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第六章 遊猟区域
93.絶対お前の方が汚い
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「あ、そういやボーロー森の場所聞いてねぇや」
洞窟の外に広がる岩場地帯を前に、ベルトリウスは思い出したように言った。
ケランダットが殴り付けた団員二名は気絶してしまっているし、今更隠れ家に尋ねに戻るのも面倒だ……ということで、ベルトリウスはコバエを使って、エイレンに連絡を取った。
実はコリッツァー盗賊団の中には、エイレンが乗っ取った複数体の人形団員が潜んでいた。人間である他の団員達に悟られることなく紛れ込み、共に難儀な生活を送っている人形達は、時に有益な情報を横流ししてくれる。ベルトリウスが盗賊団の新天地であるこの洞窟に辿り着けたのも、エイレンが居場所を教えてくれたお陰である。
そんなエイレンによると、ボーロー森は洞窟を出てひたすらに西に進んだ場所にあるとのことだった。
ベルトリウスとケランダットはひとまず岩場地帯を抜け、正面に現れた林の中を突っ切った。枯れ葉で埋もれた道が、人の通りの少なさを物語っている。
この辺りは盗賊団以外に人の往来がないのだろう。途中、先端が削られた太い木の杭に生首が突き刺さった”目印”を発見した。これは犯罪者集団がよく使う、”ここから先は自分達の縄張りだ”と周囲に知らしめる行為である。恐らくはタラハマ達が打ち建てた物だろう。
この杭の主な目的は同業者との無駄ないさかいを減らすためだが、他に一般人への警告という役も持ち合わせている。無人の洞窟だと勘違いして雨宿りや休憩に入り込まれると、いちいち殺して埋めるのが面倒なのである。いらない仕事が増えるくらいなら、いっそのこと自分達から居場所を教えて回避してもらった方が良いのだ。
地方によっては目立たない犯罪は見てみぬふりをする領主も多いので、この地をまとめる者もそういった方針なのだろう。
ベルトリウスにとっては現役時代に見慣れた飾り。ケランダットにとっては傭兵時代の盗賊狩りの最中に世話になった案内看板を、二人は別段気に掛けることもなく通り過ぎた。
何時間も歩き続けていると、空は次第に薄暗さを纏っていった。ケランダットがまだ体力に余裕があると言ったので、二人は深夜まで足を休めなかった。
林を抜け、また先に現れた別の林へ突入する……。
エイレンはボーロー森へ至るまでに、街道沿いに三つの集落を見掛けるはずだと言っていた。それまでは特徴のない林道が続くとも。人の足では二日、三日かかると聞いていたベルトリウスは、本日の進行を終えることにした。
月明かりさえも木々に遮られた林の中、二人は並んで大木に背中を預けて座り込んだ。
腰のポーチから携帯用の飲み水と乾燥肉を取り出して口に運ぶケランダットを横目で観察していたベルトリウスは、焚き火でも起こそうかと立ち上がる。すると突き刺さるような視線が隣人から送られてきた。
「どこへ行くんだ」
「火ぃ起こすんだよ。雪がないとはいえ、春先の夜は冷えるだろ? 俺は温度にうとくなっちまったからどんくらい寒いのか分からねぇけど、お前に凍死されちゃ困るからな」
「……そうか」
どこか安心したように返事をしたケランダットは、近場の木の枝を折り集めてあっという間に火を起こしてしまったベルトリウスの動作を、終始目で追っていた。
焚き火のパチパチと弾ける音と控えめな咀嚼音、まれに夜鳥か何かの鳴き声が辺りをざわつかせたりもして、夜はゆったりと更けてゆく。
火を起こしてからは焚き火を挟んで対面で座っていた二人は、眼前の炎の揺らめきをぼんやりと見つめながら、ポツポツと取り留めのない会話を続けていた。
「はぁ……また暇な夜が始まる……どうせなら時間潰しの煙草かっ払ってくればよかったぜ……一人なら朝まで狩りでもしてるんだが、お前がいると寝てる間に番をしてなきゃいけねぇからなぁ……」
