3 / 4
第1章 初恋
第3話 縁談
しおりを挟む
彼と会ってから数日後、父に呼ばれた。父と顔を合わせるのは、皆が揃う食事の席と、公の場くらいだ。
わざわざ呼び出す理由に考えられるのは、何かの叱責か、結婚の話。
(もしかして、あの人との関係が知られてしまった?それとも、誰かと結婚させられる?)
華子は怖かった。もし、私のせいで愛しい人が罰せられたら。もう会えなくなってしまったら。
父なら、彼を殺してもおかしくない。
(どうか、あの人が私のせいで傷つけられることだけはありませんように。お願いだから、結婚の話であって頂戴…)
尤も、結婚の話であったとしたも、華子にとっては悲報なのだが。
どちらであっても華子には酷な話。地獄へ行くような心持ちで高松家当主の居る部屋へ向かった。
襖の前で深く息を吸い、心を落ち着かせる。
「華子にございます。」
「入れ。」
「失礼いたします。珍しく私をお呼びとのことですが、一体何のご用でしょうか?」
「身に覚えがあるのではないか?そなたを惑わしている男が居ると聞いた。」
「さぁ…何の事だか…」
(まずい…どうにかして彼を守らなくては。)
「全く、白々しい!まあよい。どこの誰かは知らぬが、金輪際その男とは会うな。」
「…!」
(どういうこと?あの父上様がお咎めなしだなんて。しかも、彼のことは何も調べてないみたい。何事も徹底的になさる方なのに…)
「高松家の娘ともあろう者に、あらぬ噂が流れては困る。それから、今日呼んだのは、結婚の話だ。」
(あ…!私を嫁がせたいから、駆け落ちや心中なんてことがあってはならない。そうさせない為に、あまり深くは追及しない、ということね。悔しいけれど、不幸中の幸いだわ。)
華子は父の考えを推測し、愛する人が傷つけられないことに安堵した。
とはいえ、結婚の話も重要だ。相手が誰なのか、緊張のせいで尋ねることができない。
長い沈黙を終わらせる為に、声を絞り出す。
「……結婚、ですか?」
「ああ。そなたと忠長殿との縁談が持ち上がった。」
「えっ…」
(なぜ…忠長様が?)
忠長とは幼い頃からの付き合いで、両家の仲も良好だ。だからこそ、華子は疑問に思った。父は利益のないことをしない人だ。この結婚に何の目的があるのだろうか。
「父上様、」
「家の事情だ。三井家と共に、大規模な新規事業を行うこととなった。そなたは大人しく三井家へ嫁ぎ、為すべきことをしろ。」
子を成して両家の結び付きを確固たるものとし、時には密偵の仕事もしろということだ。
(思っていた通り…)
政略結婚の駒になることなど、分かっていた。
しかし、実際に耳にすると、想像以上に辛い。
結婚はあの人との別れを意味するのだ。
泣きたい気持ちを必死に抑えながら、明るい笑顔を取り繕って答えた。
「承知いたしました。三井忠長様とは幼い頃からの仲。何の問題もございません。父上様のおっしゃる通りに、妻としての役割を果たします。なんなりとお申し付けくださいませ。」
せめてもの救いは、忠長と華子が親しい仲であることだ。夫婦関係に問題が生じることはないだろう。
「物分りの良い娘で助かった。詳細は顔合わせを終えてから決定する。以上だ、下がれ。」
「畏まりました。…あの、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだ。」
「なぜ、私なのですか?姉上様方や妹達も居りますのに。」
「…忠長殿の希望だそうだ。私も、器量の良いそなたを三井家へ嫁がせるのは惜しいと思っている。だが、そなたでなければ結婚の話は無かったことにすると言ってきた。まあ、三井家もかなりの家格で、忠長殿は次期当主だ。もっと格の高い家に嫁がせるつもりでいたが、仕方ない。」
「左様でございますか…」
(当たり前だけど、私の意志など少しも考えられていない。本当にただの駒としか思ってらっしゃらないのね…)
華子も、父の愛を、ほんの少しだけ期待し続けていたのだ。
恋人との別れ、望まぬ結婚、愛されていないことの再確認。その日は涙の限界が来る前に、父の前から下がり、自室へ戻った。
わざわざ呼び出す理由に考えられるのは、何かの叱責か、結婚の話。
(もしかして、あの人との関係が知られてしまった?それとも、誰かと結婚させられる?)
