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「お疲れ様です。お先に失礼しまーす。」
倉持さやかはその日の業務を終えて、いそいそと自宅への帰路についた。
中小企業の事務員として、この会社に派遣されてそろそろ1年が経つ。
ある程度の業務にも慣れてきて、心にも余裕が持てるようになってきた。
おまけに今日は金曜日。
嬉しさのあまりに足取りも軽く、鼻歌を口ずさんでいた。
鞄からスマホを取り出して時間を確認する。
「よし、この調子ならいつもより早い電車に乗れる。ラッキ~」
ラッシュ時間ではないから座れるかもしれない。
今日は思いっきり夜更かしできるから、一刻も早くログインしたい。
追加コンテンツをダウンロードしちゃおうかな。フリーWi-Fiつながるかな。
今日からイベントだし、課金額もどうしよう。
限度額を決めていないと、ついつい課金してしまうからなぁ。
ううん、この際、推しが出るまで無制限に!
この為に仕事を頑張ってるんだから。
さやかの頭の中は、今ハマっているゲームのことでいっぱいだった。
駅のホームに辿り着いたこともあり、気が緩んでいたのだろう。
歩きスマホで途中何度も人にぶつかりそうになっていたのに。
周りが見えていなかった。
うっすらと靄がかかったように視界が白くなった気がした。
スマホを注視しすぎたせいかもしれないと、ゴシゴシと目をこする。
「あれ?」
瞬きを繰り返しても一向に視界が良くならない。
もしかして目の病気だろうかと動揺しているところに、追い討ちをかけるように、キーと耳鳴りのような音が聞こえてきた。
電車が近づいて来る音にしては耳の奥まで響きすぎる。
身体に異変を感じるものの、アプリのダウンロード完了までの時間が気になる。
スマホの画面をもう一度見ると、地面が光ってることに気づいた。
「っ!」
自分の立っている位置を中心として、見えない誰かによって描かれていくように、光の線が描かれていく。
まるで魔法陣のように不思議な文字のある円陣だった。
直感的に円陣から出るべきだと思い、さやかは一歩踏み出した━━はずだったが、踏み出した足はそのまま地面に吸い込まれて、身体ごと急降下していた。
「ひっ!!」
こわいこわいこわい……
ジェットコースターも大の苦手なのに、
こわすぎる……
どうして落ちてるの
どこまで落ちるの
あぁきっとスマホに夢中でホームから転落したんだ……
きっとその時に死んでしまったんだ
乙女ゲームに夢中で死ぬなんて恥ずかしすぎるっ。
ううん、もしかして本望なのかもしれない
小説の世界だったら、このままゲームの中に転生できるのに……
的外れなことを考えていると、突然手足に固いものが当たる。
間違いなく高い所から落ちていた気がしたのい、私はぺたんと地面に座り込んでいた。
「な……にが起こったの? 生きてる……」
どこかから落ちたはずなのに、身体のどこにも衝撃がない。
無意識に自分の両手を見た。
生きているのか夢を見ているのか分からない。
置かれた状況が飲み込めずに、恐る恐る周囲を見回す。
最初に目に飛び込んできたのは、
綺麗に磨き上げられた大理石の床。そして
透き通る液体が入った豪華な盃。
盃は私を取り囲むように、等間隔に円形に並べられていた。
まるで何かの儀式が行われていたみたい。
もしかして私……生け贄……?
サァと顔から血の気が引いた。
気がついたら見たことのない場所。
駅にいたはずなのに。
もしかして誘拐されたのかもしれない。
言いようのない恐怖と不安に襲われて、
ガタガタガタガタと怖くて足が震えてきた。
「予兆が現れたとは本当か?」
「えぇ、はい、間違いありません。お急ぎを」
「だが、召喚されていたらどうするのだ」
「えぇ、はい、困りましたな…」
人の話し声が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
びっくりして扉へと視線を向けると、ぞろぞろと複数人入室してくるところだった。
その中の1人が近づいてきたかと思うと、座り込んでいる私に手を差し伸べて立ち上がらせてくれた。
放心状態の私に構わずに、初老の男性は場違いな程に陽気に語り始める。
「ようこそアーネティア王国へ。異世界からのご友人。
突然のことで驚かれたことでしょう?
ですがどうか、ご心配なさらず。
あなた様に危害を加えるつもりもありません。ご安心くだされ。
私は師長を務めておりますスタンと申します。
先程予兆が現れまして、あなた様が現れました。
おめでとうございます!
