婚約者候補は辞退させてくださいませっ!

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えっと…どなただったかしら。

確かアーサーさまとご一緒の所を、お見かけしたことがあるわ。

ダメだわ、名前が思い出せない。

いつもなら、エレナがそっと教えてくれるのだけど。困ったわ。

お嬢様は、何も心配する必要ありません、といつも守られていたけど。

名前を覚えていないなんて、失礼になるわ。

やはり、これからはもっといろんな事を覚えていこう。

とにかく、この状況を乗り越えてからがんばろう。

そうだわ、こういう時は、会話の中から読み取りましょう。

意を決して、名前を覚えていないことを悟られないように声をかける

「お久しぶりです。」


「これは、ビル殿ではありませんか。」


ニコライは中央の人物に声をかけていた。

なるほど、あの方はビルさまとおっしゃるのね。

少しの間だけでも、忘れないように気をつけないと。

ビルさま、ビルさま、ビルさま、

大丈夫、覚えたわ。


心の中で必死に復唱するマリーベルを、
背中に隠すようにしてニコライは前へ出る。

「ニコライ殿は、そう言えば神殿に勤めておいででしたね。」

「ビル殿は、どうしてこちらへ?」

「こちらで何やら騒ぎがあったと伺いまして、こうして騎士団の者を連れて参りました。」

「おかしいですね、今から報告に向かおうとしていましたのに。
まるで、最初から知っていたかと思われるような速さですね。
 その報せはどこから?」

ニコライさまは怪訝な顔をして問いかける。

「それはお答え致し兼ねます。」

ビルは澄ました顔で即答する。

「独自のルートがある、と言うことでしょうか? 
この神殿に、王家のスパイがいる可能性を考えなければいけませんね?
そうなると、王城へ抗議することになりますが?」

ビルは不敵な笑みを浮かべて、ニコライを見つめる。その視線を真っ向から見据えて、怯むことなくニコライも応じる。

「スパイ? はは、物凄く飛躍した考えですね、ニコライ殿。我々だって、そんなに暇ではありませんよ。
それとも、何か探られて困るような事がおありなのでしょうか?」

「気になるのなら、ぜひこの機会にでも色々とご覧ください。別に困ることはありません。そちらと違って」

「ほぉ、そうですか、それはありがたい」



腹の探り合いをする二人には、近づき難い雰囲気が漂っていた。

愛想笑いをしているのが分かる。

罵声を浴びせてくるアーサー様の側にいても、いつも微動だにしないこの方━━ビルさまは別の意味で怖い。

特にあの目が、笑っていない所。


感情的なアーサー様と無表情なビルさま。

どちらからも私は、威圧感を感じる。



ダメだわ……この空気感に耐えられない。




ニコライさまには申し訳ないけれど、一人で部屋に戻ってもいいかしら。



私はそっと気づかれないように、その場から遠ざかろうとした。 

ゆっくりと後ろに下がろうとした折り、バランスを崩してよろめいてしまった。

これは転ぶわ!

「⁉︎」


転んだ衝撃に備えて、目を閉じていたけれど、予想していた痛みが襲ってこない。

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