【完結】狼と神官と銀のカギ 〜見た目だけは超完璧な聖神官様の(夜の)ペットとして飼いならされました。〜

上原

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逃がしてあげません

優しい熱

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「あっ、アリス」
 ラウは顔を真っ赤っ赤のぱんぱんにして、ぶるぶるとかぶりを振った。

「あ、あのね、あたしも、ね? たったっ確かにアリスのこと好きだけど、でもね、あの、そ、そ、そういうのはね? まず心の準備とか、こう、ほんわかしたムードとかがあって、……あの、あた、あたし」
「大丈夫」
「何が大丈夫……って、うわあっ!」
「そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」

 ふと、静かな声がささやいた。ゆっくりと、ベッドに身体を下ろされる。
 腰が、ふわりと沈み込む。
 柔らかすぎるクッションに吸い込まれるようだった。

 ふわふわと揺れて、身体がふらついて、立ち上がれない。

 身体を起こすのも一苦労だった。半分クッションにうもれながら、何とか背筋を起こそうともたもたする。
 目の前にアリストラムのシルエットが浮かび上がる。
 アリストラムは自らの襟元に手をやった。

 いつも、きっちりと合わせた襟の留め金を片手の指先ではずし、やや乱暴にゆるめてから、神官の正装である純白のコートを脱ぎ捨てる。
 挑戦的なまなざしが、ラウを流し見つめていた。

「ま、待っ……あ、あの……」

 ゆっくりと、屈み込んでくる。
 やわらかな銀の髪が頬をかすめた。
 首筋に、はらりと粟立つ感覚がこすれる。

「私だって、かなりの勇気を振り絞っているのです」

 瞳が甘い束縛の罠となって、ラウをまっすぐに捉える。
 影が覆い被さる。
 首筋に手をあてがわれる。
 ゆっくりと、肌をつたう掌のぬくもり。
 とくん、とくん……、と。心臓が壊れそうに跳ね上がる。
 ほっぺたがひどくほてって、いつもは冷えているはずの耳の先まで、かぁっ、と熱くなってゆく。

「怖い?」
 吸い込むほかにやりどころのない臆病な息が、止まる。
「そ、そうじゃないけど」
「では、何ですか?」

 やわらかくほそめられた紫紅の瞳が、真っ直ぐにラウを見つめている。
 ラウは、おずおずと目を伏せた。刻印のあった場所の傷を直視することが怖い。

「前みたいに……ならない?」

 刻印、という言葉は、口にできなかった。その存在を思い浮かべるだけで、目に見えない冷たい空気が、身体の奥底に入り込んで来るようだった。

 もしかして、また、アリストラムが──刻印に支配されてしまったりはしないかと思うと、それだけで、怖くなって。

「ありがとう。心配してくださっていたのですね」
 アリストラムはひょいと肩をすくめる。

「刻印はゾーイが消してくれました。もう誰にも支配されることはありません」
「ホントに……?」
 笑い声が降る。
「確かめますか?」

 ラウは、何やら嫌な予感がするのを感じた。上目遣いでおずおずと頭を振る。

「ううん、いや、いいよ」
「それは残念。でも、仕方有りませんね。貴女の命令にだけは従わざるを得ないのですから」
「えっ、何で?」
「それはですね、」

 言いかけて、アリストラムは素知らぬていでぬけぬけと笑う。

「教えません」
「何で!」

 乳香の匂いが、ほのかな白い霞みとなって目の前にふわりと吹きかかった。
 いざないの指先が、耳に触れる。

「……ん……!」

 ぴくりと立つ鋭敏な耳の根元を、指先で、こり、と押しこねられる。ラウはおもわず鼻声をつまらせた。
 アリストラムはゆっくりとラウの隣に腰を下ろした。

 自身の着ているシャツをいささか乱暴にはだけ、勝手に肩からずり落ちてゆくのにも構わずに、肩に深い傷痕の残った胸元をあらわにする。

「貴女のすべてが、全部、好きだから」

 吐息混じりの低い声が、耳元にささやき入れられる。
 そっと肩に手を回されて。

「貴女に、安心して欲しいから」

 ゆっくりと、頭ごと抱き寄せられる。
 アリストラムの右手が、ラウの頬に触れた。そのまま、つ……と喉を伝い、鎖骨を伝い、胸元へと降りてゆく。

「私の思いを、貴女に伝えたいから」

 身につけている服の一番上のボタンを転がすようにいじっている。
 触れられるたびに、ラウはぴく、と身をすくませた。

「もう、我慢はしないことに決めたのです」

 優しい呼びかけが耳に届く。
 ボタンが、外される。
 服に抑えられていた胸元が、押し返されるかのようにこぼれて揺れる。
 ラウは甘えた声をあげて、肌が、空気に晒される感覚にふるえた。
 火照った身体がのけぞる。
 眼を閉じて、息をついて。
 アリストラムに、すべてをゆだねる。

