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悪いことをしたら、お仕置きだと言ったはずですよ
悪いことをしたら、お仕置きだと言ったはずですよ
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吸い寄せられるかのように、ぱったりとベッドへ倒れ込む。ぽふ、と、音を立てて、身体が深々と沈んだ。
とりあえず抱え込んだ枕にほっぺたを寄せ、くんくんと臭いを嗅ぐ。
ふんわりと甘い太陽の香りが鼻腔をくすぐる。穏やかな――あんまり不思議で幸せな香りがするものだから、思わず油断して出してしまった尻尾をぱたぱたさせ、ふんふん鼻を鳴らして、背中をベッドにこすりつけながら右に左にとじゃれて転がり回る。が、焚き込められた香の匂いを嗅ぐうち、いつの間にやら眠くなってきて。
眼を閉じ、枕に顔をうずめて、まさしく遊び疲れた子犬のていで、とろとろとした眠りに引き込まれてゆく。
「やれやれ」
どこか遠くから呆れたような、優しい笑い声が聞こえる。ラウはうとうとしながら夢見心地でうなずく。うんうん、まったくあのドッタムポッテン夫妻はやれやれだよね……
「ずいぶんと幸せそうな寝顔をして。お腹が空いているのではなかったのですか、ラウ?」
頬に手が押し当てられる。優しく撫でさすってくれる、うっとりと心地よいぬくもり。
ああ……そうだった……お腹空いた……ごはん……お肉……ゴハン……お肉……お肉お肉お肉おに……く……
ラウは反射的に飛び起きようとして身体が動かないことに気づいた。
「……にくっ!?」
一瞬、訳が分からなくなり、ぎごちなく身体を震わせる。
「あっ、あっ! 何っ!?」
「大丈夫ですか、ラウ?」
また、くすくすと笑う音が聞こえる。
「まさかハラペコ狼と同室にされるとは思いもしませんでしたのでね、つい、いつもの癖で部屋中に焚きしめてしまいました」
さらりと揺れる銀の髪が滑り落ち、憎たらしいほど愛おしげな笑顔となって頭上から降ってくる。
「アリス……?」
ラウはかろうじて声を絞り出した。目の前が、うっすらと銀色にかすみがかっている。
「な、なに……これ……?」
「魔妖避けの香煙ですが」
「だっ、誰がそんな罠を仕掛けろって……!」
しれっと答えるアリストラムに向かってラウは猛然と抗議した、つもりだった。が、全身が石綿のようにごわごわと固まってしまってまるで動けない。
「うう……動けない」
アリストラムの手が、ラウの手首を掴んだ。ぐっ、と、見た目に寄らない強い、頑ななまでの力で、ベッドに押さえつけられる。
「先ほど警鐘が鳴ったでしょう」
アリストラムはふいに笑みを消した。
「忘れたのですか。人間を襲ってはいけない、という、私の言いつけを」
問い詰める声が次第に低くなってゆく。
「え、あ、うう……ん?」
ラウはどぎまぎし、必死に首を振る。
「何のことだか、さ、さ、さっぱり?」
「嘘はゆるしません」
どこから聞こえてくるのだろう。優しくて、ひどく恐ろしい声が、穏やかに良心のうずきを掘り返し、じくじくと責め立てる。
「何度言えば分かるのです、この狼っ子は」
「こ、こ、子どもじゃないもん……っ!」
とラウは一人もんもんとしながら、ぎゃあぎゃあ喚き散らした。
「あ、あたしは、も、もう、一人前の大人なんだから……獲物ぐらい……じ、じ、自分で獲って当たり前なんだもん……!」
「悪いことをしたら、お仕置きだと言ったはずですよ」
ほっそりと長い指が髪に差し入れられる。毛皮の帽子がほどけるように脱げて落ちる。柔らかな毛に覆われた狼の耳がくるりと立ち上がった。
「……だ、だって……ゃっ」
脱がされる感触に、ラウはじたばたと身を仰け反らせた。恐怖のあまり後ろに反らし伏せてしまった耳を何とかして意地っ張りの耳に戻そうとくるくるさせてみるものの、こればかりはどうにも正直すぎて言うことを聞かない。
「う、うるさいっ! お仕置きなんて、こ、怖くなんかないんだから……!」
顔を真っ赤にして首をちぢこめる。
「そんなにお仕置きして欲しかったのですか」
頬から顎にかけて、すうっと掌で撫でさすられる。立ち上がった耳の後ろに、指先が触れた。耳がぴくん、と跳ね上がる。
「ぁ……!」
「……悪い子だ」
ま、まずい。あまりにもまずすぎる……!
