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35話
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傘を大きく広げた、見るからに食べがいのあるキノコを一つ手に取る。
見るからに肉厚で美味しそうなのだが・・・
「しの、それは毒を持ってるから食べられないぞ」
「わかってるって、憎たらしくて見てただけだ」
今日も山に入り枝を拾っていたら、与四郎とばったり出会った。
木の根っこ近くにキノコが生えていたので、二人で取っていたのだ。
「キノコだって少しは人間に気を使ってもいいと思わないか?毒なんて持ってたら食べてもらえないんだからよ。こんなに美味そうな面しておいて」
「ぷっ、キノコにそんな文句いうの、お前くらいだぞ」
持っているキノコに文句を言いつつ、地面に放り投げる。
どうやら、この辺りに残っているのは食べられないものしかないようだ。
枝は少し落ちていたが、他に採れるものはない。
今朝は一段と寒くなり、鼻から吸った空気が冷たくて頭が痛くなりそうだった。
太陽が出て少し時間が経った今も、あまり変わらない。
袖から覗いている腕に風が触れると、思わず鳥肌が立つ。
冬の気配が濃くなっているのだ。
場所を変えても、食料になるものはほとんど採れないだろう。
今日のところは、枝を拾うことに集中する。
しばらく黙々と拾っていると、腹が鳴った。
あちこち動き回ったので、思ったより早く腹が減る。
しのは、懐から包みを取り出した。
今朝、姉が持たせてくれた小芋を蒸したものだ。
背負子を下ろし、近くの木に背中を預けるように腰を下ろす。
肩が軽くなった開放感を味わいつつ、小芋の皮を剥いていると、与四郎がこちらを見ている。
「なんだよ、これはアタイのものだぞ」
「分かってるって。別に取らねぇよ」
睨むように与四郎を見ると、プイと目をそらした。
少し前までは木の実があったのでそれを食べて空腹を紛らわせていたが、山の恵みをほとんど取り尽くしたらしく、最近はほとんど見かけない。
そのことを姉に話したら、
「お友達に会ったら分けてあげるのよ」
と、余計な一言とともに渡された。
ふと、与四郎を見ると、大きめの枝を折っている。
アイツが友達?
今日のところはまだ肩こりは酷くなっていないが、あんなやつが友達?
アイツなんて知人だ知人。
そういうことにしておこう、と一人で納得し、小芋にかぶりつく。
塩も何もついていないが、ねっとりとして美味しい。
与四郎を見ると、さっきの枝をさらに折って短くしている。
「そんなに真面目に働いてたら、疲れるだけだろうに」
人間、適度な休息は必要だ。
本人はまだ子供なので、その感覚が分からないのかもしれない。
だが、働きっぱなしはよくない。
しのは、世間話のつもりで与四郎に声をかけた。
「与四郎は飯食わねぇのか?もう昼だろ、少しは休めよ」
声をかけられた本人は振り返りもせず、答える。
「食わねぇよ、お前みたいに持ってきてないし」
全く予想していない答えが返ってきた。
「はぁ?食わないと夕方まで持たないだろ。お前のかあちゃん、何も持たせてないのかよ」
「ない。山に入れば何かあるだろって、何も持ってきてない」
そんなことあるのかよ。
山の恵みがあったのはしばらく前までで、それからはほとんど見かけない。
村にある柿の木だって、ほとんど取り尽くしており、干し柿用に吊るしているものはまだ食べられない。
これじゃあ、与四郎は何も食べられないじゃないか。
こいつのかあちゃんは、それを分かっているのか?
「お前、ちゃんとかあちゃんに言えよ。でないといつか倒れるぞ。もうすぐ冬だってのに」
「だからだよ。冬になるから、少しでも蓄えておきたいんだ。赤ん坊も産まれるし」
2人の間に、微妙な空気が流れる。
そういえば、与四郎は昨日、姉ちゃんからもらった大根を持ち帰っていた。
しのはためらいもなくボリボリ食べていたが。
ふと、手元の小芋を見る。
姉ちゃんが小芋を渡したのは、こういうことだったのか?!
いやいやいや、これはアタイのだし!
アタイだって腹が減ってるんだから!
