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高くつくよ、この代償はね!

最後にもう一度だけ

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 乱れた前髪が垂れかかって、怒りにゆらめく紫紅の瞳を隠す。
「……誰が逃げるものか」

 手にした山刀が二つの色に輝く。
 理知を表す、銀の炎。
 情熱に燃え立つ、翡翠の炎。

 アリストラムは大きく息を吸い込んだ。
 この刀剣こそ、何があってもラウが決して手放そうとしなかった、ゾーイへの想いだ。
 そしてゾーイもまた、この剣を通じて、ラウへ強い思いを託している。

 その二つの思いが、アリストラムの手の中でひとつに重なる。

 懐かしく、遠い感覚が取り巻いた。
 当初、まだちっちゃくてころころの少女だったラウに、その山賊刀はいかにも重すぎ、年季が入りすぎていて余りに不釣り合いだった。
 だが、やがてラウもまた、剣に見合う表情をするようになった。
 ゾーイに生き写しな、強くて優しい顔を。
 滴る笑みをわずかにゆがめながら、レオニスは傲然と手を突き出した。

「《それを寄越せ》」
「断る」

 アリストラムは平然と答えた。
 銀に輝く刀身を見つめる。
 くもり一つない、澄みきった鋼のおもてに顔が映り込んでいる。

 ずっと、ラウに復讐を果たさせることがゾーイへの償いになると思い込んでいた。

「剣を寄越せと言っている!」
 レオニスの声が苛立ちでうわずる。
「今度こそ、誓いましょう。この剣の持ち主の名において」
 烈火のまなざしをレオニスへと突きつける。

 刻印の支配が効かないことに気付いたのか。レオニスは顔をゆがませて後ずさった。
 アリストラムは凛乎たる笑みを浮かべ、濡れた剣のしずくを振り払った。
 刃こぼれ一つない、滑らかなしのぎに沿って、流星の輝きが走り抜ける。

 剣を取る手にゾーイの熱を感じる。
 喪ってなお、その優しさに、強さに支えられていると分かる。

 もう、逃げない。
 決して、迷わない。
 何度つまずいても。
 大切な人を守りたいと思う気持ち。その一途な願いが。

 光となって弾ける。

「最後にもう一度だけ」
 アリストラムは決意の笑みを浮かべた。剣を、逆手に握り替える。
「貴女にお願いしたいことがあります、ゾーイ」

 高く振り上げる。
 重なり合う思いが幾重にも波紋をひびかせ、輝きを増し、闇をかき消していく。刃のしなりに沿って、銀の閃光が駆け抜ける。

「今度こそ本当に」

 アリストラムの手に、しろがねの輝きが膨れ上がった。
 剣の抜き身がまばゆい力を弾け返らせる。
 そして。

「貴女に、《最期のお別れ》を」
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