「あの煙草、盗賊団の備蓄からくすねてたのか……材料さえあれば俺が作ってやるんだがな。風を操れば葉を速乾させることができるんだ。この乾燥肉も、地獄にいる間に作ってきた。魔物の肉も半日あれば完全に水分を飛ばすことができたのは驚きだったが……」
「おっ、ちゃんと携帯食も魔物にしてんのか? どうせだからユー・ボーローって奴も倒した後に食っちまうか。強い魔物の方が効果も期待できそうじゃね?」
「そいつが食える魔物だとは限らないだろう……また毒持ちかもしれねぇ」
「食える魔物だったら、の話だよ。お前はいつもそうやって人の意見を否定しやがる」
「俺は現実的に物を見ているだけだ」
少々の出来事で熾烈な感情がむき出しになる男とは思えない減らず口に、ベルトリウスは肩をすくめて降参の意を示した。
魔物の乾燥肉を食べ終えたケランダットは軽鎧を身に着けたまま、その場で横になった。目を閉じていることから眠りにつこうとしているのは明らかなのだが、ベルトリウスは彼が夢の世界へ旅立つ前にある行動を促した。
「おい、寝る前に便所行っとけよ。年取ると漏らしやすくなるからな。小便臭ぇおっさんが横歩いてるとか嫌だぜ、俺」
「……漏らさねぇよ、ガキじゃあるまいし……それに俺はもう下から排泄する必要がないんだ。だから粗相の心配はない」
閉じた目を開けず……渋まる顔から語られた内容に、一片の理解も及ばなかったベルトリウスは眉を寄せて尋ねた。
「いや……意味が分からねぇんだけど?」
「随分前、地獄で小便をしようとした時にあの女から”領地を汚すな”って叱られてな。それで新しく生み出された、小さな玉みたいな魔物を飲み込ませられたんだ。そいつは腹の中に住み着き、長時間食事を取らなくても生きていけるよう飲食物を生身の人体より上手く分解し、栄養も調整して振り分けてくれる。ついでに排泄の手間も減り、食あたりになることもなくなった。簡単な解毒作用があるんだと思うが、魔物の毒となると話は別だろうな」
「……なんか……よく分かんねぇが……? 食ったもんはどうなるんだ? 下から出てこないってことは、小便やクソがケツから出てこねぇってことだろ? そいつらはどこに消えちまったんだ? お前の体も俺達魔物みたいに変化したってこと?」
「……言葉で説明するよりも実際に見せた方が早ぇな」
ケランダットは横になっていた体を起こすと、あぐらをかいて腹部を圧迫するように何度か手で押した。そして”ヴッ”とゲップに似た音を漏らすと、口の中に指を突っ込み、えずきながら何かをズルリと引っ張り出した。
それはこぶし大の、真っ黒な膜に覆われた水袋のような物だった。
指先でつままれた袋はだるんと下方へ垂れてはいるものの、かなり分厚い膜なのか、どれだけ伸びても破れそうな気配はしなかった。
ベルトリウスは直前のケランダットの話と、吐き出された水袋を頭の中で整理してみた。
彼は”下から排泄する必要はなくなった”と言っていたが、”出ない”とは言っていない。
……つまり、このブヨブヨとした質感の水袋の正体は――。
「きっ…………キッッッッモ!!!! なんだその黒い塊っ!? 下から排泄する必要がないってことはっ、それっ……小便とクソが詰まった塊ってことかっ!!??」
ベルトリウスの悲鳴とも取れる叫びに、ケランダットはムッと顔をしかめて反論した。
「確かに栄養の残りカスという点では同じ物だが……これは催すことなく便所を済ませられる画期的なものなんだぞ。用を足してる間に襲撃を受ける心配もなく、これを捨てれば全てが完了する……どうだ、便利なもんだろう。そもそも食ったもんが出てこねぇお前ら魔物の方がどうかしてるんだ」
「いやいやいやぁ~~っ……なんかいいもんみたいに紹介してっけど、結局は”クソ”なんじゃん!! お前は今、口から小便とクソを同時に吐き出して手に持ってるってことだぞ!? きったねぇ~~っ、マジありえねぇ~~っ!! 手ぇ洗うまで絶対俺に触んなよ!?」
地に尻をつけたまま後ずさるベルトリウスにさらに気を悪くしたケランダットは、水袋を掲げて睨みを利かせながら言った。
「膜で閉じられてるんだから汚くないだろう。何か手に付くわけでもねぇ……触ってみれば分かる。喉を通ってるきてるから多少は粘液で濡れているが、それだけだ」
