世界と世界の狭間で

さうす

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第15話(最終話)

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 世界には、主に2つ。
 『現実世界』と『異世界』が存在する。

 そして、ここは『境界』。現実世界と異世界のちょうど狭間の、『境目の世界』……。

 しかし、この街が境界の一部であると気がついている人間はそんなに多くない。

 居酒屋だの、カラオケ店だの、パチンコ屋だの、主張の激しい派手なカラーリングの看板を掲げた賑やかな雰囲気の店舗が軒を連ねた商店街。
 吐き捨てられたガムと、火のついた煙草の吸殻。舗装が雑で、つまずきやすいアスファルト。電柱の横に積まれたごみ袋からは若干腐った臭いがする。鳩は餌を求めて歩道を歩き回り、烏は民家の塀に我が物顔で居座っている。

 異世界的な要素が少ないこの街のことを、現実世界だと思い込んだまま人生を終える人の方が多数派だ。
 だけど、私は知っている。この街は紛れもなく魔法の力が存在する境界なのだ。
 なぜそんな断言ができるのか?

 この街には魔法使いがいるのだ。

 そして、その魔法使いは……この古びた雑居ビルの2階に店を構えている。

 錆びついた階段を上っていくと、アンティーク調の木の扉がある。
 お店らしい看板も、インターホンも見当たらない。
 私は、軽く扉をノックした。
 しばしの沈黙。
 ドキドキしながら待っていると、扉がカチャリと開いた。
 出迎えてくれたのは、一人の青年だった。

「いらっしゃいませ」

 青年が微笑んだ。
 いかにも魔法使いが着ていそうな黒ずくめのローブを纏った青年は、落ち着いた柔らかな雰囲気だ。
 私は思わず彼に見惚れてしまう。
 素朴で幼い顔立ちの青年なのに、表情や仕草には妙な色気を感じる。

 青年は慣れた様子で私を店内へ招き入れた。
 店内はザ・ファンタジーという感じ。本棚には大量の魔法書。ガラス棚には怪しげな薬瓶が並べられている。壁には何本もの魔法の杖がぶら下がっていて、一本一本値札がつけられていた。

 ここが、『魔法屋』。

 まさに、魔法使いの隠れ家だ。

「どうぞごゆっくりご覧になってください」

 優しくそう言う青年を私は呼び止めた。

「すみません……今日は、買い物じゃなくて、ちょっと依頼がありまして……」

 私の言葉に、青年は少し目を丸くしていたけれど、すぐににこっと笑顔を見せた。

「ご依頼ですか……最近はあまりにも依頼が少なかったので、少し驚いてしまいました……」

「あの……店主さんに会うことはできますか?」

「ええ、できますよ」

 青年は「店主を呼んできますね」と言うと、店の奥の部屋に入って行った。

「ルシフ、お客様ですよー!」

 青年の叫び声が聞こえる。

「ルシフ!何してるんですか!お客様が待ってるんですけど!」

「なんだよベル!今いいところなんだよ!」

「深夜ドラマの録画なんかあとで見ればいいでしょ!テレビ消しますよ!」

「ああっ!消すんじゃねーよバカ!!」

「バカはあんただろ!!お客様お待たせしてるって言ってんでしょーが!!」

 ギャーギャー言い合う声がこっちまで聞こえてくる。

「くそ、あとちょっとで巨乳美女のお風呂シーンだったのに!!」

「黙れこのエロ店主!!」

 青年が店主を無理矢理ずるずると引きずって戻ってきた。

「大変お待たせしました。すみません、お見苦しいところをお見せして……」

 さっきまで怒鳴っていたとは思えない穏やかな声で謝られたけれど、青年のその豹変っぷりには何度見てもついていけない。

「で、俺に何の用だよ?」

 いきなり無遠慮に言い放った店主の声に、私はビクッとして、彼の顔を見上げた。
 色白の肌に、艶のある長い黒髪。ルビーのように紅い瞳。
 透き通る美しさと深い闇を纏った妖しさが、そこに共存している。

「実は……店主さんに解決してもらいたい事件があるんです」

「事件だと?わざわざ俺みたいな社会不適合者に依頼するなんて、相当な案件なんだろうな」

 この人自分が社会不適合者だって自覚してたんだ……。

「どんな難事件でも魔法で解決してやるよ」

 さすが、自信満々な言い振りだ。
 私は思い切って話を始めた。


「友人が行方不明なんです」


「なるほど、誘拐事件だな」

と店主が言う。

「いや、まだそうと決まったわけじゃありませんけど……」

「とりあえず、事件について詳しく聞かせてくれ」

「はい……。一週間ほど前から同じクラスの友人と連絡が取れなくなって……。
 彼女は真面目で、遊び歩くような子じゃないですし、連絡もマメにするタイプなので、おかしいと思って……」

「それは怪しいな……本格的に誘拐事件の可能性が高いぞ」

と店主が言うと、青年が

「だからと言って、家出の線も消えたわけじゃありませんよ」

と反論する。

「その友人に何かトラブルがあったとか、そういう話はないんですか?」

「分かりません……彼女が愚痴を言うところは見たことがないので……」

「そうですか……」

「やっぱりこの事件、俺たちが調査してやった方が良さそうだな」

「調査してくれるんですか?」

と私が尋ねると青年が

「ええ、僕たちに任せてください」

と頷いた。

「まず、お客様のお名前を確認してもいいですか?」

「はい……雪柳ゆきやなぎイザナです」

と私が答えると、続いて、

「報酬はいくらだ?」

と店主が質問してくる。

「今、俺たちは金に困ってんだ。魔法グッズは売れないし、依頼は来ねーし」

「そうなんですか……大変ですね……」

「ああ、自営業ってのは大変だよ。とにかく、それなりの成功報酬は期待していいんだよな?」

「お金なら、あります」

 私は鞄からお金を入れた茶封筒を取り出した。

「……うーん……」

 店主は封筒を見ながらちょっと物足りなそうな顔をしている。

「お金、これでも足りないですか…?これ以上はさすがに出せませんよ……。じゃあショートケーキ奢りますから、引き受けてくれませんか?」

「それだけか……?」
「ガトーショコラも奢ります」
「もう一声」
「ザッハトルテも奢ります」
「もう一声」
「モンブラン」
「うっ……」
「ベイクドチーズケーキ」
「……っ」
「フルーツタルトも」
「よし、乗った!」

 まじか。まさかスイーツに釣られるとは……。

「約束だぞ!仕事が終わったらすぐケーキ屋に連れてけよ!」

「はい……」

 この店主、意外と幼いところがあるみたいだ。

「よし、そうと決まれば早速調査に行く」

「えっ、今から行くんですか?」

「ああ。どうせここで考えてたって何も分からんしな。その友人の家に行って、そこから魔法で行方を割り出した方が早い」

 なるほど……確かにそうなのかもしれない。

「ベル。支度しろ」

 店主の命令に青年は「はい」と返事をすると、てきぱきと店じまいを始め、壁に立てかけてあった魔法の杖を店主に手渡した。

「行くぞ、イザナ。その友人の家まで案内しろ」
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