上 下
59 / 69
今、あたし、ビッキビキにみなぎってんの

うら若き狼が裸で戦うのは如何なものかと

しおりを挟む
 毒々しい鱗粉めいた明滅が翼からこぼれ落ちてゆく。
 赤と黒と灰色にゆらめき、おぞましくもちぎれかけた堕天の翼が、純白の武装コートを突き破って魁偉にうち広げられた。
 その表情が見る間に憎悪へとねじくれ返ってゆく。

 凄まじい羽音が耳元で渦巻いた。
 レオニスは憎悪にまみれた哄笑を放った。

「人間如きに這いつくばる愚かな負け犬が!」
「うっせえ、エリマキトカゲ! ぱたぱた飛んでんじゃねえよ!」

 ラウはレオニスの足元を思いっきり蹴り上げ、砂煙をまき散らした。ちらちら反射する雲母の煙で視界を奪い、一気に距離を詰める。
 槍の下をかいくぐり、一足飛びにレオニスの胸元へと飛び込む。

「ところでラウ、ひとつお話があります」

 アリストラムが戦闘の合間に何気なく口を挟んだ。ラウは目をそらさずに怒鳴り返す。

「へ? この状況で話しかけられても困るんだけど!」

 剣を薙ぎ払う。レオニスの胸に太刀傷が走った。
 レオニスは水銀とも腐汁ともつかぬどろりとした血を吹き出してのけぞった。
 虹彩のない、深紅に茹だる眼がぎらぎらと凶悪に燃えあがる。

「貴様、この私に傷を……!」
 レオニスは胸の傷を押さえながら、毒煙めいた荒々しい怒気を吐き散らす。

「ラスボスならそれらしい威厳のあるせりふ吐けっての。この腹黒陰険トカゲ野郎!」

 ラウはひょうひょうと笑い飛ばし、レオニスめがけてさらに打ちかかった。繰り出されるラウの斬撃に、レオニスの翼が削ぎ飛ばされる。漆黒の羽がまき散らされた。

「ぐ……!」
 レオニスは平衡感覚を失い、もんどり打って砂の上に転げ落ちた。
「で、話って何?」

 アリストラムは顔を背けたまま、神妙な面持ちで頷いた。
「人狼化したばかりでお気付きにならないのも致し方なきことかと思いますが、うら若き狼が裸で戦うのは如何なものかと……」
「はだっ!?」

 レオニスが逃がれようとして背を向けた隙を狙い、背後からさらに翼を鷲掴んで、根本へ一撃を叩き込んだ。一気に引きちぎる。

 ラウは顔を真っ赤にして振り返った。

「黙って見てないで最初から言ってよ!」
「一応、確認を取らないと」
「何のだよ!」
「ふざけるな、下僕どもが!」

 レオニスが吠える。
 ちぎり取られた羽毛が、あやしい螺旋のかがやきを放って蒸発した。はらはらとこぼれ落ちながら、青光りする魔力を帯びた幻死蝶にかたちをかえ、消えてゆく。

「ご馳走様でした」
 アリストラムはパキッと指を鳴らす。
 ひゅっと風の舞う音がして、ラウは普段通りの装い──耳当ての付いた毛皮の帽子、ゴーグル、ボタンのいっぱい付いたベストにふくらんだ胸をぴったりと包むヘソ出しのチューブトップ、ショートパンツと分厚い編み上げブーツ姿に戻った。

「私はそのままでも良かったのですが」
「良くないから!」

 ラウは笑っていなす。
 そこで、改めて表情を険しくし、後退るレオニスに向かって、怒りにきらめくくゾーイの剣をぴたりと突きつけた。

「そろそろ終いにしてやるよ、レオニス。高く付くよ、この代償はね」

 そのとき。
 古めかしい花束のような、アルカイックな香りが鼻をくすぐった。
 うっすらと立ちこめる白い霧の匂い。
 頭の中で警鐘が打ち鳴らされはじめる。

「どうしたのです、ラウ」

 アリストラムが顔色を変える。ラウはふらつく頭を押さえた。視点が定まらない。
「わかんない……何これ、どうなってんの」

 身構えようとしたラウは足をもつらせ、あえなく膝をついた。
 平衡感覚が失せる。
 まっすぐに立っていられない。
 くすくすと笑う声が、耳に突き刺さる。

 壊れた鈴を振るような声が、木霊となって、幾重にも反響していた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

もう長くは生きられないので好きに行動したら、大好きな公爵令息に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のユリアは、8歳の時に両親を亡くして以降、叔父に引き取られたものの、厄介者として虐げられて生きてきた。さらにこの世界では命を削る魔法と言われている、治癒魔法も長年強要され続けてきた。 そのせいで体はボロボロ、髪も真っ白になり、老婆の様な見た目になってしまったユリア。家の外にも出してもらえず、メイド以下の生活を強いられてきた。まさに、この世の地獄を味わっているユリアだが、“どんな時でも笑顔を忘れないで”という亡き母の言葉を胸に、どんなに辛くても笑顔を絶やすことはない。 そんな辛い生活の中、15歳になったユリアは貴族学院に入学する日を心待ちにしていた。なぜなら、昔自分を助けてくれた公爵令息、ブラックに会えるからだ。 「どうせもう私は長くは生きられない。それなら、ブラック様との思い出を作りたい」 そんな思いで、意気揚々と貴族学院の入学式に向かったユリア。そこで久しぶりに、ブラックとの再会を果たした。相変わらず自分に優しくしてくれるブラックに、ユリアはどんどん惹かれていく。 かつての友人達とも再開し、楽しい学院生活をスタートさせたかのように見えたのだが… ※虐げられてきたユリアが、幸せを掴むまでのお話しです。 ザ・王道シンデレラストーリーが書きたくて書いてみました。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】婚約者は自称サバサバ系の幼馴染に随分とご執心らしい

冬月光輝
恋愛
「ジーナとはそんな関係じゃないから、昔から男友達と同じ感覚で付き合ってるんだ」 婚約者で侯爵家の嫡男であるニッグには幼馴染のジーナがいる。 ジーナとニッグは私の前でも仲睦まじく、肩を組んだり、お互いにボディタッチをしたり、していたので私はそれに苦言を呈していた。 しかし、ニッグは彼女とは仲は良いがあくまでも友人で同性の友人と同じ感覚だと譲らない。 「あはは、私とニッグ? ないない、それはないわよ。私もこんな性格だから女として見られてなくて」 ジーナもジーナでニッグとの関係を否定しており、全ては私の邪推だと笑われてしまった。 しかし、ある日のこと見てしまう。 二人がキスをしているところを。 そのとき、私の中で何かが壊れた……。

【1/1取り下げ予定】妹なのに氷属性のお義兄様からなぜか溺愛されてます(旧題 本当の妹だと言われても、お義兄様は渡したくありません!)

gacchi
恋愛
事情があって公爵家に養女として引き取られたシルフィーネ。生まれが子爵家ということで見下されることも多いが、公爵家には優しく迎え入れられている。特に義兄のジルバードがいるから公爵令嬢にふさわしくなろうと頑張ってこれた。学園に入学する日、お義兄様と一緒に馬車から降りると、実の妹だというミーナがあらわれた。「初めまして!お兄様!」その日からジルバードに大事にされるのは本当の妹の私のはずだ、どうして私の邪魔をするのと、何もしていないのにミーナに責められることになるのだが…。電子書籍化のため、1/1取り下げ予定です。1/2エンジェライト文庫より電子書籍化します。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件

紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、 屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。 そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。 母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。 そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。 しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。 メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、 財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼! 学んだことを生かし、商会を設立。 孤児院から人材を引き取り育成もスタート。 出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。 そこに隣国の王子も参戦してきて?! 本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡ *誤字脱字多数あるかと思います。 *初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ *ゆるふわ設定です

処理中です...