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11─①
しおりを挟む扉が開く音がしたので、マリーベルは振り向いた。
「マリーベル様、お待たせしました。中へどうぞ。緊張されることはありません。神官長へは、挨拶だけで構いませんよ」
「えぇ。お気遣いありがとうございます」
噛まずに挨拶できるかしら。
マリーベルは、極度に緊張していた。
窓に背を向ける形で設置された机に向かい、神官長は書類作業をしていた。
マリーベルの姿を見ると、思わず手を止めて目を見開いていた。
が、それも束の間のことで、すぐに相合を崩して立ち上がった。
「いやぁ、これはこれは、マリーベル嬢! ご機嫌うるわしゅう。マーティン侯爵には、この度多大なるご寄付をいただき、大変感謝しております。どうぞよろしくお伝えください。神殿は気に入りましたかな?」
神官長というのだから、高齢で白髭を生やした小柄な方だと勝手に想像していたマリーベルは、予想が外れたことに戸惑う。
恰幅の良い中高年の男性。
柔和な笑みを浮かべているが、目がギラギラしている。
戸惑った原因は他にもある。
指に金色の指輪を嵌めており、偏見かもしれないけれど、俗世と離れた生活をしているようには見えない。
神殿のモットーは、質素倹約ではなかったかしら。
時代と共に、その在り方も変化していっているのね。
自分達は贅沢をしているのに、神殿の者にだけ倹約を押し付けるなど傲慢な考えだ。
ただ、少しだけ、残念に感じたのは事実。
もっと、現実離れした神聖な場所で、禁欲した生活を行い、自己の精神を鍛えられると期待していたのに。
なんでもすぐに頼って、どうかしてもらおうと考えるのは私の悪い癖ね。
「この度は、滞在の許可をいただきましてありがとうございます。マリーベル・マーティンと申します。どうぞ宜しくお願い致します。」
私はゆっくりと淑女の礼をとり挨拶をした。
「━━━女神像に似ている」
「……? ごめんなさい、何かおっしゃいましたかしら?」
「いやいや、なんでもありません。お気になさらず。マリーベル嬢は滞在されるのは初めてでしたな。こちらでは、身の回りの事を自分で行うことが通例です。例外はありません。よろしいですかな」
「はい。心得ております。」
「まぁ、そんなに心配されることはありません。何かあればいつでもお声がけを。ニコライ、あとは頼んだぞ。」
「承知致しました。ではマリーベルさま参りましょう」
「神官長さま、失礼いたします。」
ニコライと共に退室したマリーベルは、緊張の糸が切れほっとする。
「なんだか、とても緊張しましたわ」
「はは。そんなに緊張されることはありませんよ。それでは、お部屋にご案内します。こちらです
マリーベルさま、こちらで生活するにあたって心配なことはありませんか?」
ニコライとマリーベルは、共に廊下を歩き出す。
「心配なことだらけですわ。お恥ずかしながら一人では何もできなくて…」
「女性の神官もおりますので、後ほど部屋に向かわせましょう。」
「ご配慮ありがとうございます。その方に相談させていただきますわ」
階段を降りて、先程とは違う別棟へと歩を進める。
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