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何も終わっていない
蛇みたいにしつこくしていると、女性に嫌われますよ
しおりを挟む音もなくただ圧倒的に膨れ上がる光の圧力に耐えきれず、洞窟全体に無数の細かいひびが走った。
甲高く軋りあった岩盤が左右互い違いにゆがみ、剥げ落ちて凄まじい火花を撒き散らす。
アリストラムは横飛びにとびついて狼の身体を抱きかかえた。
悲鳴と轟音が錯綜する。
爆風に吹き飛ばされ、どこまでも転がる。
風が吹き下ろしてきた。
地下水が天井からあふれて、底抜けの滝のように降りしきる。
頭上から落下する岩は、ほんのひとかけらがかすめただけでも命を吹き飛ばすに十分な重量と巨大さをもって、洞窟内にとどろく。
また巨岩が落ちた。
激しい水しぶきが上がる。
地面が揺れ動く。
地下水脈はごうごうとなだれ落ちる滝となって、遙かに暗いさらなる地下へと落ちてゆく。
床全体に巨大な神渡りの亀裂が走った。地面が三角波のようにへし折られ、粉々に砕けてゆく。何もかもを飲み込む暗黒の裂け目が空いたように見えた。
喉をごくりと鳴らし、息を飲み込む。
巨石の落下に巻き込まれれば即死だ。かといって、ただ手をこまねいてみている訳にもいかない。いつかは洞窟の天井そのものが崩落する。
アリストラムは背後の奈落を振り返った。聞こえてくる轟音は頭上からのものばかり。地下からは地鳴りのような音が伝わるばかりで、何一つ、転がる音がしてこない。
いったいどれほどの深さがあるのか。
抱きしめた狼の身体はぐっしょりと濡れ、ともすれば腕の中から滑り落ちそうになる。
冷や汗と同時に、こわばった笑いが漏れた。
「これは、困りましたね……?」
「生き恥を曝すな、アリストラム。貴様も聖神官の端くれならば、潔くこの場で死ね」
もはや表情を取り繕うこともしなくなったレオニスが、瞋恚の炎を目に宿らせて近づいてくる。
「残念ながら、その提案には承服いたしかねます」
アリストラムは平然と返した。腕に抱いた狼の身体を、なおいっそう強く抱きしめる。
「ならば、この俺が自ら調伏してやろう」
レオニスの手に青白く光る十文字槍が現れた。刃が嗜虐の光を帯びる。レオニスの瞳に、同じ形の光が瞳孔となって映り込んでいた。
「跡形もなく、な」
「……そんな、蛇みたいにしつこくしていると、女性に嫌われますよ」
「抜かせ!」
十文字槍から浄化の炎が放たれる。
炎が目前に迫る。
アリストラムは、ふと笑った。確信を持って背後へと一歩、後ずさる。
足の下の地面の感触が消える。
最後の瞬間、地面を強く蹴った。自らの意思で闇へと身を躍らせる。
アリストラムは背中から落ちてゆきながら軽口を叩いた。
「お願いですから、付いてこないでくださ──」
その頬を、巨大な十文字槍がごうっと音を立ててかすめた。
銀の火花が散る。
アリストラムは十文字槍に弾き飛ばされた。錐揉みしながら落ちてゆく。
傷ついた狼とともに。
遙か地下の奈落へと。
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