「しっかり手に付いてんじゃねぇか!! もういいから、とっととそのクソ袋捨てちまえよ! いつまで握り締めてんだ、きったねぇ……!」
「……これはクソじゃねぇ。さっきから汚ねぇ汚ねぇと連呼しているが、汚さで言えば日頃毒をまき散らしてるお前の方が上だろうが。こいつの方がずっとマシだ」
「俺を汚物と並べんなっ!! そいつがクソなのは確かだし、クソの方が絶対に汚ね―― ゔわ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ーーーーーーっ、なに近付けてやがんだよお前ーーーーっ!!?? きったねぇーーーーっ!! 悪ふざけにしてもぜんっっっっぜん面白くねぇぞぉっ!?」
ベルトリウスが喚くさなか、隣までやって来てしゃがみ込んだケランダットは、あろうことか人様の顔に向けて自分が吐き出した塊を押し付けるように近付けてきた。
当然跳びのいて距離を取るベルトリウスに、ケランダットは尚も不服そうな表情で水袋を掲げ、にじり寄った。
「汚くねぇ。医学書を読んだことのある俺が言ってるんだからこれはクソじゃねぇ」
「どこでむきになってんだよっ!? さっき自分で”同じもんだ”って言ってたじゃねぇかっ!?」
「言ってない。これはクソじゃない。訂正しろ」
「言ってただろうがよぉ~~っ、おめぇ~~っ!? どう言い訳しようがそいつがクソであることには変わりねぇんだから、意地張ってねぇで早く捨てろっ!! じゃねぇと他の獄徒にてめぇがクソ触らせようとしてくるド変態だって言い広めてやるからなっ!? 分かったらそれ以上近付けんなよ!! 絶対近づけっ”…………あ”ーーーーーーっ”、もうやめろってばぁっ!!!! ホンッッッットにありえねぇからぁーーーーっ”!!!!」
「クソじゃない。訂正しろ」
何とか”別物”だと言わせたいケランダットは、大木の周りをぐるぐると走って逃げだすベルトリウスを真面目な顔で追いかけ回した。
最終的に木の上へ駆け登っていったベルトリウスに諦めをつけると、ケランダットは握っていた黒い水袋を遠くの茂みへと投げ捨て、降りてこない相棒の真下で再度体を横にした。
洞窟の外に広がる岩場地帯を前に、ベルトリウスは思い出したように言った。
ケランダットが殴り付けた団員二名は気絶してしまっているし、今更隠れ家に尋ねに戻るのも面倒だ……ということで、ベルトリウスはコバエを使って、エイレンに連絡を取った。
実はコリッツァー盗賊団の中には、エイレンが乗っ取った複数体の人形団員が潜んでいた。人間である他の団員達に悟られることなく紛れ込み、共に難儀な生活を送っている人形達は、時に有益な情報を横流ししてくれる。ベルトリウスが盗賊団の新天地であるこの洞窟に辿り着けたのも、エイレンが居場所を教えてくれたお陰である。
そんなエイレンによると、ボーロー森は洞窟を出てひたすらに西に進んだ場所にあるとのことだった。
ベルトリウスとケランダットはひとまず岩場地帯を抜け、正面に現れた林の中を突っ切った。枯れ葉で埋もれた道が、人の通りの少なさを物語っている。
この辺りは盗賊団以外に人の往来がないのだろう。途中、先端が削られた太い木の杭に生首が突き刺さった”目印”を発見した。これは犯罪者集団がよく使う、”ここから先は自分達の縄張りだ”と周囲に知らしめる行為である。恐らくはタラハマ達が打ち建てた物だろう。
この杭の主な目的は同業者との無駄ないさかいを減らすためだが、他に一般人への警告という役も持ち合わせている。無人の洞窟だと勘違いして雨宿りや休憩に入り込まれると、いちいち殺して埋めるのが面倒なのである。いらない仕事が増えるくらいなら、いっそのこと自分達から居場所を教えて回避してもらった方が良いのだ。
地方によっては目立たない犯罪は見てみぬふりをする領主も多いので、この地をまとめる者もそういった方針なのだろう。
ベルトリウスにとっては現役時代に見慣れた飾り。ケランダットにとっては傭兵時代の盗賊狩りの最中に世話になった案内看板を、二人は別段気に掛けることもなく通り過ぎた。
