世界と世界の狭間で

さうす

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第15話(最終話)

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 十数分後。ベルが買ってきたあんぱんを貪りながら、ルシフは先程の黒い車の映像をじっくりと見返していた。

「もう少し、ミコトを拡大してみるか……」

 ルシフが黒い車の方ではなく、ミコトの方を魔法で拡大してみた。
 すると。

「彼女……何か手に持ってませんか?」

と、ルシフの隣で覗き込んでいたベルが言う。

「そうだな……。これは、画用紙か……?」

 さらにルシフがそれを拡大すると、そこには、「乗せて行ってください」と書かれているのが見えた。

「これは……」

「ミコトは、自らこの車に乗せてもらったってこと……?」

「つまり、自作自演の誘拐事件……狂言誘拐ってことですかね……?」

 ベルがそう言うのを、ルシフが「いや」と否定した。

「というより、この文言は……ヒッチハイクじゃないか?」

「これが、ヒッチハイクだとすると、彼女はやはり家出しただけってことですか?」

「その可能性は大いにあるな」

「ユートピア魔法軍のバッジ以外に、手がかりになりそうなものはもう落ちていないんですかね?」

「ないだろ。あと、この辺にあるのは、そこの公園のゴミ箱に空き缶が捨ててあるくらいだ」

「一応、そっちも記憶を読み取ってみたらどうですか?」

「どうせ何も分からんと思うがな……。確かに、やらないよりはやった方がいいか……」

 ルシフは空き缶に杖をかざした。
 すると、そこに映し出されたのは、ビジネスホテルの映像だった。
 そのホテルのベッドに腰掛け、晩酌をする一人の男。
 それを見た瞬間、ルシフとベルは「あっ」と声を上げた。

「お知り合いなんですか?どなたですか?」

 私が問いただすと、ベルが「ええ」と頷いた。

「彼は、レヴィ・アルストロメリア。……ユートピア王国、第四王子です」

 お、王子……?
 異世界の王子が、なんでこんなところに……?

「レヴィが何か事情を知っているかもしれん。とりあえずこのホテルに行ってみるか……まだ滞在してるかもしれないしな」

「待って、ルシフ。彼が万が一、誘拐事件の犯人なら、話を聞くにしても慎重にやらないと」

「……そうだな。どうする?」

「まずは顔を隠した方がいいんじゃないですか?」

 ベルはそう言って鞄をごそごそ探ると、中からマスクとサングラスを出して、ルシフに装備させた。ルシフが戸惑いがちに言う。

「ちょっとこれ、不審じゃないか……?」

 正直なところ、ちょっとどころじゃなく、めちゃくちゃ不審だ。
 黒ずくめの魔法使い衣装にマスクにサングラスのロン毛男とか、怪しさの極みでしかない。

「素性さえバレなきゃいいんですよ」

「いやいやいや。お前、これは無理あるよ。これでホテルに入っていったら通報されるぞ」

「それは困りますね」

「もっとマシな変装ないのか?」

「そんなの魔法でなんとかしてくださいよ。あんた魔法使いなんだから……」


「その必要はないよ」


 ルシフとベルの会話を遮るように、背後から声がした。
 振り返ると、そこには右目が金色の……映像に映っていた男が立っていた。

「俺のことを話してたんでしょ?」

 そう面と向かって問われ、もう隠し通せないと思ったらしく、ルシフは少し間をおいて「ああ」と頷いた。

「ユートピアの王族の養子の誘拐事件に、お前が絡んでいるんじゃないかって話だ」

 直球すぎる言葉にも関わらず、男は全く動揺することなく

「なんだ、その話か」

と、つまらなそうに言った。

「……お前が、やったのか?」

 ルシフの問いかけに、男は悪びれもせずに答えた。

「そうだよ」

 えー……超あっさりと犯行を認めたよこの人……。

「動機は?なんでそんな事件を起こしたんだ?」

「誤解しないでほしいな。俺は別にロリコンじゃない。彼女を自分から誘拐なんてしないよ。俺の叔父さんの手先に追われた彼女がヒッチハイクの振りをして、境界調査に来た俺の車に乗り込んできたんだ。
 ……彼女は著名な魔術師の末裔で、俺の叔父さんの養子になった。それで、叔父さんが彼女をユートピアの城に迎えたがっているんだ。でも、彼女はまだ学生だ。今の学校を卒業したいらしい。
 その事情を俺は後から聞いた。今はシェム兄が叔父さんを説得してくれてるところ。その間、叔父さんの手先に彼女が攫われないようにホテルで俺が彼女を匿ってる。それだけの話だよ」

 私にはよく分からない部分もあるけれど、どうやら、この王子は悪い人ではないようだ。

「なるほど、事情は分かりました。それなら、僕たちのお客様……イザナさんを、ミコトさんと会わせてあげられませんか?」

とベルが尋ねる。すると、王子は

「電話ならできるよ」

とポケットから携帯電話を取り出した。
 そして、慣れた様子で電話をかける。
 異世界の王子がどうして携帯電話を使い慣れているのか意味不明だけど、私はあえて突っ込まなかった。

