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第1章 初恋
第3話 縁談
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彼と会ってから数日後、父に呼ばれた。父と顔を合わせるのは、皆が揃う食事の席と、公の場くらいだ。
わざわざ呼び出す理由に考えられるのは、何かの叱責か、結婚の話。
(もしかして、あの人との関係が知られてしまった?それとも、誰かと結婚させられる?)
華子は怖かった。もし、私のせいで愛しい人が罰せられたら。もう会えなくなってしまったら。
父なら、彼を殺してもおかしくない。
(どうか、あの人が私のせいで傷つけられることだけはありませんように。お願いだから、結婚の話であって頂戴…)
尤も、結婚の話であったとしたも、華子にとっては悲報なのだが。
どちらであっても華子には酷な話。地獄へ行くような心持ちで高松家当主の居る部屋へ向かった。
襖の前で深く息を吸い、心を落ち着かせる。
「華子にございます。」
「入れ。」
「失礼いたします。珍しく私をお呼びとのことですが、一体何のご用でしょうか?」
「身に覚えがあるのではないか?そなたを惑わしている男が居ると聞いた。」
「さぁ…何の事だか…」
(まずい…どうにかして彼を守らなくては。)
「全く、白々しい!まあよい。どこの誰かは知らぬが、金輪際その男とは会うな。」
「…!」
(どういうこと?あの父上様がお咎めなしだなんて。しかも、彼のことは何も調べてないみたい。何事も徹底的になさる方なのに…)
「高松家の娘ともあろう者に、あらぬ噂が流れては困る。それから、今日呼んだのは、結婚の話だ。」
(あ…!私を嫁がせたいから、駆け落ちや心中なんてことがあってはならない。そうさせない為に、あまり深くは追及しない、ということね。悔しいけれど、不幸中の幸いだわ。)
華子は父の考えを推測し、愛する人が傷つけられないことに安堵した。
とはいえ、結婚の話も重要だ。相手が誰なのか、緊張のせいで尋ねることができない。
長い沈黙を終わらせる為に、声を絞り出す。
「……結婚、ですか?」
「ああ。そなたと忠長殿との縁談が持ち上がった。」
「えっ…」
(なぜ…忠長様が?)
忠長とは幼い頃からの付き合いで、両家の仲も良好だ。だからこそ、華子は疑問に思った。父は利益のないことをしない人だ。この結婚に何の目的があるのだろうか。
「父上様、」
「家の事情だ。三井家と共に、大規模な新規事業を行うこととなった。そなたは大人しく三井家へ嫁ぎ、為すべきことをしろ。」
子を成して両家の結び付きを確固たるものとし、時には密偵の仕事もしろということだ。
(思っていた通り…)
政略結婚の駒になることなど、分かっていた。
しかし、実際に耳にすると、想像以上に辛い。
結婚はあの人との別れを意味するのだ。
泣きたい気持ちを必死に抑えながら、明るい笑顔を取り繕って答えた。
「承知いたしました。三井忠長様とは幼い頃からの仲。何の問題もございません。父上様のおっしゃる通りに、妻としての役割を果たします。なんなりとお申し付けくださいませ。」
せめてもの救いは、忠長と華子が親しい仲であることだ。夫婦関係に問題が生じることはないだろう。
「物分りの良い娘で助かった。詳細は顔合わせを終えてから決定する。以上だ、下がれ。」
「畏まりました。…あの、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだ。」
「なぜ、私なのですか?姉上様方や妹達も居りますのに。」
「…忠長殿の希望だそうだ。私も、器量の良いそなたを三井家へ嫁がせるのは惜しいと思っている。だが、そなたでなければ結婚の話は無かったことにすると言ってきた。まあ、三井家もかなりの家格で、忠長殿は次期当主だ。もっと格の高い家に嫁がせるつもりでいたが、仕方ない。」
「左様でございますか…」
(当たり前だけど、私の意志など少しも考えられていない。本当にただの駒としか思ってらっしゃらないのね…)
華子も、父の愛を、ほんの少しだけ期待し続けていたのだ。
恋人との別れ、望まぬ結婚、愛されていないことの再確認。その日は涙の限界が来る前に、父の前から下がり、自室へ戻った。
わざわざ呼び出す理由に考えられるのは、何かの叱責か、結婚の話。
(もしかして、あの人との関係が知られてしまった?それとも、誰かと結婚させられる?)
