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男装メガネっ子元帥、敵(女たらし含む)の襲撃を受ける
「いいえっ、ぱんつの予備は多い方が良かれと思いましてっ!」
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深紅の集団が闇を走る。
ざわめく森をすりぬけ、切り立った断崖に跳ね、音もなく散る木の葉に隠れ、気配を完璧に殺して。
顔全体を深紅のスカーフで覆い、深紅のベルトを締め、膝下に深紅の脚絆を巻きつけている。そのほかは全身黒ずくめ。肌にぴたりと沿う装束が、肉感的な身体の線を浮き立たせている。
全員、女だ。
集まってきた深紅の女たちは、山懐に抱かれたノーラス城砦を寒々とした眼で見上げた。
ざわつく風が、木々の枝先を不穏に揺らした。葉擦れの音が波紋のように広がってゆく。
「殺せ」
深紅の刺客群を率いる女が、右の手を掲げた。胸元に涙滴型のペンダントを提げている。
空に赤く、細く。死神の鎌を思わせる月がかかっている。女のかざす掌から妖艶な光がこぼれ、射し込めて。
甘ったるい声が響き渡る。
「わたしの可愛い妹たちよ」
濃い赤紫色のルーンが瞬いた。とろける光の軌跡が、闇を刈り払う。女は、赤い光を握りつぶした。
「チェシー・エルドレイ・サリスヴァール。奴を、殺せ」
▼
ニコル・ディス・アーテュラスは、ごそごそと白い軍上衣を羽織った。ポケットから、くしゃくしゃになった青いスカーフタイを引っぱり出す。
たぶん、最初は艶やかな手触りの青シルクだったはずだ。いったいいつからアイロンが当たっていないのだろう……
と思って、縮こまった皺を、やや恐怖の面もちでながめる。あまり触りたくない。
結局、正式な結び方でスカーフを巻くことなく、いつものように問題を先送りすることにして、元どおりポケットへと突っ込みなおした。
それから白の長手袋をはめた。左の手首には青い《封殺のナウシズ》、右の手首には血の色に光る《先制のエフワズ》。
それぞれのルーンを、中指のベルトに繋いだ手甲で留めつける。
赤く透き通る宝石、《先制のエフワズ》の内側に灯る火が、ゆったりとした明滅を繰り返していた。光とも影ともつかぬ淡いゆらめきが、ルーンの中心に息づいている。
「異常なし」
何気なくつぶやく。
……と。
「師団長ううう!」
廊下を、だだだだと走ってくる足音が聞こえた。
「またか」
ニコルは、がくりと机に手を突いて脱力する。どうやら、この砦から平穏無事に脱出させてくれようという人間は皆無らしい。
「忘れ物ですうっ!」
ばん、とドアが開いた。メイド姿の従卒、レイディ・アンシュベルが飛び込んでくる。
ツインテールの巻き髪が、金色にくるりんと揺れた。なぜか、レースのフリルがいっぱいついた、ピンクと緑のしましまぱんつを力いっぱい握りしめている。
かくのごとく甘ロリメイドの格好に身をやつしてはいても、アンシュベルはアーテュラス家の遠い外戚にあたる貴族の令嬢、良家の子女である。
ゾディアック帝国の南進による侵略を受け続ける聖ティセニア公国において、銃後に甘んずるをよしとしない女性が自ら志願して軍人となり、剣を取り、銃を持つのは何ら珍しいことではなかった。なにせ、大公の息女であるシャーリア公女おんみずから、公国軍の将軍として一師団を率いるほどだ。
で、あるからして。
主家筋の御曹司であるニコルの従卒として仕えるにあたり、アンシュベルは、敵味方の目を欺くためもあって、あえて軍服ではなくメイドの格好をしているのであった。間違ってもニコルがメイド好きだとか、ちっちゃくてふにゅふにゅした女の子を見るとたまらなくハァハァしたくなるとか、あるいはアンシュベル本人が萌えロリ妹属性であるとか、そういった不純な理由では決してないことを申し添えておこう。
「荷物にこれ入れとくの、忘れちゃってたですうっ」
ぱんつをぶんぶん振り回す。
ニコルは、顔を引きつらせて後ずさった。
「そのしましまぱんつにはかなり嫌な記憶が」
「いいえっ、ぱんつの予備は多い方が良かれと思いましてっ!」
言いながらアンシュベルは、勝手に迷彩柄のリュックを開けて、ぎゅうぎゅうとぱんつを中に押し込んでいる。
それにしても、このリュック。今にも破裂しそうなほどぱんぱんに膨れあがっている。
ティセニアの首都であるイル・ハイラームの都までは、ほんの数日の旅程でしかないというのに、とんでもない荷物の量である。いったい、中に、何が入っているのか。