しのが悩みながら百面相をしていると、与四郎が振り返った。
「俺に気を使わなくていいぞ。その芋だってたくさんあるわけじゃないだろうし、お前が食べろよ」
「・・・そう言うなら、遠慮なく」
与四郎は枝拾いに、しのは小芋にかじりつくことに集中する。
気を使わなくていいとは言われたが、何となく居心地が悪くてたまらない。
なので、芋を雑に咀嚼し、枝拾いを再開した。
「ゆっくり食べればいいのに」
「うるせぇよ、アタイが早く終わらせたかったんだ」
「そうかよ」
「飯にありつくのが難しいならよ、尚更、何か売ったりして金を稼いだ方が良くないか?」
「俺がか?」
「そうだよ、大人たちが働いてもちっとも楽にならないなら、子供が稼ぐのもありだろ?別に禁止されてるわけじゃないし」
与四郎が手を止め、しのをみる。
「お前さぁ、」
「なんだよ」
また小言か?と身構えていたら、意外な事を言われた。
「本当にしのか?」
何を聞かれたのか分からず、ポカンとしてしまう。
「は?どういう意味だ?」
「前のお前はさ、生活が苦しくても家のことやれるだけやったり、食えないことで文句なんて言わなかったよな?」
「・・・そうだっけ?」
「それが今は、あれは売れないか?これはどのくらい高く売れるかとか、そんなことばっかり考えているだろ」
「だからなんだよ、それのどこが悪いってんだよ」
「悪くねぇよ。でも、俺達が知っているしのが何処かにいっちゃったみたいで、なんだか・・・」
最後の言葉はいまいち聞こえなかったが、要は、しのが変わった気がして寂しいというのだ。
ふうん、コイツもなかなか可愛いところがあるじゃねぇか。
しのは、ニヤけながら与四郎に顔を近づける。
「・・・お前、そんなにアタイのことが好きだったのか?」
それを聞いた与四郎は、途端に汚物を見るような顔でしのを見た。
「はぁ?!誰がお前みたいな守銭奴、好きになるかよ!」
「言ったなこのヤロウ!寂しいとか何とか言ってたくせによ!」
「言ってねぇよ!何、勘違いしてんだよ!」
「勘違いじゃねぇよ!さっき自分が言ったこと忘れてんじゃねぇよ!」
「ホイホイ、二人共そこまでじゃ」
二人が言い争いをしていたとき、急に割り込んできた人物がいた。
猟師だという謎の老人だ。
「げ、じいさん、なんでこんな所に」
「こんにちは」
「ホイこんにちは、二人共元気があるのは良いが、もうちっと声を抑えようか。冬眠前の熊にでも出くわしたら大変だからの」
二人が枝拾いをしているのは山の中。
いくら村に近いとはいえ、秋も深まり、動物たちは冬眠の準備に入った時期ではあるが、危険な場所に変わりない。
「人間の声がこんなに聞こえるなら、向こうが警戒して近寄らないだろ?」
「その可能性もあるが、万が一ということもあるしな。何より、子供が犠牲になるのは避けたい」
「・・・分かったよ」
「おじいさんは今日も狩りですか?何か、危険な動物が出たとか?」
老人は前に会った時と同じく、肩に火縄銃を担いだ猟師の装備をしていた。
「いや、あれから大っぴらに人里に出てくるヤツはいないが、ちょくちょく見回りを頼まれての。娘婿とはいえ、なかなか人使いが荒い奴じゃ」
娘婿とは、庄屋のことである。
この老人は隣村の人間で、庄屋の義理の父だ。
先日、村に出没したイノシシ狩りを手伝ってくれた人物でもある。
自分の村のこともしつつ、近隣の村や山のために猟に出かけるなど、行動力、体力が半端ないじいさんなのだ。
そんなじいさんにゆっくり隠居させず、猟師として使い倒そうとする庄屋は、なかなか侮れない。
「ボケて歩けなくなるよりは良いんじゃないか。人間、錆びついたら終わりだ」
「おい、しの、失礼すぎるだろ」
「ハハハハハ、やっぱり嬢ちゃんは面白いのぉ。吉三へのいい手土産ができたわい」
「え?じいさん、吉三にも会ってるのか?」
「ああ、何度かな」
吉三とは、先日のイノシシ狩りで、見事、イノシシを仕留めた男だ。
とはいえ、本人はひょろひょろと痩せており、決して筋骨隆々ではないのだが、頭の回転が良く、そのおかげでイノシシを狩ることができた。
ただ、吉三は戦で片足を失っており、普通の仕事をすることができない。
イノシシ狩りの少し前に、失った片足の代わりになる道具を手に入れ、ゆっくり歩くくらいならできるようになったが、百姓仕事はまだできない。
しのの父・源助は吉三の親友なので時々話をするのだか、彼があの後どうなったか、ちゃんと生活できているのかまでは聞いていない。