あなた様は、聖女様のお世話係りに選ばれたのです。」
『聖女…様?…』
私は無意識に言葉を反復していた。
魔法使いの衣装のようなロープ姿の老紳士は身振り手振りで意気揚々とはなしつづける。
もしかして何かの宗教で、私を洗脳しようとしているのかもしれない。
すぐに信じやすい私は、詐欺などにあわないために決めていることがある。
勧誘、セールスその他諸々、とにかく
関わらない! その場で決めない!
これが鉄則。
曖昧な笑みを浮かべながら、私は目線で部屋の出口を確認した。
初老の男性の後ろには数名の騎士が控えている。
建物といい、服装といい随分と凝っている。
大きな宗教なのかもしれない。
隙を見て逃げるのは難しそうだ。
「我が国は定期的に異世界より聖女様をお迎えしております。
聖女様が我が国で不自由なく過ごせるように、聖女様と同じ異世界より、お世話係を召喚するように定められております。
あなた様には聖女様のお世話係として、聖女様を支えていただきたく存じます。
なに、難しいことではありません。専属の侍女もおります故、お世話係といっても、お話し相手になっていただければと」
初老の方は一息つくと話しを再開する。
「ですが、実は聖女様は魔物討伐の旅に出ておりまして……
いつ戻られるかも不明でして。
あなた様には申し訳ないのですが、しばらくこの城に留まっていただきたいと」
初老の方はしきりに額の汗を拭いていた。
演技ではなく、本当に困惑しているようにみえた。
温厚な人に見えるけれど、言ってる事は意味不明だ。
要するに、ここに私を拘束すると言っているようなものだ。
どうしよう…
ここがどこなのかも分からないし、とりあえず大人しく従う方がいいのかもしれない。
逃げようとしたら拘束されて監禁されるかもしれない。
『あの……今は何も考えられないので、
少しお時間いただけますか?』
「えぇ、はいそれはもちろん!
あなた様もお疲れでしょうし」
「すぐにお部屋へご案内を」
「どうぞこちらへ」
「はい」
数名に取り囲まれるような形で、移動することになった。
騎士の姿を見ると帯剣しているので萎縮してしまう。
けれども予想に反して乱暴な扱いを受けることはなく、客室へと案内された。
倉持さやかはその日の業務を終えて、いそいそと自宅への帰路についた。
中小企業の事務員として、この会社に派遣されてそろそろ1年が経つ。
ある程度の業務にも慣れてきて、心にも余裕が持てるようになってきた。
おまけに今日は金曜日。
嬉しさのあまりに足取りも軽く、鼻歌を口ずさんでいた。
鞄からスマホを取り出して時間を確認する。
「よし、この調子ならいつもより早い電車に乗れる。ラッキ~」
ラッシュ時間ではないから座れるかもしれない。
今日は思いっきり夜更かしできるから、一刻も早くログインしたい。
追加コンテンツをダウンロードしちゃおうかな。フリーWi-Fiつながるかな。
今日からイベントだし、課金額もどうしよう。
限度額を決めていないと、ついつい課金してしまうからなぁ。
ううん、この際、推しが出るまで無制限に!
この為に仕事を頑張ってるんだから。
さやかの頭の中は、今ハマっているゲームのことでいっぱいだった。
駅のホームに辿り着いたこともあり、気が緩んでいたのだろう。
歩きスマホで途中何度も人にぶつかりそうになっていたのに。
周りが見えていなかった。
うっすらと靄がかかったように視界が白くなった気がした。
スマホを注視しすぎたせいかもしれないと、ゴシゴシと目をこする。
「あれ?」
瞬きを繰り返しても一向に視界が良くならない。
もしかして目の病気だろうかと動揺しているところに、追い討ちをかけるように、キーと耳鳴りのような音が聞こえてきた。
電車が近づいて来る音にしては耳の奥まで響きすぎる。
身体に異変を感じるものの、アプリのダウンロード完了までの時間が気になる。
スマホの画面をもう一度見ると、地面が光ってることに気づいた。
「っ!」
自分の立っている位置を中心として、見えない誰かによって描かれていくように、光の線が描かれていく。
まるで魔法陣のように不思議な文字のある円陣だった。
直感的に円陣から出るべきだと思い、さやかは一歩踏み出した━━はずだったが、踏み出した足はそのまま地面に吸い込まれて、身体ごと急降下していた。
「ひっ!!」
こわいこわいこわい……
ジェットコースターも大の苦手なのに、
こわすぎる……
どうして落ちてるの
どこまで落ちるの
あぁきっとスマホに夢中でホームから転落したんだ……
きっとその時に死んでしまったんだ
乙女ゲームに夢中で死ぬなんて恥ずかしすぎるっ。
ううん、もしかして本望なのかもしれない
小説の世界だったら、このままゲームの中に転生できるのに……
的外れなことを考えていると、突然手足に固いものが当たる。
間違いなく高い所から落ちていた気がしたのい、私はぺたんと地面に座り込んでいた。
「な……にが起こったの? 生きてる……」
どこかから落ちたはずなのに、身体のどこにも衝撃がない。
無意識に自分の両手を見た。
生きているのか夢を見ているのか分からない。
置かれた状況が飲み込めずに、恐る恐る周囲を見回す。
最初に目に飛び込んできたのは、
綺麗に磨き上げられた大理石の床。そして
透き通る液体が入った豪華な盃。
盃は私を取り囲むように、等間隔に円形に並べられていた。
まるで何かの儀式が行われていたみたい。
もしかして私……生け贄……?