 王子が私に電話を手渡した。

「もしもし、ミコト!?」

 私が聞くと、電話から

「……イザナ?」

と聞き慣れた声がした。

「ミコト、無事なの?」

「うん、ごめんね、心配かけちゃって。私は大丈夫。家の問題が片づいたら、また学校にも行くから」

「よかった……」

 私はホッと胸を撫で下ろした。

「それにしても、久しぶりだね、何年ぶり?」

 レヴィ王子がルシフに問う。

「さあな」

とルシフは素っ気ない返事。

「久々にお手合わせお願いしてもいいかな?」

「は?」

「初めて会ったときも、こうして戦ったでしょ?」

 ニヤッと笑ったレヴィの手元に、大きな魔法陣が出現した。レヴィが魔法陣の中に手を突っ込むと、そこに一本の槍が現れた。
 そして、唐突に槍をルシフに向かって振り下ろした。
 ルシフが杖でそれを受け止める。

「おいおい、相変わらず頭のおかしい野郎だな」

「まあね。……俺、君たちと会わなかった間に、兄貴たちと鍛錬を重ねてきたんだ。本気でかかってきてよ」

 ルシフは身を屈め、レヴィの腹に蹴りを入れた。レヴィがうずくまった隙に、ルシフはレヴィから距離を置く。

 ルシフは自信満々の笑みを浮かべた。

「そんなに見せてほしけりゃ見せてやるよ……俺たちの本気を」

 そして、彼は杖を掲げ、詠唱した。

「闇の王よ、我が血と魂を汝に捧げ、共に闘い、共に滅びゆくことを誓わん。契約に従い、その力を解き放て……ーー」

 そこに、ベルが露骨に嫌そうな顔をしながら進み出て、唱えた。

「我が主の仰せのままに」

 ベルは突然ルシフの首筋に背後から噛みついた。
 すると、ベルの身体がビクンッと震え、同時に、その背中に大きな翼が生えた。
 呪われたみたいに全身が紋章で埋め尽くされ、ベルの姿はあっという間に人間ではなくなった。
 瑠璃色だった瞳はルシフの瞳と同じ真っ赤な色に染まる。
 それは、怪物そのもの……だけど、息を呑むほどに美しい。
 堕天使、という表現がよく似合う。

 ベルがレヴィに向かって走り出した。
 私は突然始まった闘いを呆然としながら眺めていた。
 レヴィが槍を構え、ベルを迎え撃つ。
 ベルはふわっと舞い上がり、素早くレヴィの背後に回ると短剣で斬りかかった。
 レヴィがギリギリのところで短剣を槍で受け止める。
 ベルはさっと体勢を崩し、レヴィの足を引っ掛けて倒した。
 その間に、ルシフの杖がバチバチと音を立てて青い電撃を纏った。

「俺たちは、先生の魔力を使えなくなった分、使える魔力量は減った。だが、だからと言って、そう簡単に負ける気はない」

 ベルが手から黒い鎖を放って、レヴィの手足を縛りつけた。
 ルシフが杖を振るうと蒼い電撃が鎖を伝い、レヴィの手足に伝わった。

「……っ!!」

 レヴィはすぐに、自分を縛る鎖を槍で突き刺した。
 槍の先端が黒い光を纏い、爆発を起こした。
 彼の手まで爆発したんじゃないかと思って思わず目を瞑った。だけど、目を開けてみると、彼の手は無傷で、鎖だけが爆破されていた。

 レヴィはルシフに向けて槍から炎を放つ。
 ベルがルシフを抱えて飛び退く。

 レヴィはすぐに槍を勢いよく上に振り上げた。槍の先端に黒い光が集まって大きくなっていく。
 レヴィが黒い光を槍から放つのと同時に、ルシフもベルに抱えられたまま杖を振り下ろした。
 レヴィが発射した黒い光の玉とルシフの発射した蒼い光の玉は激しくぶつかり合った。

 ルシフの蒼い光の玉がわずかに勢いを増した。
 黒い光の玉が一瞬で壊され、レヴィの身体は蒼い光に吹き飛ばされた。
 ベルがルシフの身体を前に放り投げた。
 ルシフはレヴィの元へとふわりと降り立つと、レヴィの首に杖を突きつけた。

 レヴィはふっと笑った。

「すごいね。君たち、前より強くなった?」

「そうか?」

 ルシフはレヴィを見下ろしたまま首を傾げた。

「契約相手との繋がりが深ければ深いほど、魔法使いと魔族はより大きな力を発揮できる。やっぱり君たちは強くなったんだよ」

 ルシフはベルの方を振り返った。
 ベルは不満げに口を尖らせた。

「何ですか、ルシフ。見ないでください」

 何となく、私にはそれが照れ隠しのように見えた。

「……君たちとまた闘えて良かった」

 レヴィは満足そうに笑って言った。
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