ラウはぶるぶる震える身体を、必死に反らそうとした。全身の力を振り絞って、異様に重苦しい瞼を押し開く。
銀色の光が目に染み込んでくる。完璧な微笑み。いや、最悪の微笑み、だった。
とりあえず抱え込んだ枕にほっぺたを寄せ、くんくんと臭いを嗅ぐ。
ふんわりと甘い太陽の香りが鼻腔をくすぐる。穏やかな――あんまり不思議で幸せな香りがするものだから、思わず油断して出してしまった尻尾をぱたぱたさせ、ふんふん鼻を鳴らして、背中をベッドにこすりつけながら右に左にとじゃれて転がり回る。が、焚き込められた香の匂いを嗅ぐうち、いつの間にやら眠くなってきて。
眼を閉じ、枕に顔をうずめて、まさしく遊び疲れた子犬のていで、とろとろとした眠りに引き込まれてゆく。
「やれやれ」
どこか遠くから呆れたような、優しい笑い声が聞こえる。ラウはうとうとしながら夢見心地でうなずく。うんうん、まったくあのドッタムポッテン夫妻はやれやれだよね……
「ずいぶんと幸せそうな寝顔をして。お腹が空いているのではなかったのですか、ラウ?」
頬に手が押し当てられる。優しく撫でさすってくれる、うっとりと心地よいぬくもり。
ああ……そうだった……お腹空いた……ごはん……お肉……ゴハン……お肉……お肉お肉お肉おに……く……
ラウは反射的に飛び起きようとして身体が動かないことに気づいた。
「……にくっ!?」
一瞬、訳が分からなくなり、ぎごちなく身体を震わせる。
「あっ、あっ! 何っ!?」
「大丈夫ですか、ラウ?」
また、くすくすと笑う音が聞こえる。
「まさかハラペコ狼と同室にされるとは思いもしませんでしたのでね、つい、いつもの癖で部屋中に焚きしめてしまいました」
さらりと揺れる銀の髪が滑り落ち、憎たらしいほど愛おしげな笑顔となって頭上から降ってくる。
「アリス……?」
ラウはかろうじて声を絞り出した。目の前が、うっすらと銀色にかすみがかっている。
「な、なに……これ……?」
「魔妖避けの香煙ですが」
「だっ、誰がそんな罠を仕掛けろって……!」
しれっと答えるアリストラムに向かってラウは猛然と抗議した、つもりだった。が、全身が石綿のようにごわごわと固まってしまってまるで動けない。
「うう……動けない」
アリストラムの手が、ラウの手首を掴んだ。ぐっ、と、見た目に寄らない強い、頑ななまでの力で、ベッドに押さえつけられる。
「先ほど警鐘が鳴ったでしょう」
アリストラムはふいに笑みを消した。
「忘れたのですか。人間を襲ってはいけない、という、私の言いつけを」
問い詰める声が次第に低くなってゆく。
「え、あ、うう……ん?」
ラウはどぎまぎし、必死に首を振る。
「何のことだか、さ、さ、さっぱり?」
「嘘はゆるしません」
どこから聞こえてくるのだろう。優しくて、ひどく恐ろしい声が、穏やかに良心のうずきを掘り返し、じくじくと責め立てる。
「何度言えば分かるのです、この狼っ子は」
「こ、こ、子どもじゃないもん……っ!」
とラウは一人もんもんとしながら、ぎゃあぎゃあ喚き散らした。
「あ、あたしは、も、もう、一人前の大人なんだから……獲物ぐらい……じ、じ、自分で獲って当たり前なんだもん……!」
「悪いことをしたら、お仕置きだと言ったはずですよ」
ほっそりと長い指が髪に差し入れられる。毛皮の帽子がほどけるように脱げて落ちる。柔らかな毛に覆われた狼の耳がくるりと立ち上がった。
「……だ、だって……ゃっ」
脱がされる感触に、ラウはじたばたと身を仰け反らせた。恐怖のあまり後ろに反らし伏せてしまった耳を何とかして意地っ張りの耳に戻そうとくるくるさせてみるものの、こればかりはどうにも正直すぎて言うことを聞かない。
「う、うるさいっ! お仕置きなんて、こ、怖くなんかないんだから……!」
顔を真っ赤にして首をちぢこめる。
「そんなにお仕置きして欲しかったのですか」
頬から顎にかけて、すうっと掌で撫でさすられる。立ち上がった耳の後ろに、指先が触れた。耳がぴくん、と跳ね上がる。
「ぁ……!」
「……悪い子だ」
ま、まずい。あまりにもまずすぎる……!
ラウはぶるぶる震える身体を、必死に反らそうとした。全身の力を振り絞って、異様に重苦しい瞼を押し開く。
銀色の光が目に染み込んでくる。完璧な微笑み。いや、最悪の微笑み、だった。
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