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男装メガネっ子元帥、敵(女たらし含む)の襲撃を受ける

「せくしーですぞ」

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 《先制のエフワズ》が激しい光の渦を散らし出す。
 あわてて振り向く。と、いつの間に忍び寄ったものか。ザフエルが無言で突っ立っていた。

「ザフエルさん、何か御用でも……?」
 ニコルがびくびくとして様子をうかがうと。

「お迎えに上がりました、閣下」
 ザフエルの目が不気味に光った。
 ザフエルがこんな目の光らせ方をするときは、たいてい良からぬことを企んでいる。ニコルは電光石火の弁解に走った。

「一応言っておきますが、おねしょなんてしてないし、しないし、今後する予定もないです」

 先手を打って否定したのもどこ吹く風。ザフエルは、リュックからはみ出すピンクのしましまぱんつを、しげしげと眺めた。
 ぼそりとつぶやく。

「趣味の悪いぱんつですな」
「ほっといてください」
「何でしたら、私のをお譲りしますが」
「ことごとくお断りします」
「せくしーですぞ」
「想像させないでください」
 ニコルはきっぱりと断った。ここでキワモノぱんつまで持たされたとあっては、変態扱いを受けること必定である。

 半ば強引に話を変えるべく、きりりとまじめな顔を作る。
「そんなことより査問会です。さっさと出発させてください」

「そうでした。こちらへ」
 ザフエルは何ごともなかったかのように、すたすたと先に立って歩き出した。


 崖に貼りつくよう築かれた城砦門をくぐり、天然の段丘に作られた階段を降りてゆく。
 陽はとうに暮れ落ちていた。北方へと連なる大森林地帯ノーラスの森が、見渡す限りに広がっている。漆黒に揺れる海のようだ。

 向かって右手の奥には、丘を避けて蛇行するリーラ川のとろりとした川面。ほのかな蛍光を反射している。この川は、はるか東のツアゼルホーヘンまで続き、大河となって極東の氷海へと注ぐ。

 見慣れた風景だった。なのになぜか、ニコルはぞくりとした。《先制のエフワズ》を見下ろす。

「何か支障でも」
 ザフエルが問いかけてくる。ルーンの反応を聞いているのだ。ニコルはかぶりを振った。
「何でもありません」
 西の中天に、まるで猫の爪のようなするどい月がかかっている。

 回廊を渡り、よく整備された練兵場を遠回りして抜け、暗い内城壁のアーチを抜けて、外郭の馬房へとやってくる。

「遅い。遅すぎる」

 のんびりと草を食む青鹿毛の牡馬の隣に、チェシーが待ち構えていた。腕組みをして、踵をいらいらと踏み鳴らしている。珍しくかっちりと整えられた軍装は、ゾディアックの定色である黒地に赤の返し。金ボタンは悪魔の紋章をかたどっている。

 ニコルは目を丸くした。

「そのコート、ボタンあったんですか」
「遅刻しておいて開口一番その言い草か。何だと思ってるんだ、人のコートを」

 常日頃からきちんと前を合わせて着ていれば、誰もそんなことを訊いたりはしない。

 などと心の中でひそかに思いつつ、ニコルはまじまじとチェシーを値踏みした。上背のある、りゅうとした立ち居振る舞いは、やはり軍人なのだと思わせるに十分で、身のこなしにもそつがない。
 チェシーは苦笑いを含んだ視線をザフエルへと向けた。

「できたら私の太刀を返してほしいところだが」
 当然のことながら、ザフエルは完全無視を決め込んでいる。

「あきらめてください」
 ニコルはザフエルに眼をやって、テコでも動かないであろうことを再確認した。代わりに返答する。

 ニコルの軍馬が引かれてきた。芦毛の牝馬である。
 チェシーは最初から分かっていたと言いたげにうなずいた。

「仰せの通りに。それより、夜駆けは慣れてないんだろう。なるべく早めに森を抜けた方がいい」
「ですね」
 ニコルはザフエルを振り返った。
「では、留守居をよろしくお願いします、ザフエルさん」

「お任せください閣下」
 ザフエルはちらりとチェシーに視線を走らせた。無表情の奥に隠された意図に気付いたか、チェシーは皮肉に肩をすくめる。
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