「万が一、ということもありますからしてっ!」
「まさか僕がおねしょするとでも思って」
ふいに。
ひやりとする別の気配が背後に忍んだ。
ざわめく森をすりぬけ、切り立った断崖に跳ね、音もなく散る木の葉に隠れ、気配を完璧に殺して。
顔全体を深紅のスカーフで覆い、深紅のベルトを締め、膝下に深紅の脚絆を巻きつけている。そのほかは全身黒ずくめ。肌にぴたりと沿う装束が、肉感的な身体の線を浮き立たせている。
全員、女だ。
集まってきた深紅の女たちは、山懐に抱かれたノーラス城砦を寒々とした眼で見上げた。
ざわつく風が、木々の枝先を不穏に揺らした。葉擦れの音が波紋のように広がってゆく。
「殺せ」
深紅の刺客群を率いる女が、右の手を掲げた。胸元に涙滴型のペンダントを提げている。
空に赤く、細く。死神の鎌を思わせる月がかかっている。女のかざす掌から妖艶な光がこぼれ、射し込めて。
甘ったるい声が響き渡る。
「わたしの可愛い妹たちよ」
濃い赤紫色のルーンが瞬いた。とろける光の軌跡が、闇を刈り払う。女は、赤い光を握りつぶした。
「チェシー・エルドレイ・サリスヴァール。奴を、殺せ」
▼
ニコル・ディス・アーテュラスは、ごそごそと白い軍上衣を羽織った。ポケットから、くしゃくしゃになった青いスカーフタイを引っぱり出す。
たぶん、最初は艶やかな手触りの青シルクだったはずだ。いったいいつからアイロンが当たっていないのだろう……
と思って、縮こまった皺を、やや恐怖の面もちでながめる。あまり触りたくない。
結局、正式な結び方でスカーフを巻くことなく、いつものように問題を先送りすることにして、元どおりポケットへと突っ込みなおした。
それから白の長手袋をはめた。左の手首には青い《封殺のナウシズ》、右の手首には血の色に光る《先制のエフワズ》。
それぞれのルーンを、中指のベルトに繋いだ手甲で留めつける。
赤く透き通る宝石、《先制のエフワズ》の内側に灯る火が、ゆったりとした明滅を繰り返していた。光とも影ともつかぬ淡いゆらめきが、ルーンの中心に息づいている。
「異常なし」
何気なくつぶやく。
……と。
「師団長ううう!」
廊下を、だだだだと走ってくる足音が聞こえた。
「またか」
ニコルは、がくりと机に手を突いて脱力する。どうやら、この砦から平穏無事に脱出させてくれようという人間は皆無らしい。
「忘れ物ですうっ!」
ばん、とドアが開いた。メイド姿の従卒、レイディ・アンシュベルが飛び込んでくる。
ツインテールの巻き髪が、金色にくるりんと揺れた。なぜか、レースのフリルがいっぱいついた、ピンクと緑のしましまぱんつを力いっぱい握りしめている。
かくのごとく甘ロリメイドの格好に身をやつしてはいても、アンシュベルはアーテュラス家の遠い外戚にあたる貴族の令嬢、良家の子女である。
ゾディアック帝国の南進による侵略を受け続ける聖ティセニア公国において、銃後に甘んずるをよしとしない女性が自ら志願して軍人となり、剣を取り、銃を持つのは何ら珍しいことではなかった。なにせ、大公の息女であるシャーリア公女おんみずから、公国軍の将軍として一師団を率いるほどだ。
で、あるからして。
主家筋の御曹司であるニコルの従卒として仕えるにあたり、アンシュベルは、敵味方の目を欺くためもあって、あえて軍服ではなくメイドの格好をしているのであった。間違ってもニコルがメイド好きだとか、ちっちゃくてふにゅふにゅした女の子を見るとたまらなくハァハァしたくなるとか、あるいはアンシュベル本人が萌えロリ妹属性であるとか、そういった不純な理由では決してないことを申し添えておこう。
「荷物にこれ入れとくの、忘れちゃってたですうっ」
ぱんつをぶんぶん振り回す。
ニコルは、顔を引きつらせて後ずさった。
「そのしましまぱんつにはかなり嫌な記憶が」
「いいえっ、ぱんつの予備は多い方が良かれと思いましてっ!」
言いながらアンシュベルは、勝手に迷彩柄のリュックを開けて、ぎゅうぎゅうとぱんつを中に押し込んでいる。
それにしても、このリュック。今にも破裂しそうなほどぱんぱんに膨れあがっている。
ティセニアの首都であるイル・ハイラームの都までは、ほんの数日の旅程でしかないというのに、とんでもない荷物の量である。いったい、中に、何が入っているのか。
「万が一、ということもありますからしてっ!」
「まさか僕がおねしょするとでも思って」
ふいに。
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