何時間も歩き続けていると、空は次第に薄暗さを纏っていった。ケランダットがまだ体力に余裕があると言ったので、二人は深夜まで足を休めなかった。
林を抜け、また先に現れた別の林へ突入する……。
エイレンはボーロー森へ至るまでに、街道沿いに三つの集落を見掛けるはずだと言っていた。それまでは特徴のない林道が続くとも。人の足では二日、三日かかると聞いていたベルトリウスは、本日の進行を終えることにした。
月明かりさえも木々に遮られた林の中、二人は並んで大木に背中を預けて座り込んだ。
腰のポーチから携帯用の飲み水と乾燥肉を取り出して口に運ぶケランダットを横目で観察していたベルトリウスは、焚き火でも起こそうかと立ち上がる。すると突き刺さるような視線が隣人から送られてきた。
「どこへ行くんだ」
「火ぃ起こすんだよ。雪がないとはいえ、春先の夜は冷えるだろ? 俺は温度にうとくなっちまったからどんくらい寒いのか分からねぇけど、お前に凍死されちゃ困るからな」
「……そうか」
どこか安心したように返事をしたケランダットは、近場の木の枝を折り集めてあっという間に火を起こしてしまったベルトリウスの動作を、終始目で追っていた。
焚き火のパチパチと弾ける音と控えめな咀嚼音、まれに夜鳥か何かの鳴き声が辺りをざわつかせたりもして、夜はゆったりと更けてゆく。
火を起こしてからは焚き火を挟んで対面で座っていた二人は、眼前の炎の揺らめきをぼんやりと見つめながら、ポツポツと取り留めのない会話を続けていた。
「はぁ……また暇な夜が始まる……どうせなら時間潰しの煙草かっ払ってくればよかったぜ……一人なら朝まで狩りでもしてるんだが、お前がいると寝てる間に番をしてなきゃいけねぇからなぁ……」
「あの煙草、盗賊団の備蓄からくすねてたのか……材料さえあれば俺が作ってやるんだがな。風を操れば葉を速乾させることができるんだ。この乾燥肉も、地獄にいる間に作ってきた。魔物の肉も半日あれば完全に水分を飛ばすことができたのは驚きだったが……」
「おっ、ちゃんと携帯食も魔物にしてんのか? どうせだからユー・ボーローって奴も倒した後に食っちまうか。強い魔物の方が効果も期待できそうじゃね?」
「そいつが食える魔物だとは限らないだろう……また毒持ちかもしれねぇ」
「食える魔物だったら、の話だよ。お前はいつもそうやって人の意見を否定しやがる」
「俺は現実的に物を見ているだけだ」
少々の出来事で熾烈な感情がむき出しになる男とは思えない減らず口に、ベルトリウスは肩をすくめて降参の意を示した。
魔物の乾燥肉を食べ終えたケランダットは軽鎧を身に着けたまま、その場で横になった。目を閉じていることから眠りにつこうとしているのは明らかなのだが、ベルトリウスは彼が夢の世界へ旅立つ前にある行動を促した。
「おい、寝る前に便所行っとけよ。年取ると漏らしやすくなるからな。小便臭ぇおっさんが横歩いてるとか嫌だぜ、俺」
「……漏らさねぇよ、ガキじゃあるまいし……それに俺はもう下から排泄する必要がないんだ。だから粗相の心配はない」
閉じた目を開けず……渋まる顔から語られた内容に、一片の理解も及ばなかったベルトリウスは眉を寄せて尋ねた。
「いや……意味が分からねぇんだけど?」
「随分前、地獄で小便をしようとした時にあの女から”領地を汚すな”って叱られてな。それで新しく生み出された、小さな玉みたいな魔物を飲み込ませられたんだ。そいつは腹の中に住み着き、長時間食事を取らなくても生きていけるよう飲食物を生身の人体より上手く分解し、栄養も調整して振り分けてくれる。ついでに排泄の手間も減り、食あたりになることもなくなった。簡単な解毒作用があるんだと思うが、魔物の毒となると話は別だろうな」
「……なんか……よく分かんねぇが……? 食ったもんはどうなるんだ? 下から出てこないってことは、小便やクソがケツから出てこねぇってことだろ? そいつらはどこに消えちまったんだ? お前の体も俺達魔物みたいに変化したってこと?」
「……言葉で説明するよりも実際に見せた方が早ぇな」
