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逃がしてあげません

初夜の

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 耳元につむじ風が鳴る。どこかで低くフクロウが鳴いていた。
「いや、あの……ちょっと……どこ行くの?」
「テントへ」

 視界がふわりと傾ぐ。
 アリストラムはラウを抱いたまま、すたすた歩き出した。

 テントの入口に下げられた布を、あっさりと肩で押してくぐる。
 中は薄暗かった。

 さすがに、いきなり連れ込まれるとは思いもよらず、ラウはあたふたして顔を赤らめる。

「静かにして」
 アリストラムは、テント内を見渡して眉をひそめる。
「ベッドがありませんね」
「うえっ!?」

 つられてラウも眼を周囲へとやる。

 隅にごたごたと荷物が積み上げられている。ほとんどがラウのものだった。
 子供用の寝袋に、まるめて紐で束ねたハンモック。あと洗面用具と、だらしなくくしゃくしゃにしたまま、畳まれる気配すらない洗い替えの服。

 アリストラムの私物はほとんどない。
 どんな長旅でも、アリストラム自身は全く手荷物を持ち歩かない。何でも魔法のトランクから出し入れして、最後にはそのトランクすら魔法でどこかへ消してしまう。

 今は、本がぎっしりと詰まった革トランクだけが置かれていた。
 もちろん、日常の道具が入っているわけではない。持ち運び専用の本棚トランクだ。

「どうも殺風景でいけませんね」
 アリストラムは苦々しく首を振る。
「それに、こんな薄い天幕一枚では声が外に洩れてしまいます。といっても、森の中では誰に聞かれることもないでしょうけれど」

「な」
 ラウは、ぎくっとした。
 尻尾が、なおいっそう恐れをなしたふうに身体へと巻き付く。

「声って、何の」
「初夜の」

 アリストラムは、軽くウィンクした。
 テント全体が、ぼふん、と風で膨らんだ。
 次の瞬間、ムードたっぷりの光がたっぷり降り注ぐダブルサイズのベッドが降ってくる。

「わあっ!?」
 あまりの驚きに、ラウは転げ落ちそうになった。
「な、何か出たあっ……!」
「今、逃げようと思ったでしょう」

 アリストラムは、このうえもなく柔和にラウを見下ろし、なぜか狼のようににっこりと舌なめずりする振りをして見せた。

「でも、逃がしてあげません」
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