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男装メガネっ子元帥、お楽しみの真っ最中を覗いてダメージを受ける
「はうう、何ですかかこの恥辱はっ。起きれないですっ! どうなってるですーーっ!」
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「ああ」
油断していたとはいえ、いつの間にかザフエルに背後を取られている。
チェシー・エルドレイ・サリスヴァールは、振り向けないまま、わずかにくちびるを苦々しい笑いの形につりあげた。
「……あんたの、その殺気もな」
ザフエルは答えない。腰の黒剣に手を這わせ、底知れぬ無情のまなざしで低く身構えている。
チェシーは降伏のしるしに両手を上げ、後頭部に組んだ。指先にからめていた香水瓶の鎖を、何気ない仕草で放り投げる。
「確かに浅慮だった。それは詫びる」
総毛立つ戦慄を巧妙に塗り隠し、笑う。
「だが他意はなかった。フェリシアとかいう女性も何者かは知らない。少々悪戯が過ぎたのは自覚している」
鎖を持ち上げる小さな音がした。薄ら寒い風が、ざわりと首筋をかすめる。
「後で師団長どのにも詫びを入れに行く。それでいいだろう」
返事はない。
たっぷり時間をかけ、振り向いたそこにはもう、誰の姿もなかった。いつのまに消えたのかも分からない。
チェシーは気をゆるめ、安堵の短い吐息をもらした。一も二もなく斬り殺されずに済んだのは、あのメガネ師団長が女兵士を引き続き泳がせると決めたせいか。だが、黒髪参謀のほうは、いささか違う意見のようだ。
ふたたび、さあっと風が巻き立つ。
夢みがちに揺れていた白い花房が、一斉に横方向へ吹き流された。無数の花びらが音もなく舞い散ってゆく。
「風が強いな」
チェシーは、目の前に下がる花の実を乱暴に引きむしった。濃い紫色の実が、ばらばらと指の隙間からこぼれ落ちる。
「この世界で唯一、《破壊》のルーンを手にする人物。ザフエル・フォン・ホーラダイン、か」
地面にちらばる花の実を、含みありげにながめて。
「なるほどな」
無造作にブーツで踏みにじる。黒い汁がにじんだ。
チェシーは不敵な眼差しをもたげ、つぶやいた。
「さては、見透かされたかな」
▼
ニコルは執務室に飛び込んだ。扉を乱暴に閉める。
そのまま背中でドアにもたれ、額を押さえて大きく息を吐き出す。
子供みたいに拗ねているだけとは認めたくなかった。チェシーの取った態度は、傲慢で横柄で非常識で不行状で、本当に腹立たしくて仕方がない。同じ軍人とは思えなかった。
突然、控えの間のドアがばたんと旋回して開いた。甲高い声が飛び込んでくる。
「師団長、お出かけの準備はお済みですかっ」
「いいえまだですっ!」
ニコルは、バネじかけみたいに壁から身を浮かせた。
走り込んできたのは、従卒のレイディ・アンシュベル。くるくる縦ロールの金髪を赤のリボンでツインテールに結び、レースのパニエでふわふわにスカートをふくらませている。もちろん靴下はニーハイのしましま。迷彩模様のリュックを抱きかかえている。
彼女は、義母のはるか遠縁にあたる家の出身である。年頃になったので侍女として宮廷に上がる代わりに、従卒としてニコルの身の回りをお世話することになった――引っかき回してくれるともいう――十五になったばかりの女の子だ。
「ご、ごめん、寝ちゃってた」
わざと大あくびの真似をし、目をごしごしと両手でこすってごまかす。
「それはいけませんです壁にもたれて寝ちゃうほどお疲れだなんてっ! でも準備も急がなくっちゃだめじゃないですか、ほら、ぱんつサンにはぶらしサンにそれからアンシュのぱんてぃにアンシュのぶらじゃあにそれからえっとー」
「ぱんてぃ?」
アンシュベルは、引きつるニコルの表情など、まったく気にも留めていなかった。こまねずみのように部屋から出たり入ったり、走り回っている。あれでよく目が回らないものだ。
「アンシュの着替えはいらないよ?」
「えうっ!」
いきなり、何もないところでアンシュベルは盛大にずっこけた。手に持っていた着替えやら下着やら小物やらを、ものの見事にぶん投げる。
「きゃーーーっ!」
「えええっっ!」
何をどうすればこんな惨状になるのか。履いていたスカートが頭の上にまで裏返って、髪の毛とボタンがもつれてからまっている。まるで、巨大魚に頭から飲み込まれ、足だけがはみ出している衝撃映像のようだ。
「はうう、何ですかかこの恥辱はっ。起きれないですっ! どうなってるですーーっ!」
酸欠の金魚状態で、アンシュベルは、白いタイツの足をじたばたさせている。
「……それよりこのパンツどうにかして」
降ってきたピンクと緑のしましまぱんつをあみだにかぶり、公国元帥が履くにはちょっと愛らしすぎる、くしゃっと丸まったいちごのぱんつを両手の指で三角に広げて。