「吉三は、あれから庄屋の所で住み込みで働いているぞい。なんでも、今まで金庫番をしていた奉公人が辞めることになったんで、その後釜として雇ったそうな」
「へえ!吉三のやつ、ちゃんと働き口が見つかったんだ!」
「ああ、屋敷や村の金勘定を計算する役割だから、百姓仕事をする必要がない。彼自身、頭が良いから、それを上手く使えるというわけじゃ」
「でもさ」
しのと老人の会話を聞いていた与四郎が、疑問を口にした。
「吉三さんのご実家がよく許しましたね?庄屋様がいくらか支払ったとかしたんでしょうか?」
「支払う?」
「うん、話を聞くと、吉三さんは奉公っていう立場で庄屋様の所に住んでるんじゃないかな。なら、庄屋様が吉三さんのご実家に相当な大金を払ってもおかしくない」
「まあ、そうだろうな」
「でも、今まで吉三さんを手放したことはなかったのに、庄屋様から言われたというだけで手放せるものなのかなって」
「フンフン、坊主、なかなか面白い考えをするの」
「すみません、俺もあの時まで吉三さんがどんな目にあっているか知らなくて、つい色々考えてました」
「いやいや、人間ならそんな風に考えることもあるものだ。実はな、吉三のことが知れ渡ってから、吉三の実家の評判が悪くなっての、村中から白い目で見られることになったんだ」
「ああ、それで・・・」
「うん、このままじゃ村の中で生きていくのが難しくなる。そこで、庄屋が吉三を働かせたい、と申し出たというわけじゃ」
「なるほど、実家は厄介者を手放すことができた上に、庄屋に吉三を預けた体になるからこれ以上評判が悪くなることを防げた。庄屋はいい人材を確保できたから、どちらもいい話でまとまったというわけだ、じいさん」
「その通り、嬢ちゃんも坊主も話が分かって大助かりだわい」
どんな風に働いているかは想像つかないが、吉三は元気で生きているらしい。
庄屋の屋敷で働いているので、父もなかなか会えないのかもしれない。
「なあしの、お前吉三さんにお礼言わなくて良いのかよ?」
「は?お礼?」
「イノシシ狩りのときは、吉三さんに助けてもらったろ。庄屋様の所で働いているのが分かったんだから、お祝いがてらお礼言いに行ったらいいんじゃないか?」
「それもそうだの、吉三も喜ぶと思うぞ」
二人から口々に言われ、顔を渋くする。
「えぇ・・・めんどくさい・・・」
「お前、そういう所だぞ」
その後、与四郎に襟首掴まれて、庄屋の屋敷まで連れて行かれることになった。
見るからに肉厚で美味しそうなのだが・・・
「しの、それは毒を持ってるから食べられないぞ」
「わかってるって、憎たらしくて見てただけだ」
今日も山に入り枝を拾っていたら、与四郎とばったり出会った。
木の根っこ近くにキノコが生えていたので、二人で取っていたのだ。
「キノコだって少しは人間に気を使ってもいいと思わないか?毒なんて持ってたら食べてもらえないんだからよ。こんなに美味そうな面しておいて」
「ぷっ、キノコにそんな文句いうの、お前くらいだぞ」
持っているキノコに文句を言いつつ、地面に放り投げる。
どうやら、この辺りに残っているのは食べられないものしかないようだ。
枝は少し落ちていたが、他に採れるものはない。
今朝は一段と寒くなり、鼻から吸った空気が冷たくて頭が痛くなりそうだった。
太陽が出て少し時間が経った今も、あまり変わらない。
袖から覗いている腕に風が触れると、思わず鳥肌が立つ。
冬の気配が濃くなっているのだ。
場所を変えても、食料になるものはほとんど採れないだろう。
今日のところは、枝を拾うことに集中する。
しばらく黙々と拾っていると、腹が鳴った。
あちこち動き回ったので、思ったより早く腹が減る。
しのは、懐から包みを取り出した。
今朝、姉が持たせてくれた小芋を蒸したものだ。
背負子を下ろし、近くの木に背中を預けるように腰を下ろす。
肩が軽くなった開放感を味わいつつ、小芋の皮を剥いていると、与四郎がこちらを見ている。
「なんだよ、これはアタイのものだぞ」
「分かってるって。別に取らねぇよ」
睨むように与四郎を見ると、プイと目をそらした。
少し前までは木の実があったのでそれを食べて空腹を紛らわせていたが、山の恵みをほとんど取り尽くしたらしく、最近はほとんど見かけない。
そのことを姉に話したら、
「お友達に会ったら分けてあげるのよ」
と、余計な一言とともに渡された。
ふと、与四郎を見ると、大きめの枝を折っている。
アイツが友達?
