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聖銀の紋章

刻印のことでしたら、最初から分かっていましたよ

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 弱々しくうちひしがれたその様子に、心の奥底がひどく揺すぶられる。
 欠落。

 悪意を孕んだ響きに、我知らず狼狽える。レオニスは確かにを持つ者、と言った。意味が分からない。ラウは助けを求めてアリストラムを見やる。

 困惑がこみ上げる。よしんばもしそれが事実だとしても、だ。魔妖の気配に対し常に過敏なまでに気をとがらせ、神経を張り巡らせているアリストラムが、それらしい変調の気配を見落とすはずはない。アリストラムならば、どんな細かいことであってもすぐに気付くはずだ。なのに──

 ミシアへ掛けられた嫌疑を否定してやろうともせず、みすみす言われっぱなしで黙り込んでいる。

 ラウは喉の奥に怒りを含ませ、封印の首輪を掴んで低く唸った。
「聖神官ともあろうものが。抜かったな、アリストラム」
 レオニスはさらに威圧的な口調で失敗をあげつらう。

 アリストラムはけだるい嘆息を洩らした。髪を払い、片頬に苦々しい落胆の表情を貼り付かせて顔を伏せる。
「刻印のことでしたら、最初から分かっていましたよ」

「何……?」
 レオニスの表情がぞっとする怒りに気色ばんだ。みるみる顔容が変わってゆく。
 その敵意を遮るように、アリストラムは暗い表情でつぶやいた。
「分かっていたからこそあえて罪を問わず、キイスの側からミシアに接触して来るのを待っていたのですが。まさか、よりによって貴方にとは思いも寄りませんでした」

「抜かせ。口では何とでも言えるわ」
 突き放すように言ってアリストラムから眼をそらし、代わりにミシアへと憎悪の視線を走らせる。ミシアは声も出ない口に手を押し当てて、へたり込んだ。

「刻印を見逃すだと」
 ぎらりとミシアを射すくめ、恐怖に身動きできぬようにさせてから、大胆に近づいてゆく。

「ちょ、ちょっと待てってば……」
 ラウは反射的にミシアをかばおうとして立ちふさがった。
「退け、小僧」
 レオニスは冷淡に眼を底光らせるなり、巨大な十文字槍を振り払った。一瞬で衝撃が加速する。

 銀色の光がいくつもの弧を描いて目に焼き付く。叩き出されるかのような凄まじいその斥力に、ラウは弾丸のように吹っ飛ばされ、傍らの木の幹にぶつかった。後頭部をしたたかに打ち付ける。

「ラウ、大丈夫ですか」
 アリストラムが駆け寄ってきた。
 ラウは歯を食いしばってよろめき起きあがろうとした。尋常な一撃ではない。明らかに何か別の力が加わっている。
 レオニスは大股で一気にミシアへと近づいた。のしかからんばかりにしてぐいと手を伸ばし、強引にミシアの髪の毛を掴んで立ち上がらせる。ミシアは悲鳴を上げた。
「おゆるしくださいませ……!」

「黙れ」
 レオニスは喘ぐミシアの髪を非道に手繰り寄せ、ぞっとする声で脅しつけた。酷く揺すぶられたミシアの身体が、声にすらならない悲鳴とともに仰け反る。

「魔妖に身をひさぐ欠落者の分際で、人間の振りをするな」
 容赦ない平手がミシアを打擲する。ミシアの華奢な身体はあっけないほど吹っ飛んで、地面へと叩きつけられた。
 レオニスは掌をミシアへとかざした。

「化けの皮を剥いでやる。正体を現せ、欠落者」
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