ニコルが情けなくも訴えた、そのとき。
「ニコル、邪魔するぞ」
いきなり部屋のドアが開いた。
油断していたとはいえ、いつの間にかザフエルに背後を取られている。
チェシー・エルドレイ・サリスヴァールは、振り向けないまま、わずかにくちびるを苦々しい笑いの形につりあげた。
「……あんたの、その殺気もな」
ザフエルは答えない。腰の黒剣に手を這わせ、底知れぬ無情のまなざしで低く身構えている。
チェシーは降伏のしるしに両手を上げ、後頭部に組んだ。指先にからめていた香水瓶の鎖を、何気ない仕草で放り投げる。
「確かに浅慮だった。それは詫びる」
総毛立つ戦慄を巧妙に塗り隠し、笑う。
「だが他意はなかった。フェリシアとかいう女性も何者かは知らない。少々悪戯が過ぎたのは自覚している」
鎖を持ち上げる小さな音がした。薄ら寒い風が、ざわりと首筋をかすめる。
「後で師団長どのにも詫びを入れに行く。それでいいだろう」
返事はない。
たっぷり時間をかけ、振り向いたそこにはもう、誰の姿もなかった。いつのまに消えたのかも分からない。
チェシーは気をゆるめ、安堵の短い吐息をもらした。一も二もなく斬り殺されずに済んだのは、あのメガネ師団長が女兵士を引き続き泳がせると決めたせいか。だが、黒髪参謀のほうは、いささか違う意見のようだ。
ふたたび、さあっと風が巻き立つ。
夢みがちに揺れていた白い花房が、一斉に横方向へ吹き流された。無数の花びらが音もなく舞い散ってゆく。
「風が強いな」
チェシーは、目の前に下がる花の実を乱暴に引きむしった。濃い紫色の実が、ばらばらと指の隙間からこぼれ落ちる。
「この世界で唯一、《破壊》のルーンを手にする人物。ザフエル・フォン・ホーラダイン、か」
地面にちらばる花の実を、含みありげにながめて。
「なるほどな」
無造作にブーツで踏みにじる。黒い汁がにじんだ。
チェシーは不敵な眼差しをもたげ、つぶやいた。
「さては、見透かされたかな」
▼
ニコルは執務室に飛び込んだ。扉を乱暴に閉める。
そのまま背中でドアにもたれ、額を押さえて大きく息を吐き出す。
子供みたいに拗ねているだけとは認めたくなかった。チェシーの取った態度は、傲慢で横柄で非常識で不行状で、本当に腹立たしくて仕方がない。同じ軍人とは思えなかった。
突然、控えの間のドアがばたんと旋回して開いた。甲高い声が飛び込んでくる。
「師団長、お出かけの準備はお済みですかっ」
「いいえまだですっ!」
ニコルは、バネじかけみたいに壁から身を浮かせた。
走り込んできたのは、従卒のレイディ・アンシュベル。くるくる縦ロールの金髪を赤のリボンでツインテールに結び、レースのパニエでふわふわにスカートをふくらませている。もちろん靴下はニーハイのしましま。迷彩模様のリュックを抱きかかえている。
彼女は、義母のはるか遠縁にあたる家の出身である。年頃になったので侍女として宮廷に上がる代わりに、従卒としてニコルの身の回りをお世話することになった――引っかき回してくれるともいう――十五になったばかりの女の子だ。
「ご、ごめん、寝ちゃってた」
わざと大あくびの真似をし、目をごしごしと両手でこすってごまかす。
「それはいけませんです壁にもたれて寝ちゃうほどお疲れだなんてっ! でも準備も急がなくっちゃだめじゃないですか、ほら、ぱんつサンにはぶらしサンにそれからアンシュのぱんてぃにアンシュのぶらじゃあにそれからえっとー」
「ぱんてぃ?」
アンシュベルは、引きつるニコルの表情など、まったく気にも留めていなかった。こまねずみのように部屋から出たり入ったり、走り回っている。あれでよく目が回らないものだ。
「アンシュの着替えはいらないよ?」
「えうっ!」
いきなり、何もないところでアンシュベルは盛大にずっこけた。手に持っていた着替えやら下着やら小物やらを、ものの見事にぶん投げる。
「きゃーーーっ!」
「えええっっ!」
何をどうすればこんな惨状になるのか。履いていたスカートが頭の上にまで裏返って、髪の毛とボタンがもつれてからまっている。まるで、巨大魚に頭から飲み込まれ、足だけがはみ出している衝撃映像のようだ。
「はうう、何ですかかこの恥辱はっ。起きれないですっ! どうなってるですーーっ!」
酸欠の金魚状態で、アンシュベルは、白いタイツの足をじたばたさせている。
「……それよりこのパンツどうにかして」
降ってきたピンクと緑のしましまぱんつをあみだにかぶり、公国元帥が履くにはちょっと愛らしすぎる、くしゃっと丸まったいちごのぱんつを両手の指で三角に広げて。
ニコルが情けなくも訴えた、そのとき。
「ニコル、邪魔するぞ」
いきなり部屋のドアが開いた。
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