今日のところはまだ肩こりは酷くなっていないが、あんなやつが友達?
アイツなんて知人だ知人。
そういうことにしておこう、と一人で納得し、小芋にかぶりつく。
塩も何もついていないが、ねっとりとして美味しい。
与四郎を見ると、さっきの枝をさらに折って短くしている。
「そんなに真面目に働いてたら、疲れるだけだろうに」
人間、適度な休息は必要だ。
本人はまだ子供なので、その感覚が分からないのかもしれない。
だが、働きっぱなしはよくない。
しのは、世間話のつもりで与四郎に声をかけた。
「与四郎は飯食わねぇのか?もう昼だろ、少しは休めよ」
声をかけられた本人は振り返りもせず、答える。
「食わねぇよ、お前みたいに持ってきてないし」
全く予想していない答えが返ってきた。
「はぁ?食わないと夕方まで持たないだろ。お前のかあちゃん、何も持たせてないのかよ」
「ない。山に入れば何かあるだろって、何も持ってきてない」
そんなことあるのかよ。
山の恵みがあったのはしばらく前までで、それからはほとんど見かけない。
村にある柿の木だって、ほとんど取り尽くしており、干し柿用に吊るしているものはまだ食べられない。
これじゃあ、与四郎は何も食べられないじゃないか。
こいつのかあちゃんは、それを分かっているのか?
「お前、ちゃんとかあちゃんに言えよ。でないといつか倒れるぞ。もうすぐ冬だってのに」
「だからだよ。冬になるから、少しでも蓄えておきたいんだ。赤ん坊も産まれるし」
2人の間に、微妙な空気が流れる。
そういえば、与四郎は昨日、姉ちゃんからもらった大根を持ち帰っていた。
しのはためらいもなくボリボリ食べていたが。
ふと、手元の小芋を見る。
姉ちゃんが小芋を渡したのは、こういうことだったのか?!
いやいやいや、これはアタイのだし!
アタイだって腹が減ってるんだから!
しのが悩みながら百面相をしていると、与四郎が振り返った。
「俺に気を使わなくていいぞ。その芋だってたくさんあるわけじゃないだろうし、お前が食べろよ」
「・・・そう言うなら、遠慮なく」
与四郎は枝拾いに、しのは小芋にかじりつくことに集中する。
気を使わなくていいとは言われたが、何となく居心地が悪くてたまらない。
なので、芋を雑に咀嚼し、枝拾いを再開した。
「ゆっくり食べればいいのに」
「うるせぇよ、アタイが早く終わらせたかったんだ」
「そうかよ」
「飯にありつくのが難しいならよ、尚更、何か売ったりして金を稼いだ方が良くないか?」
「俺がか?」
「そうだよ、大人たちが働いてもちっとも楽にならないなら、子供が稼ぐのもありだろ?別に禁止されてるわけじゃないし」
与四郎が手を止め、しのをみる。
「お前さぁ、」
「なんだよ」
また小言か?と身構えていたら、意外な事を言われた。
「本当にしのか?」
何を聞かれたのか分からず、ポカンとしてしまう。
「は?どういう意味だ?」
「前のお前はさ、生活が苦しくても家のことやれるだけやったり、食えないことで文句なんて言わなかったよな?」
「・・・そうだっけ?」
「それが今は、あれは売れないか?これはどのくらい高く売れるかとか、そんなことばっかり考えているだろ」
「だからなんだよ、それのどこが悪いってんだよ」
「悪くねぇよ。でも、俺達が知っているしのが何処かにいっちゃったみたいで、なんだか・・・」
最後の言葉はいまいち聞こえなかったが、要は、しのが変わった気がして寂しいというのだ。
ふうん、コイツもなかなか可愛いところがあるじゃねぇか。
しのは、ニヤけながら与四郎に顔を近づける。
「・・・お前、そんなにアタイのことが好きだったのか?」
それを聞いた与四郎は、途端に汚物を見るような顔でしのを見た。
「はぁ?!誰がお前みたいな守銭奴、好きになるかよ!」
「言ったなこのヤロウ!寂しいとか何とか言ってたくせによ!」
「言ってねぇよ!何、勘違いしてんだよ!」
「勘違いじゃねぇよ!さっき自分が言ったこと忘れてんじゃねぇよ!」
「ホイホイ、二人共そこまでじゃ」
二人が言い争いをしていたとき、急に割り込んできた人物がいた。
猟師だという謎の老人だ。
「げ、じいさん、なんでこんな所に」
「こんにちは」
「ホイこんにちは、二人共元気があるのは良いが、もうちっと声を抑えようか。冬眠前の熊にでも出くわしたら大変だからの」