華子は怖かった。もし、私のせいで愛しい人が罰せられたら。もう会えなくなってしまったら。
父なら、彼を殺してもおかしくない。
(どうか、あの人が私のせいで傷つけられることだけはありませんように。お願いだから、結婚の話であって頂戴…)
尤も、結婚の話であったとしたも、華子にとっては悲報なのだが。
どちらであっても華子には酷な話。地獄へ行くような心持ちで高松家当主の居る部屋へ向かった。
襖の前で深く息を吸い、心を落ち着かせる。
「華子にございます。」
「入れ。」
「失礼いたします。珍しく私をお呼びとのことですが、一体何のご用でしょうか?」
「身に覚えがあるのではないか?そなたを惑わしている男が居ると聞いた。」
「さぁ…何の事だか…」
(まずい…どうにかして彼を守らなくては。)
「全く、白々しい!まあよい。どこの誰かは知らぬが、金輪際その男とは会うな。」
「…!」
(どういうこと?あの父上様がお咎めなしだなんて。しかも、彼のことは何も調べてないみたい。何事も徹底的になさる方なのに…)
「高松家の娘ともあろう者に、あらぬ噂が流れては困る。それから、今日呼んだのは、結婚の話だ。」
(あ…!私を嫁がせたいから、駆け落ちや心中なんてことがあってはならない。そうさせない為に、あまり深くは追及しない、ということね。悔しいけれど、不幸中の幸いだわ。)
華子は父の考えを推測し、愛する人が傷つけられないことに安堵した。
とはいえ、結婚の話も重要だ。相手が誰なのか、緊張のせいで尋ねることができない。
長い沈黙を終わらせる為に、声を絞り出す。
「……結婚、ですか?」
「ああ。そなたと忠長殿との縁談が持ち上がった。」
「えっ…」
(なぜ…忠長様が?)
忠長とは幼い頃からの付き合いで、両家の仲も良好だ。だからこそ、華子は疑問に思った。父は利益のないことをしない人だ。この結婚に何の目的があるのだろうか。
「父上様、」
「家の事情だ。三井家と共に、大規模な新規事業を行うこととなった。そなたは大人しく三井家へ嫁ぎ、為すべきことをしろ。」
子を成して両家の結び付きを確固たるものとし、時には密偵の仕事もしろということだ。
(思っていた通り…)
政略結婚の駒になることなど、分かっていた。
しかし、実際に耳にすると、想像以上に辛い。
結婚はあの人との別れを意味するのだ。
泣きたい気持ちを必死に抑えながら、明るい笑顔を取り繕って答えた。
「承知いたしました。三井忠長様とは幼い頃からの仲。何の問題もございません。父上様のおっしゃる通りに、妻としての役割を果たします。なんなりとお申し付けくださいませ。」
せめてもの救いは、忠長と華子が親しい仲であることだ。夫婦関係に問題が生じることはないだろう。
「物分りの良い娘で助かった。詳細は顔合わせを終えてから決定する。以上だ、下がれ。」
「畏まりました。…あの、一つお尋ねしてもよろしいですか?」
「なんだ。」
「なぜ、私なのですか?姉上様方や妹達も居りますのに。」
「…忠長殿の希望だそうだ。私も、器量の良いそなたを三井家へ嫁がせるのは惜しいと思っている。だが、そなたでなければ結婚の話は無かったことにすると言ってきた。まあ、三井家もかなりの家格で、忠長殿は次期当主だ。もっと格の高い家に嫁がせるつもりでいたが、仕方ない。」
「左様でございますか…」
(当たり前だけど、私の意志など少しも考えられていない。本当にただの駒としか思ってらっしゃらないのね…)
華子も、父の愛を、ほんの少しだけ期待し続けていたのだ。
恋人との別れ、望まぬ結婚、愛されていないことの再確認。その日は涙の限界が来る前に、父の前から下がり、自室へ戻った。
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