「ん……」
 やわらかなキスが唇をふさぐ。
 とろりと濡れた感触。
 下唇を甘噛みされ、音を立ててからめ合わされる。

「ぁ……はう……」

 そのまま、深く、息すら継げないほどの熱情と吐息とでうずめつくされる。
 肌と、肌が、触れあう。
 柔らかな刺激が、伝わる。
 ラウは、恥ずかしさに眼をきゅっと閉じ、顔を赤くした。
 心地よいさざ波が、アリストラムの手の感触と一緒になって、ラウの身体を揺らした。
 とろとろした水みたいに、揺れる。今までとはまるで違う、優しい熱。

「ん……よしよしして……」
「ええ、仰せのままに」

 唇を重ねられ、喘ぎ声を盗まれる。
 吐息のあふれる音をさせ、深く、熱く。
 そろり、そろり、と、指がなぞってゆく。
 ラウは、絹一枚越しに伝わる欲望の気配に耐えきれず、甘く鼻を鳴らした。
 熱い吐息が耳元に吹き込まれた。
 腰が、ひくっ、と跳ねる。

「ラウ」
 おだやかな声。
「綺麗ですよ」

 アリストラムに、すべてを。
 想いのたけのすべてを。

 声に、ならない。
 ラウはちいさくあえぎ、歯がゆい身体をうねらせた。
 伝わってくる感触のめくるめく予兆のゆるぎなさに、息を継ぎ足すこともできない。
 ラウは甘く鼻声を鳴らして、ねだった。

「もっとして……して……」
「何をですか?」
「ぁうん……ぜんぶ……」
「ずいぶんとまた、幼気いたいけなことを」

 アリストラムは柔和に微笑んだ。
「承知いたしました」

 手のひらが、やわらかな肌の上を撫でてゆく。
 さわさわと、触れてくる。
 いたずらな指先。
 優しいてのひら。
 熱い吐息。

 愛される身体を、アリストラムが覆いつくす。

 目が眩んで、息が乱れて。
 眼も開けられない。何も見えない。
 吐息をからめられ、心まで奪われて。深くくちづけられるたびに、濡れた音がして。
 ただ、ただ、普通に、優しく撫でられているだけなのに。
 やわらかな綿毛にくすぐられ、包まれているかのようだった。
 そのたびに、びくっ、と。
 身体の奥が、何かを期待して。
 すくみ上がる。

「ゃ……っ」

 探るようにして、触れられ──
 と、思いきや。
 そのまま、遠ざかってゆく。
 思わず怖じ気づいて声を呑み、息を震わせてしまう。

「……ぁっ……あ……」

 そのたびに、わざと手を離されて。
 お預けを食らっている、と気づいて、たまらずにラウは喘いだ。
 半分うるんだ眼を開けて、まつげに涙の粒をいっぱいにためて。目尻を赤く染めて、アリストラムを睨みつける。

「おや」
 小憎らしいぐらい、平然とした微笑が返されてくる。
「どうかなさったのですか?」
「ぅ……ぅん……」

 情けないぐらい鼻にかかった、甘えきった鼻声がもれる。

「可愛い声ですね」
 アリストラムは、この上もなく優しい、優しすぎるぐらいにすげない笑みを浮かべた。
 その間も、肌の表面ばかりをのの字への字と悪戯書きばかり。

「うー……」
「何でしょう? はっきり言ってくれないと、してあげませんよ」

 その優しい意地悪が、あんまりにも焦れったくて、はがゆくて、やるせなくて。
 かあっ、と全身が火照ってゆく。
 ラウはアリストラムの肩に腕を伸ばし、すがりついた。首に腕をからめ、腰に手を回して、もっと、もっと、傍に近づこうとして身体をうねらせる。

 尻尾がクッションを払い落としそうなほどに振り動いている。

「……もっと、ちゃんと……」

 背中に差し入れられたアリストラムの腕が、ふわりとラウの腰を包んだ。

「はい?」
「ううう!」

 くやしくて、恥ずかしくて。
 半分泣きそうだった。なのに鼻の奥からは甘えきった子犬みたいな、きゅんきゅんいう声ばかりがこぼれ出てくる。

「……して……」
「何を」

 あんまりにもからかわれて、恥ずかしくて。
 ラウはついに顔を真っ赤にし、涙に濡れた目を吊り上げてアリストラムを睨んだ。

「アリスのいじわる! ばかぁっ……!」
「何と」

 ラウに睨まれたアリストラムは、ふと髪を揺らし微苦笑を浮かべた。

「この状態で誹られるとは。これはまた、たまらなく来るものがありますね」
「な、な、何言っ……!」

 あまりの言い草にラウはぶるぶる頭を振った。
 意地悪にまとわりついてくるアリストラムの視線から逃れようとする。

「も、も、もういいもん、こんな恥ずかしいこと言わされるぐらいなら、もう、二度としな……!」
 指先が、触れる。

「ぁっ……」
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