二人が枝拾いをしているのは山の中。
いくら村に近いとはいえ、秋も深まり、動物たちは冬眠の準備に入った時期ではあるが、危険な場所に変わりない。
「人間の声がこんなに聞こえるなら、向こうが警戒して近寄らないだろ?」
「その可能性もあるが、万が一ということもあるしな。何より、子供が犠牲になるのは避けたい」
「・・・分かったよ」
「おじいさんは今日も狩りですか?何か、危険な動物が出たとか?」
老人は前に会った時と同じく、肩に火縄銃を担いだ猟師の装備をしていた。
「いや、あれから大っぴらに人里に出てくるヤツはいないが、ちょくちょく見回りを頼まれての。娘婿とはいえ、なかなか人使いが荒い奴じゃ」
娘婿とは、庄屋のことである。
この老人は隣村の人間で、庄屋の義理の父だ。
先日、村に出没したイノシシ狩りを手伝ってくれた人物でもある。
自分の村のこともしつつ、近隣の村や山のために猟に出かけるなど、行動力、体力が半端ないじいさんなのだ。
そんなじいさんにゆっくり隠居させず、猟師として使い倒そうとする庄屋は、なかなか侮れない。
「ボケて歩けなくなるよりは良いんじゃないか。人間、錆びついたら終わりだ」
「おい、しの、失礼すぎるだろ」
「ハハハハハ、やっぱり嬢ちゃんは面白いのぉ。吉三へのいい手土産ができたわい」
「え?じいさん、吉三にも会ってるのか?」
「ああ、何度かな」
吉三とは、先日のイノシシ狩りで、見事、イノシシを仕留めた男だ。
とはいえ、本人はひょろひょろと痩せており、決して筋骨隆々ではないのだが、頭の回転が良く、そのおかげでイノシシを狩ることができた。
ただ、吉三は戦で片足を失っており、普通の仕事をすることができない。
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「吉三は、あれから庄屋の所で住み込みで働いているぞい。なんでも、今まで金庫番をしていた奉公人が辞めることになったんで、その後釜として雇ったそうな」
「へえ!吉三のやつ、ちゃんと働き口が見つかったんだ!」
「ああ、屋敷や村の金勘定を計算する役割だから、百姓仕事をする必要がない。彼自身、頭が良いから、それを上手く使えるというわけじゃ」
「でもさ」
しのと老人の会話を聞いていた与四郎が、疑問を口にした。
「吉三さんのご実家がよく許しましたね?庄屋様がいくらか支払ったとかしたんでしょうか?」
「支払う?」
「うん、話を聞くと、吉三さんは奉公っていう立場で庄屋様の所に住んでるんじゃないかな。なら、庄屋様が吉三さんのご実家に相当な大金を払ってもおかしくない」
「まあ、そうだろうな」
「でも、今まで吉三さんを手放したことはなかったのに、庄屋様から言われたというだけで手放せるものなのかなって」
「フンフン、坊主、なかなか面白い考えをするの」
「すみません、俺もあの時まで吉三さんがどんな目にあっているか知らなくて、つい色々考えてました」
「いやいや、人間ならそんな風に考えることもあるものだ。実はな、吉三のことが知れ渡ってから、吉三の実家の評判が悪くなっての、村中から白い目で見られることになったんだ」
「ああ、それで・・・」
「うん、このままじゃ村の中で生きていくのが難しくなる。そこで、庄屋が吉三を働かせたい、と申し出たというわけじゃ」
「なるほど、実家は厄介者を手放すことができた上に、庄屋に吉三を預けた体になるからこれ以上評判が悪くなることを防げた。庄屋はいい人材を確保できたから、どちらもいい話でまとまったというわけだ、じいさん」
「その通り、嬢ちゃんも坊主も話が分かって大助かりだわい」
どんな風に働いているかは想像つかないが、吉三は元気で生きているらしい。
庄屋の屋敷で働いているので、父もなかなか会えないのかもしれない。
「なあしの、お前吉三さんにお礼言わなくて良いのかよ?」
「は?お礼?」
「イノシシ狩りのときは、吉三さんに助けてもらったろ。庄屋様の所で働いているのが分かったんだから、お祝いがてらお礼言いに行ったらいいんじゃないか?」
「それもそうだの、吉三も喜ぶと思うぞ」
二人から口々に言われ、顔を渋くする。
「えぇ・・・めんどくさい・・・」
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