サァと顔から血の気が引いた。
気がついたら見たことのない場所。
駅にいたはずなのに。
もしかして誘拐されたのかもしれない。
言いようのない恐怖と不安に襲われて、
ガタガタガタガタと怖くて足が震えてきた。
「予兆が現れたとは本当か?」
「えぇ、はい、間違いありません。お急ぎを」
「だが、召喚されていたらどうするのだ」
「えぇ、はい、困りましたな…」
人の話し声が聞こえたかと思うと、勢いよく扉が開かれた。
びっくりして扉へと視線を向けると、ぞろぞろと複数人入室してくるところだった。
その中の1人が近づいてきたかと思うと、座り込んでいる私に手を差し伸べて立ち上がらせてくれた。
放心状態の私に構わずに、初老の男性は場違いな程に陽気に語り始める。
「ようこそアーネティア王国へ。異世界からのご友人。
突然のことで驚かれたことでしょう?
ですがどうか、ご心配なさらず。
あなた様に危害を加えるつもりもありません。ご安心くだされ。
私は師長を務めておりますスタンと申します。
先程予兆が現れまして、あなた様が現れました。
おめでとうございます!
あなた様は、聖女様のお世話係りに選ばれたのです。」
『聖女…様?…』
私は無意識に言葉を反復していた。
魔法使いの衣装のようなロープ姿の老紳士は身振り手振りで意気揚々とはなしつづける。
もしかして何かの宗教で、私を洗脳しようとしているのかもしれない。
すぐに信じやすい私は、詐欺などにあわないために決めていることがある。
勧誘、セールスその他諸々、とにかく
関わらない! その場で決めない!
これが鉄則。
曖昧な笑みを浮かべながら、私は目線で部屋の出口を確認した。
初老の男性の後ろには数名の騎士が控えている。
建物といい、服装といい随分と凝っている。
大きな宗教なのかもしれない。
隙を見て逃げるのは難しそうだ。
「我が国は定期的に異世界より聖女様をお迎えしております。
聖女様が我が国で不自由なく過ごせるように、聖女様と同じ異世界より、お世話係を召喚するように定められております。
あなた様には聖女様のお世話係として、聖女様を支えていただきたく存じます。
なに、難しいことではありません。専属の侍女もおります故、お世話係といっても、お話し相手になっていただければと」
初老の方は一息つくと話しを再開する。
「ですが、実は聖女様は魔物討伐の旅に出ておりまして……
いつ戻られるかも不明でして。
あなた様には申し訳ないのですが、しばらくこの城に留まっていただきたいと」
初老の方はしきりに額の汗を拭いていた。
演技ではなく、本当に困惑しているようにみえた。
温厚な人に見えるけれど、言ってる事は意味不明だ。
要するに、ここに私を拘束すると言っているようなものだ。
どうしよう…
ここがどこなのかも分からないし、とりあえず大人しく従う方がいいのかもしれない。
逃げようとしたら拘束されて監禁されるかもしれない。
『あの……今は何も考えられないので、
少しお時間いただけますか?』
「えぇ、はいそれはもちろん!
あなた様もお疲れでしょうし」
「すぐにお部屋へご案内を」
「どうぞこちらへ」
「はい」
数名に取り囲まれるような形で、移動することになった。
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