ケランダットは横になっていた体を起こすと、あぐらをかいて腹部を圧迫するように何度か手で押した。そして”ヴッ”とゲップに似た音を漏らすと、口の中に指を突っ込み、えずきながら何かをズルリと引っ張り出した。
それはこぶし大の、真っ黒な膜に覆われた水袋のような物だった。
指先でつままれた袋はだるんと下方へ垂れてはいるものの、かなり分厚い膜なのか、どれだけ伸びても破れそうな気配はしなかった。
ベルトリウスは直前のケランダットの話と、吐き出された水袋を頭の中で整理してみた。
彼は”下から排泄する必要はなくなった”と言っていたが、”出ない”とは言っていない。
……つまり、このブヨブヨとした質感の水袋の正体は――。
「きっ…………キッッッッモ!!!! なんだその黒い塊っ!? 下から排泄する必要がないってことはっ、それっ……小便とクソが詰まった塊ってことかっ!!??」
ベルトリウスの悲鳴とも取れる叫びに、ケランダットはムッと顔をしかめて反論した。
「確かに栄養の残りカスという点では同じ物だが……これは催すことなく便所を済ませられる画期的なものなんだぞ。用を足してる間に襲撃を受ける心配もなく、これを捨てれば全てが完了する……どうだ、便利なもんだろう。そもそも食ったもんが出てこねぇお前ら魔物の方がどうかしてるんだ」
「いやいやいやぁ~~っ……なんかいいもんみたいに紹介してっけど、結局は”クソ”なんじゃん!! お前は今、口から小便とクソを同時に吐き出して手に持ってるってことだぞ!? きったねぇ~~っ、マジありえねぇ~~っ!! 手ぇ洗うまで絶対俺に触んなよ!?」
地に尻をつけたまま後ずさるベルトリウスにさらに気を悪くしたケランダットは、水袋を掲げて睨みを利かせながら言った。
「膜で閉じられてるんだから汚くないだろう。何か手に付くわけでもねぇ……触ってみれば分かる。喉を通ってるきてるから多少は粘液で濡れているが、それだけだ」
「しっかり手に付いてんじゃねぇか!! もういいから、とっととそのクソ袋捨てちまえよ! いつまで握り締めてんだ、きったねぇ……!」
「……これはクソじゃねぇ。さっきから汚ねぇ汚ねぇと連呼しているが、汚さで言えば日頃毒をまき散らしてるお前の方が上だろうが。こいつの方がずっとマシだ」
「俺を汚物と並べんなっ!! そいつがクソなのは確かだし、クソの方が絶対に汚ね―― ゔわ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”ーーーーーーっ、なに近付けてやがんだよお前ーーーーっ!!?? きったねぇーーーーっ!! 悪ふざけにしてもぜんっっっっぜん面白くねぇぞぉっ!?」
ベルトリウスが喚くさなか、隣までやって来てしゃがみ込んだケランダットは、あろうことか人様の顔に向けて自分が吐き出した塊を押し付けるように近付けてきた。
当然跳びのいて距離を取るベルトリウスに、ケランダットは尚も不服そうな表情で水袋を掲げ、にじり寄った。
「汚くねぇ。医学書を読んだことのある俺が言ってるんだからこれはクソじゃねぇ」
「どこでむきになってんだよっ!? さっき自分で”同じもんだ”って言ってたじゃねぇかっ!?」
「言ってない。これはクソじゃない。訂正しろ」
「言ってただろうがよぉ~~っ、おめぇ~~っ!? どう言い訳しようがそいつがクソであることには変わりねぇんだから、意地張ってねぇで早く捨てろっ!! じゃねぇと他の獄徒にてめぇがクソ触らせようとしてくるド変態だって言い広めてやるからなっ!? 分かったらそれ以上近付けんなよ!! 絶対近づけっ”…………あ”ーーーーーーっ”、もうやめろってばぁっ!!!! ホンッッッットにありえねぇからぁーーーーっ”!!!!」
「クソじゃない。訂正しろ」
何とか”別物”だと言わせたいケランダットは、大木の周りをぐるぐると走って逃げだすベルトリウスを真面目な顔で追いかけ回した。
最終的に木の上へ駆け登っていったベルトリウスに諦めをつけると、ケランダットは握っていた黒い水袋を遠くの茂みへと投げ捨て、降りてこない相棒の真下で再度体を横にした。
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