【完結】狼と神官と銀のカギ 〜見た目だけは超完璧な聖神官様の(夜の)ペットとして飼いならされました。〜

上原

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ラウ、逃走

……は、は、は……穿いて……な……い……?

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 小鳥がさえずっている。窓の外はまぶしいぐらいに白い。朝焼けの誇らしげな紅色が湖に反射しているかのようだった。

 淡い暁のしじまを吹き払う森の息吹が、みずみずしくも豊かに行き渡ってゆく。
 窓からそよと吹き入って部屋にたゆたう風は、湖の上を渡って朝を連れてくる霧の香りがした。

 ラウはぼんやりと眼を覚ました。しばらくの間、鼻先に押しつけられた暖かなアリストラムの匂いを感じ続ける。

 なぜだかしっぽがぱたぱたする。

 くんくんといろいろな匂いを嗅ぎ、たっぷりと息を吸い込む。鼻腔を満たす安堵の香りに満足して、もう一度身体を丸める。アリストラムの、頭をなでなでしてくれる手をぼんやりと思い出した。普段のアリストラムはやたら口うるさいけれど、でも、あの手だけはすごく気持ちいい。触れられること自体が嬉しくなる。

 身じろぎすると、腰に回されたアリストラムの腕が滑り落ちた。変な姿勢で寝ていたせいか、あちこちが妙に痛い。

 アリストラムの腕の中で丸まったまま、しばし考え込む。
 なぜそんなことをしたのかよく分からない。少しずつ眼が覚めてくるうち、さすがに居心地が悪くなってきた。とりあえずこっそりと起きあがって、巣穴から頭を突き出す子狼よろしく首を伸ばして周囲を見回す。

 何となく嫌な予感がした。とりあえずアリストラムの寝姿をのぞき込む。眠っている。あまり顔色が良いようには見えない。

 ラウはくんと鼻をひくつかせた。
 手を小脇につき、耳をアリストラムの口元へと近づける。おだやかな寝息が聞こえる。あの息もしていないような病的な眠りの感じではない。

 あえて不安を振り払う。こうやってもじもじしていれば心ならずもアリストラムを起こしてしまうかもしれない、などと、どっちが本心やら分からないまどろっこしい気持ちをあれこれ取りつくろって心の片隅に追いやり、反応のない身体を馬乗りにまたぎ越えてベッドから降りよう、として。

 ふと、眼を、傍らへとやる。視界に違和感を覚えさせる”何か”が入った。
 普通ならちゃんと着ているはずのものだ。普通なら。だが今はなぜか、”それ”はラウの視線の先にある。

 眼を、ぱちくりとさせる。

 ”そこにあってはならないもの”が、見える気がした。
 昨夜の寝入りばなには間違いなく着たつもり、でいた……着ぐるみパジャマと、同じく間違いなく穿いたつもり、でいた……骨付き肉のアップリケ付き、木綿のかぼちゃぱんつ。

 それらが、ぽてん、と。

 何というか、その……そのまま置いてある。
 いやいや暫時待て、である。ラウは奇妙な冷静さを取り戻した。ぱんつはこの際どうでもいい。そこにぱんつがある、という事実はまあ事実には違いないだろうけれど、それは単にその当該ぱんつの現在位置を把握したということに過ぎない。木綿じゃなくてやっぱりぬくぬく毛皮のぱんつがいい、いややっぱりここは黒の勝負ぱんつでしょう、等々、きゃっきゃうふふとばかりにあれこれ選ぶ過程においては誤ってベッドにぱんつを置き忘れてしまう、などといった不慮の事態もままあるだろう、いや、あるに違いない。

 だが、他ならぬたった一枚のぱんつが、ということであれば、話は別だ。

 少し息苦しげに息をつくアリストラムが、かすかに身じろぎした。寝息が、撫でるようにぬるく腰の内側へと吹きかかる。
「うっ」
 内腿をかすめる吐息のあまりの近さに、ぞくっ、と寒気が走る。しっぽがこわばった。

 あり得ない。ぎ、ぎぎ、と、壊れた操り人形のように軋む首を捻って、アリストラムを見下ろす。

 穏やかな吐息が、直接、かかる。
 ラウは、アリストラムの顔面にまたがった状態で凝り固まった。

 ……は、は、は……穿いて……な……い……?

「ラウ」
 薄く目が開く。ぎくぎくと怯えたしっぽが、アリストラムの鼻先をくすぐっている。端麗な顔立ちがわずかにしかめられた。

 眼が合う。

 半ばまだまどろみの中にいる紫紅の瞳が、柔らかなもふもふにうずもれた困惑に瞬く。アリストラムはわずかに苦しげな吐息をつき、手をあげて視界を遮るしっぽを掻き分けた。眼をしばたたかせ、見る。
「あ」

 ……。

 …………見られた。
 ……見ら……れ……アリストラムに……み……み、見られ……ああああんぎゃぁぁぁああ……!
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