【完結】狼と神官と銀のカギ 〜見た目だけは超完璧な聖神官様の(夜の)ペットとして飼いならされました。〜

上原

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いつかは押さえきれなくなるときが来る

あん……くしゅぐったい……

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「ただいま……」
 タヌキが一匹、まんまるぽんぽこなお腹を苦しげにさすりさすりしながらよろよろと寝室に入ってくる。いや違う、タヌキではない。ラウである。何をどう喰えばこうなるのか、戸口につっかえて入りかねるほどの横幅にまで腹がふくれあがっている。

「ごちそうさまでした……」
 幸せなのか苦しいのか、ラウは何とも見分けのつかない笑み混じりの脂汗を浮かべながらアリストラムを探して部屋を見渡し、その勢いで足元をふらつかせた。
「アリス……どこ……? 前が見えない」

「食べ過ぎです」
 アリストラムは揺り椅子から身を起こしてラウを労りに近づいた。手を取り肩をそっと押してベッドへと座らせる。マットレスがまんまるの形に沈む。もはや座っていても寝ていても同じ姿勢を取っているようにしか見えない。

「ううう、お腹苦しい……」
 ラウはお腹を押さえてうんうんと唸った。額に冷や汗が滲んで、碧の髪がまとわりついている。顔色までが妙に青白く、紫がかっているように見えた。

「そんなに食べるからですよ」
 アリストラムはためいきをつき、ラウの傍らに腰を下ろして、苦しげに唸るラウのお腹をそっと撫でてやった。
「大丈夫ですか」
 だがよほどむちゃくちゃな食べ方をしたのか、ぱんぱんもぱんぱん、今にも皮が弾けそうなほどお腹が張りつめている。

「急にお腹痛くなってきた……」
「それは大変です」
 アリストラムはにっこり笑った。全然大変そうに思っているふうではない。
「胃薬を差し上げますから、ちょっとだけ待っててください。甘湯に溶かして飲めば大丈夫ですから」

「う、うん」
 ラウは情けない鼻声をあげて身悶え、動けずにアリスを眼で追いかけた。
「苦い……?」
「もちろ――」

 アリストラムはすっとぼけた仮面の笑顔を振り向け、にっこりとたおやかにすら見える仕草で小首を傾げ微笑んだ。
「いいえ、ぜんぜん苦くありませんから大丈夫ですよ」

「や、やっぱりいらない」
「駄目ですよ」
「いらないったらいらない。苦いおくすりキライ……」

 ラウはお腹の痛みと薬への拒否反応が相俟って余計にいやいやとワガママにぐずった。だが身体をよじった拍子に破裂しそうなお腹まで一緒にねじってしまい、瞬く間に顔をひきつらせ、哀れ極まりない呻きを上げて、くしゃくしゃの泣き顔に戻る。
「うぐぅ……」

「ほら、飲んで」
 アリストラムは小さなグラスに甘い薬水をいれ、銀の盆にのせて戻ってきた。倒れ込んだまま動けないラウを起こし、抱き支えてやりながら口元に傾けたグラスを当てる。

 ラウはグラスを両手で受け取り、飲もうとしてためらった。上目遣いでおろおろと抗う。
「苦くないよね」

 アリストラムは澄まして答える。
「分かりました。そこまで言うなら口移しで」

「……」
 ラウはぽかんと眼を泳がせた。涙目でアリストラムの顔を見、みるみる真っ赤になったかと思うと叩き伏せるようにうつむいてグラスをひったくる。
「飲めば良いんでしょ!」
 一気に薬を飲み干す。
「うぇえええ……にがあああ……!」
 舌を出して泣きっつらをさらにくしゃくしゃのつぶれ顔にする。

「もう大丈夫ですよ。すぐに良くなります」
 アリストラムはひょいとラウの手からグラスを取り上げるや傍らに置いて、ゆっくりとラウを横たえさせた。狼の耳を押し込めて隠す狩人の帽子を取ってやり、そろそろと身体に沿ってやさしく撫でてやる。

「う……うん」
 ラウはうっとりと翡翠色の眼を閉じた。ベッドの上に広がった碧の髪がやわらかい光を放っている。アリストラムはラウのちいさな肩を撫で、髪に触れ、和毛に覆われた耳に触れた。過敏な耳が、ぴくんと逃げるように反り立つ。
「ん……」

「ラウ、歯磨きを忘れていますよ」
 アリストラムはうとうとと眠りに落ちてゆこうとするラウの耳元にささやきの吐息を吹き込んだ。ラウはまどろみながらも、もじもじと頬を赤らめ逃げようとする。

「あん……くしゅぐったい……」
「歯磨きをしないと虫歯になりますよ」
「わかった……後でする」
「では、お風呂にしましょう」
「今日はいい……」
「駄目ですよ。きちんと髪を洗わないと」
「じゃ五分待って……」
「だめです。言われたらすぐそのとおりにしなさい。さもないと」
「がるるるるる」
「唸っても駄目です」

 アリストラムはうすく笑った。手にタオルを持って立ち上がる。
「では、私はお風呂の準備をしてきますから、それまでに歯磨きを終わらせておいてくださいね。一緒に入りましょう、ラウ」
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