綺麗よ」
「大丈夫じゃないですって……」

 というわけで。
 ニコルはなぜか、ロクに歩けもしないままサロンデビューと相成ったのであった。


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