華子は怖かった。もし、私のせいで愛しい人が罰せられたら。もう会えなくなってしまったら。
父なら、彼を殺してもおかしくない。
(どうか、あの人が私のせいで傷つけられることだけはありませんように。お願いだから、結婚の話であって頂戴…)
尤も、結婚の話であったとしたも、華子にとっては悲報なのだが。
どちらであっても華子には酷な話。地獄へ行くような心持ちで高松家当主の居る部屋へ向かった。
襖の前で深く息を吸い、心を落ち着かせる。
「華子にございます。」
「入れ。」
「失礼いたします。珍しく私をお呼びとのことですが、一体何のご用でしょうか?」
「身に覚えがあるのではないか?そなたを惑わしている男が居ると聞いた。」
「さぁ…何の事だか…」
(まずい…どうにかして彼を守らなくては。)
「全く、白々しい!まあよい。どこの誰かは知らぬが、金輪際その男とは会うな。」
「…!」
(どういうこと?あの父上様がお咎めなしだなんて。しかも、彼のことは何も調べてないみたい。何事も徹底的になさる方なのに…)
「高松家の娘ともあろう者に、あらぬ噂が流れては困る。それから、今日呼んだのは、結婚の話だ。」
(あ…!私を嫁がせたいから、駆け落ちや心中なんてことがあってはならない。そうさせない為に、あまり深くは追及しない、ということね。悔しいけれど、不幸中の幸いだわ。)
華子は父の考えを推測し、愛する人が傷つけられないことに安堵した。
とはいえ、結婚の話も重要だ。相手が誰なのか、緊張のせいで尋ねることができない。
長い沈黙を終わらせる為に、声を絞り出す。
「……結婚、ですか?」
「ああ。そなたと忠長殿との縁談が持ち上がった。」
「えっ…」
(なぜ…忠長様が?)
忠長とは幼い頃からの付き合いで、両家の仲も良好だ。だからこそ、華子は疑問に思った。父は利益のないことをしない人だ。この結婚に何の目的があるのだろうか。
「父上様、」
「家の事情だ。三井家と共に、大規模な新規事業を行うこととなった。そなたは大人しく三井家へ嫁ぎ、為すべきことをしろ。」
子を成して両家の結び付きを確固たるものとし、時には密偵の仕事もしろということだ。
(思っていた通り…)
政略結婚の駒になることなど、分かっていた。
しかし、実際に耳にすると、想像以上に辛い。
結婚はあの人との別れを意味するのだ。
泣きたい気持ちを必死に抑えながら、明るい笑顔を取り繕って答えた。
「承知いたしました。三井忠長様とは幼い頃からの仲。何の問題もございません。父上様のおっしゃる通りに、妻としての役割を果たします。なんなりとお申し付けくださいませ。」
せめてもの救いは、忠長と華子が親しい仲であることだ。夫婦関係に問題が生じることはないだろう。
「物分りの良い娘で助かった。詳細は顔合わせを終えてから決定する。以上だ、下がれ。」
「畏まりました。…あの、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだ。」
「なぜ、私なのですか?姉上様方や妹達も居りますのに。」
「…忠長殿の希望だそうだ。私も、器量の良いそなたを三井家へ嫁がせるのは惜しいと思っている。だが、そなたでなければ結婚の話は無かったことにすると言ってきた。まあ、三井家もかなりの家格で、忠長殿は次期当主だ。もっと格の高い家に嫁がせるつもりでいたが、仕方ない。」
「左様でございますか…」
(当たり前だけど、私の意志など少しも考えられていない。本当にただの駒としか思ってらっしゃらないのね…)
華子も、父の愛を、ほんの少しだけ期待し続けていたのだ。
恋人との別れ、望まぬ結婚、愛されていないことの再確認。その日は涙の限界が来る前に、父の前から下がり、自室へ戻った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
届かぬ温もり
HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった·····
◆◇◆◇◆◇◆
すべてフィクションです。読んでくだり感謝いたします。
ゆっくり更新していきます。
誤字脱字も見つけ次第直していきます。
よろしくお願いします。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拝啓、大切なあなたへ
茂栖 もす
恋愛
それはある日のこと、絶望の底にいたトゥラウム宛てに一通の手紙が届いた。
差出人はエリア。突然、別れを告げた恋人だった。
そこには、衝撃的な事実が書かれていて───
手紙を受け取った瞬間から、トゥラウムとエリアの終わってしまったはずの恋が再び動き始めた。
これは、一通の手紙から始まる物語。【再会】をテーマにした短編で、5話で完結です。
※以前、別PNで、小説家になろう様に投稿したものですが、今回、アルファポリス様用に加筆修正して投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
誰の代わりに愛されているのか知った私は優しい嘘に溺れていく
矢野りと
恋愛
彼がかつて愛した人は私の知っている人だった。
髪色、瞳の色、そして後ろ姿は私にとても似ている。
いいえ違う…、似ているのは彼女ではなく私だ。望まれて嫁いだから愛されているのかと思っていたけれども、それは間違いだと知ってしまった。
『私はただの身代わりだったのね…』
彼は変わらない。
いつも優しい言葉を紡いでくれる。
でも真実を知ってしまった私にはそれが嘘だと分かっているから…。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる