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第10話
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僕らは歩いて屋敷を離れ、ルシフと僕が初めて出会った路地にやって来た。
ルシフは地べたにぺたんと座った。
僕も隣に座る。
「色々と……、お前に話さなきゃいけないことがある」
「あれっ、ルシフ、呂律が回ってますね」
「お前もな」
「ほんとだ」
ここまで歩いてくる間に、身体のサイズが元に戻っていたらしい。
「茶でも飲むか?」
ルシフがどこからか紅茶の入ったマグカップを出して僕に渡してきた。
せっかくなので僕はカップを有り難く受け取った。
「昔……。先生やお前と出逢う前の話だが……」
ルシフは緊張気味の顔で話し始めた。
「俺は騎士団に強い騎士になることを求められていた。滅んだエデンを再興する為にな……。
でも、俺は父さんと違って、剣術は苦手だったし、魔力もそんなに強くなかった。要するに出来が悪かったんだ。毎日どんなにしばかれても剣術は上達しなかった。それで、騎士団の奴らは俺を魔女の元に預けた。剣術が駄目なら魔法で戦えるようにしようって魂胆だ」
「その魔女っていうのが……あのロリババアだったんですね」
「その通りだ。俺はあのクソババアの元で魔法の訓練をさせられた。と言っても、魔法の訓練なんてのは表向きだけで、実際はあの女の都合のいいように洗脳されてただけだったけどな……。
あいつは、騎士団の皆に怒鳴られてばっかりだった俺に、『お前は何も悪くない』って言ってくれた。それだけで、幼かった俺はあの女を『いい人』だって勘違いしちまった。魔法の実験台にされて痛い目に遭っても、俺は馬鹿みたいにあの女を信じてた。あいつは周りの大人と違って怒鳴り散らすことはなかったし、温かい飯を食わせてくれたからな。愛されてると思った。
……でも違った。俺は完全に付け込まれてたんだ。あの女の目的は最初から、俺に新しい呪いを試すことだった……。
魂を売ったんじゃない。奪われたんだよ。
まんまと騙されて眷属の契約を結ばされた。それ以降、あいつが俺に優しくしてくれることはなくなった。用が済んだから見捨てられたんだ」
ルシフは自嘲するように笑った。
それが何となく痛々しくて、僕はつい目を逸らして、そのことを誤魔化すみたいに紅茶を啜った。
「その……。ルシフがかけられた呪いって何なのか、聞いてもいいですか……?」
僕が尋ねると、ルシフはしばらく黙り込んだ。
「……幻滅するだろうな」
とルシフが呟いた。
「自意識過剰ですよ。幻滅って、好きな人に期待を裏切られた時にするものでしょ?僕はもともとルシフのことが嫌いなので、幻滅するほど期待はしてません」
僕がそう言ったことで、ルシフはようやく踏ん切りがついたらしい。
「俺自身も詳しいことはよくわかってないんだが……。
その場に漂う殺意が俺の魔力になる……恐らく俺にはそういう呪いがかかってる。周りの奴が俺を殺そうとすればするほど、もしくは俺が周りを憎めば憎むほど、俺の魔力が強くなるんだ。
その呪いが発動すると、俺の理性は吹っ飛ぶ。気に入らない奴を皆殺しにするまで収まらない。自分で制御は出来ないし、発動条件もはっきりしない」
「厄介な呪いですね」
「だけど、その呪いのお陰で俺は生き延びることができた。
攻め込んできたエデンの民衆や騎士団の奴らは、気づいた時にはみんな死んでた。手が血塗れだったし、妙に気分が良かった……俺が殺ったんだろうな。俺を脅迫してきた魔族も、俺を暴行してきた魔法学校の生徒も、誘拐しようとしてきた臓器目当ての奴隷商人や身体目当ての変態も、とにかく俺を襲ってくる奴はみんな始末した」
「それって……つまり、ルシフは自分を守ろうとしただけで、正当防衛じゃないですか……」
「違う。俺はただの殺人鬼だよ。お前も見ただろ。俺は死体の山を見て『ざまあみろ』って嘲笑うような男なんだ。
俺は自分の身を守る為に仕方なく人殺しになったんじゃない。自分を愛してくれなかったことへの復讐の為に人殺しになったんだ」
「でも……。ルシフはそれだけたくさん理不尽に傷つけられてきたんでしょう?そんなの、復讐したくなるのも当然ですよ」
「気を遣わなくていい。いつもみたいにもっと俺を責めてくれ。……俺は罪を犯すことに慣れすぎた。自分の師匠を殺しても涙すら出ないくらいに」
僕はそんな風に言うルシフに何て声をかけたらいいのか、その答えが出せなかった。
「ごめん……急にこんな話されても困るよな……」
ルシフが気まずそうに謝る。
「いえ、聞きたいって言ったのは僕ですから……。他にも何か打ち明けたいことがあったらこの機会に言ってください」
僕がそう言うと、ルシフは戸惑うような様子を見せた。
「まだ話してないことがあるんですか?」
と聞いてみると、ルシフは小さな声で
「……ある」
と答えた。
「魔女の眷属の話なんだが……」
ルシフが途中まで言いかけてから躊躇し始めたので、
「正直に言ってください、ちゃんと最後まで聞きますから」
と続きを促した。
「わかった……」
ルシフはそっと深呼吸してから話を再開した。
「さっき眷属の契約の話をしたから、お前は俺があのロリババアの眷属だと思ってるだろうが、実はそうじゃないんだ」
「えっ、じゃあ何なんですか?」
「これを見てくれ」
ルシフはそう言って、いきなり自分の胸に手を当てた。
すると、手が身体の中にずぶずぶと沈んでいき、取り出されたのは脈を打つルシフの心臓だった。
その心臓には細く筒状に丸められた紙が突き刺さっていた。心臓は南京錠と鎖で雁字搦めに縛られていて、鎖のうちの一本が紙の端っこと繋がれていた。
ルシフは紙を優しく引き抜いて広げた。
「これは眷属の誓約書だ」
僕がその紙を手に取るとルシフは
「気をつけろよ。その紙を破くと俺の心臓が破裂するからな」
と急に物騒なことを言ってくる。
「ここに書いてある名前、書き換えられてるだろ」
たしかに、誓約書にサインされた名前が修正された痕跡がある。
そして、その上書きされた名は……。
「先生の、名前……」
「ああ。つまり、今の俺は先生の眷属なんだ」
ルシフは誓約書を再び心臓に戻し、その心臓も身体に戻した。
「でも、先生って男だし……魔女じゃないですよね?そもそも、契約者の書き換えなんてそう簡単に出来るものなんですか?」
「普通は出来ないだろうけど、先生は大魔導師だからな。一度かけられた呪いは消せないが、せめてあの魔女に服従しなくていいように、って先生は言ってたよ」
「さすが僕らの先生ですね」
「まあな……」
「なんですか、その反応……。何か不満でも?」
「いや、不満というか、気にかかることがあるんだよな。
……まだ幼かった俺は、先生が契約者の書き換えを勧めてきたとき、全力で拒んだ。契約した途端に捨てられた経験があったからな。当時はまだ先生との信頼関係も十分じゃなかったし、俺はてっきり『先生は俺が悪い子だから何かひどいことをするつもりなんだ』って思った。俺は暴れて抵抗した。『ベルみたいに良い子にするから許してくれ』って命乞いまでした。でも、先生は無理やり俺の誓約書を書き換えた。なんであそこまで強引だったのか……。
それに、あのとき先生は俺にこんなことを言ってた。
『我が眷属に命ず。もし、俺に何かあった時は、迷わず俺を殺すこと。例え世界が敵になっても、ベルと2人で生き延びること。お前の罪はそこでお終いだ』
……ってな」
ということは、先生は自分がルシフに殺されることを解っていた……ってこと……?
ルシフが先生を殺したのは、もともと先生の命令だったの……?
頭が混乱してくる。
「じゃあ……先生には、やっぱりある程度先の未来が見えてたんですかね……?先生が僕に昔話や自分の死後の話をしてきたのも、死ぬ直前のことでしたし……」
「俺はそうは思わない」
ルシフの意外な返しに僕は
「どうしてですか?」
と尋ねた。
「あくまで俺の推測だが……先生は未来が見えてたんじゃない。最初から俺たちの未来を仕組んでたんだ」
衝撃的な推論だ。
僕は息が詰まりそうになった。
「あの女に昔、『自分の息子に似ている』って言われたことがある。その息子がどこにいるのか聞いてみたら、平然と『捨てた』って言いやがった。一方で先生はイブ曰く貴族の家で養子として育ったんだろ」
「まさか……先生とあの魔女が実の親子だって言いたいんですか……?」
「そう考えると一番辻褄があう。
ともかく先生はユートピアを裏で操るあの女をどうにかしたいと思ってたはずだ。でも、相手は数百年生きる魔女。それを殺すにはもっと力が必要だ。その為に、勇者の息子に魔力を受け継がせて魔王の息子と共有させることで、より強い力を得ようとしたんだろう」
「そこまで先生が考えてるとしたら、ルシフに殺されたのにも何か理由があるんですかね……?」
嫌な予感がするけれど、聞かずにいられなかった。
「俺たちに憎しみを植え付ける為……じゃないか?実際、ベルは先生が死んで、俺や魔法軍を憎んでただろ。俺の呪いは周りの殺意を魔力に変える。先生が俺の呪いを解く方法を模索するより先に、契約者の書き換えをしたのは、この呪いを使ってあの女を殺せってことなんじゃないか?」
淡々と語るルシフとは対照的に、僕は動揺を隠せなかった。
「そんな……。先生が、自分の命を捨ててまで、弟子の僕らを利用してまで、母親を殺そうとしてるって言うんですか……?」
「あまり信じたくはないが、そういうことになるよな」
「僕の中の先生は、そんなことをするような人じゃない……!」
口ではそう言っても、ルシフの話の信憑性の高さをどこかで理解はしていた。
「そう言うと思って、今まで黙ってたんだ。お前が先生を誰よりも愛してることは知ってるからな」
ルシフの言葉に胸を刺されたような気がした。
僕は今まで盲目的に先生を慕ってきた。
先生は常に僕の理想で、完璧で、憧れの人だった。
でも、現実はそうとも限らないんだ。先生だって、価値観が僕らとは違っていたり、欠点があったりしてもおかしくない。
ルシフは先生の綺麗じゃない部分に気づいてて、それでも僕の為に秘密にしてくれてたんだ。
僕が愛した先生を壊さないために。
僕に嫌われることになっても、憎まれることになっても。
「……ちゃんとルシフの話を聞いて良かったです。ルシフの本音も、ルシフが僕のことを考えてくれてたことにも、僕は全然気づけてなかった」
「そうだな。お前、鈍感だからな」
いつもの偉そうな調子で言われた。
図星すぎて僕は何も言い返せないまま、むすっとして紅茶を飲んだ。
「ベル。この際だから、お前に言いたいこと、全部言っておこうと思う」
「まだ何かあるんですか?隠しごとが多いですね……まあ、聞きますけど。なんですか?」
「お前が好きだ」
僕は飲んでいた紅茶を盛大に吹き出して噎せ返った。
「何してんだ、汚ねーな……」
「あんたのせいですよ!!好きって何!?いつから!?」
「初めて会った日からだけど」
「は!?……じゃあ、初詣で毎年『巨乳のお姉さんに膝枕してもらえますように』って願ってたのは何だったんですか……!?」
「それは性的な意味での『好き』だろ。お前への『好き』は人としての『好き』。別物じゃねーか」
「……。」
「……。」
「あ……なんだ、びっくりした……。すごい真顔で言うから、ボーイズラブかと思って焦ったじゃないですか……。いや、だからって、人としての『好き』っていうのもよくわかんないんですけど。僕、いつもルシフに結構ひどいこと言ったりしてるじゃないですか……なのに、僕のことが好きなんですか?」
「むしろお前のそういうところが好きなんだ」
「ドMなんですか……?」
「そういうことじゃない。
……身分とか生い立ちとか関係なく、俺のことを真っ直ぐに見てくれたのは、お前が初めてだった。上から力を振りかざすんじゃなくて、いつだって俺と対等に喧嘩してくれる。そういう奴に、生まれて初めて出会った。
……俺はそれが嬉しかった」
「僕はそんな、嬉しがられるほど大層なことしてませんよ……。ルシフは育った環境が悪すぎて、感覚が麻痺してるんです」
「他にもある。……俺に名前をつけてくれた」
「いや、でも……『ルシフ』って、嫌がらせのつもりでつけた名前ですよ?」
「それでもいいんだ。俺自身はまあまあ気に入ってるからな」
ルシフはおもむろに僕の首枷に触れ、指で魔法陣を描き出した。
「それから、お前は一生俺のそばにいるって誓ってくれた」
カチャンと音がして、鍵が外れる。
同じように手足の枷もルシフが丁寧に外してくれた。これ、普通に魔法で外せるやつだったのかよ……。
ルシフはさらに近くに落ちていた木の枝で自分の足下に魔法陣を描き、その中に立った。
ふわっと風が起こり、魔法陣が淡い光を放つと、真っ赤に染まっていたルシフの服から血の跡が消え去っていった。
「俺はお前と出会うまで、ずっと孤独だった。誰かを愛したことなんて一度もなかった。お前と出会ったおかげで、俺は初めて人を好きになれたんだ。……感謝してる」
「何言ってんですか……急に柄にもないこと言わないでくださいよ……。あんたが僕のことを好きでも、僕はあんたのことが嫌いです」
「そっちの方がいい。俺は罪人だからな。お前を愛して、お前に愛されないことが、俺にとっての幸せなんだ」
なんだよ、それ……。
なんでそんなに平然としてるんだよ。
ルシフはたくさん傷ついてきて、僕よりもずっと苦しかったはずだ。
僕の目の前で、もっと泣いたり怒ったりすればいいのに。
愛されなくて、良いわけないだろ。
「やっぱり、僕はルシフが大っ嫌いです。
だけど……僕は多分、ルシフを大切な存在だと思ってます。
だから、ルシフの望み通りにはさせません。
ルシフが愛されたくないって言うなら、僕が一生愛してやります。
毎日僕と喧嘩して、僕と一緒にご飯食べて、幸せすぎることへの罪悪感に悩まされながら生きてください。その方がよっぽど贖罪っぽいでしょ?」
僕がそう言うと、ルシフはぽかんと口を半開きにしたまま
「……プロポーズかよ」
と呟いた。
「違いますよ。僕、ルシフのこと嫌いだし」
冷たく突き放したのに、ルシフはふっと笑った。純粋で優しい笑顔だった。
「ありがとな、ベル」
ルシフが僕の前に手を差し伸べた。
僕はルシフの手を借りて立ち上がった。
「行くぞ。ずっと夢の中にいる訳にもいかないからな」
ルシフは地べたにぺたんと座った。
僕も隣に座る。
「色々と……、お前に話さなきゃいけないことがある」
「あれっ、ルシフ、呂律が回ってますね」
「お前もな」
「ほんとだ」
ここまで歩いてくる間に、身体のサイズが元に戻っていたらしい。
「茶でも飲むか?」
ルシフがどこからか紅茶の入ったマグカップを出して僕に渡してきた。
せっかくなので僕はカップを有り難く受け取った。
「昔……。先生やお前と出逢う前の話だが……」
ルシフは緊張気味の顔で話し始めた。
「俺は騎士団に強い騎士になることを求められていた。滅んだエデンを再興する為にな……。
でも、俺は父さんと違って、剣術は苦手だったし、魔力もそんなに強くなかった。要するに出来が悪かったんだ。毎日どんなにしばかれても剣術は上達しなかった。それで、騎士団の奴らは俺を魔女の元に預けた。剣術が駄目なら魔法で戦えるようにしようって魂胆だ」
「その魔女っていうのが……あのロリババアだったんですね」
「その通りだ。俺はあのクソババアの元で魔法の訓練をさせられた。と言っても、魔法の訓練なんてのは表向きだけで、実際はあの女の都合のいいように洗脳されてただけだったけどな……。
あいつは、騎士団の皆に怒鳴られてばっかりだった俺に、『お前は何も悪くない』って言ってくれた。それだけで、幼かった俺はあの女を『いい人』だって勘違いしちまった。魔法の実験台にされて痛い目に遭っても、俺は馬鹿みたいにあの女を信じてた。あいつは周りの大人と違って怒鳴り散らすことはなかったし、温かい飯を食わせてくれたからな。愛されてると思った。
……でも違った。俺は完全に付け込まれてたんだ。あの女の目的は最初から、俺に新しい呪いを試すことだった……。
魂を売ったんじゃない。奪われたんだよ。
まんまと騙されて眷属の契約を結ばされた。それ以降、あいつが俺に優しくしてくれることはなくなった。用が済んだから見捨てられたんだ」
ルシフは自嘲するように笑った。
それが何となく痛々しくて、僕はつい目を逸らして、そのことを誤魔化すみたいに紅茶を啜った。
「その……。ルシフがかけられた呪いって何なのか、聞いてもいいですか……?」
僕が尋ねると、ルシフはしばらく黙り込んだ。
「……幻滅するだろうな」
とルシフが呟いた。
「自意識過剰ですよ。幻滅って、好きな人に期待を裏切られた時にするものでしょ?僕はもともとルシフのことが嫌いなので、幻滅するほど期待はしてません」
僕がそう言ったことで、ルシフはようやく踏ん切りがついたらしい。
「俺自身も詳しいことはよくわかってないんだが……。
その場に漂う殺意が俺の魔力になる……恐らく俺にはそういう呪いがかかってる。周りの奴が俺を殺そうとすればするほど、もしくは俺が周りを憎めば憎むほど、俺の魔力が強くなるんだ。
その呪いが発動すると、俺の理性は吹っ飛ぶ。気に入らない奴を皆殺しにするまで収まらない。自分で制御は出来ないし、発動条件もはっきりしない」
「厄介な呪いですね」
「だけど、その呪いのお陰で俺は生き延びることができた。
攻め込んできたエデンの民衆や騎士団の奴らは、気づいた時にはみんな死んでた。手が血塗れだったし、妙に気分が良かった……俺が殺ったんだろうな。俺を脅迫してきた魔族も、俺を暴行してきた魔法学校の生徒も、誘拐しようとしてきた臓器目当ての奴隷商人や身体目当ての変態も、とにかく俺を襲ってくる奴はみんな始末した」
「それって……つまり、ルシフは自分を守ろうとしただけで、正当防衛じゃないですか……」
「違う。俺はただの殺人鬼だよ。お前も見ただろ。俺は死体の山を見て『ざまあみろ』って嘲笑うような男なんだ。
俺は自分の身を守る為に仕方なく人殺しになったんじゃない。自分を愛してくれなかったことへの復讐の為に人殺しになったんだ」
「でも……。ルシフはそれだけたくさん理不尽に傷つけられてきたんでしょう?そんなの、復讐したくなるのも当然ですよ」
「気を遣わなくていい。いつもみたいにもっと俺を責めてくれ。……俺は罪を犯すことに慣れすぎた。自分の師匠を殺しても涙すら出ないくらいに」
僕はそんな風に言うルシフに何て声をかけたらいいのか、その答えが出せなかった。
「ごめん……急にこんな話されても困るよな……」
ルシフが気まずそうに謝る。
「いえ、聞きたいって言ったのは僕ですから……。他にも何か打ち明けたいことがあったらこの機会に言ってください」
僕がそう言うと、ルシフは戸惑うような様子を見せた。
「まだ話してないことがあるんですか?」
と聞いてみると、ルシフは小さな声で
「……ある」
と答えた。
「魔女の眷属の話なんだが……」
ルシフが途中まで言いかけてから躊躇し始めたので、
「正直に言ってください、ちゃんと最後まで聞きますから」
と続きを促した。
「わかった……」
ルシフはそっと深呼吸してから話を再開した。
「さっき眷属の契約の話をしたから、お前は俺があのロリババアの眷属だと思ってるだろうが、実はそうじゃないんだ」
「えっ、じゃあ何なんですか?」
「これを見てくれ」
ルシフはそう言って、いきなり自分の胸に手を当てた。
すると、手が身体の中にずぶずぶと沈んでいき、取り出されたのは脈を打つルシフの心臓だった。
その心臓には細く筒状に丸められた紙が突き刺さっていた。心臓は南京錠と鎖で雁字搦めに縛られていて、鎖のうちの一本が紙の端っこと繋がれていた。
ルシフは紙を優しく引き抜いて広げた。
「これは眷属の誓約書だ」
僕がその紙を手に取るとルシフは
「気をつけろよ。その紙を破くと俺の心臓が破裂するからな」
と急に物騒なことを言ってくる。
「ここに書いてある名前、書き換えられてるだろ」
たしかに、誓約書にサインされた名前が修正された痕跡がある。
そして、その上書きされた名は……。
「先生の、名前……」
「ああ。つまり、今の俺は先生の眷属なんだ」
ルシフは誓約書を再び心臓に戻し、その心臓も身体に戻した。
「でも、先生って男だし……魔女じゃないですよね?そもそも、契約者の書き換えなんてそう簡単に出来るものなんですか?」
「普通は出来ないだろうけど、先生は大魔導師だからな。一度かけられた呪いは消せないが、せめてあの魔女に服従しなくていいように、って先生は言ってたよ」
「さすが僕らの先生ですね」
「まあな……」
「なんですか、その反応……。何か不満でも?」
「いや、不満というか、気にかかることがあるんだよな。
……まだ幼かった俺は、先生が契約者の書き換えを勧めてきたとき、全力で拒んだ。契約した途端に捨てられた経験があったからな。当時はまだ先生との信頼関係も十分じゃなかったし、俺はてっきり『先生は俺が悪い子だから何かひどいことをするつもりなんだ』って思った。俺は暴れて抵抗した。『ベルみたいに良い子にするから許してくれ』って命乞いまでした。でも、先生は無理やり俺の誓約書を書き換えた。なんであそこまで強引だったのか……。
それに、あのとき先生は俺にこんなことを言ってた。
『我が眷属に命ず。もし、俺に何かあった時は、迷わず俺を殺すこと。例え世界が敵になっても、ベルと2人で生き延びること。お前の罪はそこでお終いだ』
……ってな」
ということは、先生は自分がルシフに殺されることを解っていた……ってこと……?
ルシフが先生を殺したのは、もともと先生の命令だったの……?
頭が混乱してくる。
「じゃあ……先生には、やっぱりある程度先の未来が見えてたんですかね……?先生が僕に昔話や自分の死後の話をしてきたのも、死ぬ直前のことでしたし……」
「俺はそうは思わない」
ルシフの意外な返しに僕は
「どうしてですか?」
と尋ねた。
「あくまで俺の推測だが……先生は未来が見えてたんじゃない。最初から俺たちの未来を仕組んでたんだ」
衝撃的な推論だ。
僕は息が詰まりそうになった。
「あの女に昔、『自分の息子に似ている』って言われたことがある。その息子がどこにいるのか聞いてみたら、平然と『捨てた』って言いやがった。一方で先生はイブ曰く貴族の家で養子として育ったんだろ」
「まさか……先生とあの魔女が実の親子だって言いたいんですか……?」
「そう考えると一番辻褄があう。
ともかく先生はユートピアを裏で操るあの女をどうにかしたいと思ってたはずだ。でも、相手は数百年生きる魔女。それを殺すにはもっと力が必要だ。その為に、勇者の息子に魔力を受け継がせて魔王の息子と共有させることで、より強い力を得ようとしたんだろう」
「そこまで先生が考えてるとしたら、ルシフに殺されたのにも何か理由があるんですかね……?」
嫌な予感がするけれど、聞かずにいられなかった。
「俺たちに憎しみを植え付ける為……じゃないか?実際、ベルは先生が死んで、俺や魔法軍を憎んでただろ。俺の呪いは周りの殺意を魔力に変える。先生が俺の呪いを解く方法を模索するより先に、契約者の書き換えをしたのは、この呪いを使ってあの女を殺せってことなんじゃないか?」
淡々と語るルシフとは対照的に、僕は動揺を隠せなかった。
「そんな……。先生が、自分の命を捨ててまで、弟子の僕らを利用してまで、母親を殺そうとしてるって言うんですか……?」
「あまり信じたくはないが、そういうことになるよな」
「僕の中の先生は、そんなことをするような人じゃない……!」
口ではそう言っても、ルシフの話の信憑性の高さをどこかで理解はしていた。
「そう言うと思って、今まで黙ってたんだ。お前が先生を誰よりも愛してることは知ってるからな」
ルシフの言葉に胸を刺されたような気がした。
僕は今まで盲目的に先生を慕ってきた。
先生は常に僕の理想で、完璧で、憧れの人だった。
でも、現実はそうとも限らないんだ。先生だって、価値観が僕らとは違っていたり、欠点があったりしてもおかしくない。
ルシフは先生の綺麗じゃない部分に気づいてて、それでも僕の為に秘密にしてくれてたんだ。
僕が愛した先生を壊さないために。
僕に嫌われることになっても、憎まれることになっても。
「……ちゃんとルシフの話を聞いて良かったです。ルシフの本音も、ルシフが僕のことを考えてくれてたことにも、僕は全然気づけてなかった」
「そうだな。お前、鈍感だからな」
いつもの偉そうな調子で言われた。
図星すぎて僕は何も言い返せないまま、むすっとして紅茶を飲んだ。
「ベル。この際だから、お前に言いたいこと、全部言っておこうと思う」
「まだ何かあるんですか?隠しごとが多いですね……まあ、聞きますけど。なんですか?」
「お前が好きだ」
僕は飲んでいた紅茶を盛大に吹き出して噎せ返った。
「何してんだ、汚ねーな……」
「あんたのせいですよ!!好きって何!?いつから!?」
「初めて会った日からだけど」
「は!?……じゃあ、初詣で毎年『巨乳のお姉さんに膝枕してもらえますように』って願ってたのは何だったんですか……!?」
「それは性的な意味での『好き』だろ。お前への『好き』は人としての『好き』。別物じゃねーか」
「……。」
「……。」
「あ……なんだ、びっくりした……。すごい真顔で言うから、ボーイズラブかと思って焦ったじゃないですか……。いや、だからって、人としての『好き』っていうのもよくわかんないんですけど。僕、いつもルシフに結構ひどいこと言ったりしてるじゃないですか……なのに、僕のことが好きなんですか?」
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「ドMなんですか……?」
「そういうことじゃない。
……身分とか生い立ちとか関係なく、俺のことを真っ直ぐに見てくれたのは、お前が初めてだった。上から力を振りかざすんじゃなくて、いつだって俺と対等に喧嘩してくれる。そういう奴に、生まれて初めて出会った。
……俺はそれが嬉しかった」
「僕はそんな、嬉しがられるほど大層なことしてませんよ……。ルシフは育った環境が悪すぎて、感覚が麻痺してるんです」
「他にもある。……俺に名前をつけてくれた」
「いや、でも……『ルシフ』って、嫌がらせのつもりでつけた名前ですよ?」
「それでもいいんだ。俺自身はまあまあ気に入ってるからな」
ルシフはおもむろに僕の首枷に触れ、指で魔法陣を描き出した。
「それから、お前は一生俺のそばにいるって誓ってくれた」
カチャンと音がして、鍵が外れる。
同じように手足の枷もルシフが丁寧に外してくれた。これ、普通に魔法で外せるやつだったのかよ……。
ルシフはさらに近くに落ちていた木の枝で自分の足下に魔法陣を描き、その中に立った。
ふわっと風が起こり、魔法陣が淡い光を放つと、真っ赤に染まっていたルシフの服から血の跡が消え去っていった。
「俺はお前と出会うまで、ずっと孤独だった。誰かを愛したことなんて一度もなかった。お前と出会ったおかげで、俺は初めて人を好きになれたんだ。……感謝してる」
「何言ってんですか……急に柄にもないこと言わないでくださいよ……。あんたが僕のことを好きでも、僕はあんたのことが嫌いです」
「そっちの方がいい。俺は罪人だからな。お前を愛して、お前に愛されないことが、俺にとっての幸せなんだ」
なんだよ、それ……。
なんでそんなに平然としてるんだよ。
ルシフはたくさん傷ついてきて、僕よりもずっと苦しかったはずだ。
僕の目の前で、もっと泣いたり怒ったりすればいいのに。
愛されなくて、良いわけないだろ。
「やっぱり、僕はルシフが大っ嫌いです。
だけど……僕は多分、ルシフを大切な存在だと思ってます。
だから、ルシフの望み通りにはさせません。
ルシフが愛されたくないって言うなら、僕が一生愛してやります。
毎日僕と喧嘩して、僕と一緒にご飯食べて、幸せすぎることへの罪悪感に悩まされながら生きてください。その方がよっぽど贖罪っぽいでしょ?」
僕がそう言うと、ルシフはぽかんと口を半開きにしたまま
「……プロポーズかよ」
と呟いた。
「違いますよ。僕、ルシフのこと嫌いだし」
冷たく突き放したのに、ルシフはふっと笑った。純粋で優しい笑顔だった。
「ありがとな、ベル」
ルシフが僕の前に手を差し伸べた。
僕はルシフの手を借りて立ち上がった。
「行くぞ。ずっと夢の中にいる訳にもいかないからな」
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